「――う、くうぅ、」
口からこぼれるのが自分の声と認識できず、リインはただ苦痛に耐えた。痛みで息ができない。
「目を開けろ」
命令に従うと痛みのせいで浮かんだ涙で滲んだ視界が、自分を見下ろす男を捉えた。
「――ああ、君の瞳に私が映っている。どれだけ待ったことか」
満足げに呟くと男、レナードはリインを支配するべく動き始めた。
いつの頃からだろう。――視線を、感じるようになったのは。
はじめは気のせいだと思っていた。しかし訓練の時、本部の廊下で、中庭で、折々に感じる。
振り返ってみても誰もいなくて、いたとしても見知らぬ顔で自分に注意は向けていない。
それなのに、息苦しいような絡みつくような感触が残る。まるで、逃しはしないと告げるかのような感覚。
はあ、とついたため息に反応される。リインを見る同僚の顔はけげんそうだ。
「どうした? 最近元気ないみたいだけど。訓練がきついせいか?」
コーヒーの紙コップを両手で握り士官学校からの同期生に口を開く。夜も遅い時間の休憩所で他には誰もいない。
「最近、というかいつからかよく分からないけど、視線を感じる気がして。少し参っている」
最初の頃はなんとなくだったのが、そのうちに明確な意図を感じるような気がしていた。完全に一人になれる場所は
ともかく、最近は時間や場所に関係なくなってきているように思えていた。
一緒にいる友人にも確認してもらったけれど誰もいない。
「気のせいだとは思うんだけど」
「ストーカーかもな」
同僚はそう言ってリイン・アドラー新米少尉を眺める。士官学校を卒業したから階級はそれなりだが、まだ卵の殻が
ついたひよこ。それは同僚もご同様の新米軍人だ。
「お前美人だし、前にもストーカー騒動あったじゃないか」
確かにしつこく誘われたり、ストーカー行為も過去にはあった。でも今回は視線は感じるがそれだけで実際的な接近や
実害はないのだ。それなのに今までよりも重圧感を感じている。
「うん……そうかもしれないけど。自意識過剰か神経過敏かもしれない」
そんなリインを気遣わしげに見やり同僚はごくり、と唾を飲む。
普段は隙を見せないリインが物思いに沈んでいる姿は、頼りなげに見えてその場の空気を危うくした。
「俺が、守るよ。だから……」
肩に手が置かれ引き寄せられてはずみでコーヒーがこぼれる。それを気にする余裕もなく気付けばリインは同僚に
押さえ込まれていた。パニックに陥りそうになりながら何とか説得を試みる。
「ちょっと待って。落ち着いて、あのね、手をはなしてくれないかな。私にはその気は全く――」
だが、同僚は頭に血がのぼったのか聞き入れる様子はなく、火事場のなんとやらでのしかかられる。乱暴な手つきで
胸元を触られ鳥肌が立った。
「嫌! やめて、誰か」
叫んでも人はいなくてもう駄目かと思った時に低い、よく通る声が聞こえた。
「何をしている」
その声に同僚は動きを止めリインも声の方向を見る。壮年の男が一目で将官と分かる階級章の入った軍服を着て
マントを腕にかけている。その人物は表情を変えずに二人を見ていた。
「合意の上ではないようだな。嫌がる女性に無理強いとは、軍本部で。厳罰ものだな」
低い、穏やかとさえ言える口調なのに同僚ははじかれたように起き上がり、リインを残してその場を去った。
助かった、のか?
