1,5.銀のスプーンで
いつだったかヨーロッパでは赤ちゃんに銀のスプーンを贈るのだと教えてくれたのはやはり修だった。
いつものぼんやりした顔で小難しい話や薀蓄を教えてくれるのが、あたしは結構好きだった。
いつもの帰り道で、ちょうど産婦人科から退院する新米お父さんとお母さんに出会った。
お母さんに宝物みたいに抱かれた赤ちゃんはすやすや眠っていて、あたしはあまりの可愛さに思わず大きな声を出してしまった。
「ほとり、うるさい。赤ちゃん起きるだろうが」
「でもでも、ほら修、めちゃくちゃ可愛いよぉ」
ぷくぷくのほっぺたをリンゴみたいに染めて、赤ちゃんは安心しきったように眠っていた。
突然叫ぶあたしに嫌な顔一つせずそのお母さんはにっこり笑って
「少し、だっこしてみますか?」
と言ってくれた。
「い、いいんですかッ」
「おいほとり、遠慮しとけよ」
修は呆れたようにあたしを諌めようとするケド、目を覚ました赤ちゃんはとても可愛く笑ってあたしを見てくれて、とても我慢できなかった。
思わずお預かりした赤ちゃんは、すっぽりと腕に収まってあたしに寄り添ってくれるみたいだった。
心の奥の柔らかな所を鷲掴みにされたみたいだった。
「ほら、ほら、ほら!」
「はいはい」
「どうしよう、可愛くてあたし死にそう」
修は呆れ半分に、でもとても優しくあたしと赤ちゃんを見てくれた。ほんの少しだけ困ったような、けれどとても優しい目をしていた。あたしの大好きな目だった。
あたしの髪を握った赤ちゃんの手のひらはぷくぷくと福々しいくて、一つ一つの行動がとろけそうなほど可愛くて仕方ない。
名残惜しいけれど、背中をつつく修に急き立てられて赤ちゃんをお母さんに返して
「ありがとうございました」
と頭を下げる。
「あなたも、早く大人になってお母さんになれるといいね」
赤ちゃんを大事にだっこしたお母さんは、あたしと修を交互に見てから笑っていた。
修はお父さんの方に何か耳打ちされて、答えあぐねてあやふやに笑っていたケド。
「ほとり、お前何やってんだよ」
「んー、ほら」
いつまでも赤ちゃんをだっこするみたいな格好をしているあたしに、修は怪訝そうに尋ねる。
「赤ちゃんの匂い、まだするよ」
「……そっか」
「ところで修、あのお父さんから何言われたの?」
「大したことじゃないよ、さっきほとりがお母さんの方に言われてたことと同じ」
「そっか」
赤ちゃんをあやすみたいに体を揺らしていると、修があたしの頭を撫でてくれた。
それは、言葉につまった修の癖。あたしが大好きな癖だった。