その日、私達はお茶をしていた。  
街の片隅の、こじんまりとしたカフェ。  
ケーキが美味しいのでお気に入りの店だ。  
目の前に座った友人陽子が、私を見て嬉しそうに言った。  
 
「あのねー。女の子っていいよ」  
 
女の子?  
首を傾げる私に向かい、陽子は笑顔のままで言う。  
 
「最近、玩具が増えたの。今まではずっと男の子ばかりだったけど、これがなかなかよくってね」  
「ちょっとした気紛れに、暇潰しで遊んでみたの。そしたらこれが大当たりでえ」  
「美奈子もよかったらやってみたら?アンタがオジ専だってのは知っているけどさぁ。結構楽しいよ」  
 
薄いピンクのルージュを塗った唇がにんまりと弧を描く。  
 
「んー…。でもなあ…。女の子かー…。女の子って怖いなあ。柔らかいし、無茶出来なさそう」  
「あらあら。何言ってるの。図太い女代表みたいなアンタが。女って結構頑丈だよ?」  
 
ふ、と口元のカップから立ち上がる湯気に息を吹きかけて。  
 
「まあ、興味湧いたら連絡してよー。一人可愛いの貸し出すからさ」  
 
まるでチェシャ猫のような笑みを彼女は浮かべ、彼女はそう言った。  
 
私と陽子はミストレスだ。所謂SMの女王様。  
同じSM店に在籍中に意気投合し、仲良くなった。  
彼女は年若い男を苛めるのを好み、私は年を経た男を苛めるのを好んだ。男の好みは噛みあわなかったがなんとなく気が合って、こうして店をお互い移籍した後でもプライベートで遊んだりしている。  
SMが昔から好きだった。ボンテージを初めて着た時のあの興奮は忘れられない。膝をつかせ、頭を下げさせた時のあの征服感。大の男が涙を流し懇願してくるあの表情。  
もうベテランと言われてもいい経験数だったが、それでも私はいまだに「男」オンリーだった。そも、自分と同じ性別の子を苛めるのもなんだか抵抗がある。  
 
「うーん…」  
 
ベッドの上に横たわり、私は迷っていた。  
SMの勉強にはなるかも…。でも、もし下手に扱って傷つけたら?  
女の子は柔らかいイメージだ。どの位で怪我をしてしまうのかも想像つかない。泣いてしまったらどうしよう。  
普段男を泣かせることに愉悦を感じる私が珍しい程にうんうん唸っていた。  
やってみたい。でもちょっと怖い。  
これが正直な気持ちだった。  
 
「…うわ!」  
 
枕元の携帯が震え始めたのは、丁度その時だった。  
発信者の名前を見ると、陽子。  
 
「やっほー。美奈子。今暇ー?」  
「暇だけど、何ー?どうしたの?」  
「今さ、○○に居るんだーぁ。おいでよ。私のお気に入りの子と一緒に飲んでるの。美奈子にも見せたくって」  
「ええ?」  
 
○○は私たち行き着けのSMバーだった。ちらっと時計を見る。  
電車はまだ動いている。胸が久しぶりにドキドキしていた。受話器を持つ手に力が入る。  
 
「…遊んでもいいの?」  
「ふふ。いいよー。じゃ、待ってるね。アタシの玩具、かわいーから。きっと驚くよ」  
 
通話は切れた。  
私は急いで支度を始めた。  
 
バーの扉を胸を高鳴らせながら開く。  
赤と黒が貴重の室内。所々に飾られているSMグッズのオブジェ。  
 
「あー。やっと来たー。ここだよ、ここー」  
 
陽子はすぐに見つかった。屈託なく笑ってこちらに手を振っている。  
 
「そろそろかな、って思ってたら、案の定だったね。電車?」  
「ん。車だと飲んだら帰れないから、って…。――その子が?」  
「うん。うふふー。アタシの玩具」  
「は、はじめまし、て…。陽子様の玩具の、香澄です」  
 
陽子の隣には、少女が居た。  
まだ十代に見えるが、このバーに居るのなら、二十歳は越えているのだろう。  
相手の顔を何気なく見て、私は一瞬、息を飲んだ。――物凄く、可愛い子だった。  
華奢な体格。白い肌。黒い目は大きく、吸い込まれそうだった。  
 
