母の訃報を受け、故郷に戻る道すがら、アレクシスの胸中は複雑だった。  
(どんな顔をしてステラに会えばいいんだ)  
 あの夏の夜、無理やりにステラを抱いたことを、今のアレクシスはひどく後悔していた。  
 ――本当は、あんな風に思いを遂げたかったわけではない。  
 正々堂々愛を告げて、何度かの逢瀬といくつかのキスの後、優しく抱きしめたかった。  
愛情と信頼を勝ち取って、その上で身体を重ねたかった。  
(それなのに……)  
 父親に抱かれているステラを見て、アレクシスの理性のたがが外れ、嫉妬と愛憎だけが暴走してしまった――。  
 アレクシスはあの甘美な夜を忘れたことはなかった。  
 柔らかい唇に何度も自分のそれを重ね、舌を絡めたこと。  
 たわわな乳房を乱暴に掴み、薄紅色の先端をいじり回し、膵液で濡らしたこと。  
 吸いつくような白い肌のあちこちを撫で、自分の肌と合わせたこと。  
 そして、女の泉を貫き、汚し、挙句の果て、禁忌の門まで開かせたこと――。  
 その全てが今でも鮮明に蘇る。  
 扇情的なステラの表情、しっとりとした肌の感触、きつい収縮と痙攣を繰り返す熱い胎内、すすり泣くような嬌声、  
絶え間なく溢れる水音、肉を打つ音に軋む寝台、涙と汗と蜜の味、咽かえる男と女の匂い――。  
 思い返して、何度ステラの名を呼びながら自分を慰めたことだろう。  
(けれど、ステラは――)  
 アレクシスを拒んだ。泣いて嫌がった。  
(それだけ――父上を愛しているのか……)  
 胸が痛い。張り裂けそうだ。  
(きっと、あの後も――ステラは父上に抱かれて――俺とのことなんか、ただの悪夢にしか思っていないんだろう――)  
 父の前では、彼女はどんな顔で笑うのだろうか。どんな風に寝台の上で乱れるのだろうか――。  
 アレクシスは沈んだ。  
 婚約が決まった身であるというのに、考えるのはステラのことばかりだ。  
(いつか、家のために婚姻を結ばなければならないのは、わかっていたけれど――)  
 今のアレクシスにとって、他の女のことなど考えられなかった。  
 この国での成人は、十六だ。  
 冬に誕生日を迎えるアレクシスは、もうまもなく成人する。相手は一つ年下だから、結婚もそう遠くはないだろう。  
女性の結婚年齢に決まりはない。アレクシスさえ十六になってしまえぱ、いつでも婚姻可能というわけだ。  
 そして、見計らったように届いた、母の訃報――。  
アレクシスは母の死を悲しんではいたが、それ以上に、公爵家に女手がないという理由で結婚が早まる可能性を危惧していた。  
(ステラ……)  
 しかし、思い悩む少年を待っていたのは、予想以上に残酷な現実だった。  
 
「お久しぶりです、アレクシス殿」  
 玄関ホールでアレクシスを待っていたのは、白髪混じりの背の高い男だった。  
「――ベラム伯爵」  
 アレクシスは男の名を呼んだ。ベラム伯爵、オスカー・ハートネット。何度か王都の競馬場で顔を合わせたことがある。  
「義父(ちち)と呼んで頂いてもかまいませんよ」  
 そして――将来、義理の父になる予定の男でもあった。  
「お久しぶりです、伯爵。ご壮健のようで何より――」  
 挨拶をすると、伯爵は穏やかな笑みを見せた。その後ろにもうひとりいることにアレクシスは気づいた。  
「これが、娘のユーフェミアです。……未来のあなたの花嫁だ」  
 おずおずと少女が顔を出す。アレクシスは紹介された少女に視線を移した。  
 癖のないシルバー・ブロンドの長い髪の少女は、驚くほどほっそりとした体つきで、手も足も長く、腰など折れそうなくらい華奢だ。  
緊張を湛えた青の瞳は長くくっきりとした睫毛で縁取られ、紅潮した頬、艶めく小さな唇が印象的な、人形のように整った顔立ちをしている。  
