「(まだかな・・?まだかな・・?)」
頬がゆるみ、思わず含み笑いを漏らす。
幼い頃、よく面倒を見てあげた隣の家の男の子と、今日から同棲生活なのだ。
お姉ちゃん、お姉ちゃんと後を着いてきた姿が、今でも鮮明に思い出せる。
「(結婚の約束もあるし、ずぅっと恋人なんて作らずに、可愛くなることに一生懸命だったんだからね?)」
両親がいなくてよかった――いたらきっと自分の奇行を咎めていただろうから。
数日前、母親は父親の出張先に行ってくると言って、出ていってしまった。
出ていく間際に、幼なじみの少年を家に住まわせてあげるから、とだけ言って。
十何年も前に、自分の父の栄転で別れてしまった彼に、また会える。
普段なら母親が急に物事を伝える度に怒ったりしたのに、今回ばかりは嬉しくてたまらないのだ。
ベッドの上で抱きまくらを抱いて悶えてみせる度、豊満に育った巨乳が震える。
髪を長くしたのも、胸が大きくなるように頑張ったのも、家事を全部出来るようになったのも、エッチな知識を覚えたのも、大好きな男の子に嫌われないために。
「えへへへ・・・私は、ずっとずうっと君だけの女の子だからねっ♪早く来てほしいなぁ♪」
とろっとろに蕩けた顔で、身もだえしながらよこしまな妄想に浸ってみる。
その姿は学園で慕われる美少女ではなく、一人の恋に恋する乙女だった。
「ったく、何考えてやがんだあのクソオヤジはよ!」
俺は不機嫌さを隠そうともせずに、小春日和の坂道を歩いていく。
小学校に通っていた頃は毎日歩いていた道なのだ、目的地までの地理もはっきりと分かっている。
腹立たしいのは、親父の自分勝手だ。
小学生の頃に親父の栄転でこの町を離れるときは、『家族は一緒に暮らすもんだ』と単身赴任を拒んだ癖に、今回は海外に行くから仲の良かった隣の家に預かってもらうと言い出しやがった。
―――最も、ずっと憧れていたお姉ちゃんと一緒に暮らせるのだ。
不満と言い切りはしないが。
「でもなぁ・・・」
不安感は拭えない。
もしお姉ちゃんに恋人が出来ていたら、この初恋は始まる前に終わっていることになるだろう。
お姉ちゃんが、一人だけ別のところに住んでいたら?
俺はお姉ちゃんに憧れていたが、お姉ちゃんは俺を手のかかる弟だとしか見ていなかったら?
不安というのは、一度その渦に巻き込まれるとある程度の決着がつかないと解消されるものではない。
悶々と悶えながら、俺は見覚えのある、懐かしい家の前まで歩いてきたのだった。