幼馴染兼彼女の香奈がどうしても見たいと言うので、俺達は二人で今流行りの恋愛映画を見に来ていた。  
二時間たっぷり映画を見た後、エンドロールを見ながら俺はこの映画を見に来たことをもの凄く後悔した。  
 
簡単にこの映画の内容を説明すると、主人公(♂)が幼馴染(♀)と付き合うところから始まり、  
最終的には主人公は幼馴染と別れ、もう一人のヒロインと付き合うことになるというものであった。  
実際は山あり谷あり、涙なくしては語れない物語ではあるのだが、今はそんなことを考えている場合ではない。  
 
横目でちらっと隣の席をのぞき見ると、目と口を大きく開き、  
まるでこの世の終わりでも見るかのようにスクリーンを凝視している香奈の姿があった……  
 
『映画鑑賞後』〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  
 
「うう、ひどいよ……信じてたのに……グス」  
 
映画が終わると予想通り香奈はあまりにも残酷なその映画の内容に困惑しているようだった。  
俺の服の裾をきゅっと握り、一般的な女子より一周り半も小さいその体をくっつけて離そうとしない。  
まあこの手の話は幼馴染ヒロインは不遇ってだいたい決まってるからなあ……  
 
「でも、いい話だっただろ?」  
「ぜんぜん良くないよ……幼馴染はこれからどうすればいいの?」  
「うーん……新しい恋を探すとか?」  
「涼太のあほー! 幼馴染はずっとずっと主人公のこと好きだったんだよ? そんなに簡単に割り切れる想いじゃないもん絶対!」  
 
妙に力のこもった香奈の力説に、少々圧倒されてしまう情けない俺。  
 
「いや、そんなこと言われても……そもそも恋愛なんてそんなもんだろ?」  
「ッ!! りょ、涼太もそう思うんだ?」  
 
うっすらと涙を溜めながら、香奈は上目使いでキッと俺を睨んできた。恐くないけど。むしろかわいい。  
 
香奈のことだから、きっと映画のキャラクターに自分を重ねているのだろう。  
俺達も最近になってやっと付き合えたばかりだから、香奈はきっと自分も捨てられてしまうのではないか心配になっているのだ。  
そんな香奈がちょっとだけ可愛くなって、くしゃくしゃっと頭を軽くなでた。  
 
「大丈夫。俺は香奈を裏切ったりしないよ」  
「……涼太」  
 
チワワのようにうるんだ瞳でこちらを見つめる香奈に、ちょっとだけ胸がきゅんとなったのは内緒だ。  
 
「そのセリフ、さっきの映画の主人公も同じこと言ってた……」  
 
絶対に内緒だ。  
 
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「……流れはなんとなくわかったけど、それで何で今日も香奈があんたにくっついてるわけ?」  
「わかんないけど、こいつ俺の服掴んで離さないんだよ……困った……」  
 
俺がチラッと後ろを見ると、口をへの字に曲げた香奈が地蔵のように無言の圧力を放っていた。  
 
あの後、俺たちはちょっとした口論になり、  
ムカっときた俺は香奈を置いて帰ろうとしたのだが(といっても家は隣)、奴はずっと俺の背中にくっついてついてきた。  
最初はシカトしていたのだが、家の門の前まで来てやっとある異変に気がついてしまった……  
 
――コイツ、俺の服を掴んだまま解放する気が全くない!!  
 
引っ張ったり叩いたり30分くらい粘ったが、結局俺は香奈の無言の圧力に屈することになってしまったのであった。  
最終的に俺の家にもそのまま入ってきので、とりあえず部屋の中に入れてお茶を出し、2時間くらい説得して飴玉もあげてやっと納得して帰ってもらったのだが、  
次の日、香奈に家の前で待ち伏せされていたため、俺はまた難なく捕まってしまったのであった。  
 
それでこのまま大学にも行くハメになってしまい、  
とりあえずこの世に数人しか存在しない、香奈の貴重な友人である久美に相談することしたのだった。  
 
「知らないわよそんなの。自分でどうにかして」  
「そんな殺生な……」  
「そもそも香奈に幼馴染モノの寝取られ映画なんて見せるのが悪いのよ。どうなるか容易に想像できるじゃない」  
「だって、そんな内容だなんて知らなかったし……」  
 
久美は俺をしばらく眺めて「はあ」、と深いため息をつくと、今度は俺の背中の物体に目をやった。  
 
「まあこうなるとこの子、頑固だからねえ……。男子便所にでも逃げ込んでみれば?」  
「もうやった……」  
「っ!? まさか!!」  
「そのマサカさ……」  
 
つい先ほどの話だが、俺が男子トイレに逃げ込もうとすると香奈は抵抗するどころかあまりにも平然と中に入ってきたため、  
俺のほうがビビってすぐにトイレを出てしまったのだった。このままではうかうかトイレに行くことすらできない。  
 