「んふー。可愛いでしょー。今の、一番のお気に入りなんだぁ」  
 
カチ、と小さく音がした。  
同時に、びくりと香澄の身体が跳ねる。  
 
「あっ、よ、陽子さ…っ!」  
「だめよー。香澄ちゃん。そんなんじゃ。自己紹介の仕方、アタシちゃんと教えたでしょー?」  
 
ぶるぶると震えながら香澄は隣の陽子を見る。でも陽子はにこにこと微笑むだけだ。  
カチ、とまた音がした。「あうっ」と香澄の身体が前屈みに折れる。  
ああ…これは…何か玩具仕込んでいるな…。  
私は遠い目になった。陽子はこういう、羞恥系のプレイが好きなのだ。  
恥かしい行為を請わせ、言わせて、相手の自我をじわじわと破壊していくのを好むタイプのS。  
苦痛を与えるよりは確かに身体に対する負担は軽いのだが、その分心の底からの服従、隷属を相手に求める。  
香澄は小刻みに震えたまま、膝丈までのスカートを捲り上げていった。  
…その下に、下着はなかった。  
 
彼女の恥部を覆い隠すべき薄い布はなく、そこに在るべき筈の陰毛もなかった。  
綺麗に剃り落とされた其処は生え際の名残すらもなく、つるりと子供のように滑らかだった。  
 
「ねー。美奈子。これ、見てよ。綺麗でしょ?永久脱毛させたんだ。  
 だから香澄はずーっと、つるつるのおま○このまんま。まるで子供みたいでしょ。  
 でも、本人が望んだんだよー。アタシが陰毛邪魔ーって言ったら、貯金はたいて脱毛してくれたの。  
 健気だよねー。可愛いよねー?」  
 
くすくすと香澄の身体を後ろから抱きながら陽子が笑う。  
震える恥骨のその下にきらりと光るものがあった。クリトリスの…根元に、何かリングのようなものが挟まっている。  
よくよく見れば震えていて、陽子のスイッチはこれの電源を入れた音らしかった。  
 
「あ、それ?アダルトグッズのお店あるじゃん。ネットの。あそこ。  
 そこでさー。買っちゃったんだ。ピアスにしようか、迷ったんだけどねー。  
 アタシピアスきらーい。だって穴開けるんだよ?痛そうだよねー。だから、これはリングなの。  
 輪ゴムみたいな感じでね?左右に引っ張ると広がるの。でも一度嵌めるとなかなか取れない。  
 クリ剥いたままで根元縛るとずーっと剥き出しのまま、固定してくれるの。便利でしょ。  
 後振動する事も出来るんだー…。こんな風にね」  
 
カチ。  
 
「うあ、うあああああ…ッ!」  
「ほらほら、香澄。自己紹介はー?さっきから荒い息吐き出すだけで、言葉が出てないよ?  
 駄目でしょー?アタシのお友達の前なんだからさー。しゃんとしなきゃ」  
 
ぴったりと腿をつけたままでも、はっきりと見えるピンクの肉芽。  
彼女はスカートを片手で持ち上げ、片手をゆっくりとそれにと近づけていった。  
ぱくりと左右に開く。赤い、赤い秘肉がひくひくと揺れている。  
ぬらりと愛液に塗れているクリトリスが、異常なまでの魅力と存在感を放っていた。  
 
「あ、あたし、は…。香澄、といいます。陽子さんの…陽子様の、クリトリス、おもちゃ、です…」  
「クリトリスを弄ってもらうのが大好きで大好きで仕方ない、えっちな…女の子、です」  
 
ぷしゃ、と香澄が言い終えるのと同時に、そこから何かが溢れて、床を濡らした。  
クリトリスと限界まで勃起させ、その勃起されたクリトリスをリングの振動で苛められ、自分の口から卑猥な言葉を言わせられ、彼女は絶頂した。  
 
くたりと倒れそうになる体を、後ろに居る陽子が支える。  
香澄を抱えたままで後ろに移動し、スツールの上に自分が座り、その膝の上に彼女を座らせた。  
私もなんとなく隣に座る。  
 
「ふふ。かーわいい」  
 
ぺろりと香澄の頬を舐める陽子。そこでようやく、閉じていた香澄の両目が開いた。  
ぼんやりとした目のまま、睫毛をふるふると震わせている。  
 
「よ、陽子、さ…」  
「うんうん。上手に言えたねー。偉かったねー?いい子だねー」  
「う、嬉しい、です…っ。有難う、ございます…ああ…ッ」  
 
くねる体の中心で、まだクリトリスリングは振動を続けていた。  
 
「…止めてあげないの?陽子」  
「えー。なんで。せっかく気持ち良さそうなのに」  
「…てっきり、上手に自己紹介出来たら外してあげる「ご褒美」だと思っていたわ」  
「美奈子ってば、誤解してるーぅ。あのね、香澄は玩具なの。奴隷ちゃんとは違うのよ」  
 
