任地への派遣が決まった。とはいっても一応状況は安定し、復興支援の名目で自国の資材やもろもろを押し付けるように
投入し、売り込む政治的な意図に沿った場所で、リインの任務も物資の輸送と管理だった。
レナードはリインを快く送り出した。
ただ人の目につきにくい脇の下であったり、内股のぎりぎりの所に赤い痕を残した。
レナードのものだという、所有印。
「消えないうちに呼び戻したいが、そういう訳にもいかないからな。一時期の混乱は脱してはいるが、十分に注意するように。
戦場では一瞬の油断が命取りになる。赴く場所は常に戦場なのだと、警戒するように」
「明日が早いのでこれで」
服を着て上官からのアドバイスだと律儀に敬礼をして、リインはきびすをかえそうとした。
その手をレナードが掴む。
「くれぐれも危険な真似はしないように。君は私のものなのだから」
返事はないが、リインの目はうろたえたように瞬く。
触れるだけの口付けで、レナードはリインを解放した。
輸送機と車両に詰め込まれ悪路を揺られて、ようやくリインは任地のとある地方の前線基地に到着した。
アスファルトは抉られ、民家は無人か破損か黒こげか。途中の景色はおさまったとはいえ生々しい紛争の爪あとを残している。
決して見ていて気持ちのよいものではない。加えて前線に出るのも初めてだ。
緊張で固まった体を、リインは深い呼吸をすることでほぐそうとした。
「来たか。ひよっこども」
戦力としては全く期待されていない――それを知らしめるのに十分に乾いた口調で、輸送隊は出迎えられた。
ほこりっぽいそこには一応の建物とテント、輸送車とコンテナが認められる。
立っていたのは無精ひげを伸ばし、日に焼け、だるそうな雰囲気を漂わせた男だった。
「あーカルロス・バルデラス、階級は曹長だ。俺よりお偉いさんがいると思うが、前線では肩書きなんざなんの意味もない。
俺からはひよっことして扱う。早く俺から敬礼を受けるように、ま、しっかりやってくれ」
幾人ががむっとした雰囲気になる。リインとて愉快なものではないが、目の前の曹長を見つめる。
はだらしのない、やる気のないそぶりを見せてはいるが目が違う。抑えているものが違う。
一人ひとりにすばやく視線を走らせ、実力をはかる。父親に、レナードに通じるものがあるように感じられた。
それに、カルロス・バルデラス曹長。
「カナンの英雄、テッサの悪魔」
思わず口をついた言葉に、曹長が反応した。
「ほう、随分と俺も有名になっているんだな、こんなお嬢ちゃんが知っているとは」
――カナンの英雄、テッサの悪魔。過去の紛争や戦役で曹長の名を知らしめたものだ。カナンでは身を挺して民間人の人質を救出した。
テッサでは極秘指令を受けて潜伏して、テロ組織を壊滅状態に追いやった。
そんな人物がここにいたとは。
じろじろとぶしつけな視線を上から下へとよこされるが、視線に関してはもっと上手のものを受け続けている。
何ということもなくそれを受け流すと、曹長の口角がにやりと上がった。
「まあ、ようこそ」
簡易宿舎や職場となるコンテナなどを案内され、現場責任者の大佐とは明日に顔合わせだと一行は解放された。
短時間で荷解きをすませ、夕食へと向かう。
トレーによそわれた皿をのせて隅のテーブルに着く。黙々と食べていた隣にどかり、と誰かが座った。
「よお」
ちらりと目をやるとバルデラス曹長だった。
「バルデラス曹長」
「カルロスと呼んでくれ。それとも俺のあだ名でも呼んでくれるか?」
「キラー・カルロス、ですか?」
にやり、と笑う曹長は、ただ目だけが笑っていない。
「お嬢ちゃん、只者じゃないな。それを知っているのは多くないはずなんだが」
「父が軍人でしたので。それに私はお嬢ちゃんではありません。リイン・アドラー、階級は少尉です。ひよっこですが」
「少尉殿でしたか、これは失礼を。ん? アドラー、アドラー……」
「父はジェイムズ・アドラー元中佐です」
途端、曹長が飲みかけのスープにむせた。