状況が飲み込めずに放心したようなリインに、大丈夫かと将官は手をさしのべた。
その手をとって起き上がる。
「ありがとう、ごさいます。大丈夫です」
敬礼して立ち去ろうと思ったのに。
「大丈夫、ではないようだな」
将官の指摘に足が、体が震えているのに気付かされる。今更ながらに恐怖が押し寄せてきた。
「座っていなさい」
椅子をひかれそこに座るとふわりとマントを着せかけられる。こぼれたコーヒーの紙コップを捨てたその足で将官は
新しい飲み物をリインの目の前に置いた。
「飲みなさい。温かいものをいれると落ち着く」
そう言って気をつかっているのだろうか、少し離れた場所に腰を下ろした。両手でカップを握り締め手を温めてから飲むと
クリームと少し砂糖が入っていて柔らかい飲み口と温度にほっとした。
震えがおさまったところに名前を階級を尋ねられる、答えるとさらに質問された。
「……先程のようなことはよくあるのか?」
「初めて、ではありませんがよくあると言うほどの頻度でもありません」
今は退役したが軍人だった父親から習った護身術や、隙を見せない行動で致命的なことは避けられていた。さっきのは
落ち込んでいたので反応が遅れて押さえ込まれてしまった。久しぶりのことだ。
「女性は大変だな、いや、君のような女性だからか」
その言葉に顔を上げる。初めてまともに目が合った。じっと見つめてくる視線が気恥ずかしくて目を伏せる。
カップを空にして立ち上がる。もう大丈夫そうだ。震えは止まっている。
「ありがとうございました。お気遣い感謝します」
マントをかえして礼をして、リインは官舎へ戻ろうとした。
「さっきのような輩がいないとも限らない。官舎までおくろう」
将官にそんなことはと辞退するが押し切られてしまった。本部敷地内で遠くもないのだが一人よりもずっと安心できた。
やはり気をつかってくれているのか少し距離をとってくれている。
官舎の玄関で立ち止まると将官はなにかあればカウンセリングを受けるように、とアドバイスをして去っていった。
その後姿をながめながらリインは、恩人の名前を聞いていないことに気がついた。
視線はその後も感じたが、危ないことはなくリインは軍での生活を過ごしていた。それでも気は滅入りがちなので、
仕事の合間に視線をうけないような場所で休憩するようになっていた。
その日もコーヒーを片手に気に入りの場所に向かった。生垣をまわってスペースに踏み込むと先客がいた。
振り返ったその人と目が合う。
リインを助けてくれた将官だった。彼も飲み物を手にもってベンチにすわってくつろいでいる。
「失礼しました」
邪魔をしたので元来たほうへ戻ろうとしたが、引き止められる。
「いや、かまわない。もう行こうかと思っていたから。――同じような目的かな?」
すすめられるままベンチに腰掛けて思い出す。
「その節はありがとうございました。名前も伺わずお礼も言わず失礼いたしました」
あれ以後は無事か、と聞かれ頷くとかすかに微笑まれる。
「ああ、名乗っていなかったな。レナード・ダグラス少将だ。軍には慣れたかな? アドラー少尉」
少将はリインの軍生活について色々聞いてくる、訓練の内容や官舎の住み心地まで。リインはそれにぽつぽつと答える。
「できるだけ現場の感覚を忘れずに保持していたいので」
将官のその姿勢は素直に尊敬できるものだった。そのうち休憩時間が終わり、リインは先に立ち去った。
それから何度か場所を変えて同じようなことがあった。リインが先にいたり、レナードが先にいたり。
とうとう同じタイミングでその場所にいきあったとき、リインはふきだしてしまった。レナードも柔らかく微笑んだ。
その頃にはリインはレナードに尊敬とともに親しみも感じていた。
「よほど気が合うらしい。君とゆっくり話をしてみたい。今度食事でもどうだ?」
誘いは嬉しいが人目がある。どう見ても将官と新米では不釣合いだ。しかしそれは……と断ろうとしたのを封じられてしまう。
「他人の目など気にしない。君さえよければ……一人の食事は味気ないので」
