4.愛はかける  
 
 最後に、あたしの神流修のことを話そうと思う。  
 いつの間にか好きになった、なんていうのは幼なじみの恋愛物なんかじゃ定番なのかもしれないケド、あたしは違う。そんな呑気なことはない。  
 これは自信を持って言えることなんだケド、あたしが修を好きになった瞬間は忘れられない大切な想い出だ。  
 中学二年の十月八日。その日は体育祭で、あたしが200m走で最下位、修がその次の障害物競争で二位になった時だ。  
 何かと目立つあたしは煙たがられることも多く、出る杭は……じゃないケド、目障りだと思われることも珍しくない。  
 ケド、あそこまで正面きって嫌がらせを受けたのは後にも先にもあの時だけだ。  
 あたし達の中学の体育祭は、三学年がクラス毎に同じチームという編成で競われる。一年生と二年生、三年生の一組が白、同じく二組が赤、といった風に。  
 当時あたしはテニス部に入っていた。もっともテニス部は弱小だったケド。それでも体力と脚力には自信があった。あたし達は弱小でも練習は必死にしてきたのだから。  
 ケド、そうとは思っていない人も、中にはいたらしい。  
 あたしはチームのポイントゲッターとして期待されていて、それまでの競技じゃそれなりの活躍をしていた。  
 それが本職の陸上部員などには気に喰わなかったらしい。弱小テニス部員がデカイ顔をして。という訳だ。  
 問題の200m走。あたしはゴール目指してスタートを切り……背中を引っ張られて転倒した。  
 一瞬、何が起きたのか分からず、どうして自分が寝転がっているのか理解出来なかった。  
 足でも挫いたのか上手く立ち上がりも出来なかった。  
 周りを見るともう既にみんなゴールしていて、そこでようやく転んだのだと分かった。  
 様子を見に来てくれた保健の先生に抗議もしたケド、よほど上手くやったのだろう。誰も見ていないし、誰がやったのか分からなかった。  
 疑わしきは罰さずということで結局競技は続けられることになり、あたしの抗議は認められなかった。  
 チームの仲間は慰めてくれるケド、無念で悔しくて、惨めだった。  
 足はじんじん痛み、仲間に可哀そうと言われ、どうしようもなく惨めな気持ちだったその時、いつものぼんやりした顔で修が現れた。  
 立ち上がりも出来そうにないあたしの頭を撫でてから、修は  
「俺が仇を討ってきてやる」  
 と言った。  
 運動関連まるでダメな修の言葉に、チームの仲間は「何格好つけてんだよ」なんてからかったりしたケド、あたしには分かった。  
 修は怒っていた。いつものぼんやりした顔を繕い、それでも両の眼差しの奥に熾き火の様な怒りを燃やして。  
 誰もがあたしに可哀そうと言う中で、修だけが自分のことのように怒ってくれたのだ。  
 立ち上がれないあたしを当たり前のように抱え上げると、救護テントまで運んでくれて、何も言わずもう一度頭を撫でてから自分の競技に。  
 修は悔しさと怒りに顔を引き締めていた。  
 こんな顔も出来るんだ。そう、思った。  
 湿布を貼ってもらい顔だけを運動場に向けると、ちょうど修がスタートラインに立っていた。  
 救護テントからは遠くてその表情は見えなかったケド、きっとあの顔をしているんだと思った。  
 そして号砲。初めの50m走は五人中四位で障害物へ、平均台、網等基本的な障害を潜ると一つ順位を上げて三位。  
 最後にこれはウチの中学校の障害物競走の特徴であるクイズが待っている。これを修は一瞬で解いてなんと一位。  
 けれど最後の50m走で陸上部男子に追い抜かれ惜敗。本当にあと少しのところで一位を逃してしまった。  
 これには初めは修をからかっていた仲間も歓声を上げて褒め称えていたが、修本人は気に入らないようだった。  
「二番じゃダメだな、すまん」  
 競技後救護テントにあたしの様子を見に来てくれた修は、憮然とした顔で言ったけれど、あたしはこう返した。  
「ひどい顔」  
「……悪かったな」  
「走ってる間も、埃まみれの砂まみれで、すごい顔してたよ。でも……うん、修」  
「あん?」  
「格好良かった。あたしには、修が一等賞だよ」  
 素直にそう思った。修は、褒められなれていない修は一際機嫌の悪い顔になって、なにやら口の中で文句らしきことを言いながら帰ってしまったケド。  
 本当に嬉しかった。  
 そして照れくさそうにしている横顔を見て思い知った。あたしの為に怒ってくれたあの時、見慣れたいつものあの男の子に恋をしたのだと。  
 ぼんやりしていて優柔不断で、要領悪くて泣き虫で不器用さんだけどとっても優しい人で……そしてあたしにとっては世界で一番格好良いヒーロー。  
 それが、あたしの神流修だった。  
 
