書類を持っていった執務室ですすめられるままにコーヒーを飲む。  
「この間は楽しかった。だがあんまり束縛すると嫌われるぞ」  
悪戯っぽい目で見られながらも、コーヒーを口に運ぶ。相手は数少ないレナードの上官だ。  
「最初から嫌われておりますので」  
「包囲して、退路を断って捕獲するか。戦場では有効だがな」  
「とんでもない。行動にも制限などつけてはいませんよ。彼女は自由です」  
コーヒーを飲みながらレナードの上官は苦笑する。  
「あれほど君のものだとおおっぴらにされているのに、手を出そうなんて命知らずはいないだろう。  
こちらは君の溺れようを見て楽しませてもらっているがね。どこに惹かれた?」  
カップを持つ手が止まる。  
「あの、目です」  
「ああ、そうだね。中佐を思い出すよ。強い目だ」  
「それに潤んで見つめられると、最高ですね」  
「……想像だけさせるのか。嫌な奴だ」  
 
天気のよい昼下がりに、大きく外を見られる窓の側で話される内容はそこはかとなく淫猥になってきた。  
「この年で、と自分でも驚いていますよ」  
「ふうん、そんなに彼女はいいのかい?」  
レナードは笑う。  
「それはもう。極上です。手放せませんね、そのためにどうしようかと思い悩むほどです」  
「……彼女に同情するよ」  
コーヒーを飲み干して、レナードは上官に釘を刺す。  
「閣下、いつも私のものを掠め取ろうとする、その姿勢はいい加減正していただきたいですね」  
「君の選択眼と審美眼を信頼しているからだ。いつも欲しくて堪らないものを手に入れているだろう?」  
悪びれずに言い放つ上官のこの癖はいつものこと。  
「大して本気でもないのに、割り込むのはいささか迷惑なんですよ、特に今回は」  
「やれやれ、数少ない楽しみを取り上げる気か? せっかく面白そうだったのに」  
それに、とカップを少し持ち上げて笑うその目は、少し本気が入り混じっている。  
常に数手先を読んで状況を支配する術に長けた上官は、レナードの始めた酔狂の行方に危ういものも感じている。  
「あまり、彼女を甘く見ない方がいい。気付いたら手玉に取られないように忠告しておく」  
 
何度抱いても頑なな心はともかく、体の方は自分に馴染んできたようだとレナードは思う。  
組み敷いたリインの体に唇を落とす。目を閉じて顔を背けているが唇が触れるたびにひくり、と反応している。  
その顔はうっすらと上気しはじめ、体の方もすっと刷毛ではいたように薄紅色になってくる。白い陶器の人形に命が宿るのを  
目の当たりにするような気がして、この過程はいつも密かに感動している。  
美しい、と思う。  
身を硬くして張り詰めている様が少しずつ反応して弛緩していくのが興味深い。  
やめて、触らないで、と何度言われても止められない。止める気はない。  
 
時折体がはねたり、息を止めたり鋭く吸い込んだりするのが明らかに以前より多くなってきている。  
つ、と指をすべらせると肩が揺れる。わざと音をたてて肌に吸い付くと、んんっと 短い声が漏れる。  
吐息が熱くなっていて、レナードはリインの緩やかな高まりを知る。  
体の方はリインを少しずつ侵略しながら、頭の片隅ではそれを観察し分析している。  
この体の奥底を、反応を知っているのが自分だけだと思うと浅ましい独占欲も満たされる。  
それでもなびいてはくれない。だから一層見たいと思うのだろうか。  
抵抗はせずに抱かれるようになっていても、リインの目の中に宿るのはあくなき反抗心だ。  
それがどんなに征服欲をそそるのか、泣いて許しを請う様を見たいと思わせるのか――すがりつかせたいと思わせるのか、  
知らないと見える。  
 
レナードは密やかに笑い唇を落とした肌に軽く歯を当てるとびく、とリインの体が揺れる。  
「……痕は、つけないで、下さい」  
少し掠れた声でリインが頼んでくる。他人から見咎められて随分恥ずかしい思いをしたようだ。  
「体中につけたいくらいなんだが」  
思わせぶりに首筋に唇を落としながら返事をすると、そこにつけられると思ったのかリインが目を開く。  
見つめられたレナードは笑いかけて唇を塞ぐ。最初から舌を入れて絡める。いつも舌を噛まれるのではとひやりとした思いを抱くが、  
そんなこともなくリインは素直に応じるようになった。唇が離れると、はぁ……と熱い息をこぼす。  
肩に唇を落とし少し身を捩じらせたのに乗じて、リインをうつぶせる。  
背中をつうっと尖らせた舌先で舐め下ろすとシーツが握られる。  
「ん……あぁ……」  
 
