ある森の奥深く、冷たい空気が漂う地下牢の最奥の中、二人の人影が向かい合っていた。  
 その部屋は地下、窓もなければあるのは小さなろうそくの頼りない光、ほぼ無明の闇の中に張り詰めた空気が広がる。  
 
 一人は少年、名はシン。  
 華奢な体つきに胸元に赤い十字架が刻まれた漆黒の衣を身にまとい、銀色の髪をして首には長い巻き布。  
 腰には一本の刀が携えられており、やや膝を曲げて上体を捻るその構えは、刀を扱う技の中でも一際有名な技の構え。  
 その名も“抜刀術”、普通に刀を振るうよりも鞘の中で刀身を走らせることで、通常よりも速い速度で刀を振るう必殺奥義。  
 しかし外せば隙だらけのために乱用は出来ない、必ず決めなければ勝機はないが、シン自身は抜刀術には絶対の自信があった。  
 外したことがなかったのだ。  
 
 しかしそれに相対し、微妙な間合いを置いてシンの正面に立つのは、紫色の長い髪をした漆黒のローブを着た少女。  
 かなり背丈は小さく、シンの胸元まであるくらいの背丈ではあるが、抜刀術の構えを取るシンの前にいるのに余裕があった。  
 わずかにつり上がる口許には余裕さえ感じられ、シンの抜刀術の構えに対する構えは何一つない。  
 その姿勢からはただならぬ威圧感、シンよりも背丈は小さいのにその威圧感はシンを遥かに上回る。  
 その時、少女は参ったと言わんばかりに両手を左右に広げて口を開いた。  
 
「やめなよ、旦那。わたしらがアンタを拉致して監禁したんだ、敵わないことは分かってるだろう?」  
 
「知らないね。ボクはこんなところで監禁されるいわれはないし、されている気もない。悪いけど行くよ!」  
 
 シンが言い放った刹那、シンは一瞬で少女の間合いに飛び込んで、少女の右脇腹に抜刀術を放った。  
 
 同時に少女の右脇腹を中心に少女の体が“く”の字に曲がり、力なく地面に横たわる。  
 出血はない、シンの愛刀の逆刃刀は峰と刃が逆に作られているため、本気で斬りつけたところで斬れることはない。  
 しかし痛いことは痛いらしく、紫色の髪をした少女は脇腹を抑えながら、横たわりつつ痙攣していた。  
 シンは逆刃刀を鞘に納めると、少女が背にしていた出口に向かいながら口を開く。  
 
「……脇腹は人体急所の一つだ、死にはしないけど痛いことは痛いはずだよ。敵でも女の子に手は上げたくない、もう関わらないでね」  
 
 そしてシンは無事部屋を脱出した……はずだった。  
 シンが部屋から一歩出ると、突如としてシンは浮遊感を感じるのと同時に、足元に深淵の闇を見る。  
 左右には今まで床だと思っていた場所があり、足元が開いたのを察してからシンは吐き捨てた。  
 
「しまった、罠か!?」  
 
 言うが早いか、シンはすぐに深淵の闇へ落下し始め、深い闇の中へ呑み込まれ始めた。  
 
 しかし不思議なことに、落下していくシンの視界には一定の感覚を置いて、壁にランプが付けられているのを捉えていた。  
 侵入者などをハメる落とし穴にするなら、すぐに剣山でも何でも立てておけばいいはず。  
 だがランプが付けられているのを見ると、まるで誰かが何かの移動にこの穴を使っているようだった。  
 それに深淵の闇に見えた闇に落ち始めてすぐにも関わらず、シンは目下にランプに照らされた巨大な水溜まりを見る。  
 水溜まりがあると分かれば生き延びる術も考える時間が出来る、そう考えたシンの中に答えは出た。  
 
 同時にシンは水溜まりの中に突っ込み、大きな水しぶきを上げながら水底まで沈んだ。  
 水溜まりがあることを分かっていたシンは落ち着いて対処し、そのまま水面へ上がる。  
 
 シンは髪や服、逆刃刀の刀身や鞘から出来るだけ水気を切りながら、今の水溜まりを振り返った。  
 水底に仕掛けもなければ水に毒が入っているわけでもない、ましてや水にも仕掛けはない。  
 シンの結論が出た。  
 