後ろから香澄の脚に脚を絡ませる陽子。  
ぐい、と力を入れて脚を動かせば、香澄の股がぱっくりと開いた。  
「やっ…!」と羞恥にか、か細い悲鳴が上げる香澄。  
 
「香澄は、アタシの、玩具なのよ」  
 
一言一句、くっきりと、陽子はそう言った。  
…あの、チェシャ猫の笑みで。  
 
「奴隷ちゃんはーぁ。奴隷ちゃんだからさ。希望とか聞いてあげるわけよ。  
 鞭でうたれたーい、とか。蝋燭垂らしてくださーいとか、そういうのね。  
 勿論何か奉仕して、その後にご褒美、っていうのが大前提だけど。  
 でも、香澄は玩具なわけよ。この違い、わかんないかなー?美奈子」  
 
ぶるぶると振動を続けるリング。  
ぶるぶると振動に苛まれるクリトリス。  
陽子は、赤く腫れ上がっているそこに、さらに赤い色を乗せた爪先を近づけて。香澄の肉芽をきゅっ。と摘んだ。  
 
「ひ、ぁ…!ひあああ、…っ!!」  
「玩具には、意思なんてないの。アタシが飽きるまで玩具は遊ばれるの。…だって玩具なんだもの」  
 
意思なんかない。  
ただ弄ばれるだけ。  
飽きるまで玩具の所有者の、遊び相手を務めるだけ。  
陽子の指で、香澄の先端がぐにり、と押し潰され。  
――香澄は大きく背中を仰け反らせ、二度目の絶頂を迎えた。  
 
スツールは、愛液に塗れた。  
ぽたぽたと溢れる液体が、スツールから零れ、床にまで滴っている。  
…辺りは、雌の匂いで一杯だった。  
 
「あーあ。あああーあ」  
 
いやらしい笑みで、陽子が床の染みを見る。  
 
「もらしちゃったね。香澄」  
「ひっ…ひっく、うえ、っ…」  
「はいはい。泣かない泣かない。いいんだよー。漏らしちゃっても。別に怒らないからねー。香澄はいい子だもんね」  
 
撫で撫でと陽子の指が香澄をあやすように撫でる。  
でも、その撫でる先も、香澄の頭ではなく、クリトリスだった。  
香澄のクリトリスは、もう小指の先くらいまで膨張していた。まるでそこだけが別の生き物のように、生々しく震えている。  
 
「よっと」  
 
カチ。と陽子が手元のスイッチを切る。  
 
「あんまりやり過ぎても、感覚鈍っちゃうからね」  
 
切ったりつけたり切ったりするのが、一番いいんだよ、とうふふ。と陽子は笑った。  
…振動を切られていても、根元を露出させ、そのまま固定されている事に変わりはない。  
香澄のそこは相変わらず拘束されたまま、なす術もなく震えていた。  
 
「ん、っ…。んふ…っ」  
 
先端をくるりと撫でられ、身悶える様子が艶かしい。  
尿道口をつうっと爪の先で擽られると、彼女は顎を持ち上げて悶えた。  
そこからだんだんと男でいう裏筋を撫でるように根元から先端へ。陽子の指はまるで魔法のように、酷く器用に動いた。  
あんな小さい肉芽なのに、ちゃんと指で摘めるのだ。それはリングでむき出しにされているからかもしれなかった。  
 
「さーてと」  
 
クリの先端を指の腹でとんとんと叩きながら、陽子が私を見る。  
香澄の愛液でぐしょぐしょのそこは、指をくっつけ、離すたび、にちゃあ、と音を響かせた。  
 
「…せっかくだし。一緒に遊ぼうか。美奈子。香澄、可愛いでしょう?」  
「……。――え?」  
「可愛いでしょ?」  
 
大股開きのまま、汗だくで。荒い呼吸を繰り返して。  
目はぼおっと虚ろで、口は半分開いていて。愛液に塗れていて。  
髪の毛も身悶えて頭を何度も振っていたせいで。ぼさぼさで。  
それでも。  
いや、それだから、こそ。  
 