こぼれる甘い声に柔らかく背中のあちこちを吸い上げながら、レナードも耳からの刺激に愉悦を感じる。  
ようやく感じると素直に声をあげるようになってきた。控えめで抑えた声だが、それゆえに耐え切れず思わずといった風情を一層感じる。  
今度は爪で少し強めにこすると背中が反る。もじ、と大腿が擦りあわされた。  
「背中は感じる、ようだな」  
揶揄する言葉に見る見るリインの耳が赤くなってゆく。横から差し入れた手で胸をすくうと手に豊かな量感を感じる。  
胸をもみながら乳首を指で押し込むと、背中に力が入った。肩甲骨を甘噛みして指の間に乳首を挟んでやわやわと刺激する。  
「っあ、ふ、あぁ……」  
刺激する乳首が硬くなるのに反して声に甘さが加わる。きゅっとつむとびくりと体がはねて、リインがベッドに突っ伏した。  
背中が大きく上下している。  
「達したか、随分と感じやすくなった」  
リインはかぶりをふるが現状はレナードの言葉を肯定している。  
 
臀部をなでて大腿に手をすべらせると腰が浮くのが淫らがましい。再びリインを仰向けにすると口は少し開いて普段はレナードの  
視線を無視するか、にらむかする瞳は潤んでいる。片膝を曲げて足の付け根に口付ける。もうそこも熱く潤んでいた。  
「触っていないのに濡れているぞ」  
舌先で陰核をすくうように触れると鋭い声が上がる。もうここでは何度か達している。中も、随分といい反応になってきていた。  
指も、舌もどちらも良いらしくその時に見せる切ない表情は非常にレナードをそそる。  
今も指を入れただけで締め付けてきてその拍子にとろり、と粘液がこぼれた。舌先ですくってもまた分泌される。  
すするついでに陰核を吸い上げると弓なりになったリインの足先に力がこめられる。  
「あぁっ、あ――っ」  
「まだ早い」  
入れた指を軽く曲げて、膣前壁の小さなポイントを軽く押す。また一段と腰が浮く。一定のリズムでそこを押し続けるとリインは  
ふるふると震えだした。指の入っている周囲を舐め、舌先で陰核をつついてこね回す。  
「あ……やぁ、もう、もう……」  
リインの身のよじれで背中のシーツがよれる。快楽に顔をゆがめたリインをレナードは感慨深げに眺める。  
「大嫌いな卑怯者に感じる気分は、どうだ?」  
レナードの言葉に目を見開いたリインを見つめながら、レナードは指を更に曲げてそこを押す。  
「やっあぁっ、あ――っ」  
大腿にレナードの手をはさみつけ。指をぎっちりと締め付けてリインが達した。  
何かにすがろうかと伸ばされた手は、結局空をつかんでシーツに落ちた。  
 
足を大きく開くと脱力していたリインがレナードを見つめる。  
熱くはぜたばかりのそこに陰茎をあてがうとこくり、とリインの喉がなった。この体は快楽を、知ったか。  
レナードはぞくぞくする悦楽を感じてリインを貫く。今日こそ一緒に高みに昇れるだろうか。  
リインのそこはレナードを歓喜して迎えた。浅く入れて上側を擦るとリインは喉を見せるほど頭をのけぞらせる。  
攻めるつもりが逆に締め付けられて今度はレナードの息が詰まる。  
リインの中の弱点は押すときよりも引く時の方が良いらしいと動きながら反応を探る。  
奥を小突くように細かく腰を動かすとリインの足がレナードの腰を挟む。少しでも貪欲に快楽を取り込もうとするその行動に  
レナードも思わずリインを抱く腕に力をこめる。小刻みに奥を刺激しながら口付けると夢中で応えてくる。  
間近で見るリインの瞳は快楽と欲望に潤んでいる。背中から後頭部に絡んだ手が熱い。  
「……あなたは私を、どう、思っているんです、か?」  
切れ切れに熱い息とともに紡がれた言葉に、レナードは奥を突くのをやめて腰をこねるような動きに変える。  
 
刺激される場所が変わったのだろう、リインの眉がひそめられた。恥骨が擦りあわされ入り口への圧迫を伴う快感に淫らに腰が  
揺れて、リインは小さな声を上げ続けている。  
手首を押さえて耳の横に顔を埋める。  
「……愛しているよ。君は興味深い存在だからな」  
その言葉をどう捉えたのか、リインはつかの間目を閉じた。耳を食むとぎゅっと締め付けられる。  
手首を押さえたまま上体を起こし、ぎりぎりまで抜いて奥へと突き上げる。想定外の刺激にリインは閉じた目を開けて顔を歪ませる。  
「あっあぁっ、やっ、あなた、なんてっ」  
体は嫌ではない癖にいつも自分を拒む声を上げる、とレナードはざらりとした不快感を感じる。  
こんなに濡れて乱れているくせに。  
無理に抱いているから、自分を嫌っているから、どれだけ抱いても自分のものにならないから。  
そう仕向けたのは、自分だ。それはよく分かっている。その過程を楽しんでいるのも確かだが。  
 