「この落とし穴、侵入者を殺すための穴じゃなかったみたいだね。しかしいったい何のためだ? こんな穴、作るのも一苦労だろうに……」  
 
「お姉様は侵入者をすぐに殺すような方ではありませんわ、この部屋は我々姉妹の部屋。あなたがここにいるのはお姉様がやられたということ、お相手します」  
 
 水溜まりを見ていたシンの背後から静かな声が響くと、シンは一も二もなく逆刃刀を鞘に納める。  
 先ほどの少女を姉と呼ぶならこの声の主も敵、ましてや相手をすると言ったなら確定的だった。  
 時間を食えば先ほどの少女が追ってきかねない、シンは時間を取らずに抜刀術で決めなければと思い立った。  
 
 そして振り向き様にシンの視界に入ったのは、長く艶やかでシンと同様の銀色の髪をした少女。  
 服装は先ほどの少女と同じように漆黒のローブを着ており、非常に大人しそうに伏せがちな細い目をしている。  
 気持ち額が広いが、シンの狙いは人間共通の人体急所の一つである、少女の右脇腹。  
 一瞬その大人しそうな雰囲気に刀を止めそうになったシンだったが、相手をすると言った以上は少女でも敵は敵だ。  
 半回転しながらのシンの抜刀術は先ほどよりも速く、ためらいも振り切るようにシンは抜刀術を放つ。  
 
 その瞬間、少女は咄嗟に膝を曲げて地面に身を伏せてシンの抜刀術を避けた。  
 一撃必殺の抜刀術、外せば隙だらけの諸刃の剣を外したシンは絶望を覚える。  
 今まで外したことがなかった抜刀術を外したこと、それも相手は大人しそうな少女。  
 
 しかしシンが体勢を立て直すよりも早く、少女は地面から弾かれるように跳び上がって、シンの腹に強烈な飛び膝を見舞った。  
 
「がっ! く、ぁ……!」  
 
「無作法で申し訳ありません。しかし先に刀を振るったのはあなたです、さて。オクヴィアス」  
 
「はぁい♪お姉ちゃん」  
 
 オクヴィアスと言う名と可愛らしい返事が響くが、シンは自分の意識を保つので精一杯だった。  
 チカチカと視界に火花が散り、視界が揺れ、今にもシンは手放しそうだったが、倒れるわけにはいかない。  
 また監禁されては逃げられる可能性も薄くなる、シンは逆刃刀を杖に何とか意識を掴んでいた。  
 
 その時、シンの視界が漆黒の闇と何か酸い匂いに包まれるのと同時に、何かしらの生暖かいものがシンの首に巻かれる。  
 視界がないことが拍車を掛け、細々しいがふにふにとした柔らかさが心地よい、シンがそう思った瞬間。  
 再び何か柔らかいものがシンの首の後ろにのしかかると同時に、突然シンの首を絞め上げ始めた。  
 それは細々しさや生暖かさからは想像も出来ないほど生易しい力ではなく、すぐに絞め落とされると直感できるほど。  
 
「かはっ……! なん、だって、いうんだよっ……!」  
 
 シンは慌てて首に巻き付いたそれに手を掛けようと刀を放し、腕を持ち上げようとした。  
 しかし刀が地面に転がる音が響くことはなく、同時にシンの腕も首に巻き付いた何かを掴むことは敵わない。  
 何かに固定されたように腕がまるで動かない、ところがそれもしっかりと固定されているわけではないが、わずかに上下するばかり。  
 首に巻き付いているものは、逆刃刀は、両腕は……シンは何が起こっているのかまるで分からずに数分後、闇の中で意識を手放した。  
 
 その手にはシンの愛刀、逆刃刀が握られているのを見ると、シンが手放した逆刃刀を掠め取ったのはこの少女に違いない。  
 少女は力なくだらりとシンの腕が下がったのを見ると、シンの腰元の鞘を取って逆刃刀を鞘に納める。  
 そしてシンの頭上に目をやると、そこで鉄棒にぶら下がってシンの肩に座る少女に口を開いた。  
 