彼女は、美しかった。  
 
「貸してあげる。特別だよ?」  
 
陽子はにこっ、と微笑んだ。  
 
そして。見間違いでなければ。  
その瞬間に香澄も、…うっすらと。微笑んだのだった。  
 
その瞬間、私は確信した。香澄は、Mだ。  
被虐されるのを好み、そんな自分に興奮する、生粋のマゾヒストだ。  
 
「…成る程…。陽子が気に入る訳だわ…」  
 
陽子に手を伸ばす。心得たようにすぐに手のひらの上にスイッチが乗せられた。  
ピンク色の、ローターによく似たメモリ式のやつだ。よくよく見れば五段階まである。  
 
「あ、それねー。3までにしてね。4まで一度やってみたんだけどさ。白目剥いて倒れちゃったんだ」  
「…あんた、何してんのよ…」  
「遊んでただけだもーん。香澄だって気持ちよかったもんねー?」  
 
うふうふと後ろから香澄の身体を抱く陽子。  
二回連続でいかされている香澄は喋る気力もないらしい。ずっと肩を上下させる息を繰り返している。  
 
「あ、そういえば、陽子」  
カチ。  
「ひっ、ひあ、ひああああっ…!」  
「うん?なあにー?美奈子」  
カチ。  
「あう、あう、ふぅ、っ…」  
「膣はどうしてんの?中の方」  
「あ、そっちはねー。うふ。実は処女なんだー」  
「本当?」  
カチ。  
「うあああああ…ッ」  
「本当本当。だからこそ、そっちは触ってないの。処女なのに淫乱ちゃん、って仕立て上げたいんだよねー」  
「成る程ね」  
 
中には一切触れないで。クリだけの性感を限界まで高めて。  
……それは、なかなか。  
 
「いい趣味だわ。陽子」  
「でっしょー。うふふ」  
「ふふふ」  
 
メモリを「2」で固定して、私は立ち上がる。  
ここは、SMバーなのだ。壁や天井に飾られているSMグッズは、決してただの飾りじゃない。  
希望者には、貸し出しもある。  
 
「ママ。お願いがあるの。幾つか道具貸してくれない?」  
 
唇が笑っているのを自覚しながら、私は道具を手に取った。  
 
…さて。  
ここで少し、SMについて簡単に説明をしよう。  
 
SMは大きく五つの分類に分けられる。  
 
まずは苦痛系。鞭や蝋燭などのプレイを好むSMがこれにあたる。針を刺したりするのもこれだ。  
そして羞恥系。陽子はこれだ。露出させたり、恥かしい体勢を強いたり、言わせたりして相手の恥かしさや、居た堪れなさを煽るプレイになる。  
快楽系。たとえどんなに気持ちいいものでも度が過ぎればそれは苦痛になる。これは気持ちのいい拷問とも呼ばれていて、M初心者はこのプレイから入る事が多い。  
そして。  
私は縄を手に取った。  
 
「陽子。香澄ちゃんをこっちへ」  
「はーい」  
 
香澄の肩に手を回し、バーの奥にある、ステージの上へ。  
ガラガラと大きな音をさせつつ天井からぶら下がるフックを移動させ、陽子に支えられたままの香澄の身体を手早く縛り上げる。  
フックに縄の先を引っ掛け、一度、香澄の身体の危うい場所に縄が食い込んでいないか確かめて。  
ぐいっと力いっぱい、縄を引いた。  
 
「いやっ、あああああ…!」  
「おー。今回はM字開脚縛り吊りか。いいねえ。これだと確かに一番クリ触りやすいわ」  
 
拘束系。私がこれだった。  
言葉の響きだけでどういう嗜好なのかは想像つくと思うのでこれの解説は避ける。  
ちなみに、もう一つの嗜好についても明言は避ける。言わないのは私の良心だ。  
苦痛系以上の苦痛プレイ。ある意味全てを極めたSM嗜好の持ち主が辿り着く境地。  
私はその最後のプレイにはまだ辿り着いていないし、辿り着きたいとも思わない。  
 
M字開脚縛り吊り。それは簡単に言えば和式トイレに跨った姿のまま、後ろにコテンと転んだような姿の緊縛だ。  
縄を一つ一つ確かめていく。筋を痛めていないか。関節は平気か。手首など締め付けていないか。血は通っているか。  
こういうのを確認するのは縛りをする上でのSの義務だ。  
 
「あーん。美奈子の吊りって本当に、芸術的ぃ。アタシはこういうの出来ないのよねー。不器用だから」  
「…そういえば、服の上から普通に縛っちゃったわ。皺になったらごめんね?」  
「んー?大丈夫よう。いざとなったらクリーニングすればいいのっ」  
 