身内にすくう苛立ちをぶつけるようにレナードはリインの中をえぐるように抽送する。襞が絡んで締め付けてリインの感じている  
様子を伝えてくる。ぐちゅぐちゅとわきたつ音は一層粘度を増してくる。  
弱い部分を角度を変えて何度もこすり上げる。腰に絡んだ足に力が入って、レナードを奥に誘う。  
リインは涙を流している。今までにない乱れ具合――期待してよいか?  
亀頭は引く時に襞に引っかかる感じがして、すごく、いい。リインの中が膨らんだ感じがした。襞がざわめく。  
「い、や、何、あぁ変、に」  
恐れを含んでリインがいやいやとかぶりを振る。助けて、としがみつく手も足もそれだけが頼りとばかりにレナードを放さない。  
体が一層紅潮して細かく震えている。不規則に蠕動していたリインのそこが食いしめんばかりにレナードを締め上げた。  
「う、あぁ――んんっあああっ」  
締まり、緩んで、包み込まれ、また締め付けられ。波のような収縮と弛緩がレナードを攻め立てた。  
初めて感じるリインの中での奔流にレナードも抑制をはずしてリインの中に注ぎ込む。  
搾り取ろうと促す蠕動に抗えず少しでも奥へと自分の鼓動にあわせて脈動する陰茎を突き入れた。  
 
レナードはリインに抱きしめられたままだった。繋がったままのところから全身に心地よい疲労感が生じている。  
髪の間に指が梳きいれられている。それがひどく気持ちが良く、穏やかな満たされた心境になる。  
ゆっくりと上体を起こし、リインを見つめる。  
「中でも達したな。食いちぎられるかと思った」  
額や目蓋に口付けると、リインはまだぼんやりしていて避けずに受け入れた。  
「これで君は私のものだ」  
髪をすく指に瞬間力が入った。リインの眼差しは茫洋としていて感情は読み取れない。  
「……わ、たしは」  
続く言葉は聞けなかった。  
身を清めたあとでリインを抱き寄せる。向こうを向く背後から包むように抱くと、強張りがとけて差し入れた腕枕に柔らかい息がかかる。  
体は自分に堕ちた。だが抱くたびにリインの知らない面が現れて、渇望する気持ちはおさまらない。  
愛しくて、自分を振り回す腕の中の存在、その体温に呼吸にまどろみを誘われてレナードは眠りに落ちた。  
 
夜明けにはまだしばらくはあるだろう時間に、リインは目覚めた。抱きしめられたままだ。  
起こさないようにそっと抜け出て、水をのんで外の景色を眺める。街明かりも少なく、街灯がぼんやりと夜の都会を照らしている。  
一人がけのソファに座って、オットマンに足を乗せる。そうしてベッドのレナードを眺めた。  
もう何度抱かれたか分からない。自分を恋人と称する身勝手な男。  
勝手な都合で呼び出して、極上の快楽と苦痛を与えてくる。  
抱かれるたびに自分を守る砦が崩されていく。感じまいとしたこと、声を出すまいとしたこと、達しまいとしたこと――  
外でいかされて、今日はとうとう中でもいかされてしまった。  
 
自分でも知らない所が感じるのだと、身を持って気付かされる。  
背中も、指も、頭を撫でられて髪の毛を梳かれるのでさえレナードがすると、そこから気持ちよさを感じてしまう。  
浅ましいと思う。嫌だ、厭わしいと思ってもレナードに触れられると肉体は快楽を追う。  
レナードによって与えられる刺激を享受し、もっとと貪欲にねだる。取りこぼすまいとしがみつく。  
その間は夢中で快楽に酔いしれるが、レナードの揶揄や終わった後の自分を省みると心が痛い。  
気持ちがよければ憎い相手に抱かれてもいいのか、と。  
抱かれなければこんな思いは生じないのに。  
レナードは恋人だ、と言うけれど。  
自分は恋人ではない。せいぜい愛人か、いや玩具か獲物――あの会合での立場では人形と言った方が的確だろうと考える。  
レナードは自分を愛していると言った。だが興味深い存在と言った。  
くっと乾いた笑いが浮かぶ。興味を引いているからレナードは自分を構う。視線をよこす。自分を抱く。  
興味がなくなれば、レナードの言い方からは自分には全く価値はない。今だって玩具か獲物としての扱われ方なのに。  
自分がレナードに堕ちていく過程を楽しんでいるに過ぎないのに。  
 
追い詰めておいて保護するような行動をとる。  
快楽を与えながら、大嫌いで卑怯者となじった男に抱かれて感じる自分を揶揄する。  
どうしてこんなに相反する感情を与える真似をするのか。振り回されている自分を見て面白がっているのだろうか。  
これも遊びなのだろうとは思うが、レナードの真意が分からない。  
分かっているのは遊ばれても、抱かれて感じてしまう自分がどうしようもなく愚かしいということだけだ。  
憎んでいるのに、嫌いなのに。そのはずなのに。  
――自分が分からない。  
完全にレナードに堕ちた時、どうなるのだろう。それが狩の、ゲームの終わりになるのだろうか。  
リインはレナードの寝息を聞きながら、ひっそりと夜明けを待った。外は明るくなっていくのに、自分だけは闇の中にいるようだった。  
 
 
 

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