「J・Aの娘っ、あんたが? 何であの伝説の鬼からこんな――」
父は鬼だったのかと、自分の知らない父の姿が思いやられてかえっておかしくなる。
慌てる曹長の様子にリインが耐え切れずに笑うと、ようやく落ち着いた曹長がすうっと息を吸って少し真面目になる。
「なんだってこの道に来たのかは知らないが、油断はするな。状況が落ち着いたとはいってもここは飢えた狼の集団だ」
「――ご忠告、感謝します」
翌日からリイン達も仕事を割り振られる。輸送物資を分別し収納、補給地点へと輸送したり、民間地域に配給したりだ。
リストと現物を見比べながら数量を確認していると、曹長が寄ってきた。
「熱心だなあ」
「カルロス曹長。こんなことしかできませんから」
「仕事に真面目なのはJ・A譲りか」
他愛ない話をしながら、しばらく同じことをしてチェックが終わる。
午後はこの地域と現状のレクチャーがある。昼食を食べてから移動しようと、曹長に目礼した。
コンテナによりかかってリインの仕事ぶりを眺めていた曹長は、コンテナから外に出ようとしたリインに声をかける。
「昨日忠告したつもりだったが、理解していないのか? 一人でこんなコンテナにいたら危険だろうが」
「同僚には行き先を告げて、スケジューラーにも記載しています。支給されている通信機にもGPSが付いているはずですし」
曹長はリインの返事にがしがしと髪の毛をかきむしる。
「ああ? 俺がこうやって入り込んでいるのにか? 女をヤルのに時間はかからん。自分がどれだけ美味しい餌か自覚したらどうだ」
「カルロス曹長は、違うような気がします。そんな人はわざわざ忠告しないでしょう?」
自分に向けられる視線にはもう慣れた。最も執拗で恐ろしい視線を受け続けた後だ。いっそ分かりやすい。
一応の対策はたてて任務には臨んでいる。
風紀が乱れがちなのか、紛争が終わって気が緩みがちなのか、その両者なのか新参者への興味とあいまって舐めるような視線は感じている。
「最初あんたを見た時、佐官用のお相手が来たかと思った」
「制服を着てですか?」
「お偉いさんほどこんな場所では羽目は外せないからな。地元の女なんかも呼べないし出かけることもできない」
だからそれ用の女性を紛れ込ませるか? 随分と用心深いがそれくらいしないと生き残れないのだろう。
それに、とリインは自嘲する。自分は佐官のお相手ではない。将官の――おもちゃだ。
「気はつけます。もし、そんな事態になったら――」
リインはもう一度礼をして、曹長の前を通りすぎた。
慣れない場所に、訓練ではない緊張感は知らずに疲労を蓄積させる。シャワーを浴びて簡易宿舎に戻って狭いベッドに寝転がる。
こんな風に頭を空っぽにすると、余計なことは考えなくて済む。
そう思いながらリインは目を閉じた。
自分は自分のものだ。なのにレナードは自分をレナードのものだと言っては、支配する。
その言葉が、自分だけでは得られない快楽と共に染みこんでいるような気がしていて、たまらない。
離れていてさえ自由にはしてくれないのだろうか。勝手に考えているくせに馬鹿みたいだと、頭から毛布をかぶる。
同室の女性兵士とはすぐに仲良くなれた。リインよりも前からいる衛生兵で、この基地のことを教えてくれる。
リインより小柄だがメリハリのある体つきで、明るい性格もあって基地内でもてている。
同じ基地内の少佐と婚約しているということで、その彼が守ってくれている状況らしい。
「気をつけなさいよ。性質が悪い奴がいるんだから」
「ありがとう。自衛する。それより婚約者さんのことを教えて?」
頬を染めて照れながらもなれそめとか色々と教えてくれるのを、微笑みながら話を聞く。
幸せな恋人の様子は側にいるだけでほほえましい。
「リインには付き合っている人はいないの?」
無邪気な質問に、一瞬つまる。傍目からは恋人に見えるだろうレナードは、リインにとっては複雑な間柄の人物だ。
「一応、いる」
「どんな人?」
「年上で、仕事はできて……」