脚はもう閉じられない。隠す事は出来ない。  
腕も完全に後ろ手に縛られ、彼女はもう抵抗の全てを奪われた。  
白いブラウス。ベージュのスカート。ブラウスと同じ、白い肌。  
その全てに今や赤い色の線が絡んでいた。  
スカートをそっと捲り上げる。  
香澄の下肢が、露になる。  
 
「さてと。下準備はここまで。…陽子」  
「はあい?」  
「救急箱取ってきて」  
 
一瞬きょとんとした顔の陽子が、すぐさまに笑って踵を返す。  
ぐい、と香澄の腿を押す。今でも開いてはいるけれど、もっと、もっとステージの光に、クリトリスを晒すように。  
彼女の性感を、もっともっと高めてあげよう。  
…ああ。ドキドキする。  
今度は私が香澄をいかせる番なのだ。  
香澄の内腿に軽く口付け、私はそっと微笑んだ。  
 
自分の眼前に丁度香澄の股間が見えている。  
大股開きで腕を後ろ手に縛られ、吊り上げられた香澄の姿は、スポットライトに照らされてまるで芸術品のようだった。  
うう…と呻く度、小さく苦痛に身じろぐ度、ひそひそと、バーのあちこちから、客や、キャスト達の視線を感じる。  
 
「美奈子ー。持ってきたわよ」  
 
救急箱を片手に、陽子が戻って来た。  
 
「うふ。注目されまくりね。香澄ちゃん、可愛いもんね。美奈子の吊りの見事さもあると思うけどっ」  
「お世辞はやめて頂戴よ。私なんて、まだまだだわ」  
「謙遜しちゃってえ。んもう。…まあそれはともかく、さっき打診されちゃったわ」  
「打診?何を?」  
「あの奴隷と、少し遊ばせてくれないかって」  
 
すうっと陽子の目が細くなる。  
 
「お断りって突っぱねてきたわ」  
「あらあら」  
 
私は小さく笑う。陽子はこれで結構嫉妬深い。  
お気に入りのものには「物」や「者」問わず、大事に大事にして可愛がる。  
自分のものは自分のものとして、他人の手が触れるのを酷く嫌がった。  
私はどうやら懐かれているらしく、何度か奴隷交換もしたが、私以外にはお願いしてもけんもほろろの返事らしい。  
 
救急箱をぱかっと開く。  
 
「膣は駄目なのよね?」  
「うん。だめー。クリだけにしてね」  
「じゃあ、こっちは、いいのね?」  
 
ここ、と指で示す。  
 
「んー…。ギリギリの所だけど…まあ、いいかなあ…。ん、おっけ」  
「あ、あの…!あの、っ…!」  
「ん?どうしたの。香澄ちゃん。痛いの?」  
 
今までずっと口を閉ざしていた香澄が、いきなり声を上げた。  
縄でも痛いのかと顔を覗き込むと、彼女の目は不安定に揺れていた。どうやら不安らしい。  
彼女は腰を天井に突き出すようにしている為、私達の声は聞こえても顔を見るのは難しいのだ。  
当然、どういう相談をしているのかもわからないだろう。  
 
「ああ、大丈夫よ。痛い事はしないからね」  
 
顔を見せて微笑みつつ膝を軽く撫でてあげると、香澄はほっとしたようだった。  
顔の強張りが少し緩む。  
 
「本当、ですか…?」  
「うん。本当。女の子に鞭とかしたくないし。ロウも絶対使わないわ」  
「…美奈子。香澄には随分と優しいじゃないの…。なんか、妬けちゃうなあっ」  
「何言ってんの馬鹿」  
 
無言のまま淡々とするプレイも、あるにはある。  
次に何がくるのか読ませない為に無表情で何も言葉をかけずに連続でしていくSMのやり方もある。  
でも香澄にはそれはしたくなかった。安心して身を任せて欲しかった。  
何と言っても、自分は今日会ったばかりの初対面なわけだし。  
 
「陽子。香澄ちゃんの目の届く場所に居てあげてよ?」  
「え。なんでよ」  
「なんでって。アンタが見えないと不安でしょうが。彼女。連れてきたのアンタなんだからその位責任もちなさい」  
「えー…」  
 
ひそひそと小声で言葉を交わした後、陽子はぶつくさ呟きながら香澄の傍にと歩いていった。  
…大丈夫かな、と思うが、こちらもそろそろ香澄で遊びたい。  
救急箱から綿棒を取り出す。ローションを取り出しかけて、いらないか。とそれは救急箱に戻した。  
香澄のそこはいまだ震え続けるクリトリスのリングのおかげで、溢れる程に濡れていた。  
 
