ケーネ海に浮かぶ小国、リゾ・ケーネス。  
二度の大戦以降他国の干渉を嫌い、頑なに鎖国を続けるこの国では建国の父クーリヤ・ファサを神と崇め、クーリヤ・ファサの伝記とも言える建国神話が今でも篤く信奉されている。  
人として生を受け、神として生を終えた男、クーリヤ・ファサ。  
死の直前、彼は自身の250年ごとの転生を約束した。  
 
 予言に従い、人の子として生を受ける歴代のクーリヤ神は、教会所属の神官らにより赤子のうちに保護され、幼少期から俗世とは完全に隔離されて育つ。  
そして齢10を数える頃にはケーネ海に浮かぶ神の島へと渡り、生涯をそこで過ごす。  
 
 自身は二度と踏む事の無いリゾ・ケーネスの大地に暮らす顔も知らない百万の民の安寧を護る為に。  
 
 リゾ・ケーネスの民なら幼子から老人まで誰もが知る建国神話において、クーリヤ神と並んで大きな役割を占める存在。  
それは五人の聖女である。  
聖女シェイム。聖女ムイ。聖女ニーナ。聖女キロン。聖女ワニヤ。  
中でもクーリヤ・ファサの没後荒廃した大地を鎮めたとされる聖女シェイムは別格だ。  
聖女シェイム、彼女だけは聖母シェイムと称される事が多い。  
 
 神には感謝と崇敬を。  
 聖母には親愛を。  
 
 転生を約束されたクーリヤ神と違い、聖女達は転生しない。  
だが、信心深いリゾ・ケーネスの民は250年ごとの神の再誕と共に聖女、いや聖母の再来をも強く望む。  
 
 何時の頃からか、クーリヤ教会に属する尼僧の中から信仰心が強く、そのうえ若く美しい乙女が聖女候補として選ばれ、  
更にその中からたった一人、クーリヤ神に認められし者が聖母の称号を名乗る事が慣例となっていた。  
クーリヤ教会はこれを聖女試煉と呼ぶ。  
 
 神暦2011年。  
30余年前にリゾ・ケーネス北東の山間部で生を受けし現人神(あらびとがみ)の名はクーリヤ・テッサ。  
民が知り得る現人神に関する情報はこれが全て。  
生みの母親ですら、顔も、声も、何一つ知る事は許されていない。  
 
 
 
 
 扉が軋む音で、ミィスの眠りは妨げられた。  
「起きろ。聖女候補ミィス、お前の試煉をこれから行う」  
眠い目をこすりながら来訪者を見上げれば、世話役と呼ばれる老人がランプを片手に立っていた。  
ベッドから重い体を起こしながら、ミィスは部屋の時計に目を走らせる。  
時計の短針は11と12の間を指していた。  
この島にいる間は毎夜8時に就寝するようミィスら6人の聖女候補に告げたのは確かこの老人だったはず。  
「こんな時間に試煉が?」  
老人はミィスの問いには答えず、畳んで椅子に置いてあった藍色の修道服に着替える様に手で指示を出す。  
「聖女候補ミィス。今後も聖女候補であり続けたいのなら、お前に拒否権は無い」  
冷えた修道服に袖を通しながら、ミィスは緊張と同時に高揚を感じていた。  
 
 ランプを掲げて先導する世話役は、ミィスにとっては傾斜のきつい階段を、腰の曲がった老人とは思えない程軽快な足取りで上って行く。  
「この先で試煉があるの?」  
老人は歩みを止めない。  
「試煉は何をするの?」  
老人は後ろを振り返ろうともしない。  
(だんまりを決め込むつもりね…)  
考え事をしながら歩いていると、世話役の背中が見えなくなってしまう。  
ミィスは息を整える間もなくそれを追うしかなかった。  
 