 目の前の婚約者は――紛れもない美少女だった。  
 似合わない地味な黒いドレスは、アレクシスの母の喪に服していることを表すのだろう。  
「お初にお目にかかります、アレクシスさま。ユーフェミア・ハートネットと申します」  
 緊張のせいか、少女の声は震えていたが、ドレスの裾を摘まみ挨拶する仕草は上品で洗練されている。  
「……初めまして、レディ・ユーフェミア」  
(こんな女性を妻にできて、喜ばない男などいないだろうな――普通は)  
 だというのに、アレクシスの胸には何の感慨もわかない。よくできた芸術品を見ているような、そんな感覚だった。  
「……ようこそ、我が屋敷へ」  
 アレクシスはそっと差し出された細い手を取り、甲に口づけを落とした。  
 ユーフェミアはほんのりと顔を赤らめ、キラキラとした眼差しでこちらを見つめている。  
「父親の私が言うのもなんですが……こうしてみると、本当に美男美女でお似合いですな」  
「お父様」  
 伯爵が娘を自慢に思っているのはよくわかった。アレクシスは愛想笑いしかできない。  
「キャサリンさまのことは、本当に残念でした。改めてお悔やみ申し上げます」  
「ありがとうございます」  
「私からも。生前にお目にかかり、優しく声をかけて頂いたこともありました。本当に残念でなりません……」  
「ありがとうございます、レディ・ユーフェミア」  
 丁寧に接しながら、アレクシスは目の前の少女に申し訳なく思った。  
(……とても、可愛らしい人だ。それでも、俺は――)  
「そうそう、アレクシスさま。もうひとつご報告があるのですよ」  
 ふいに、伯爵が意味ありげに笑った。  
「私、先日もうひとり養女を迎えましてね。……ああ、来た。こちらへおいで」  
 玄関ホールの奥からこちらに歩いてくるふたつの影があった。どちらもアレクシスのよく知る人物だ。  
「よく帰った」  
「……お帰りなさいませ、アレクシスさま」  
 父親であるルーファスとステラだった。ルーファスは見せつけるようにステラの腰をしっかりと抱き、ぴったりと寄り添っていた。  
 ステラはいつものメイド服ではなく、黒いドレスを身に纏っていた。一見して高価な生地だとわかる光沢、豪華なモーニング・ジュエリー。  
それは平民である彼女には本来許されない衣装のはず。  
 今までのステラとはまるで違う。貴族の女性がそこにはいた。  
(ステラ――どうして……)  
 ステラは笑顔を作ろうとしていたようだが、それは完全に失敗していた。頬はこけ、目の下は腫れ、疲労の色を隠せていない。  
何より、纏う空気が重く、暗かった。  
「養女の、ステラ・ハートネットです。――ご存知だとは思いますが」  
「……どういう、ことですか」  
 声が震えるのを必死で隠す。  
「それは私から説明しよう。アレクシス」  
 ステラとは対照的に、ルーファスはにこやかだった。以前はどことなく人を寄せ付けないような雰囲気で、  
息子の自分さえ話しかけるのに緊張したくらいなのに――それがいくらか和らいでいる。  
「キャサリンが亡くなったばかりではあるのだが――」  
 ルーファスはステラの肩を抱き――ゆっくりと誇らしげに、言い放った。  
「私は、ステラを後添いとする」   
(――え?)  
 後添い、という言葉の意味を理解し――それを現実と結びつけるのを、一瞬、頭が拒んだ。  
 しかし、駄目押しをするように、ルーファスは決定事項として残酷な言葉を重ねる。  
「――お前の『継母』ということだ」  
 ――筆舌に尽くしがたい衝撃が、アレクシスを襲った。  
 
 目の前が真っ暗になり、何の音も聞こえない。それからどうやってその場を離れ自分の部屋に戻ってきたのか、  
アレクシスは覚えていなかった。  
(ステラが……ステラが、父の妻に……俺の『母』になる……?)  