傍目には申し分ない紳士で、有能な上官で、何も知らない時には尊敬して憧れて――その絶頂で全てをぶち壊した人。
言葉をとぎらせたリインを、照れていると思ったのか、それとも年が離れているから不倫とでも思ったのか、彼女はそれ以上聞かなかった。
夕食を済ませ部屋に戻ったリインに、彼女から伝言があった。
医務室で使う医薬品の中に切れたものがあるので、コンテナから取ってきてほしいとのことだった。
物資の把握はリインの業務内だ。気軽に身支度をして、行き先をスケジューラーに載せて夜のコンテナへと出かけた。
監視の兵士にエリアに入る許可をとって医療用物資のコンテナに向かう。
医療用物資は基地でも、不潔な環境から衛生状態が悪化しがちな現地でも重要な物資になる。
そのため、通常物資とは少し離れた場所にコンテナが設置してある。
ここにあるのは衛生用品や冷蔵の必要のない、そんな医薬品などだ。
ライトを手に鍵を開けてコンテナの扉を開ける。
その時背後から衝撃があった。突き飛ばされてコンテナ内に転がり込む。こけてつんのめったリインの背後で、コンテナの扉が閉められた。
振り向こうとした肩に重みがあって、そのままコンテナの床に押さえ込まれる。
後ろ手にねじられ、鍵が取り上げられる。
「ようこそ、リイン、ちゃん」
からかうような口調に、何人かの下卑た笑い声が重なる。
「彼女の、伝言は」
「ああ、あいつのIDを使って書き込んだだけだ、今日は新入りの歓迎会ってことでね」
ひっくり返されて手足を押さえられる。誰かがともしたのだろう明かりに四人の顔が浮かぶ。
騙されて呼び寄せられて、無様な姿を晒している。
力を入れても相手も軍人だ。とても振りほどけないし、急所や押さえるべき部位は熟知している。
できるのは相手の顔を覚えておくくらいのことだ。
「見かけによらず気が強い? 泣くか震えるかするかと思ったのに」
「四人と相手してもらうんだから、気が強いほうが最後まで持つんじゃないか」
「それもそうか」
言いながら好き勝手に体を触っていく。触れられるたびにおぞましい感覚が全身に走る。
「誰からいく?」
「まずは服を脱がしてからだろう」
「記録は?」
「俺達の顔が映らないようにな」
「やめて、はなして」
服に手がかかり、開かれた前から手が滑り込んだとき、とうとうたまらなくなってリインは身をよじる。
嫌だ、触られたくない。こんな、こんな男達に。
「何言ってるの? みんなで気持ちよくなろうねってしているだけだろ」
「そうそう、柔らかいな。手に吸い付いてくるみたいだ」
上をはだけられ、下も脱がされかかって下着が見えている。
誰かの笑い声、唾を飲む音、いやらしく這い回る手、ベルトをはずす音。
嫌だ、と思った。脳裏に浮かんだのは一人の顔で、それに無意識に助けを求めている。
ここで別の男達に襲われる。それをレナードは赦さないだろう。こいつらもただではすまないはずだ。
かつて同僚を死地に等しい場所に送ったレナードなら、それ以上の苦境に立たせることなど平気でやるだろう。
だが、汚れた自分は? 見捨てられるだろう。そんな自分など価値があるはずもない。
他人に汚されたおもちゃをレナードは拾わない。女性には不自由しないのだから、また新しい女性と関係を結ぶだけ。
「い、や、嫌ああっ」
ここにはいない、憎いはずの相手に助けを求めて抵抗するなんて馬鹿みたいだ。
でも、レナード以外に触られたくない。レナード以外に許したくない。
嫌っていたはずなのに、見捨てられるかもしれないことに恐怖を感じるなんて、どうかしている。
混乱に襲われながらリインは押さえつけられてはいても少しは動く手足で、抵抗しようともがく。
無駄なあがきとどこかで諦めを感じながら、
「お楽しみか?」
だからかけられたのんびりとした声には、リインのみならず男達もぎょっとした。
閉じたはずのコンテナの扉が開けられて、背の高いシルエットが見える。
返事がないのも気にする様子はなく、その影は近づいてきた。