「オクヴィアス。ご苦労様、殿方は意識を失ったわ。もう下りて大丈夫よ」  
 
「ほんと? わかったよ〜、でもこのひとじょうぶだよね! わたしがしめてこんなにもったひとはじめて!」  
 
 オクヴィアスと呼ばれた少女は長くウェーブのかかった、赤い髪を躍らせながらシンの肩に立った。  
 服装は銀色の髪を持つ少女や紫色の長い髪をした少女同様に漆黒のローブだが、かなり丈が余っている。  
 シンの視界を奪ったのはこのローブ、シンの視界をローブで遮り、首を足で締め上げていたのがこのオクヴィアスだった。  
 丸く穏やかで無垢な赤い瞳を持ち無邪気なところを見ると、オクヴィアスが姉妹の中の末っ子なのだろう。  
 オクヴィアスが無邪気に微笑みながらローブをたくしあげ、シンの肩から飛び降りると、シンは力なく床に倒れ込む。  
 
 しかしシンの身体はその左右に位置取っていた二人の少女に支えられ、途中で止まっていた。  
 右腕を掴んでいるのは肩辺りまである黄色い髪をした少女、服装は他の姉妹同様に漆黒のローブを着ている。  
 ややつぶらな瞳をしているが、その瞳はオクヴィアスや銀色の髪を持つ少女よりも凛としている。  
 恐らくこの少女はその二人よりも年上の姉と見て間違いないが、対になるシンの左腕にも支える少女がいた。  
 
 シンの左腕を掴んでいるのはメガネを掛けていて、やや短い丸い切り口をした髪をした少女だった。  
 
 服装は例に漏れず、他の姉妹同様に漆黒のローブを着ている。  
 やや気弱そうな瞳をしているが、その瞳はオクヴィアスや銀色の髪を持つ少女よりも凛としていた。  
 
 するとその時、水溜まりから凄まじい水しぶきがあがり、その場にいる姉妹達の視線が集まる。  
 水溜まりから上がってきたのは先ほど、シンが抜刀術を叩き込んで悶絶させた紫色の髪をした少女。  
 びしょびしょになった漆黒のローブを絞りながら、ゆっくりと少女達の前に来ると、紫色の髪の少女はシンに目をやる。  
 そして少しだけ口許をつり上げると、一人一人の少女と目を合わせながら口を開いていった。  
 
「イエナ、こいつはどうだい?」  
 
「悪くありません。オクヴィアスに締められてから、落ちるまで長かったです。私達の“兄”になることに、支障はないでしょう。アメリアお姉様」  
 
 イエナと呼ばれたのは、シンの左腕を掴んでいるのはメガネを掛けていて、やや短い丸い切り口をした髪をした少女だった。  
 アメリアお姉様と呼ばれた紫色の髪の少女はそれにうなずき、今度は右腕を掴んでいる黄色い髪をした少女に口を開く。  
 
「ウィンスレットはどうだい?」  
 
「問題ないです。むしろ腕を抑えるのが精一杯、姉妹の中で戦いに最も向かない私とはいえ振り切りそうでした。私も異議はありません、アメリアお姉様」  
 
 ウィンスレットの言葉を聞いたアスカは再びうなずき、銀色の髪を持つ少女を見た。  
 
「エスニアはどうだい? 分析力ならアンタが一番だよ」  
 
「異議はありません。しかしオクヴィアスに締められてからの時間の長さが数分、秒単位で絞め落とすオクヴィアスですのに。かなりのものですわ、アメリアお姉様。ただ……」  
 
「ただ……何だい?」  
 
「オクヴィアスのローブのせいで足と認識しなかったか、またはおしりと認識しなかったのか。陰茎が勃起していませんわ」  
 
「へぇ、純情だね。楽しめそうだ、オクヴィアス。ちゃんとお風呂には入ってないね?」  
 
「だいじょ〜ぶ! このひとがわたしたちのおにいちゃんになるんでしょ? わたしがんばるよ」  
 
 そう言って飛び上がるオクヴィアスに、アメリアは優しく微笑んだ。  
 そして今一度姉妹達を見やりながら口を開く。  
 
「よし、いい子だ。さて、待ちに待った標的をようやく得たんだ。だが意思は固いのは調査済みだ、そのために風呂も我慢したんだ。みんなで堕とすよ!」  
 
 アメリアの声に、姉妹達は揃って拳をぶつけあった。  
 このときから、シンの身には監禁以上の脅威が降りかかろうとしていた。  
 
 

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