 ミィスたち6人の聖女候補が神の島にある唯一の建造物であるこの神殿に滞在して早半月。  
立場こそ皆同じ聖女候補といえども、腹の内では我こそが聖母と互いを敵視しているに違いない。ミィスはそう考えている。  
幸い、他の候補の誰かが既に試煉を受けたという話は聞いていない。  
恐らくミィスが最初だろう。  
(最初に試される人間が後の人間に比べて不利な訳じゃないって言いきれたらいいのだけど…)  
ミィスの所属している東テルザ教会から聖女候補が擁立されたのは初めての事で、神官達から聞かされた聖女試練に関する情報はあやふやなものばかり。  
実際何が行われるのか、他の候補達とどうやって優劣をつけるのか、ミィスにはわからないことだらけだ。  
(怯んでる場合じゃない)  
試煉を拒む事。  
それはこの閉ざされた国において、現人神クーリヤ・テッサに次ぐ存在、聖母シェイムと呼ばれる好機を逃す事。  
(ここまで来て、竦むわけにはいかない)  
試煉を拒む事。  
それは生まれの貧しい一修道女から聖母となるべく野心を抱いて神の島に渡ったミィスには存在しない選択肢であった。  
 
 ミィスは息をのんだ。  
「こんな場所があったのね」  
暇を持て余した他の候補達とあちこち散策して、ミィスは神殿内部には大分詳しくなったつもりでいた。  
世話役に導かれて先程通って来た階段や渡り廊下も一度は目にしている。  
だが、今ミィスが立つ回廊は一度も訪れた事の無い場所だった。  
「ここから先は一人で行け」  
「えっ?」  
世話役が試煉を課す、もしくは見届ける役目があると思ってたが、老人はミィスを置いて帰ろうとしている。  
「待って。私は何をすればいいの?この先に何があるの?」  
「全てはクーリヤの思し召しのままに。汝に月と太陽の加護を」  
老人は慣れた道を歩くのに明かりはいらないのか、歩きながらランプの火を落とし、やがて足音も聞こえなくなった。  
「行くしか、ないわよね」  
ミィスは終わりの見ない回廊を奥に向かって歩きだす。  
聖女候補となった時点でミィスは誓ったのだ。聖母になってみせると。  
 
 あの手は放してまった。もう後戻りはできない。  
 
 蝋燭の灯に照らされた長い回廊の奥には重たそうな扉が待ち構えていた。  
その扉にはクーリヤ神のシンボル、日蝕を象った金の紋様がある。  
(まさか、この部屋は……)  
ミィスたち聖女候補がクーリヤ神殿に来て、一度も会っていない存在。  
この神殿の主。  
現人神、クーリヤ・テッサ。  
(クーリヤ神がここに御座すの?)  
扉を叩けど返事は返って来ない。ミィスは意を決して扉を押した。  
部屋の中はほの暗く、窓から差し込む月明かりだけを頼りに、ミィスは室内を歩く。  
ミィス達聖女候補の滞在している机とベッドしかない簡素な部屋と違いこの部屋には様々な調度品が置かれているのか、数歩足を進めるごとに何かにぶつかりミィスはその度に向きを変える。  
埃臭さやカビ臭さを感じないということは、この部屋は放置されているのではなくきちんと手入れされている部屋だということだ。  
(おかしいわね、誰もいないのかしら?)  
耳を澄ましても自分の呼吸しか聞こえない。  
ミィスは回廊を戻ってあの世話役の老人に指示を乞う方がいいのではないかと不安になる。  
だが、それまで壁だと思っていた方向がふいに明るくなった。  
静寂を遮るのは世話役とは異なる、若い男の声。  
「聖女候補ミィス。こちらへ」  
 
 時計の短針と長針は、文字盤の12の上で邂逅を果たす。  
 聖女試煉は始まった。  
 
 灯された明かりの下見渡せばこの部屋はミィスら聖女候補にあてがわれた部屋の何倍もの広さがあることがわかる。  
声に導かれ辿り着いた場所には、天蓋のついた大きな寝台が据えられていた。  
天蓋から垂れる白い布には、この部屋の扉と同じ、日蝕の紋様が金糸で施されている。  
ならば帳の向こうにぼんやりと見える人影が、この部屋の主、現人神クーリヤ・テッサなのだろうか。  
「近う寄れ」  
すっと伸びた男の手が、ミィスを呼び寄せる。  
恐る恐る手の側に立つと、ぐいっと修道服を引っ張られた。  
「あの……」  
引き寄せようとする力にミィスは抗った。  
深夜零時。部屋に男女が二人きり。  
聖母を選ぶのは神であり、神は男で聖母は女である。  
試煉がそういう形で行われるかもしれないと予想しなかったわけではない。  
けれどもしこれが罠なら。  
誘惑に唆されることが聖女失格の烙印へと繋がるのなら。  
ミィスは体をこわばらせた。  
「案ずるな。お前はただ我に身を任せればよい」  
男の力に敵うわけもなく、ミィスの体はあっけなく天蓋の中へと引き込まれた。  
 
