「いてっ!」  
 
2月。あと一月半もすれば桜が開花しようという、暦の上では春になる直前という時期である。しかしながら、気温を天気予報で見る限りではまだまだ春は遠いようだ。  
したがって、ここ吉川恭介・亜衣夫妻の家においても炬燵というものがまだ活躍していた。  
先ほどの「いてっ!」はその恩恵を受けていた恭介の口から洩れたものである。同じくその恩恵を受けながらみかんをほおばっていた亜衣がふと顔を上げると、恭介がみかんを片手に顔をゆがませていた。  
 
「どうしたの?」  
「口内炎にしみた…」  
 
口内炎なんてできてたんだ。そういえば最近恭介、疲れてるみたいだったしな…。  
一般に口内炎などの症状は疲れている、あるいは免疫力が低下していると治りにくい。この間テレビで見た内容が亜衣の脳内をよぎる。  
休日の昼下がり。昼食後の洗い物をすませて一息つこうと炬燵にもぐりこんでみかんをほおばっていた亜衣の目の前には、痛みに顔をしかめながらもみかんをがんばってほおばる恭介の唇。…そうだ。  
 
「口内炎によく効くおまじないがあるんだけど、試してみる?」  
 
結婚しておよそ1年。新婚生活を精いっぱい楽しむ2人にはまだ子供はおらず、当然家には恭介と亜衣の2人しかいない。  
訝しげな表情の恭介に眼を閉じるように言い、亜衣は炬燵から一度出て、向かい側、すなわち恭介の隣に音もなく忍び寄る。  
 
「いたいのいたいのとんでけー…」  
 
チュッ。  
 
「んんっ!?」  
 
恭介の唇を突然あたたかくて柔らかいものが覆ったかと思えば、すぐに上下の唇をこじ開けてもっと温かなものが侵入してくる。  
驚いて目を開けた恭介の目の前には、さっきまでテーブルの向こうにいたはずの、最愛の妻のどアップ。…キスしたいならそう言えばいいじゃないか。とは思うものの、最愛の人から直接伝わってくる熱さに恭介はすぐに考えるのをやめて、再び目を閉じた。  
 
 亜衣の舌が恭介の口内を這う。  
 
「ん…」  
 
触れ合った唇からはあたたかい吐息が漏れる。やがて亜衣の舌が恭介の口内炎に触れ、恭介が顔をしかめる。  
亜衣は納得したように舌をその部分へと向かわせる。  
(何するんだよ、痛いじゃないか…)  
抗議しようと口を離そうとするが、亜衣はそれを許すことなく、同じ個所を何度も何度もなめ続ける。  
徐々に大きくなる水音と、亜衣からほのかに香る香水、そして口内をひたすらはいずりまわる舌の感触に、恭介の感覚がだんだん麻痺していく。  
   
 
 しばらくたって亜衣の唇が離れていく。離れると同時に眼を開けた2人は、互いの唇を伝う銀色の糸に、つい恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。  
 
「これで痛くなくなったでしょ?」  
 
亜衣はいたずらが成功した子供のような表情を浮かべる。…初めからこれがねらいだったのか。  
恭介よりも1つ年上の妻は、時折こうしたかわいらしい側面を見せてくる。そんな亜衣が愛おしくて、恭介はつい、その「いたずら」を許してしまう。  
(ああ、この人にはかなわないな…)  
そんなことを思う恭介の表情はとても柔らかなものだった。結婚生活は順調である。  
 
 

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