「――うわああああっ!!」  
 アレクシスは咆哮し、鏡を殴りつけた。音を立てて鏡は割れ、拳からは鮮血が滴り落ちる。  
 ――気が、狂いそうだった。  
 ステラが父の後妻になる。あの白い身体も、声も、瞳も、全てが父のものになる。誰もそれを咎められない。  
妻だという、絶望的な事実の前では。  
(それを、指を咥えて黙って見ていろというのか……!)  
 まだ若いアレクシスは父の企みを潰すような知恵も力もなかった。  
アレクシスは呪った。自分の無力さを心の底から呪った。  
 冷たい壁にもたれかかる。  
「ステラ……っ」  
 時期公爵夫人として現れたステラは、以前とはまるで変わっていた。こちらまで癒されるような笑顔が消え、  
疲労の色が濃く、強張った表情をしていた。  
(……ステラは、幸せなんだろうか)  
 血を失い、少し正常に戻ってきた頭に、疑問が浮かぶ。  
 愛する者と結ばれ、身分の差すら越えて公爵夫人の座に納まる。それは一般的に玉の輿と言われ、  
良いこと尽くめのはずだ。だがステラはちっとも嬉しそうではなかった。それどころか、父が肩を抱いた時、  
ビクリと震えたあの表情から垣間見えたのは――怯えと、絶望だった。  
(……あの夜、俺を拒んだのは、父を愛していたからではなかったのか?)  
 初めて思い至った可能性に、アレクシスは顔を上げる。  
(よくよく考えてみれば、ステラの立場では、父に逆らうことなどできない。まさか、ステラは……)  
 一方的に父に想われ、身体を開くことを強いられたのではないか。  
(……だとしたら、行為そのものが厭わしいだろう。あの夜の嫌がり方も……納得がいく)  
 しかし、あの父がそんなことをするだろうか?  
 領民からの信頼も厚く、母とは対照的に浮名など流したこともないあの父が、ステラにそのような無体な真似を強いるだろうか?  
(わからない……)  
 だが、ステラを見る父は、今まで見たこともない顔をしていた。そして、何処か有無を言わせない空気を纏っていた。  
 父が本気で何かを欲したら、どんな手を使っても必ず手に入れるだろう。  
(わからないが……否定もできない)  
 仮にそうだとすると――アレクシスは父とまったく同じことをステラに味あわせたことになる。  
(最低だな……俺は)  
 あの夜までは、確かに彼女の好意を感じていた。だが嫉妬に狂って無理やり抱いたことで、  
そんな淡い気持ちは吹き飛んでしまっただろう。むしろ、嫌われて憎まれていてもおかしくない。  
 ――それでも、ステラの本音が聞きたかった。  
 
 晩餐を欠席し、月が昇った頃――アレクシスはステラを訪ねた。  
 メイドに訊くと、ステラの部屋はルーファスの寝室の隣だという。それだけで頭がクラクラしてくるが、  
アレクシスは正気を保とうと努力した。  
 意を決し、ノックをする。まもなく扉が開かれ、ステラが顔を見せた。  
「……アレクシスさま」  
「話したいんだ――ふたりきりで」  
 沈黙するステラを無視し、強引に部屋の中へ足を踏み入れる。  
 白いレースに、天蓋付きのベッド。アンティークの調度類、豪華な化粧台。女の子なら誰でも憧れるような  
部屋だった。揃えたのはルーファスだろう。どれだけ父がステラを愛しているのか見せつけられ、アレクシス  
の胸の内は嫉妬に燃える。  
「……何の御用ですか」  
「ステラ」  
 青白い顔に、影のある表情。幼い頃の面影はない。あの頃のステラは、いつも笑っていた――。  
「君は今、幸せ?」  
 唐突に尋ねられ、ステラはびくりと震える。  
「――父上を愛しているの?」  
 前置きもなく、アレクシスは一番聞きたかったことを尋ねた。  
 ステラは口を真横に結び、視線を落とす。  
「……立派な領主さまだと……尊敬いたしております」  
 覇気のない口調で答えが返ってきた。  
 蝋燭の炎が揺れ、重たい夜の空気に無言が続く。  
「……父を、男として愛しているのか、俺はそれが知りたい」  
 どうしても、これだけは答えてもらわなければならなかった。そうでなければ、諦めもつかない。  
「私は……」  
 ステラはか細い声で答えようとしていたが、喉から続きが出てこないようだ。緑の瞳にうっすらと涙がにじんで  
いるのを見つけ、アレクシスは微かな希望に賭ける。  
「……私は……」  
 緑の双眸がアレクシスへと向けられる。どこかで見たことのある眼差しだった。  
 そう、それは、叶わぬ恋に苦しむ者の瞳だった。――鏡に映った、自分と同じ。  
 アレクシスは確信した。  
(間違いない……ステラは、父を愛しているわけではないんだ……!)  
