それはあまりにも唐突で物凄い出会いだった。 
あの日、あの道を通っていなければ出会えなかったはずだった。 
だが、通ってしまったものは仕方が無かった。これも運命とあきらめようとした。 
…にしてはかなり酷い運命だな、コレは。 
ともかく。俺は「そいつ」と会って、かなり人生が変わった。 
そいつは俺の事を(いろんな意味で)休ませてくれない。 
 
これは、俺、稲村和也と居候(ども)の作り出した物語。 
 
 
1 出会い 
 
夜。誰もが寝静まる時間の道を、俺は歩いていた。 
厚手のトレーナー、ミリタリーズボン、裾の長いコート。これがいつもの夜の格好だ。 
…別にバイト帰りでもなんでもなく、眠れない時のただの散歩。 
ただ家の近くを歩いて、たまにコンビニで何か買う。それがいつもの事だ。 
「…さむっ」 
コートの襟を直しながらつぶやく。この時期は防寒対策を完璧にしないと風邪をひきやすい。 
「やけに冷えるな…近くにしるこの自販機があったんだけど…」 
こういう寒い日に飲む缶しるこはかなりうまい。それに体も温まる。 
…いや、じじむさいとかお前歳いくつだとか言わないでくれ。確かに実年齢よりは老けてるかもしれないが… 
などと考えている間にしるこの自販機を見つけ、金を入れた。 
ボタンを押すときに「ポチッとな」とか言ってしまったが、それはいいとして。 
程よく温まった缶を取り出して軽く振り、タブを開け、口の中に熱いしるこを流し込む。 
口の中に広がる小豆の甘ったるさがたまらない。 
「……くぁぁ、温まるぅ…」 
などと言いながらその甘さと熱さにひたっていると、視界から違和感が伝わった。 
自販機の向かい側の近くにあるゴミ捨て場だ。 
「なんなんだ、一体?」 
即座に体が動いて、ゴミ捨て場へと歩いていった。 
『ゴミ捨て場にいつもは置かれていないものが置いてある』というのがさっきの違和感だ。 
(まあ、粗大ごみとか1/1人形とか死体とか…いや何で死体なんだよ。) 
ゴミ捨て場に来て、ついそういう想像をしてしまったほど…不思議な光景だった。 
…女性の形をしている人のようなものが、そこにあったからだ。 
服装は…なんと言うか変な格好としか言いようが無い。 
袖なしのセパレート水着を小さい金属の金具で繋いでいるような服(?)の上に、これまた袖のないコートのようなものを着ていた。 
そして腕には金属の輪についた袖らしきものをつけている。 
それに加えて、その頭に生えている長髪が晴れた空のような蒼色なのだから、やっぱり人形なのだろうかと思ってしまう。 
でも、それでもだ。 
 
――がに股でいびきかいて寝こける人形なんていねぇよな。 
 
上記の服装で、かなり容姿も整っている女の人(?)が大股開きで口を開けていびきをかいているのだ。 
正直言って、いろんな意味で近寄りたくなくなる。 
(どうしよ…これ…) 
俺自身としては近寄りたくない。でも、こんな寒い中この格好じゃあ凍え死ぬかもしれない。 
どうすればいい?どうすればいいんだ!? 
考えて、考えて、寒くて手の先が感覚なくなるまで固まりながら考えて。ようやく結論に達した。 
「…見捨てるか」 
…うん、非難するのは良くわかる。でも一言言わせろ。お前ら俺の立場になって考えてみろや。 
普通、こういう時の選択肢は大体二つ。「起こす」か「やめる」か。 
まあ、たまに「お持ち帰り」とか「そのままいただきます」とかいうことを考える奴もいるが。…へ?俺だけ? 
それはともかく。「起こす」となると、いろいろ問題が生じる。 
普通の反応を返してくれればまだいいものの、起こしたら何故か叫ばれたり手近なもので殴られたりしたら大変だ。 
…ヘタレ言うな。手近なものが鉄パイプとかだったらどうするよ。 
それに、何か嫌な予感がする。この手のパターンだと絶対俺に災難がふりかかる気がするからだ。 
とりあえずその場から離れ―― 
 
どしゃ 
 
…状況確認。まず俺はさっきの物体の近くにいて、そこから離れようとしたらいきなり足が動かなくなって地面に倒れた。 
…原因追求。何かにつまづいた、ありえない。バランス感覚もちゃんとあるし、その前に足が挟まれているような気が… 
「…って、お前かよ…」 
振り向いてみれば、そこにはさっきのいびきをかいていた物体が、俺の脚を自分の両脚で挟んでいる。…蟹ばさみとも言う奴だ。 
「そんなことをしたって俺はお前を拾わないからな…」 
すぐに脚を離そうとする…が…… 
いくら力を入れても一向に開く気配がない。…逆にこっちの脚を締め付けてくる。 
なんと言うか、物凄い力で。普通の人間じゃあここまで挟めないぞ、ていうかまじめに痛い。 
こういうときは腹か股間を殴れば一発なんだが、相手が女じゃあその技も使えない。 
もうこうなったらコレしかない。 
「…わかった。わかったから脚を緩めてくれ。」 
蟹女はその言葉を聞くとすぐに脚を緩め、先程までいた位置に転がって戻ると姿勢正しく仰向けで止まった。 
丁寧に胸に手を置いて。 
俺は立ち上がるとまっすぐにそれの近くに行き… 
 