 柔らかな敷布は体勢を崩したミィスを優しく受け止める。  
そしてミィスに覆い被さろうとしている長い黒髪の青年。  
顔を背けたくなる様な醜男ではないがかといって目を見張る程の美男でもない。  
大柄で筋肉質というわけでもなければ骨と皮ばかりの頼りない体つきでもない。  
黒目黒髪などこの国では珍しくもない。  
これといって誉める所も貶す所も無い、平凡な容姿の男だった。  
ここにいるのが神だとばかり思っていたミィスはあまりに凡庸な男の登場に少々若干拍子抜けした。  
「あの、あなたは?」  
ミィスは男に組敷かれるそうになるのを必死で後ずさりして逃れる。  
「おかしな事を聞く。神に仕える尼僧が日蝕の紋を知らぬか?我がクーリヤだ」  
「クーリヤ・テッサ!あなたが?そんな、ありえない……」  
ミィスは驚きの声をあげた。  
6人の聖女候補はそれなりに容姿の美しいものばかりだが、候補擁立の条件にはクーリヤ教三等神官以上の位階を持つことが含まれている。  
金を積めば簡単に取得可能な四等神官位と違い、三等神官は教会所属年数に下限が設けられており、信仰心は当然ながら教典に関する一定の知識も必要とされる。  
当然ミィスにもクーリヤ・ファサからクーリヤ・テッサまで、歴代のクーリヤ神についての知識は備わっている。  
だがミィスの目の前にいる神を名乗る青年は、民ですら既知の情報と一点が大きく異なった。  
「クーリヤ・テッサがこんなに若いはずないわ」  
今から30余年前、先代クーリヤであるクーリヤ・ジェノの予言通り、北東の山間部に生まれたとされるクーリヤ・テッサ。  
だがこの青年は20を迎えたばかりのミィスと同じ年頃か、下手すれば10代にも見えた。  
現人神は神の島に渡れば、以降は世話役と教会の上層部を除けばほとんど人目に曝される事がなく、肖像も禁じられている。  
いくら神と呼ばれようと、現人神。器は人なのだ。  
30をこえた成人男性がこんなに若いはずがない。  
だが神を名乗る男はミィスの疑問をさほど気にする様子はなかった。  
「この国では我以外、クーリヤを名乗る事は認められていないはずだが?」  
クーリヤ教義において、人が、神でないものがクーリヤの名を騙る事は重罪。  
それが子供の戯言であっても教会に露見すれば最低でも鞭打ち、状況次第で首が飛ぶ。  
ましてここは神の島。神の御座す神殿なのだ。  
試煉の為だけに、安易に神の名を騙る愚か者はいないだろう。  
「信じられない!これがクーリヤ神の奇跡とでも言うの?」  
「人の常識は知らん。我は神だからな」  
クーリヤ教典の通り、現人神は人非ざる存在。ミィスはそう納得するしか無い。  
「クーリヤ・テッサ。私はここで何をすれば?」  
神の手が伸び、ミィスの頬にそえられる。  
「決まっておろう、聖女候補ミィス。我はお前をここに呼んだ」  
神の唇が静かに動く。  
「我に汝の純潔を捧げよ」  
神の手がミィスの肩をそっと掴む。  
今度はミィスは抗わなかった。  
 