 そして、さらに――恋の矛先が向いているのは、自分ではないかという期待に胸を膨らませる。  
「この間のことは、すまなかった」  
 アレクシスは唐突にわびた。  
「あの時の俺は、どうかしていた。嫉妬でおかしくなっていたんだ……」  
「アレクシスさま……!」  
 ステラは身を見開き、熱っぽい眼差しをさらに潤ませていた。  
「私は……憎まれているのだとばかり……」  
「憎む? どうして? こんなに――」  
 ――駄目だ。もう、気持ちを隠すことも偽ることもできない。  
「こんなに、君のことを愛しているのに」  
 一度溢れだした言葉は止まらなかった。   
「再会してからずっと、君に恋していた。父に抱かれる君を見た時は、胸が張り裂けそうだった!  
 だからあんな――すまない。あの夜を思い返して、夢の中で何度も君を抱いた。君にとっては、  
 悪夢でしかなかっただろうが……」  
「アレクシスさま……!」  
 ぽろぽろと涙を零すステラは、頬を上気させていた。  
「……そんな顔をしないで。我慢できなくなる」  
 思い人に顔を寄せ、アレクシスは真摯に問いかけた。  
「君の気持ちが知りたい。君は、俺をどう思ってる……?」  
 視線が絡み合う。ステラは意を決したように口を開いた、その時――。  
 
 廊下から靴音が響いた。こちらへ向かってくる。  
「ステラ」  
 扉の向こうから聞こえてきたのは、ルーファスの声だった。ステラは慌ててアレクシスをカーテンと衝立の間に隠し、  
黙っているよう目配せすると、扉を開けた。  
「……どうして、こちらに」  
「どうしても何も。婚約者に会いに来たのだ」  
 鍵を閉めるなりルーファスはステラを抱きしめ、寝台に連れて行ったようだった。アレクシスは鳥肌を立てる。  
何をしようとしているのか――考えたくない。  
「や、やめてください……今は……」  
「妻は夫に従順であるべきだ。そうだろう?」  
「お願い……今日は疲れているんです。どうか……」  
「そうか。では手短にしよう」  
「あ、いや……!」  
 ステラの懇願も虚しく、ドサリと寝台に倒れ込む音がした。  
 ――衣擦れの音。唇で吸いつく音。その合間にふたりの吐息が響く。何が起きているのか、嫌でもわかる。  
「愛しいステラ……」  
 聞いたこともないような甘い声は、それでも確かに実の父親のものだった。  
「……っ、……んっ」  
 ステラは必死に声を殺しているようだった。  
「……どうした、今日はやけに強情だな」  
「疲れて、いるんです……っ」  
「そうか」  
「……あっ、やあ……っ!」  
 初めて嬌声のようなものが上がった。続いて、じゅる、じゅるると何かをすするような、ひどく卑猥な音がした。  
それはしばらく続き、アレクシスの耳を犯した。  
「……っ、お願……っあ、ひ、ああ……っ!」  
(――拷問だ)  
 怒りと嫉妬、そして悲しい男の性により、アレクシスのズボンの前はパンパンに膨らんでいた。  
「どうした。こんなに溢れて来たぞ。疲れているのではなかったか?」  
「いや、いや……っ」  
 ステラは泣いていた。それは甘い睦言ではなく、本当に嫌がっているのがよくわかる声だった。  
「今日は……本当に……ぁ……っ!」  
「アレクシスが帰ってきたからか」  
 父の口から出た自分の名前に、びくりと身をすくませる。  
「……こんなに何度も抱かれて、まだあいつのことが忘れられないというのか?」  
「――!」  
 怒りと苦痛の入り混じった声で詰問され、ステラは息を呑む。  
(今……なんて……?)  