明かりに照らされた顔は無精ひげがはえ、ラフに軍服を着崩した――。
「カルロス、曹長……」
男の口から呼ばれて曹長は眉をしかめる。
「そこは可愛い子ちゃんから呼ばれたかったぜ。ところで、これは合意の上か? なら邪魔して悪いって回れ右するがな」
三人で押さえつけて、一人が記録をしている。
どう見たって合意の上などではありえない。分かった上で白々しく質問する曹長の図太さに、半ば呆気に取られながら
その意図をはかりかねてリインも含めて動きが止まった。
「そ、曹長殿も混ざりますか?」
「俺か? 確かにしばらく女は抱いてはいないがな」
男達が顔を見合わせて共犯者めいた作り笑いを浮かべた。ここで曹長を引き入れられたら秘密は守られるし、安心してことに及べる。
四人の相手が五人に増えただけ。ただし順番は変動するかもしれない。
当事者なのに妙に醒めた計算をして、リインは曹長を見つめる。
曹長はリインの側に膝をついて頬を手で撫でた。
視線が胸に落ちる。
次に来るのは曹長の唇か、下着を外す手だろうかと、リインは唇を噛み締めぎゅっと目を閉じた。
そこに少し、かすれたような声が聞こえた。
「非常に魅力的な誘いだが、悪いな」
頭上で、何かひしゃげた音がした。同時に手の拘束が緩む。悲鳴と苦鳴、膝やこぶしが体にめり込む音が聞こえ、ぐしゃっと機械の
壊れる音まで続いた。リインの目に映ったのは的確に男達をのしていく曹長の姿だった。
そこにのほほんとした雰囲気は微塵もなく、目が笑っていない。無表情に、淡々と、相手にダメージを与えている。
四人がコンテナの床にはいずり、沈むまでさほど時間はかからなかった。
「お嬢ちゃん、無事か?」
問われても返事ができない。ちょっと困ったように曹長はリインのボタンをはめていく。
手を伸ばされた瞬間、すくんでしまったリインを怖がらせないようにゆっくりとした仕草で、曹長はリインを抱き起こした。
「どうして、曹長がここに?」
「ん? ああ、お嬢ちゃん、ここに来るって記載していただろ。それを確認して来たわけだ。まさかのこのこ顔を出しているとは
思わなかったが。忠告したのにこれか?」
呆れたように言われて、身の置き所がない。
「でも。何故、私の動向をチェックするんですか?」
曹長はぽり、と顎をかいた。少しの間黙り込んで、ちょっと嫌そうに答える。
「親父に頼まれたんだ。お嬢ちゃんを見守って、何かあれば対処しろって」
親父? リインが首をかしげたのに曹長は一層気まずい表情になる。
自分の父親といえば、退役して久しい。曹長と直接の繋がりがあったかも疑わしい。
「親父っていってもJ・Aのことじゃない。あんたの旦那の閣下からの命令だ。親父っていう年じゃないが、こんなところで兄貴って
言ったら別の意味で危ないしな」
レナードのことが出されて、リインは顔が強張るのを感じた。
曹長にレナードが監視と護衛を命令していたということなのだろうか。
「お嬢ちゃんの名前は聞いていなかったんだ。親父はひよっこの中の白鳥だからすぐ分かるってだけ。確かに一目見ればすぐに分かった。
親父から受けたのはお嬢ちゃんが憂いなく任務を全うするようにサポートしろってことだったんだが。こう言われた。
目で追う奴はほっておけ。
ちょっかいをかける奴は引き下がらせろ。
手を出す奴はそれなりに。
傷つける奴は好きにしろってな。
だから――好きにさせてもらった。こいつらどうする? 突き出せば軍法会議もんだが。とりあえず当分使い物にならないように
大事な部分は全身全霊かけて踏ませてもらったがな」
それで皆、体をかがめて気絶しているのかと妙に納得しながら、自分を襲おうとした男達を観察する。
野放しにすれば次の被害者が出かねない。ただ公にすれば、自分にも火の粉はかかる。
「まあ、こいつらのことは大佐には報告する。内々でも処罰はされるはずだ。二度と女を、集団で襲おうとする気が起こらないように
俺か大佐か親父も関わるかもしれないな」