めし。 
 
とりあえず顔を踏んだ。 
安心しろ。靴で直接踏むほど俺は鬼畜でもない。ちゃんと靴は脱いである。 
…あ、最近靴洗ってなかった。 
「お前実は起きてるだろ。それによくも蟹ばさみかましてくれたなぁ…」 
グリグリグリグリ… 
さっき地面に倒れたときに鼻おもいっきし打って、それの痛みがまだ引かない。 
その痛みが俺を怒りの状態にさせているのもあるが、何よりも実は途中で起きていてまだ寝たフリを続けている所がむかつく。 
むかつくのでそのまま顔面を踏みにじる。…あ、ぴくぴくしてる。相当臭かったんだな。俺の脚… 
しばらく踏んでから脚をどけると…白目むいて気絶してた。そんなに臭かったのか、と思わず落胆する。 
こうなったのも俺の責任。家に連れて帰るために、倒れている蟹女を肩に担いだ。 
 
 
青い屋根の二階建てアパート。そこの2階3号室が俺の家だ。 
階段を上り、鍵を開けようとして閉めてなかった事に気づき慌てるが、どうせ何も無いからな、と落ち着いてドアを開けた。 
短い廊下をまっすぐ抜けて居間のカーペットの上に先ほどの蟹女を横たえる。 
しかし、こいつって… 
「こんな体で何食ってりゃあんな重くなるんだか…」 
…全国の女性の方々、本当にすまない。でもこいつはかなり重かった。 
身長は大体160くらい、そんなに体型も崩れてはいないのに…むう、人体の神秘。 
とりあえず頬を叩いてみる。反応はない。 
「足裏攻撃がこんなにきついとは…おい、大丈夫か?」 
なおもペチペチと頬を叩いていると、突然… 
「…っ最悪よぉ!!」 
蟹女が跳ね起きてしまった。まあ、顔を覗き込みながら叩いていたので、 
 
ご。 
 
顔面にヘッドパットが直撃。…頭割れるかと思ったほど痛い。 
「せっかくあの組織から抜け出してわーいこれで第二の人生が送れるーって思ったら何か外が赤と緑二色になっててやたらと男女がイチャイチャしててむかつくったらありゃしないわ! 
 でーいこうなったらあたしだって男ゲットしてやるってなもんでゴミ捨て場でスタンバってたわけよ!それでも全然ひと来ないし! 
 ああもう向こうでも悲惨な生活送ってたのにこっちでも送んなきゃいけないの!?とか文句たれてたらつい寝ちゃって起きたら何か全員あたしを避けててって何でよ!? 
 よくよく考えたらあたしって寝相悪くて姉ちゃんにも『女の子なんだからもうちょっと慎ましく寝なさい』って怒られてたなーって思い出してたら偶然いい男が! 
 もうこの人に拾ってもらうしかないわよそうでしょだってあたしの運命の人なんだもん!!でも通り過ぎちゃったもんだからつい脚で絡めて引き止めちゃった。 
 それで目覚めのキスを待ってたらなんかものスンゴイ臭い物で顔グリグリされて…もうお嫁にいけないわ!!ねえアンタどう思う!? 
 せっかくいい女見つけたのにシカトして引き止めたらいきなり悪臭兵器攻撃よ!?普通はそこで『チュッ』ってキスしてくれるもんでしょうがー!」 
とんでもない早口でしゃべり尽くして、おまけに俺の肩を持ってガンガン揺すりやがる。 
「ちょ…やめ…」 
頭の中がグチャグチャにシェイクされるがそれでも蟹女の攻撃は止まない。 
「やめれっつーとんのが聞こえんのか!」 
女の腕を何とか振り解いて、思いっ切り怒鳴ってやったが… 
「ああもう最悪よ今日は絶対いい日にするつもりだったのにあんな酷い目にあってもうトラウマ確定だわ後はせめてあたしを拾う人間がとんでもない奴じゃないのを祈る限り…って、」 
全然聞いてないらしく一人ぶつぶつとつぶやいている…気味悪いなこいつ。 
あ、何か目ぇ合った。…綺麗な紅色の瞳が俺を貫く。 
「………あ。」 
目と目を交わし、ただ…長い時間が過ぎた…… 
女の唇が動き…一つの言葉をつむいだ。 
「…ちぃ……」 
「………パクるなァ!!!」 
ヘッドバット→膝蹴りでドタマかち割り→回し蹴り。しめて3コンボ。 
……あ、そういや今日聖夜だったっけ…とカレンダーを見る。そこには12/24の文字。 
 
――サンタさん、これはあなたの嫌がらせですか? 
 
20歳のクリスマスプレゼントが(イカレた)女だなんて… 
 

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