 言葉も無く、荒々しく何度も繰り返される口づけ。  
互いの唇は互いの唾液に塗れている。  
強引にミィスの唇を割って口内に侵入した神の舌が歯列を舐め、さらに舌を絡ませてくる。  
長い口づけの間にも神の手はミィスの藍色の修道服の裾をめくりあげ、腹から胸へとゆっくりと手が這う。  
神の手はミィスの体温よりも少し冷たい。  
触れられた皮膚から熱が奪われてぞくりと震える体。  
もっと触って欲しいと火照り出す体。  
どちらが本当のミィスなのだろう。  
神の手がミィスの双の膨らみを確かめる様に包み込む。  
「大きいな」  
横になっても形を崩さず、手からこぼれるミィスの豊かな乳房。  
大きさを味わうように神の手はやわやわと双丘を揉みしだく。  
そこだけを直接触られたわけでもないのにつんと尖り始めた胸の頂に掌が時々触れる、擦れる。  
女の本能が理性という名の化けの皮を破り始める。  
 
 (もっと触って欲しい。指で潰して、押して、もっと苛めて欲しい)  
思うだけでも罪なのに、修道女であるミィスがそれを口にしてはいけない。  
目を硬く閉じ、食いしばってじっと耐えるミィスを見て、神は双丘から手を離した。  
薄く目を開いたミィスの耳元で、神は囁く。  
「我の手で感じているのだろう?」  
ミィスはかっと赤くなった。  
「お前が触って欲しいのはここか?」  
触れるか触れないかの軽いタッチで桃色の突起を突かれる。  
「んんっ」  
声が出そうになるのをミィスは必死で堪える。  
「恥じる事は無い。もっと声を出せ」  
耳介にねっとりを温かく、湿ったものを感じた。  
それが神の舌だと察するのに時間はかからない。  
神の指がミィスの左右の乳首を摘み、指の腹で擦る様に愛撫を始めるとぴりぴりと甘い刺激が体中を巡る。  
「んっ……、はぁ……、ん!」  
ミィスの吐息には声にならない喘ぎが混じる。  
耳から顎へ、そして首筋へ。神の舌が、唇が段々と下りて行く。  
愛撫され続ける乳首からもたらされるのは痛みの混じった甘い快感。  
なだらかな丘の麓を強く吸われる。  
ちくりと刺す様な痛みが走り、ミィスの白い肌に赤い花が咲いた。  
 
 指での執拗な愛撫で充血した胸の頂点をさらに舌がなぶり始めた。  
唾液でぬらりと濡れた突起にぱくりと神の薄い唇が吸い付く。  
「あぁん!」  
指での愛撫で敏感になっている乳首に更に舌と唇で刺激が加えられ、ミィスは下腹部がじんと熱くなるのを感じた。  
神はミィスにきわざと聞かせる様にちゅうちゅうと音をたてて双の乳首を交互に吸い立てる。  
時折思い出したかの様に乳房を外側から寄せ集める様に揉み、硬く尖った乳首を指で抓る。  
乳首を口に含み、舌で優しく転がしたかと思えば急に甘噛みをする。  
神の一挙一動がミィスの本能を刺激する。  
教義も野心も全て忘れ、ただ快楽に身を任せたくなるのだ。  
赤子の様に乳首を口に含んだまま、臍のあたりをそっとさすっていた神の手が、ごく自然な流れで下りていく。  
 
 「そこは!」  
最後に一枚残されていた下着の内部に侵入しかけている神の手をミィスは慌てて掴んだ。  
相変わらず乳首を弄んでいた神は、ちゅぱぁっと音を立てて充血した乳首から唇を離すとにたりと口元を歪めた。  
「拒むな。お前にその権限は無い」  
下着の上から秘唇の割れ目を伝うようにつうっと指を滑らせる。  
慌てて足を閉じようとしても、神がそれを阻む。  
太腿を掴まれ、閉じるどころか逆に大きく左右に開れてしまった。  
「こんなに下着を濡らして。割れ目が透けて見えそうだ」  
「お願い、見ないで」  
神の愛撫に応えて分泌した愛液で下着の一部分がひんやりと湿っている。  
神はそこに顔を近づけ、くんくんと鼻を鳴らす。  
「女の匂いがする」  
下着を濡らした愛液の匂いを、かろうじて隠された性器の匂いを、神に嗅がれている。  
恥ずかしさで一杯のはずなのに、何故か抵抗できない。  
ミィスの中で制御できない何かがどんどん昂っていた。  
 