なら、この男達の行く末はある程度見える。間違ってもこの先よいことはなさそうだ。
口をつぐんだために次の犠牲者が出ることさえなければ、内々で済ませてもらえるのなら。
「曹長にお任せします」
「分かった。あんたの名が出ないようには取り計らう。そろそろ戻るか。床は冷たい、お嬢ちゃんには良くないぜ」
支えられて立ち上がり扉へと向かう。足はよろめくが、歩けはする。
「……ありがとうございました。助かりました」
「親父の命令がなくったって、こんなのはいい気分じゃないから止めには入った。礼を言われることじゃない」
「でも」
リインを支えていた曹長は視線を宙にさまよわせた。
それからリインを見下ろす。
「礼をする気があるんなら、いいか?」
柔らかく唇が重ねられた。ひげが当たってちくちくする。レナードとは違う体臭に、ああ別人なんだと思いながらリインは訳が分からず
しばらく曹長――カルロスのなすがままになっていた。
閉じられていた目が開くと、茶色の瞳が笑い含みにすがめられてまた閉じられる。髪の毛を梳いていた手が目蓋に当てられてそっと塞がれる。
「……カ、ルロスそうちょ……」
「名前を呼ばれると、クルな」
掠れた声で呟きがもれてぎゅっと頭が肩口におし当てられた。腰に回された腕も一層力が入って苦しいくらいに抱きしめられている。
「すまん。少しだけこうしていてくれ。今、顔を見るとやばい」
コンテナの間で、しばらくそうして拘束が緩んだ。肩に手が当てられてやんわりと後ろに押しやられる。曹長はぞくりとするような色気を漂わせて、熱のこもった視線をリインに当てる。
「J・Aの娘で、親父の大事な人ってのに興味も引かれたが、深入りはまずいな。消されちまう」
誰に――とは聞かなくても、レナードのことなのだろう。
でも今曹長は変なことを言った。親父、レナードの大事な人とは。大事なおもちゃとか大事な獲物なら分かる。
自分のものに危険が及ばないように、自分だけがいたぶって遊ぶために曹長に命令したのに違いない。
どこまでいってもレナードの手の内かと思うと、その皮肉さはたとえようもない。
「ま、これくらいの役得があってもいいだろう。親父には内緒な」
並んで宿舎への道をたどりながら、曹長が軽い口調で言う。
もとよりリインもいらぬ波風は立てたくない。頷いて同意して共犯者になる。
宿舎が見えたところで曹長と別れる。もう一度礼を言うと、ぽんと頭に手を置かれた。
「親父が骨抜きになったのに納得した。お嬢ちゃん、想われてるな」
「私は、」
宿舎の部屋に戻り心配顔の彼女に別になんでもないからと返事をして、もう一度シャワーを浴びる。
手首に掴まれた痕があるが、消えるだろう。曹長のおかげで最悪の事態は避けられた。シャワー室の壁によりかかりながら、自分の体を撫でる。
「レナード」
自分を絡めとり、支配するその名前を呟き、ぎゅっと目を閉じた。
翌日、リインの姿はいつもと変わらず輸送物資区画にあった。
民間地域に配給予定の物資の仕分けをしているところに、曹長がひょっこりと現れた。
「平気……そうに見えるな。強いな、お嬢ちゃん」
「お早うございます。私はお嬢ちゃんではないですよ」
ダンボールを運びながら、明るい口調の曹長にほっとする。
曹長もにやりと笑い、いつもと変わらぬ様子でいてくれる。軽口をたたきながら、それでも周囲に注意を払う。
そのさりげなさは見習うべきだ。個を見て集団を見る。その視界の広さが曹長を有能たらしめ、危地から静観させる秘訣なのだろう。
リインにはそこまでの技量はまだない。せいぜいが他人の視線に敏感なくらいだ。
それに込められる善意や悪意、欲望を嗅ぎ分けられるがその程度だ。
どれくらいに鍛えれば、曹長やレナードの領域に到達できるのか。先は長くて目標は高みにある。
今のリインにできることは任務を全うすること、評価を次につなげていくことだ。
そう考えながら黙々とダンボールを車両に乗せる。
曹長の姿は消えていた。
