時は12月24日。  
世間一般じゃあ性なる夜と呼ばれてる、カップルのための日だ。  
ま、独り者の俺に取っちゃ関係ないけどな。  
残り物で作った夕食を食べながら、俺はぼんやりとエロビデオを再生していた。  
クリスマスということもあり、時期限定とかいうのを借りてきたんだが、  
ねーちゃんがサンタ帽を被っていること以外、ただのAVと代わりゃしねぇ。  
…このねーちゃん、前に見たAVでネコミミつけてたな。もういいや、OFF。  
あーあ、わびしい…。  
漫画やなんかじゃこういう時、ミニスカサンタなおねーちゃんが表れて  
「今夜は私がプ・レ・ゼ・ン・ト♪」とかいって  
あんなことやこんなことしてくれるのになぁ…。  
ホント現実は地獄だぜフゥハハハー orz  
 
「なら地獄に来てみるか?」  
いきなり後ろからそんな声がして、俺はビクッと振り向く。  
そこは散らかりきったいつもの台所。出しそびれた大きな黒いポリ袋が5つ。  
…5つ?  
昨日の時点じゃ3つだけだったはずだぞ?  
いつこんなに袋出したかなぁ…。  
「誰がポリ袋だ誰が」  
「うわぁっ!?」  
ポリ袋だと思っていた黒い塊の一つがのっそりと起き上がる。  
ツヤのない、煤けた真っ黒いローブに身を包んだ、人の姿。  
布の隙間から冷たい目だけが俺を見下ろしている。  
「な、何なんだ?! あんた一体…」  
「お望み通り、サンタだ。もっとも、悪い子に来るサンタだがな」  
 
人間、突っ込み所がありすぎると固まってしまうものらしい。  
その格好のどこがサンタやねん!  
もしもし警察ですか、不審者が…。  
悪い子って何だ悪い子って。  
声くぐもってて男か女かわかんないな。  
そんなことをぐるぐる考えていると……  
「赤いサンタは良い子のためのサンタだ。  
悪い子には黒いサンタがおしおきに来る。  
私は不審者などではない。サンタ認定委員会からも特別認定書をもらっている。  
お前が悪い子と認定されたのは部屋の散らかり具合。ろくにバイトも就活もしない  
生活態度。親からの仕送りでのうのうと遊び暮らす腐った根性。  
これらを総合してのことだ。分かったか?」  
「う゛っ…」  
一気に早口でまくし立てられ、俺は思わず黙り込む。  
考えを口に出してはいないし、弱点だらけの私生活もずばりその通りだ。  
ただの人間じゃなさそう…。もしかして、本当にサンタ?  
「最後に」  
突然に声質が変わる。曇りのない、まっすぐな声。  
口元を隠していた襟は下ろされ、形のいい顎と唇が露わになる。  
深く被っていたフードの下から現れたのは、流れるように艶やかな黒髪。  
どこか冷たい感じだけど、震えが来るような美しい瞳。  
「私は女だ。ブランサという」  
表情一つ変えず、その人…ブランサさんは言い放った。  
俺の結論:美人だからなんでもいいや!  
 
 
「で、どういったご用件なんでしょうか?」  
俺は速攻で部屋にスペースを作る。そのままでは座れる隙間もなかったので、  
ゴミやら私物やらは壁際にかき寄せ、座布団にお茶など出しつつブランサさんの  
態度を伺う。  
「そうだな…」  
ペットボトルから注いで暖めたお茶を一口すすると、視線はそのままに  
手元にあったポリ袋をがさごそやり始めた。  
「決まりではこういうものを贈ることになって…ってぇ!?」  
ブランサさんの顔色が変わる。身体中がビリビリっと震えた…ように見えた。  
ばふーっ!!  
次の瞬間、ゴミのつまったポリ袋が俺の顔面を直撃していた。  
 
「紛らわしいものを放置しておくな!! ゴミ袋の口は縛っておけ!」  
だばだばと水道で手を洗いながら、ブランサさんはおかんむりだ。  
…ゴミ袋と自前の袋間違えたのはそっちなのに。  
ま、ソロ活動した後の湿ったティッシュなんか掴んだら無理もないか。  
俺は赤くなった鼻を擦りながら苦笑いする。  
「まったく…とりあえず、だ」  
ぴゃっぴゃっと水滴を払い、コホンと小さく咳払いをすると、  
改めて自前の袋から何かを探すブランサさん。  
ちょっと顔が赤いのは気のせいだろうか?  
「覚悟はしておけ。私は赤いサンタのようには優しくないぞ」  
…やっぱり気のせいだったみたいだ。  
氷のような微笑で薄汚れた袋をまさぐってるのは、なんか怖い。  
その袋、もしかして生きもの入ってません?  
中で得体の知れない動きしてるんですけど…。  
 
 俺の恐怖心を煽りながら、ブランサさんは怖い顔で何かを取り出す。  
「メリークリスマス。悪い子へのプレゼントを贈ろう」  
魂も凍るような声と共に、差し出されたものは!  
 
