ほとり歳時記 三期目  
02-04.5 AKA  
 
 受験生の冬はどう足掻いてももう勉強以外にありえない訳で、街が赤と緑と白に彩られ、目に痛い程の電飾をまとって煌くこの日も例外ではない訳で。  
「で、ここにさっき出した数値を入れて……」  
 目の前ではごく真面目な顔つきで、俺に数学を教えている恋人《ほとり》が居てもそれは変わらない訳で。  
「…………修、聞いてる?」  
「お、おう。お姫様可哀そうだな」  
 ヨヨヨ、と涙を拭くふりをしてみせると、ほとりの教科書が縦で頭に落ちてくる。  
「あた」  
 別に痛くはない。ないが、一応言ってみると、ほとりはやれやれと苦笑している。  
「もっかい初めっからやる?」  
「や、大丈夫。聞いてたから」  
 聞いてはいる。頭に入っているかはまあ、さておき。  
 ほとりは先ほどまでと同じように参考書片手に、何らかの数字とアルファベットを語り始める。  
 花が綻ぶような淡い色合いの唇が滑らかに動いて言葉を紡ぐ。  
 淡雪の頬は、暖房のせいなのだろう桜色に僅かに上気している。  
 自慢の黒髪は、今は簡単に後ろで一つに束ねている。  
 けれど白状するのなら、俺はそんなほとりの油断したような姿を見るのが、結構好きだったりする。  
 元から化粧っ気の少ない奴だけど(それは多分俺の好みに合わせてくれているからなのだろうけれど)こうして人前に出ない日は本当に質素に済ませるらしい。  
 眉も軽く調える程度で済ませていて、それでもこれだけ美人なんだから神様というのは不公平だなあ、とか思ったりもする。  
「修? ちょっと……疲れてる?」  
「ん?」  
 
 疲れていると言えばもちろんそうだが、実の所ほとりにこうして勉強を教えてもらうのは楽しい。  
 や、より正確には静かに考え込んだり、難しい問題が解けて頬を緩ませたり、真面目にやらない俺を睨んだり……そういったほとりの表情を見ているのが楽しいのだ。  
「疲れてはないけどさ……そうだほとり、垢抜けるってどういうことか知ってるか?」  
「どうしたの? 急に……ん、垢抜けるってアレでしょ? 洗練されているとかそういうニュアンスの」  
「そ、どうして『垢抜ける』なんて表現になったか……まあ、語源か由来な」  
「垢って言うくらいだからお風呂とか関係あるのかな?」  
 ほとりはしばらく考えてから、そんな風に答える。まあ、ほとりが考える顔を見たくてそんなことを尋ねただけなのだが。  
「二つ説があるんだ。一つ目は『灰汁』野菜なんかのアレな。ちゃんと灰汁抜きしないと煮炊きは旨くならないだろ?」  
「ああ。灰汁があかになまったとかそんな理由?」  
「そう。後もう一つはそのものずばり『垢』、垢が取れて綺麗さっぱりした様子のこと」  
「じゃあお風呂であってるんじゃない」  
「そだよ」  
 ほとりはしたり顔で偉そうにふんと胸を張った。  
「江戸娘はみんな磨きをかけた素肌にごく薄い白粉と口紅だけで勝負したんだとさ」  
「薄化粧だったってこと?」  
「そ、ベタベタ塗りたくるっていうのは野暮の極みな」  
 そっと手を伸ばす。化粧っ気の薄い頬。指でなぞる水蜜桃の唇にそっと乗せられたルージュは咲き初めの薔薇。  
「だからそれが垢抜けるってこと。本物はさ、小賢しくベタベタ何でもかんでも顔に塗りたくらなくても良いってこと」  
 居心地悪そうなほとりの仕草は、照れ隠しだ。ようやく何を言いたいのかが分かったらしい。  
「あのさ、修―――」  
「垢抜けた美人と今日一緒で、嬉しいよほとり」  
「……バカ」  
 このところ毎日の様にほとりに付きっ切りで勉強を見てもらっていて、なかなか隙がなくて大変だったけれど。それでもどうにか間に合わせたプレゼントをポケットから取り出した。  
 本物の美人に相応しいような赤い色をした、ルージュを一つ。  
 

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