 身を潜めたアレクシスは、思わぬ言葉にただ立ち尽くす。  
 
「あ、あぁ! ……っや、あ……」  
 旋律が変わった。ぐちゅぐちゅという淫靡な音とともに、ルーファスは組みしだいた女を言葉で責め立てる。  
「気づかれていないとでも思っていたか? ……こんなに濡らして、指を咥えこんで……すっかり女の快楽を知って、  
 お前の身体は、すっかり私に馴染んでいるというのに」  
「……っ、やあ、あ、……っく」  
「それなのにアレクシスを想う資格があると?」  
「……っく……うう……あぁ!」  
「あれに相応しいのは、穢れのない娘だ。ユーフェミア嬢のような、な」  
「……ひ、……あ、っ、……!」  
「あんなに美しい娘だ。アレクシスもすぐ夢中になる……だから、早く忘れることだな」  
 父へ抱いていた尊敬の念がガラガラと崩れて行く。もはや、ステラの意思で抱かれているわけではないことは明白だった。  
そしてもうひとつ確かになったことがあった。  
(ステラが……俺のことを……)  
 さっきのあのステラの反応――そして決定的な父の言葉。こんな状況でなければ飛び上がるほど嬉しい事実だった。  
(ステラが……俺を想ってくれている……!)  
 アレクシスは歓喜に打ち震える。しかし、愛しい彼女は父親の婚約者になり――今、その身体を蹂躙されていた。  
「……っ、……あ……あ……ぃや……っ!」  
 激しい水音に混じり、ピシュゥッと何かが噴き出す音がした。  
「ほら、また潮を吹いて……いやらしいな、ステラ。娼婦とてなかなかこんな風にはならないぞ。  
 シーツをこんなに濡らして……はしたないな」  
「……ひ、……あっ……やっ」  
 無理やり抱かれても、女は濡れるし、感じる。それはアレクシスも身をもって知っていた。  
 だが、潮まで吹くような淫らな身体に変えてしまったのは、どう考えても父の仕業だろう。  
 それなのにまるでステラが悪いかのように責める父が許せなかった。  
「気持ち良いのだろう? ……お前の下の口はとても素直だ」  
「……っ、ん、……あっ、……う――!」  
 ステラは必死に感じた声をもらすまいとしているようだった。  
 それは――自分がここにいるからだろう。  
 その健気な抵抗に、喜びと苦しみを同時に覚える。  
「――入れるぞ」  
 飛び出して行きたかった。やめろと大きな声で叫びたかった。  
「あ、やめ……っ」  
「う、……ああ」  
 アレクシスは耐えた。血が流れるほど強く唇を噛みしめ、必死に耐えた。  
 愛した女がすぐ傍で他の男の――しかも実の父の肉棒を受け入れている。  
 残酷な現実に、ひたすら耐えた。  
 やめろと叫んで姿を現したところで、アレクシスにルーファスの行為を止める権限などない。  
 認めたくはないが――ステラは彼の妻になるのだから。それにもしかしたら、アレクシスを招いたステラは  
さらに手酷く犯されるかもしれない。それだけはどうしても避けたかった。  
 
「相変わらず良い締め付けだ――」  
「い、や……! や……あ、あっ」  
 二人分の重みに、寝台が軋む。はあはあと荒ぶる呼吸が部屋を満たして行く。  
「お前は私を愛せばいい――お前は私の妻なのだから――」  
「……や、はぁっ、……あ、いやぁ……!」  
 ルーファスは手短にしようと言った割に、ずいぶんと長い間ステラと繋がっていた。激しい挿入はあまりせず、  
ねっとりとステラを味わうのが父のやり方らしい。そのうちにステラの呼吸が荒くなり、声を殺せなくなっていく。  
「あっ…あぁっ、もう、許して……っ」  
 ステラの哀願も虚しく、肉を打つ音が無常に響く。  
「お前の泣き顔は良いな、ステラ……もっと鳴け」  
「はあっ、ああっ……!」  
「ステラ……愛している」  
「あ、あ、あ、あ……っ、だめ、だめ……っ」  
 段々とステラは追い詰められていく。交わる音も激しくなり、ルーファスの息も荒くなる。  
「私のステラ……」  
「あ、あ、あ、ああ……っ」  
 ステラの悩ましい声を聞きながら、アレクシスはとっくに硬くなり先端を濡らしている自分の猛りを放つまいと  
必死だった。  
(ここで、放ったら……父と一緒にステラを犯しているも同然だ……!)  