牛モツ・特価398円。  
 
「………」  
「………」  
 牛モツ・特価398円。  
スーパーなんかでよく売ってる、パック詰めの牛モツ。  
ご丁寧に50円引きのシールまで貼ってある。  
ブランサさんが袋から取り出したのはそれ以外の何物でもなかった。  
 懇親のギャグが思いっきり滑ったときの重苦しい雰囲気が部屋を包む。  
痛い…これはハッキリいってかなり痛い。つか、いたたまれない。  
確かにきっついおしおきだ。  
「…えーと、ごめんなさ」  
「間違えたぁぁぁっ!!」  
 俺が謝りの台詞を言い終えるより早く、ブランサさんの絶叫が部屋に響いた。  
「やっちゃったぁ…本当は逆光で袋から血まみれの内臓掴み出して、その後  
『どうしてくれようかねぇヒッヒッヒ…』って魔女みたいに  
やるつもりだったのに、これじゃコントじゃない…。ああ、失敗したぁ〜」  
 さっきまでのクールさはかけらもなく、頭をがしがし掻きながら取り乱すブランサさん。  
その姿があんまり面白くて&可愛くて、俺は爆笑したいのを必死でこらえた。  
空気を変えるために何とか別の言葉を搾り出す。  
「と、取り合えず、一緒にこれ食べませんか? 鉄板ならありますし」  
 
 じゅうじゅうと音を立てて、特価・更に割引で348円の牛モツが焼けていく。  
薄く切った、というより皮ばかりの野菜も一緒だ。  
動物の内臓以外にはジャガイモの皮なんかも悪い子用プレゼントの項目に  
入っていたらしい。  
 ま、ビンボーしていた時期もあるんで、これはこれで食べれなくはない。  
「どうしてこういうことになっちゃったのかなぁ…」  
 鉄板を挟んでビールをちびちびやりながら、複雑な表情のブランサさん。  
黒尽くめのサンタな女の人と向かい合って鉄板をつついているのは、  
よく考えると結構シュールな光景だ。  
「人間誰でも失敗あるから、そんなに気にしない方がいいよ?」  
「私、サンタなんだけど」  
「細かいことはいいじゃん。牛モツおいしいし」  
「そうね…」  
 かなり凹んでいるようだが、食欲はそれなりにあるらしい。  
牛モツが次々口の中に消えて行く。  
それに比例するかのように増えて行くビールの空き缶。  
…食費、浮くどころか赤字だなこりゃ。  
 
「らいたいれぇ、あらしだって赤いサンタやりらかったわよ! ひっく」  
 足元に10本目の空き缶が転がる頃、ブランサさんは完全に「出来あがって」いた。  
冷たい感じだった目元はトローンと下がり、ほんのり赤くなった指先が色っぽい。  
ローブの襟も緩み、ちょっと覗けば鎖骨が見えそうだ。  
「普通さ、サンタと言えば赤じゃない? 黒いサンタもあるって知ったのは  
偶然だったのよぉ。で、なんか面白そうだなーって赤黒両方の資格試験受けたら  
両方通っちゃって。そしたらさー、『黒いサンタは数が少ないからそっち優先しろ』  
って上司がいうのよ!? 暗いし地味だし嫌われるし、  
言葉遣いは注意されまくりだし、あの時余計な好奇心  
出さなきゃよかった…って、聞いてる?」  
「聞いてる聞いてる。それで?」  
 こんな感じで、俺はしばらくブランサさんの愚痴に付き合っていた。  
サンタの資格試験やら上司やら想像もしないことがポンポン飛び出すんで  
それほど退屈ってわけでもない。  
「あーあ、仕事やめちゃおっかなぁ…」  
 ひとしきり愚痴をこぼし終わると、ブランサさんはテーブルに頬づえを着いた。  
「仕事なんて、あるだけマシだよ。いっくら会社回っても門前払いされてさ」  
「言うねぇ、無職クン。私がここに来た理由はなんだったかな?」  
「…生活態度が悪い子認定された。サボっててゴメン」  
「あはは、正解〜」  
 ケラケラ笑いながらブランサさんは俺の背中をバシバシ叩く。  
特別悪い子は袋でぶっ叩いているというだけあって、ちょっと痛い。  
「じゃあ正解者には〜」  
不意に背中を叩く手が止まる。同時に唇に広がるビールの匂い。  
 軟体動物のような舌が唇の中を一回り。  
俺からすっと離れたブランサさんの口元からは、一本の唾液の糸が伸びていた。  
「…おねーさんから、キスのプレゼント。な〜んちゃって」  
それが、始まりの合図だった。  
 

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