久美は俺の想いを読み取ったのか、口に手を当て一筋の涙を流すと、俺の肩をポンポンと二回ほど叩いて立ち去ってしまった。  
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  
結局、今日は一日中香奈から解放されることなく自分の家に帰宅した。  
どうやら香奈はまだご機嫌斜めらしく、むっと口をふさいだままだ。でも、そろそろ香奈の意地っ張りも限界を迎える頃だろう。  
 
「なあ、お菓子持ってくるから香奈はそこらへんに座っててくれないか? もちろんこの手を離してな」  
 
香奈は俺の部屋に入ったことで少し安心したのか、素直にコクンと頷くと、俺の服から手を離しペタンと床に腰を下ろした。  
俺は急いで居間のタンスに入ってるチョコクッキーの箱を持ってくると、皿の上にバラバラと適当に乗せた。  
 
とりあえず香奈の目の前に皿を置いてみたが、俺とクッキーを交互にチラチラと見るだけでなかなか食べようとしない。  
チョコクッキーは香奈の大好物だから、食べたくないわけがない。  
そもそもこのクッキーは香奈のために買いだめしてるようなものだ。食べてもらわないとこっちも困るし、つまらない。  
 
「ほれ、クッキー食べろクッキー」  
 
意地を張ってなかなか食べようとしない香奈に、一枚のクッキーを摘まんで手渡した。  
香奈は不思議そうに数秒間クッキーを眺めた後に、まるで許可でも求めるかのようにジッと俺を見つめ始めた。  
 
仕方ないので笑顔で一回頷いてやると、途端にパアっと顔を輝かせ、モクモクとクッキーを食べ始める香奈。  
そんな姿がかわいらしくて、ついにやけてしまう。こんなだから結局俺は、香奈に振り回されてばっかりなのかもしれない。  
 
思えばまだ香奈が、「涼ちゃん、涼ちゃん」っていいながら俺の後にちょこちょこついて歩いてきたころから、この関係は全く変わらない。  
(というか今でもちょこまかと俺の後についてくるんだけどね……)  
そのせいで元々人見知りが激しい香奈には友達がほとんどできなかったりとか、中学では香奈のあだ名がピクミンになったりもした。  
こんなくだらない喧嘩(?)も数え切れないほどしたし、本気の喧嘩も何回もした。それでもこの関係は変わらない。たぶんこれからも一生。  
 
「涼太、ありがとね」  
 
「へ?」  
 
そんなことをボーっと考えていると、思わぬタイミングで攻撃を食らった。  
 
「なんだよ突然」  
「なんとなくね、言っておきたくなったの」  
 
そういうと、香奈は優しく笑った。  
 
「思ったの。私の意地っ張りのせいで喧嘩になったときも、いつも涼太は最後には優しくしてくれるなって。  
 それでね、そのまま昔のことをなんとなく思い出してたらね、気付いたの」  
「な、何に?」  
 
開けていた窓から心地よい風が入ってきて、香奈の長い髪の毛をさらさらっと揺らした。  
 
「涼太は絶対私のことを見捨てないって。あの映画見て、ちょっとだけ怖くなったんだけど、  
 もし、涼太は私のことを好きじゃなくなったとしても、恋人じゃなくなったとしても、ずっと私を大切にしてくれる……でしょ?」  
「……お前、ときどき物凄く恥ずかしいこと言うよな……しかも自分で言って自分で赤くなるなよ……」  
 
俺が香奈にそう指摘すると、最初はホッペタだけだったのが、みるみる耳までトマトのように真っ赤になってしまった。  
しかも、一般的な恋人通しの関係でこんなことを言われたら、普通重すぎるとドン引きしてしまうところだろう。  
 
だけどまあ、もう俺達にはこれくらいでちょうどいいのかもしれない。  
生まれた時からずっと一緒で、もう二人はお互いの人生の一部にもなってしまっている。  
これから離れることなんて、きっともう無理だ。  
 
そんなことを考えているうちに、俺のほうもなんだか頭がおかしくなってしまっていたらしい。  
気が付くと、香奈をギュッと胸の中へと強引に抱き寄せていた。  
 
「ひゃあっ、ん……りょ、りょうた?」  
 
思えば、付き合ってから一度も抱きしめたことすらなかったな。  
恋人らしいことなんかも一切してないし、そもそも付き合う前と付き合った後の変化すらほとんどわからないくらいだ。  
 
香奈も最初はモゾモゾと俺の胸の中で動いていたが、しばらくすると動きを止め、俺の背中におそるおそる腕をまわした。  
 
「なあ香奈?」  
「ななな、なに?」  
 
俺も緊張してはいるが、香奈は相変わらずあわてすぎだ。  
 
「たまには俺たちも恋人らしいこと、するか?」  
「!」  
 
ピクンっと、小さく俺の胸の中で香奈が反応したのがわかった。  
 
しばらく香奈は無言のままだったが、一旦俺から少し距離をとると、クイっと顔を上にあげた。  
目をギュッと閉じていたため、それがサインだとわかった俺は、そのままゆっくりとその小さな唇に自分のを重ねた。  
不器用だけど、これが俺達のファーストキス。  
 
「……ん。涼太……大好きだよ」  
 
〜終わり〜  
 
 

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