リインが首をかしげると独り身だ、と自嘲気味に言われた。
「気になるようなら別々に集合して個室でおちあってではどうだ?」
そこまで気をつかってもらってはかえって申し訳ない。返事をしようとしたリインの脳裏に、視線の主のことが浮かんだ。
実在する人物かどうかは分からない。だがもしその人物がいたとしたら、レナードとの接触を快く思うはずはない。
万が一レナードに危害が加えられるなどしたら。
「申し訳ありませんが……」
リインの拒絶にレナードはしばらく黙っていたが、低い声で尋ねる。
「私が嫌か?」
とんでもないとリインは首を横に振る。
「そんなことはありません。私の方に問題がありまして。ご迷惑をかけるようなことになれば顔向けできませんので」
「何か事情があるのか?」
問われるままに入隊してから視線を感じること、確認しても誰もいないこと、今のところ実害がないことなどを話す。
「視線、か。本当のことかも分からないのに怯えて閉じこもるより、こちらから陽動してみてはどうだ?」
リインは、はっとする。
先日の射撃訓練の時にまた視線を感じたことを思いだす。それまでただ怯えて周囲を見回すしかできなかったのに、
その日は何故か逆切れにも似た気持ちが生じ、その衝動のままにトリガーをひいていた。
ほぼ全弾が的の中心を貫通し、それに吹っ切れたのか以後はあまり視線に怯えなくなった。
むしろ実在するなら姿を現せとまで思うようにもなっていた。
今も自分だけなら問題はない。レナードに累が及ぶのが怖いのだ。
「私の身を心配してくれているようだが、これでも腕には自信があるつもりだ。実在するかも分からないあやふやなものの
ために君との食事の機会をなくす方が残念だ」
どうやらレナードは怖いもの知らずの冒険好きなようだ。つられてリインの顔にも笑みが浮かぶ。
「では、つきあってくださいますか?」
「喜んで」
店を予約したら連絡するから、と互いの連絡先を交換する。数日後レナードが予約を入れた店にリインは赴いた。
落ち着いた雰囲気のレストランで従業員に案内されて、やや緊張しながら個室でレナードを待つ。
「女性を待たせて申し訳ない」
程なくレナードも到着して席について食事が始まった。レナードは場慣れしていて仕草は洗練されている。食事や酒に
ついての知識も豊富で、リインは美味しい食事とあいまって楽しい時を過ごした。今は退役した父親がかつてレナードを
指導したこともあったと聞かされ、その話に花が咲いた。
あっという間に時間がすぎて店をでた。
「あまり遅くまで女性を引っ張りまわすのも悪い」
タクシーをよばれてリインだけ乗せられる。
「ここで別れるほうが都合がいいだろう。今日は楽しかった」
「私もとても楽しかったです。ご馳走様でした」
レナードに見送られて官舎へと戻った。着いたら必ず連絡を入れるようにと言われていたので、到着の報告と食事の礼を言う。
電話越しのレナードの声は落ち着いていて、耳に心地よかった。
しばらくは視線の主を気にしていたがリインにも、レナードにも特に何事も起こらなかった。
それからリインとレナードは時折一緒に食事をするようになった。レナードの連れて行ってくれる店はどれも雰囲気や客筋も
よければ味も極上で、また食事中の会話も大人の一言だった。必ずタクシーでリインだけを帰してくれる紳士的な振る舞いも
あって淡いながらも好ましさを感じていった。
その夜も個室で食事をした。とても口当たりのよい美味しい酒が供され、リインはいつもより過ごしてしまった。
店を出たところで段差につまづいたリインを、とっさにレナードが支えてくれた。
「大丈夫か?」
力強い腕に少しときめきながら大丈夫、と言うリインはレナードが触れている手に、力がこめられたように感じた。
「今日は送っていこう」
レナードはそう言うと一緒にタクシーに乗り込み運転手に官舎へと行き先を告げる。
流れ行く夜の街を眺めているとシートの上の手に、レナードの手が重ねられた。レナードを見やると彼の方もじっとリインを