 ほとんど全裸のミィスに対し神は着衣のままだが、時折ミィスの体に当たる強張り。  
神もまた反応し、昂っているということか。  
「やっと素直に我に身を委ねる気になったか」  
ミィスは神が下着を脱がしやすいよう、敷布からわずかに腰を浮かせていた。  
無意識にとってしまった行動ながら、ミィスは自分にあきれる。  
曝け出されたミィスの性器を見て、神は満足そうに目を細めた。  
愛液に濡れた薄茶色の恥毛を指で避け、濡れた蕾を花開かせる。  
「くくっ、少々毛が邪魔だが剃ればよいこと。ここは綺麗な色をしている。果実のようだ」  
鑑別するように性器を眺められているのに、下腹部の疼きがやまない。  
花弁を割って、そっとミィスの胎内に指が侵入する。  
「あぁっ……」  
蜜を絡めながら優しく内部を探る神の指は痛みを与えることなく、更なる蜜を誘い出す。  
指が蜜壷を掻き回し、くちゅり、くちゅりと粘液質な音が響く。  
「聞こえるか?お前のここがいやらしい音をたてている」  
ミィスは己の耳を塞いだ。  
音は消せても快感は消せない。  
今こうして神に体を開かれ、感じている事実は消えない。  
一本だった指が二本に増え、指の抜き挿しはだんだん加速して行く。  
ぐちゅぐちゅと卑猥な音をたてる蜜壷はとうに指では満足しなくなり、本来迎え入れるべきものを欲しがっている。  
「っふぅ……、はっ、んっ」  
口から漏れるのは呻きか喘ぎか。  
だらしなく涎を垂らしながらミィスは与えられる快感に酔う。  
 
 「そろそろ良いだろう」  
ぼんやりと目を開けると、大きく開かれた足の間に神が腰を近づけていた。  
はだけた寝衣から反り返った男根がのぞいている。  
指とは比べ物にならない太さと長さを持った神の一物は興奮し、そこだけ別の生き物のように時折ぴくりと脈打つ。  
「我のものがお前の中に入るのだ」  
神はミィスの手を取ると十分に勃起した分身に触れさせる。  
「これが……、私の、中に」  
弱々しく、ミィスは神の男根をさする。  
外気に曝されているのにそれは熱く、ただの肉でも骨でもないそれは硬かった。  
先端だけがぬるりと湿っている。  
そこをそっと指で撫でていると、神はふうっと息をついた。  
「聖女候補ミィスよ、ここからが試煉の山場だ」  
 
 敷布に染みを作る程の蜜を流し、渇く事の無い蜜壷。  
神はそこに狙いを定めゆっくりと腰を進める。  
が、ミィスは慌ててそれを制した。  
「お願いです明かりを、どうか……」  
神は今更かと渋い顔をしたが、ミィスが懇願するので仕方なく自ら身を起こし、明かりを消して回った  
目を凝らせば互いの顔が見える程度の暗闇が包みこむ。  
「これでよいだろう?」  
ミィスの秘唇に熱い神の、男の欲望があてがわれ、侵入する。  
「……つうっ」  
圧迫感に堪えきれず、ミィスは声を出す。  
「痛むのか?」  
神は挿入を急がなかった。  
口づけをしたり、芽を撫で、乳首をこね、優しい愛撫でミィスの体からは徐々に余分な力が抜けて行く。  
神は一気に腰を進め、ミィスを貫いた。  
 