「愛している……愛している……! ステラ、ステラ――!」  
「……ゃ……っ……あっ、あぁ――!」  
 ステラの叫び、その後の一瞬の静寂。肉を打つ音が止み、アレクシスは息を呑む。  
(やっと――終わったのか……)  
 アレクシスは血の集まった股間に力を入れ、何とか留まることに成功していたが、父のそれは今ステラの中で  
果てたのだと思うと、やり切れなさだけが残った。  
「良かったぞ、ステラ……早く、私の子を孕むのだ……」  
 ――子。子ども。父と、ステラの子――。  
 それはすなわち、自分の弟妹に当たる――。  
 アレクシスは吐き気を催した。そして同時に、一番恐ろしいことに気づく。  
(子ができれば……ステラは父を愛してしまうかもしれない……)  
 母親の母性は強いと聞く。優しいステラなら、きっとどんな男の子どもでも愛するだろう。そして、やがては  
その父親も――。  
(だめだ……そんなのはだめだ。父の思うつぼだ……!)  
 衣擦れの音が聞こえた。どうやら、ルーファスが寝台から降りたらしい。  
「……どちらへ?」  
「書斎だ。実はまだ仕事が残っている」  
 アレクシスはほっとした。一瞬、自分がここにいることがばれたかと思って焦った。  
「なに、一時間もあれば片付くだろう。先に寝ていていい」  
「……わかり、ました」  
 扉が開閉し、ルーファスは本当に出て行った。  
 足音が遠くなるのを待ち、アレクシスは音をたてないように衝立の影から出た。  
 
 寝台の上では、シーツにくるまったステラが、静かに涙を流していた。近づくと、濃密な男の精と女の蜜の匂いが  
鼻を突いた。  
「……見ないで……」  
 アレクシスを見ようともせず、ステラは俯いたまま肩を震わせていた。   
「……早く、出て行ってください」  
「ステラ」  
 茫然としたまま、ただ愛しい女の名前を呼ぶ。  
「――おわかり、でしょう。私はもう……何度も……穢、されて……っ」  
「ステラ!」  
 たまらず、シーツごとステラを抱きしめる。  
「君が何度、誰に抱かれていようと穢れてなどいない!」  
 そこでやっとステラは顔を上げた。紅茶色の髪が涙に濡れた頬に張り付き、緑の瞳は深い悲しみで赤くなっている。  
「――愛してるんだ、ステラ」  
 ステラの顔がくしゃくしゃに歪む。  
「君は……君は……誰を愛している?」  
 濡れて光る唇が、何かを告げようと開かれるものの、逡巡の後に閉じられる。  
「ステラ……!」  
「――そんなことを……言う資格は……もう……」  
「教えてくれるまで離さない」  
 アレクシスは腫れたまぶたに口づけを落とす。涙を舐めとり、こけてしまった頬に子どものようなキスをする。  
「――だめ……! ルーファスさまが、戻ってきたら……!」  
「教えて……ステラ。君の気持ちを……」  
 アレクシスは目を逸らさない。  
 この想いが視線で伝わればいい。そう願いながら柔らかな唇にゆっくりと自分のそれを重ねていく。  
 傷ついた心を癒すように、優しく、何度も口づける。やがてアレクシスの手はステラの首を、背中を、胸を這い、  
口づけも深まっていく。  
「……っ、――あっ……」  
「触られたところは――みんな――俺が清めてあげるから……」  
 薄い茂みの奥、指を使って白い欲望を掻き出す。肌という肌を舐めつくし、父の温もりを自分のものへ描き替えていく。  
「っあ、アレク……!」  