見つめている。リインは手を引く気にはならなかった。
官舎に着いてタクシーを降りようとしたとき、レナードは重ねた手を持ち上げてリインの手の甲に唇を落とした。
外にでてレナードは今日は楽しかった、とリインに告げると本部の方へと歩いていった。
その姿を見送りながらリインはレナードが触れた手の熱さをもてあましていた。
時々とはいえ一緒に食事をする二人のことは、さすがに噂になった。友人から問い詰められてリインは素直に偶然知り合って、
たまに食事に行っていると答えた。だから別に付き合っているわけでは、と言うリインを友人達は切って捨てる。
「二人で食事をするんだから、好意がないわけじゃないんでしょ?」
「よりによって少将か、誰も文句が言えないし保護者としてはいいんじゃない?」
友人もリインが視線を感じることは知っていたから、レナードの存在が牽制になっているようだと言うと安心はしてくれた。
噂が広まるにつれ好奇心からの視線は多くなったが、元の視線は感じなくなってきていた。
あの刺すような奥まで見通すような視線を。
次の食事の時にレナードにその話をする。
「噂になって諦めたのかもしれないな。だが君はいいのか? 私とで」
リインはレナードの顔を見る。静かで落ち着いていて包容力のある大人。
「閣下こそ私のような小娘と噂になってご迷惑ではありませんか?」
レナードは見開いた目を細める。発せられる声は、優しい。
「迷惑どころか、光栄だ」
そのまま見つめられてリインは胸が苦しくなってくる。
「この後、よければ一緒に飲まないか?」
いつもは食事の後で別れていた。それを一緒にということは、次の段階に誘われているということか。
リインは彼の視線を受け止め頷く。
店を出るとごく自然に腕を差し出される。それに手を絡めレナードのいきつけというバーに移動した。店内は明かりを抑えていて
落ち着いた雰囲気だ。レナードから受ける印象に似ている。
カウンターに並んで座り酒を飲む。こんな店も、こんな酒も、――男性と二人でこんなに親密なのも初めてだ。
リインの緊張もレナードとの会話と素晴らしい酒がほぐしてくれた。
「君とこうして飲めるとは、酒がすすんでしまいそうだ」
グラスを手に思わせぶりに言われ、リインはどきりとしてしまう。大人の余裕にやられてしまいそうだ。
飲み過ぎないようにと気をつけるが、グラスの酒の度数は高くゆるやかに酔いが回ってくるのを感じる。
「そろそろ、出るか」
レナードの言葉でグラスの酒を飲み干して店を出る。ふわふわと良い気分で外の少し冷たい空気が火照った体に気持ちよかった。
空を見上げて大きく息をつく。腕をとられて引き寄せられる。
レナードに抱きしめられていた。思考は停止したのに体温と心拍が上昇していく。喉にからんで声がうまくでない。
「……私が嫌か?」
耳元に落とされる低い声。前と同じ質問をされた。黙って首を横に振る。耳元でなおも囁かれる。
「私は君が好きだ。今夜、一緒に過ごしたい」
今度は黙って頷く。耳に唇が触れた。吐息が、熱い。
タクシーに二人で乗り込む。ホテルの名を告げるレナードの声に緊張する。それをなだめるように手が重ねられ指が絡められた。
程なく到着したホテルのロビーでリインに待っているようにと告げてレナードがチェックインの手続きをする。その間、リインは
逃げ出したい衝動と戦う。恥ずかしくて落ち着かない。
レナードが戻ってくる。案内は断ったようだ。エレベーターに二人で乗り込み目的階まで沈黙が支配する。
厚いじゅうたんが敷かれ人気のない廊下に衣擦れの音だけが響く。廊下の最奥の部屋の前でレナードが立ち止まる。
「嫌なら。ここで帰れ」
ドアを開けてレナードがリインを見つめる。目を伏せたリインは意識して足を動かし、レナードの開けたドアを通って部屋に入る。
続いてレナードが部屋に入って背後でドアの閉じる音がした。
背中に手が当てられ促されるままに廊下を通り奥にすすむ。角部屋で窓が大きく、壁際のベッドがやけに目を引く。