綿棒の先には丸み。  
そして。  
その反対側には、耳掻き。  
 
この綿棒は片側が綿棒、片側が耳掻きという、便利なものだった。  
…今回は、こっちの、耳掻き側を使う。  
 
「香澄ちゃん、じゃあ、息吐いててね」  
「? …は、はい」  
「ちょっと辛いかもしれないけど、きっとすぐ慣れるわ。…いくわよ」  
 
耳掻きを、上に向けて。  
そっと。  
香澄の尿道に、差し込んだ。  
 
 
絶叫だった。咆哮と言ってもいいかもしれない。  
あの愛らしい香澄の口から出たとは思えない悲鳴が、空気を切り裂き、その空間全ての鼓膜を揺るがした。  
 
「あっ、あがっ、あぐぁ…っ!!」  
「陽子ー。香澄ちゃんの様子はどうー?」  
「うーん?凄い脂汗だね。後、ガタガタ震えてるねー」  
 
あはは、と笑う声がする。陽子が笑っていられるうちは、まあ大丈夫だろう。  
あれで陽子はかなり見極めが上手い。本当に駄目なら駄目と、すぐさまぴしゃりと止めに来る。  
香澄は想像もしなかったに違いない。まさか、「そんな場所」に、物を入れる日が来るなんて。  
彼女は今、尿道の中に耳掻きを咥え込みながら、ガクガクと全身を震わせていた。  
 
「そーっと、するからね」  
「ひ、ひいいっ」  
「んーと。この辺りかな?」  
 
少しだけ進める。  
少しだけ引き抜く。  
くるりと回転させてみる。  
軽く左右に揺らしてみる。  
 
ほんの少し綿棒を揺らすだけで、彼女の身体は大袈裟なまでに痙攣し、喉奥から声を張り上げた。  
中を傷つけないように、この上なく慎重に動かしているつもりなのだが、それでも香澄にとってはとんでもない刺激らしい。  
溢れる愛液がどっとその量を増す。香澄の腿はすでにべったりだった。  
てらてらと光るそれが、暗い照明に照らされてなんとも艶かしく、美しい。  
 
「こうして」  
 
ぐるん、と耳掻きを上に向けて。  
 
「――こうする、と。…どんな感じ?」  
 
クリの付け根を狙って。内側からかりっと引っ掻いた。  
 
「あああっ、いや、いやあああっ。やめて、やめてえええ、助けてえええっ」  
「あっは。香澄ちゃん、いい声ーっ」  
 
じたばたと暴れる香澄を、陽子が羽交い絞めにする。  
ストップは、かからない。  
……なら、まだいけるのだろう。  
 
「よ、陽子、さ…陽子さ…っ。わたし、わたしもう、だめです…っ」  
「ん?でも、気持ちいいでしょう?たまんないでしょう?」  
「ふぇ、っ…。いや、もういやああ…っ」  
「嫌、ってずっと言ってるけどさあ、香澄」  
 
片手でこりこりとクリの根を責めつつ。  
こっそりともう片方の手で。香澄にも、陽子にも見えない位置で。  
 
「――香澄、ずっとさっきから、顔が笑っているんだよ?」  
 
カチ。  
リングの振動を、「3」にと、変えた。  
 
声もなく、背中がびんっと張り詰め、香澄は息を止めた。  
一瞬の完全な硬直。そして。  
生温いものが、私の手にかかった。  
 
「あらー?あらあらあら」  
 
ちょろ、という音がし始めるのと同時に、陽子が私の顔を見た。そして下肢と、そこから溢れるものを見て笑う。  
香澄は失禁していた。汗を流し、涙を流し、愛液を垂れ流し、とうとう尿まで漏らした香澄は、完全な放心状態だった。  
濡れてしまった右手を軽く払い、リングの電源をカチッと落とす。  
キャストに頼んで雑巾を借りると丁寧に汚してしまった床を拭き、縄を解き、陽子と二人がかりで移動して、香澄の身体をゆっくりと綺麗な場所へと横たえた。  
 
「あは。香澄ちゃんってばぐったりしてるー。あはは。心ここにあらずって感じだねっ」  
 
陽子はご機嫌だ。お気に入りの玩具が見せた表情と痴態が、余程お気に召したようだ。  
私はといえば横たえた香澄の身体のあちこちをチェックし、縄の痕が変についていないか、痛がっている場所はないか丹念に調べていた。  
 