 ステラは甘い声を上げてアレクシスを呼んだ。それだけで脳髄が痺れる。いしつかシーツは剥がれ落ち、  
アレクシスの唇は乳房からへそ、濡れた茂みへと降りていった。  
「あ、だめ、汚い……!」  
「大丈夫」  
 アレクシスはステラの足の間に顔を埋め、父の精が残る蜜壺を舌で清めた。抵抗がないわけではない。  
他の男の精液を舐めるなど、実の父であるなら尚更ごめんだ。けれど今は、自分を穢れたと思い込んでいるステラの心を  
どうにかしてやりたかった。その一心で、ただただ苦くまずいそれを舐める。  
「や、あっ……アレク……あん、あっ……アレク……!」  
 脳味噌を溶かすような声で、ステラは喘ぐ。泉は新たに蜜を組み上げ、だんだんと浄化されていく。  
「……あ、アレク……アレク、アレク……っ!」  
 以前には聞くことができなかった甘い声で、ステラはアレクシスの名前を繰り返す。舌を伸ばしつつ、時折膨らんだ蕾に  
息を吹きかける。  
「あぁんっ!」  
 ステラは魚のように跳ねた。きゅうきゅうと舌すらすら締め付ける胎内はもうステラの味しかしない。濃厚な女の匂いを  
味わい、同時に蕾を指の腹で擦り、摘まみ、刺激する。  
「アレク……ひ、あっ……あぁっ……アレ……ああっ!」  
 ステラは達しかけていた。そこでアレクシスは指を止める。  
 
「――ほら、綺麗になった」  
 顔を上げ、アレクシスは優しく微笑む。高みに行きつく前に止められたステラは顔を赤らめ、ぼうっと快感に浸っていた。  
「さあ、だから……教えて」  
 もう一度抱きしめ、安心させるように髪を撫でる。しかし、ふたりの身体の間に挟まったアレクシスの剛直は先走りに濡れ、  
限界が近いことを主張していた。  
 本当はすぐに一つになりたかった。  
 けれど、その前に確かめなければならない――ステラの気持ちを。  
「――す、き」  
 目が乾くほど見つめ合い、アレクシスがステラの唇を触った時に、その言葉は零れた。  
「好き……アレクが好き……本当は小さいから、ずっと……!」  
「ステラ!」  
 堰を切るようにステラは繰り返した。  
「好き……アレク……愛してる……愛してるのは、アレクだけ……!」  
「俺もだ、ステラ……!」  
 激しく口づけ合い、身体を互いに押し付け合いながら若い少年と少女は愛を交わす。  
「――来て。アレク」  
 ステラはそっとアレクシスの猛りに触れ、導いた。  
「私の中も、あなたでいっぱいにして……!」  
 待ち望んだステラの中に、アレクシスは己を沈める。そこは溶けるように熱く、包み込むように濡れ、力一杯に締め付けた。  
「あ、ああっ!」  
 奥まで繋がり、まるで半身を取り戻したようにふたりは抱き合う。  
「アレクが好き……好き……っ」  
「ステラ……愛してる……!」  
 悲しいが、時間がないこともわかっている。アレクシスは最初から激しくステラを突き上げた。  
「ああ! いい、アレク……っ、ひあっ、あ、あ、あっ」  
「ステラ……気持ちいい?」  
「あ、っ、うん、気持ちいい……っ、大好き、アレク……!」  
 ステラは今までの頑なさが嘘のように何度も愛を告げた。それに応えるように、アレクシスはステラの感じる部分を責める。  
 ――ずっとこうしていたい。  
 愛した女に愛されているという実感が、ステラの腹を押し上げている剛直をさらに大きくする。他の男の形に慣らされていた  
はずの胎内は、それがなかったことのようにぴたりとアレクシスに張り付き、深い快感を生み出していた。  