部屋の真ん中で抱きしめられて髪の毛をすかれる。心臓の音がレナードに聞こえてしまいそうだ。爆発しそうだと思った時に
「シャワーを浴びておいで」
囁き声の命令が下される。ぎくしゃくと浴室に行ってリインはシャワーを浴びた。体を拭いた後で服を着るべきか迷って、結局は
置いてあったガウンを身に着けた。素足をさらす恥ずかしさもありまともにレナードを見られない。
レナードもシャワーを浴びると浴室に消えた。緊張で喉が渇いたので冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し夜景を見ながら
口に含む。額と手の平をガラスにつけその冷たさで身内の熱を冷まそうとしてみる。
そんな努力も背後から抱きしめられると呆気なく無駄になったしまう。一気に体が熱くなる。
くるりと反転されて厚い胸板に顔を押し付けられる。ガウンの生地を感じ額に口付けされて目を閉じる。
抱きしめられる力が強くなる。レナードの体が震える。低く抑えたレナードの声が耳を打つ。――笑っている。
そして、唐突にあの視線を感じてリインは戦慄した。
どうして、ここには自分とレナードしかいないのに。自分と――レナード、しか。まさか、そんな……
さっきまでは恥ずかしくて閉じていた目は、今は恐怖で開けられない。しかし。
「目を開けなさい。君の瞳にうつる私が見たい」
まぎれもない命令におそるおそる目を開ける。混乱しているのに体は抱きこまれて動けない。
至近距離で見るレナードの眼差し、その中にずっと絡んできていたあの視線が、もう隠す必要もないとばかりにおおっぴらに
されてリインを射抜いている。
「どう、して」
掠れた声でようやく問いかけるリインに応じるレナードの声は楽しげで、欲しいおもちゃを手に入れた子供のような響きがある。
「君を気に入ったからだ。人を欲するのに理由がいるか?」
くくっと笑われリインは震える。混乱して絶望して、あまりのことに涙さえ浮かんでくる。
レナードは嬉しげに言葉を紡ぐ。
「私は君を気に入った、だから視線を送った。君は私の視線に気付いた、私とは最後まで気付かなかったが。怯えるだけなら
そのままにしておこうかとも思ったが、君は私の視線に反発しただろう? 実にいい。あの反骨精神でますます君が欲しくなった」
腕から逃れようとしても体格と力の差からかなわない。あっさりベッドに押し倒される。
見下ろすレナードの目に宿るなにかに吸い込まれそうな気分になる。
顔にかかった髪を払われ、レナードの顔が下りてくる。
「やめて、は、なして、はなれて下さい」」
「君には何度も選択肢を与えた。ここまで来たのは君の意思だろう?」
あの日、自分を助けてくれてマントをかけてくれた。
震える自分を保護して落ち着かせてくれて、官舎まで送ってくれた。
秘密の休憩場所で会うたびに穏やかに色々な話をしてくれた。
美味しい食事を、楽しい時間を共有した。
時間をかけて少しずつ、少しずつ惹かれていった相手がよりによって……
リインは今まで無邪気に信頼していた世界が根こそぎひっくり返り、足元から崩れていくのを感じた。
押さえられてガウンの紐をほどかれ、手首をその紐でまとめられる。顔を背けると首から鎖骨の上を吸われ生々しい刺激に
リインはきつく目を閉じる。ブラジャーは上にずらされて下からすくうようにもまれる。
「やっ、触らないで」
身をひねって足をばたつかせて逃れようとするリインを押さえ込んで、レナードの手は遠慮なくその肌を味わう。すべらかで
柔らかく、魅惑的な曲線を描くリインの体をなでさすり、爪を軽く立ててひっかく。片方の乳首を口に含んで舐め転がす。
もう片方の乳首は指の間にはさんで乳房全体をもみあげる。ほどなく乳首はかたくなった。
「んっ、っや、」
レナードはリインの体を揺らす。唇は臍のくぼみまでおりていて舌先でつつく。腰をなでおろし大腿に手を当てる。
いたる所を舐め、吸われて体が震える。人の上に立ち、命令を下すことに慣れきっているレナードは容赦なくリインを支配していく。