三ヶ月予定の任務も完了した。ささやかな送別会を同室の彼女と開いて、リインは眠る。
翌朝、早い時間に起き出してそっと基地内を歩き回る。
感傷かもしれないが初めての任地だ。少尉と階級は付いてはいるが、ひよっこなのを実感させられただけの場所だ。
自分の立ち位置を知るのによかったのかもしれない。
これで本部に戻れば、また訓練の日々が始まる。覚えておこうと埃っぽい、朝晩は冷え込む基地に目をやった。
気配を消して現れた曹長だが、リインには怖くはない。ただその姿には少し驚かされた。
無精ひげがそられ、適当な髪の毛が撫で付けられて着崩している軍服をきっちり着こなしている。
そうすると精悍さが際立って見える。
「どうされたんですか、その姿は」
「俺も本部帰還だ。親父が、通信だけじゃ足りんと直接話を聞くんだと」
なんとも情けなさそうな顔に、レナードへの呆れと同時にカルロスへの同情とおかしさが生じる。
「色々苦労させられますね」
「そう思うんなら、少尉殿が手綱を付けてくれよ。安心させてやってくれ」
「私は、閣下のおもちゃですよ。そんな関係じゃないんです」
「それは思い違いじゃないのか? あれはどう見たって……」
リインはかぶりを振る。手綱を付けられるような立場じゃない。安心させるどころか、レナードは自分になんか愛も情もない。
あるのは所有欲とおもちゃへの興味だ。それだけにすぎない。
「三ヶ月ぶりだ。よく顔を見せてくれ」
ソファに座ったレナードの膝の上でリインは伏せていた目を上げた。
目に入るのは圧倒的な存在感を放つ、端整な顔立ち。それが見透かすようにリインの目を覗き込む。
「無事に帰還できてよかった。任務はどうだった?」
「危険なこともなく、済みました。前線基地はやっぱり面白いです。机上のことがなかなか通用しません」
「それは徐々に経験を積めばいい」
そう言いながらバスローブを着た背中を、大きな手で撫で下ろす。
それだけで疼く思いが湧きあがる。誘われるままにレナードに口付ける。
ぬるりと入ってくる舌を自分のそれと絡めながらリインはきつく目をつぶった。
もう、この視線からは逃げられない。
身に危険が及んだときに浮かんだのが、助けを求めたのが何よりの証拠。
もう自分は絡め取られ、堕ちてしまった。この身勝手な支配者に。
自分のことをおもちゃとしか思っていない、ただゲームをしかけたこの人に。
なのに、他人には、レナード以外には触られたくないと自覚してしまった。
――もう。駄目だ。
でもレナードは自分が陥落したのを知ったら、それに満足してゲームが終わる。
自分で遊んでいるレナードが、ゲームの駒が本気になったと知ったら興ざめになるだろう。
馬鹿な自分。
「私を、好きか?」
指だけで痴態をさらし、レナードの膝の上で絶頂に達したリインの腰を手で持ち、猛った陰茎を沈ませて馴染ませる。
リインはレナードのものが中をこする感覚に身を震わせる。
レナードに堕ちたと自覚してから受ける刺激は、三ヶ月会っていなかったのを差し引いても強烈だ。
どこを触られても粟立つほどの嬉しさと快感が走る。
喉に押し当てられる熱い唇も、胸をもみしだいて先端をつまむ指も、肌を掠める息も、揺らされる感覚も。
「……んぁっ、あぁ、……あな、たなんか、だい、」
嫌い、と続けられるのを不快に思ってレナードはリインの奥を突き上げた。喉をそらし、リインは声にならない。
びくびくと中が波打ち、レナードに絡み付いて搾り取ろうとする。
今日のリインはひどく感じやすく、あげる声が艶めかしい。
久しぶりのせいか、任地で何かあったか。
全身を淡い桜色に染め、瞳を潤ませて眼前に感じる様子を晒すリインに魅入られながら、胸を吸い上げ赤い痕を散らす。
「君は私のものだ」
陰核を指の腹で押し擦ると、ぎゅうっと食いしめるように収縮してリインが全身をひくつかせた。
リインの中に吐き出しながら、きつくリインを抱きしめる。
絶頂の余韻を残しながら、リインの顔が何故か泣きそうに見えた。
以上続く予定