03-02 Lovin' you  
 
 アレは確か二年の冬休み明けだったと思うケド、当時同じクラスだった子が言っていたのをふと思い出した。  
 男はすることをし終えると、その後は急に冷たくなると。  
 なるほど、そういえばいつだったか観たサスペンス物のドラマでその手のシーンが出た時、事後と思しい男の人は退屈そうに煙草を咥えていた。  
 ベタベタとくっつく女の人には見向きもせずに、いかにも気だるそうにしていたが、世の中の大抵の男の人はそうなのだろうか?  
 暖かな腕に頭を預けて胸に顔を埋めると、きまって修は頭を撫でてくれる。  
 あたしはその手がとても好きで、そうされるだけで満足してしまうのだった。  
「ひとのまくらはよいまくら〜」  
 何となく腕枕が嬉しくなって、そんな歌を口ずさむと  
「何の歌だよ、それ」  
 修は苦笑しながらまた頭を撫でてくれた。  
 二人だけで出かけた卒業旅行。  
 ひなびた旅館で一つの布団に二人で寝ているのだから、要するにすることをした後な訳だケド、修はあたしを甘やかしてくれる。  
 後戯という単語を仕入れたのは、二年の冬休み明けの、彼女の愚痴に付き合っている時だった。  
 そんなことを修と話したことはないケド、何も言わなくてもそうやって撫でてくれる手のひらが、その実あたしにはとても嬉しかった。  
 見知らぬ天井を見上げて、けれど肌に馴染んだぬくもりにあたしは安心していた。  
 実の所、あたしはその手のことをするよりも、その後にこうして気だるい中でぼんやりと横になって修に甘やかしてもらう事の方が好きなのだから。  
 
 修はいわゆる『カラスの行水』で、ロクに湯船につからずたいていいつもシャワーだけで済ましてしまうことが多い。  
 あたしはと言えばその逆で、お風呂にいつまでも入っていることが多い。  
 だから少しだけ温泉旅行なんてものには不安もあった。もっとも、それは杞憂だった訳だけれど。  
 あたしがゆっくり温泉を楽しんでから出て行くと、まだ修は入浴中だった。  
 一緒に温泉に向かい、外で待ち合わせと言っていたのだから多分あたしが待たせることになるんだろうなあと思ってたケド、珍しいこともあるものだ。  
 待たせるのも悪い気がして、だから少しだけ早めにあがったんだケド……そういえば「ゆっくりしていけ」なんてことを言っていた。  
 今頃湯船で手持ち無沙汰に下手くそな鼻歌でも歌っているであろう修を思い浮かべて、悪いんだケド、ちょっとおかしくなった。  
 浴場の入り口で涼むご老人方に混じり、ぼんやりと座って行き交う人を眺める。  
 卒業旅行に温泉を選ぶようなのはあたし達くらいかと思っていたケド、どうもそんなことはないらしく同世代と思しい子が何組か通り過ぎていく。  
 大抵は同性……女の子グループだ。  
 楽しそうに、そして一人ぽつんど座っているあたしを一瞥くれてから通り過ぎていく。  
 
「若いっていいですねえ」  
 と、隣に座っていたお婆さんに話しかけられた。  
「え? ええ、そうですね……って、あたしが言うのも変ですケド」  
 お婆さんは楽しそうに、そして上品そうに手を口に当ててほほほと笑った。  
「そうね、あなたも可愛らしい娘さんだもの」  
「可愛い……か、どうかはまあ」  
 そこで自信をもって「そうです」と言えれば、もっと楽なのかも知れないケド。  
「誰かと一緒に?」  
「はい……あの、その……」  
 何となく言いよどんでいると、それでお婆さんは察してくれたらしい。また楽しそうに笑って、手にされていた袋の中からお茶の缶を取り出して  
「どうぞ」  
 と渡してくれた。  
「いえ、そんな」  
 と遠慮するが、こういう時のご老人はそう簡単に引いてはくれないし、拒否もするべきではないと思っている。  
 あたしは一応形ばかりの遠慮をしてから、素直に頂いた。  
 買ったばかりなのだろう、よく冷えた緑茶で喉を潤すと、人心地ついた。  
「今日はここに泊まりかしら?」  
「はい、卒業旅行で」  
「あら、良いわねえ。私はね、近くに住んでるのよ。お風呂だけ入りに来てるのよ」  
「いいですね、近くにこんな温泉があるの」  
「ええ、他に何もないところだけど、この湯だけが自慢なのよ」  
 やはり上品に笑っては嬉しそうにされるお婆さんのお話を聞くこと十分ほど。  
「それにしても珍しく爺さん遅いねえ」  
「……そう言えば」  
 修もだ。  
 ふと顔を脱衣所の方へ向けると修が出てくるところだった。  
「修」  
「爺さん」  
 声が重なる。  
 修と、その隣で競うように脱衣所から出てきたお爺さんが一瞬だけキョトンとした顔になる。  
 思わず隣のお婆さんと顔を向け合い、微笑みあった。  
 
「サウナで同時に入った」  
 部屋に戻ると、ぐでんとだらしなく浴衣の襟で扇ぎながら修。  
「で、一緒のタイミングで入ったから、先に出たら負けみたいな気になってな」  
「……何やってんのよ、あんたは」  
「安心しろほとり、勝ったから」  
「いや、勝ったとかじゃなく」  
「で、水風呂に浸かる時間で二回戦。着替える速さで三回戦。水飲む速さと量で四回戦。その後五回戦が」  
「……あたし達と合流出来る速さ?」  
「そう」  
 何をやっているんだか。  
「ああもう、結局決着つかなかったな」  
 まさかそっちも一緒に待ってるとは思わなかったよ、と修は苦笑いした。  
「バカね」  
 曖昧に笑う修は体ばかり大人になって、まだ子供っぽかった。  
 そう言えば子供の頃はいつもあたしに振り回されていた修だったけれど、変に負けず嫌いな所もあった。  
 鬼になると、あたしに追いつけずにいつもベソをかきながら走っていたのをふと思い出す。  
 悔しそうに目の端いっぱいに涙を溜めたあの頃から十数年、今その泣き虫の負けず嫌いは、曖昧に笑いながらあたしの頭を撫でている。  
 
 翌日、修は変に張り切って温泉に。  
 昨日よりものんびりしてから上がると、それでも修はまだだった。  
 ふと見れば昨日のおばあさんがニコニコしている。  
 昨日と同じく世間話に花を咲かせていると、また競い合うように修とお爺さんが現れた。  
 何か変な友情でも芽生えたのか、腕をがつんとぶつけて笑っている。  
 あたしは呆れ半分にため息をついた。  
 男はいくつになっても、子供みたいなものなのかもしれない。  
 

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