 ミィスの蜜壷に神の男根がすっぽり根元までおさめられた。  
「お前……」  
神はそう呟くと、ミィスの膣をいっぱいに拡げていた神の男根がずるりと引き抜いた。  
赤く充血しひくついた秘唇からはとろとろとだらしなく蜜を流れ続ける。  
だが、抜かれた栓が再び挿入される事は無かった。  
「……??」  
一斉に火が灯される。  
神の性器はいまだ天を向いたまま、ミィスの愛液に濡れている。  
恐る恐る見上げた神の顔は、怒りに満ちていた。  
「お前、処女でないな?」  
「……え?」  
戸惑うミィスの蜜壷に乱暴に指を突っ込み、透明な愛液のみが絡む指をミィスに突き出す。  
「生娘にしては前戯一つに随分とよがると思っていたが、案の定こうして破瓜の血の一滴もなく容易に我を受け入れた」  
「そ、それは…」  
「痛がる振りをすれば騙せると思ったか?この我を、クーリヤを」  
「騙すだなんて……、本当に痛くて」  
痛みを感じたのは本当だ。演技ではない。裂けてしまうと思った位だ。  
「こざかしい、大方男と寝たのは久しぶりだったのだろう?純潔が必須条件の聖女候補でありながら、汚い女だ」  
「わ、私は!」  
言葉が続かない。  
体が震えるのはどうしてだろう。  
目が霞むのはどうしてだろう。  
「そこまでだ!」  
帳が開かれ、ミィスを案内した世話役の老人が立っていた。  
「雌豚が!穢れた体で何が聖女候補だ。お前は聖女ではない、魔女ラウェイだ」  
 
 魔女ラウェイ。聖母シェイムと対極の存在。  
 神に、民に忌み嫌われた毒婦。  
 
 二年前、ミィスは処女を失った。奪われたのではなく、捧げた。  
相手の男は東テルザ教会に通う一つ年上の男だった。  
好いた男に求められれば応えたいのが女だ。ミィスは自らの意志で恋人に体を許した。  
一度関係を持てば堕ちるのは簡単なこと。教会を抜け出し、何度逢瀬を重ねたことか。  
信者に見初められて教会を辞す尼僧は珍しくはない。  
ミィス自身もそれを望んでいた時期がある。  
だがミィスの恋人だった男が求婚の意を示したのと、ミィスに聖女候補の話が舞い込んで来たのはほぼ同時期だった。  
恋人が金持ちの息子なら、あるいは権力者の息子ならミィスは候補の話を断り、求婚を受けただろう。  
だが彼は辺鄙な村の農夫の息子にすぎなかった。  
富も栄誉も無縁な一農夫の妻と、国母にも等しい人として女として至高の存在。  
選べるのは片方だけ。選んだのも片方だけ。  
 
 平凡な女ではなく、高尚な女になりたかった。  
 ミィスは恋人の手を放した。  
 
 「あはっ、はははっ、あはははっ…ははは」  
渇いた嗤いが谺する。  
はだけた衣類を直しながら青年が目で合図すると、世話役がミィスの背後から彼女の裸体を隠すべくふわりと服をかけた。  
着慣れたはずの修道服が枷のように重い。  
「早く服を着ろ。穢れた体など見たくもない」  
「ははっ、はは、は……」  
かすれた嗤い声が止む。  
ミィスは焦点の定まらない瞳で、天井を見上げ、呟いた。  
「こんなことになるなら聖女の座なんて執着せず、さっさとあの男と結婚しておけばよかった」  
 
 情事の残り香は既に散り、潮の香がほのかに漂うのみ。  
部屋のどこかに控えていたのか、10数人いる世話役のほとんどがいつの間にか揃っている。  
「試練は終わりだ」  
長い黒髪を肩の後ろに流しながら神が無慈悲な宣告をする。  
「聖女候補ミィス、いや魔女ラウェイ。神を拐かそうとした罪は重い」  
魔女と呼ばれた娘が神と呼ばれる青年を血走った目で見上げた。  
「……私は、どうなるの?」  
神は振り返らずに言った。  
「神官でなくとも、敬虔な信者なら知っておろう?魔女ラウェイの末路を」  
ミィスをこの部屋に案内した腰の曲がった世話役がミィスの手に縄をかける。  
「やめて……、悔い改める機会を。お願い」  
隻眼の世話役が頭から袋をかぶせ、ミィスの口が塞がれる。  
「連れて行け」  
魔女と呼ばれた娘の声はもう神の耳には届かない。  
 