「…美奈子。念のために聞くけど。ちゃんと手洗ったわよね?」  
「おしぼりで拭った後でちゃんと手洗いで石鹸も使って洗ってきたわよ」  
「ん。それならよしっ。アタシにはスカトロの趣味はないからねっ。香澄のでも、美奈子の手でも、触るのは勘弁だからねっ」  
「はいはい。綺麗だから安心なさい」  
 
香澄の太股におしぼりを滑らせ、汚れた箇所を拭っていく。  
あたたかい布に拭われる感触に意識が戻ったのか、失禁してからずっと反応の鈍かった香澄が、う…と小さく呻き声を漏らし、私の顔を見上げてきた。  
 
「あら。大丈夫?」  
「み、美奈子、さ…。わ、わたし、どうして…」  
「少し気を失ってたのかしら。さっき、あなた失禁したのよ」  
「お漏らししたんだよー。香澄ちゃん」  
「えええええっ」  
 
かっ、と香澄の顔が赤く染まる。耳も、首までも真っ赤にした彼女は、慌てて身を起こそうとして、そのまま床にと崩れ落ちた。  
 
「しばらく縛られてたんだし、何度も立て続けにいかされてるんだもの。脚がくがくしてしばらくは動きが鈍い筈よ。大人しくしていなさい。ちゃんと綺麗にしてあげるわ」  
 
そう言うと香澄は赤い顔のまま、こくん、と頷いた。  
スカートは捲り上げられていたので無事だった。汚れは内腿と、女陰部に少し位だ。  
ささっと拭ってしまえばもうやる事はなくなった。  
 
「…陽子。これ、返すわ」  
「うーん?」  
 
リングのスイッチを陽子にと返す。  
 
「なかなか楽しめたわ。それ。陽子の言ったとおり、女の子も悪くないわね」  
「あれ。もう返しちゃうの。まだ遊んでもいいのに」  
「……、っ」  
「こら。冗談言わないの。これ以上は流石に香澄の身体が辛くなるだけよ」  
 
一瞬息を飲む香澄を見、私は肩を竦める。  
くるくると手の中でスイッチを弄びつつ、陽子はくすくすと笑った。  
 
「いや、今のはきっと、期待したんだと思うけどね?アタシは」  
「…あんたね。お気に入りなんでしょう?遊び過ぎて壊しちゃったら元も子もないでしょうに。お気に入りならもう少し大事に扱ってあげなさいよ」  
「あらら。怒られちゃった。大事にはしてるんだけどなー?」  
 
香澄を抱きしめる陽子。  
涙でぐしゃぐしゃの頬に軽く口付けて。  
 
「だって玩具にとっての幸せって。「あそばれる事」でしょう?」  
 
まるで魔女のように、陽子は微笑んだ。  
 
…  
……  
………  
 
そして。  
 
それからは、普通に三人で話して、食べて、飲んだ。  
SMについてキャストや他の客と語り合ったり。香澄にちょっかいを出そうとする客を軽くあしらったり。  
Mの客に鞭を振るったり。少し回復してきた香澄をまた彼女と共にかわいがってあげたりした。  
タクシーを呼び止めて、中にと入る。  
別れ際の会話がふと脳内に蘇った。  
 
「っはー。飲んだし、遊んだねえ。じゃ、おやすみー。美奈子。また遊ぼうね」  
「……。ねえ、陽子」  
「ん?」  
「あの『あそぶ』ってさ。「遊ぶ」のと、「弄ぶ」のと。…どっち?」  
 
んー。と少し考えて。  
 
「多分、どっちも正解かな」  
 
そう答えた。  
その言葉を言った時の、彼女の表情が忘れられない。  
くるりと踵を返し、後は立ち去ってしまったからその後の事はわからないけれど。  
後姿だけでもやっぱり彼女は綺麗だなあ、と「私」は思った。  
 
「ん、…」  
 
ごそりと肩で身じろぐ気配がする。  
 
「あ、起きた?」  
「あ、あれ…。陽子、さん…?ここは…?」  
「寝てていいよー。もうすぐ着くから。帰ったら、お風呂入ろうね?」  
 
とんとんと隣で肩に凭れている香澄の肩を叩く。  
寝かしつけるように優しく数度頭を撫でてあげると、香澄はまた瞼を閉じて、うつらうつらし始めた。  
私以外の相手に触られたのはこれが始めてだったし、多分とても疲れただろう。今日はゆっくりと休んで、いい夢を見て欲しかった。  
起こさないようにそっとそっと、私も香澄の頭の上に頭を寄せる。  
香澄の吐息が、頬にかかる。規則正しい寝息の音が、髪を揺らすのが少しくすぐったい。  
 