リインの足の間に身をおき、レナードは片足をかかえあげた。
やわらかい内側に唇をつけて舐めて吸う。軽く歯を立てる。下腿から足に唇をよせてレナードは足の指を口に含んだ。
リインは慌てて上体を起こし、レナードを、自分の足指を口に入れしゃぶるレナードを羞恥と嫌悪でゆがんだ表情で眺める。
「やめてっそんなところ、舐めないで、汚いっ」
足をはずそうとするリインだが、レナードががっちり抱えているのではたせない。指の間まで舐められ肌があわ立つ。
ひとしきり愛撫して気が済んだのかレナードが足から口をはなす。
足を肩に乗せられたままじっくりと見つめられてリインはおののく。まるで視姦されているようだ。
「本当に君はいくら眺めても見飽きることはないな」
優しく愛しささえ感じさせる口調で言われ、自分に絡んでいた執拗な視線と自分に見せていた紳士としてのレナードのギャップに
リインは混乱した。そんなリインの動揺をよそにレナードは強引に下着を脱がせる。
閉じようとする足は無理やりに開かれ、ためらうことなく長い指がリインに触れてくる。
リインは必死に抵抗した。体術ではかなわない。レナードは実に人体の構造を知り尽くし、抵抗を封じる術にも長けていた。
体格も軍人としても経験の差もレナードの圧倒的な優位を助ける。
大きな手でなでまわされリインは顔をそむけた。
下から上へと指が動く。程なく指先が何かを探しあてたように止まった。
「触らないで」
この期に及んでもレナードを厭い、その表れのようにか陰核をすられ中に指が入れられてもリインは抗う。
むしろ指を入れた時にリインの顔は嫌悪のためにか歪んだ。
拒否する心情を伝えられ、愉快ではないながらもレナードは今後の楽しみの方に思いをはせる。
――今は自分の下にいるこの体に分け入りたい。早く自分のものにしてしまいたい。
舐めながら唾液をまぶし指でなんとか広げたそこに猛る陰茎をあてがい、先端を押し入れる。
リインは突如おこった苦痛と圧迫感に硬直する。体の中心を裂かれるようで、痛みのために呼吸も忘れた。
口からもれるのはひゅうとなる空気と意味のない音だけだ。
軍人なので苦痛に耐える訓練は受けている、だが、これは違う。こんな内側からの痛みには耐えられない。
レナードも挿入してから違和感に気付く。きつすぎる。リインが握りしめる指の関節は力を入れすぎて白くなっている。
疑念は少し引いた陰茎に絡む血で確信に変わった。
リインは目を閉じて硬直したままレナードに貫かれている。感動しながらレナードはリインに目を開けるよう促す。
涙で濡れた瞳に自分が映し出されているのを見て、レナードはずっと渇望していたものが満たされた喜びを感じた。
手首の戒めをといて自分の背中にすがらせる。
「浅く息をしろ。私の背中につかまれ、力を抜かないと辛いぞ」
他の場所に愛撫を施して苦痛を逃がす。なだめるように口付けて耳朶を甘噛みする。舌をいれて音を響かせるとリインが身じろいだ。
その拍子に涙が零れ落ちる。自分で苦痛を与えておいてリインが泣くのに嗜虐心をそそられる。
涙を舐めとって少し力の抜けたリインの中へと腰をすすめる。
途端背中に回された手が肩へと移り距離をとるかのように押しやられ力がこめられる。
「痛、い、もう、やめて……」
泣きながらうわごとのように繰り返される哀願だが、そればかりはかなえられない。できるだけ苦痛を少なくしようとすると
いつまでもイケずに結局はリインの負担になる。それにきつく締め付けられている現状は不謹慎ながら悪くなかった。
「もうすぐ終わる。もう少しの我慢だ」
狭い中で刺激されレナードは内心呻く。ほぐれればさぞやと思わせる。
リインの中を味わうほどに期待に胸が躍る。腰を動かすと中がうごめいて包み込まれ激しくしなくても快感を生じる。
レナードが硬直したかと思うと低く呻きリインは繋がった中に脈動を感じた。
「あ、あ……」
レナードの満足そうな様子がリインを絶望に突き落とす。涙がまた一筋頬を伝った。
終