 この世に生まれた時より神と崇められし青年が退屈そうに欠伸をする。  
右に仕える目の窪んだ老人は神の長い黒髪に櫛を通し、  
左に仕える頬のこけた老人は神の爪を丹念に磨き上げる。  
「今回の試練は出だしがラウェイとはな。案外今年の試練で聖母が出るかもしれないな。次の候補が愉しみだ」  
「次の候補は誰になさいますか?」  
青年は数週間前に除き見た聖女候補達の姿を思い浮かべる。  
生意気そうな金髪か、従順そうな眼鏡か、覗き見た候補達の顔を思い浮かべたところで青年はくつくつと自嘲する。  
自分好みの女を最初に床に呼んでみたが、彼女は既に純潔ではなかった。  
神と呼ばれようと、青年は真実を見透かす目を持ってはいない。  
現人神は所詮人。  
生まれながらに神と名乗るの権限を与えられただけで、青年に奇跡を起こす力は無い。  
「次の候補はお前達に任せる。どうせ我がラウェイの穢れを落とす間に、女達の月のものやら事情があるのだろう。それより、東テルザ教会の始末は?」  
「聖女候補ミィスこと魔女ラウェイを排出した東テルザ教会は第二種慰安教会に降格するよう、通達を出しました」  
「主教に伝えろ。我の死後も100年は解くな。教会の解体も許さぬ」  
「はっ」  
 
 魔女の穢れを清める必要があるため、試煉を再開できるのは二週間先となる。  
人の出入りを制限するこの神の島には、普段は現人神である青年と世話役の老人しかいない。  
聖女試煉の間だけが特別なのだ。  
だが既に精力など枯れ果ている老人共にはともかく、外見通りの若さと体力を持て余す青年にこの島はひどく退屈な場所だ。  
聖女試練の期間は女を抱けるが、彼女達はいづれ島を去って行く運命。  
古の世のクーリヤ・ファサは五人もの女性を侍らせて優雅に天下統一をやってのけたが、  
今の世に神として生きる青年に求められるものは国を正すことでも導くことでもない。  
 
 神であること。ただそれだけ。  
 
 女人禁制のこの島で、辛い禁欲の日々がやっと明けたと思えば、乙女と思って抱いた女は既に生娘ではなく、また一人寝の夜が待っている。  
「次の候補にはもう少し長く我を愉しませて欲しいものよ」  
「お愉しみも結構ですが……、」  
目の窪んだ世話役が言いにくそうに切り出した。  
「二年前の様に、試煉終了時に生存している候補が半分という事態は繰り返してはなりません。去年は試煉自体が見送られたのです。今年の候補には教会側の密偵が紛れている可能性もお忘れないよう」  
世話役の一人は神に対し、聞き分けの無い子供を諌める様に静かに話す。  
「わかっておる。民は島に籠りっ放しの我だけでは満足せず、本土で実態のある聖母をも待ち望んでいる。試煉を大人しくこなせ、だろう?」  
窓から見えるケーネ海は昨夜飲み込んだ穢れをものともせず、今日も穏やかに波打つ。  
青く輝く波間に一瞬、藍色の修道服が垣間見えた気がして、青年は視線を逸らした。  
 
 
 朝の祈りを捧げようと、五体の聖女像の前に五人の乙女達が集っている。  
「あれあれ、ミィスさんが来てないよ?」  
声にも容姿にも幼さの残る小柄な娘がきょろきょろと室内を見回した。  
「あの方が寝坊だなんて珍しいこと。起こしてさしあげないと」  
どことなく気品溢れる金髪の娘が立ち上がる。  
「その必要はない」  
娘が振り向いた先には、世話役と呼ばれる腰の曲がった老人が立っていた。  
「聖女候補ミィスは脱落し、神の島を去った」  
老人の言葉に一同は息をのむ。  
「脱落ということは、ミィスさんは試煉を受けたのですか?」  
眼鏡をかけたくせ毛の娘が問うも、老人はそれ以上答えるつもりがないらしい。口をつぐんだままさっさと去ってしまった。  
「ついに試煉が始まったのね…」  
長い前髪で目を隠した娘が、ぼそりと呟く。  
「次は誰が試されるのでしょう?」  
聖母像を見つめていた長身の娘が祈りを捧げようとそっと瞼を閉じた。  
聖女候補達は、まだ何も知らない。  
試煉はまだ始まったばかり。  
 
聖女試煉 魔女は午前零時に嗤う end  
 
 
 
 

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