「あぁ、ひぁあっ、アレク、愛してる……っ」  
 快楽と愛が混じり合った奇跡は、経験の少ない少年をひとりの男に変え、虐げれ続けた少女の心を開放した。  
 しかし、やがてそれにも終焉が訪れる。  
 
「ステラ、もう……っ」  
「ああっ……ん、ひああっ……アレク……!」  
 互いの名を呼び、貪り合うように口づけ合い、このまま死んでもいい、と思った瞬間――一際きつく収縮した子宮の入り口で、  
熱い情熱が弾け、流れ込んだ。  
「あああぁぁ――っ!」  
 どちらのものとも分からない悦びの声が上がる。どろどろに溶けた結合部に最後の一滴が注がれるまで、ふたりは胸を上下させ、  
初めて身体も心も満たされる幸福に酔う。  
「アレク……嬉しい……私……今、とても幸せよ……」  
 まだ出しきらないアレクシスを受け止めたまま、ステラは言った。  
「俺もだよ……」  
「アレク……」  
 いつまでも繋がっていたくてさらに腕に力を込めるアレクシスを、ステラは悲しげに嗜める。  
「――だめ。あの方が……戻って、来るわ」  
「ステラ……!」  
「結ばれなくてもいい。今日、あなたに愛されていると知って、私はそれだけで生きていける……」  
「俺は君を諦めない。何があっても!」  
 ――本当は、家も身分も捨て、ステラを連れて何処か遠くに行きたかった。  
 しかし、そんなことをしても容易く父に見つけられ、連れ戻されるだけだろう。王国有数の私兵団に、優れた密偵――それらを  
動かすことができる権力をルーファスは持っている。  
 また、公爵家の嫡男として育てられたアレクシスは、自分の立場というものを痛いほど理解していた。アスター公爵家は王の血筋だ。  
それを継ぐ唯一の男子――自分が家を捨てることは、貴族間の勢力争いや、王位継承権の均衡を崩すことに繋がり、最悪の場合、  
この地に戦を招きかねない。  
(……一緒に逃げようとは言えない。けれど――)  
 アレクシスは迷いのない眼差しで、真っ直ぐにステラを見つめる。  
「後ろ指を指されても、神に祝福されなくても、俺は君を愛することを止めない。我が名とこの身に賭けて、誓う」  
 そして白い手の甲に口づける。  
「だから……君も約束してくれ。心はずっと、俺と共にあると。例え――君が父の妻になっても、この愛は変わらないと」  
 語尾は震えていた。情けない――。  
 それでもステラは笑ってくれた。懐かしい、だが子どもの頃よりずっと、綺麗な笑顔で。  
「――誓います。アレク……真実、私が愛するのは――あなただけです」  
 触れるだけの口づけを交わし、ステラが先に離れる。熱い胎内が遠ざかり、空気に触れると、どうしようもない悔しさが襲ってきた。  
「……さあ、行ってください」  
 ステラはルーファスとともに眠るのだ。そして、それはこの先もずっと――  
「ステラ、愛してる」  
「私も……アレク」  
 何度言っても言い足りない。名残を惜しみながら服を整える。  
 最後にもう一度だけ口づけ、――アレクシスはステラの部屋を出た。暗闇の廊下を、音もたてないように、足早に駆け抜ける。  
 愛し愛される至上の喜びと、愛した女を父のもとに置いていかなければならない苦悩――そのあまりの落差に心を引き千切られ、  
アレクシスは呻いた。  
 
つづく  
 
 

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