「ねーえ。香澄。美奈子は、気持ちよかったでしょう?」  
 
答えが返らないのを承知の上で、小さな声で話しかけた。  
 
「あの人は、アタシの憧れなの。初めて美奈子を目にした時、この人だ、って思ったわ。  
 アタシの理想の女王様。誰よりも綺麗で、美しくて。  
 近付くのにとっても苦労したわ。美奈子は他人に興味がないから。  
 少しずつ少しずつ距離を詰めて、ようやくここまで来たの」  
 
美奈子の責めがすぐ傍で見られる場所まで。  
この位置を手に入れるのに、私はとても努力してきた。  
初めて共同プレイをした時のあの興奮ったらなかった。一切の容赦も手加減もなく責め続け、泣き叫ぶ奴隷の頭を踏みつけたときのあの表情。  
ぞくぞくした。興奮した。自分の女の部分が濡れた。  
あの人に責められたい。心の底からそう思った。  
 
「…だったら。言えばよかったじゃ、ないですか…。美奈子さんに、責められたい、って…」  
 
すっかり寝ているものだと思っていた香澄が声を出したので、私は少し驚いた。  
 
「…あら。寝てたものだと思ったいたのに」  
「陽子さんの声を聞けば…すぐに、起きます。命令…。聞き逃したく、ありませんから」  
 
すり、と顔を押し付けてくる。  
 
「んんー。でもね。駄目なんだ。アタシは今の「S友達」の位置も手に入れていたいからさ」  
「? …それは、責められたら、なくなっちゃうもの、なんですか?」  
「うん。そしたらもう、Mにしか見て貰えないでしょう?ここまで来るのに結構苦労したんだよアタシ。だからこの位置は手放したくないの」  
「……。よく、わからないです」  
 
困惑している香澄にちょっと笑う。  
 
「多分一度でも責めをお願いしたら、もう今のようにはいかないんだ。それは勿体ないんだよね。Mに対する目で見られるのもドキドキしそうだけど、この関係が今は気に入ってるの」  
 
可愛い。可愛い、香澄。  
私の可愛い玩具。  
 
「ね、香澄。美奈子の責めは、どうだった?」  
「すご、かったです…。厳しくて…怖いんだけど、…気持ちよくて。激しいけれど、優しかった」  
「された事、覚えてるわよね?どこをどうされたのか。どんな風に、責められたのか」  
 
タクシーが止まる。  
香澄と二人で、車から降りる。  
 
「美奈子、これで女の子に目覚めてくれないかなあ。淡い期待かなあ  
 あの胸、揉んでみたいなあ。唇にちゅーしたいなあ。  
 どんな縄師でも顔負けのあの技術で縛ってくれないかなあ。  
 ゴミを見るような目で見てくれないかなあああ!」  
 
美奈子。美奈子。美奈子美奈子美奈子!  
 
「部屋戻ったら遊ぼうね香澄。美奈子にされたようにアタシの身体を責めてね。  
 縛りはまだ難しいだろうからリングのスイッチだけでいいよ。でも縛り練習してね。それでいつかアタシを縛ってね。  
 尿道責められるのってどんな感じなのかしら。本当えげつない事を考えるわあ。耳掻きよ、耳掻き!  
 本当、さっきは羨ましかった!アタシも責めて欲しかった!でもこれで香澄は一つ美奈子の責めを覚えたものね。また今度やりましょうね!  
 香澄は美奈子にはなれないけれど、でも美奈子を真似る事は出来るもんね!ああ楽しみ。楽しみだわ!」  
 
香澄の手を取ってマンションのエレベータに向かって歩く。  
お気に入りの玩具の手を取り小走りに向かう。  
玩具。そう。香澄は玩具だ。  
男性器を模して作られたバイブと同じ。  
美奈子のかわりに、香澄を使う。つまりは私のオナニーの道具。  
これは香澄も承知済みの事。  
 
「陽子さん」  
「ん?なあに。香澄」  
 
私たちは笑う。  
今までの出来事と、これから始まる予感に胸を期待に高鳴らせて。  
 
「…気持ちよかった、ですか?」  
「うん。とーっても!」  
 
香澄のスカートが、朝風にひらりと靡き。  
私のスカートも、同じ風に煽られて勢いよく後ろに流された。  
 
「そしてもっと、気持ちよくなるの。…さ、部屋に、戻ろう?」  
 
 
同じ位置。クリトリスの部分に、同じ色の金色が光っていた。  
 
 
おわり。  
 
 

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