   ◇  
 
 最後に、俺の州崎ほとりのことを話そうと思う。  
 俺の、というのは『俺の知っている』の意味であり、州崎ほとりが俺の所有物か何かであるはずがない。  
 まあ、そんな見苦しい言い訳はさておき。  
 俺の初恋は州崎姉妹だと言ってきたが、いつからそうなったかはよく憶えていない。子供の初恋だし、そういうものだろう。  
 ただ兄貴にかがりさんを取られた時、俺はその初恋はただの憧れで、ほとりへの気持ちもただの投影だと幼いながら理解した。  
 あっさり立ち直り、同時にほとりに関してはただの友達に戻った辺り、それは正しかったのだろうけれど……まったく、小賢しいガキだと我ながら思う。  
 それからは小学生特有の女子との距離感やひどいことを言ったりしたこともあり、ほとりとは付き合いがなくなっていた。  
 もっとも、それも例のバレンタインの後からは挨拶くらいはする程度に改善されたのだが……昔のように仲良く、とはいかなかった。  
 いつ州崎姉妹を好きになったかなんて憶えていないが、ほとりを好きになった瞬間は忘れたりしない。  
 中学二年の十月八日。その日は体育祭で、ほとりが200m走で卑怯者に転倒させられ、俺がその次の障害物競争で大見得切っておいて負けた時だ。  
 体育祭なんてものは、運動神経が人並み以下の俺にとっては早く終わって欲しい行事の一つだった。  
 とりあえ応援しながらも、どうでもいいことを考えて時間が過ぎるのを待っていた。  
 幼なじみの少女は俺と違って運動も得意で、みんなの笑顔の中心になっていた。それが少しだけ誇らしくもあり、羨ましくもあったが。  
 そうこうしているうちに200m走。俺達赤組はぎりぎり一位を保っていて、200m走次第で差をつけたい。らしかった。  
 ランナーは体育会系部活メンバーで固められていて、まさに各チームの本命選手同士の競い合いが期待できる熱いレース、らしかった。  
 全部隣の暑苦しい人からの受け売りだったが。  
 当たり前のように幼なじみがランナーに選ばれていて、俺は少しだけ真剣に声援を送ることにした。  
 スタートラインに立ちゴールを見据えるほとりはどきりとするほど凛々しくて、あれは本当に俺の知っている幼なじみなのかと不安になった。  
 何と応援したらいいのか俺がまごまごしている間に、号砲。  
 その瞬間、限界にまで引き絞られた弓のような緊張感を残して、ほとりが飛び出す。それこそ的に向かい一直線に駆ける矢のように。  
 何もかもから自由になったような力強さで疾駆するほとり。けれど不自然にぐらりと姿勢を崩し……転んでしまった。  
 素人目にも綺麗な姿勢で走り出したほとりが、どうして転んだのか。  
 星の廻りでも悪いのか……俺は助けに行くべきかどうか腰を浮かせるが、行っても何をすればいいのか分からなかった。  
 ほとりは心配だったが、俺が近寄ってもいいのか。迷っていると運動部つながりでほとりと仲の良かった男子が、保健の先生を連れてきていた。  
 運動部らしい男子生徒はこういったアクシデントの対応は手馴れているのだろう、他の連中も心配げに集っている。  
 どうやら足でも挫いたのか立ち上がりかねているようだった。  
 俺の入るスペースはなさそうだった。  
 中途半端に浮いた腰をもう一度下ろそうとしていると、ほとりの声が聞こえてきた。  
 心から悔しそうな声で、反則だ、引っ張られたと。  
 その時の周囲の微妙な反応を、俺は忘れない。  
 証拠があるはずもないことを声高に訴えられて扱いかねている様子で、保健の先生がなだめすかして先に治療しようと説得している。  
 誰もが可哀そうと連呼して、結局はレーンの真っ只中にほとりを放ったままにしている。  
 知っている。州崎ほとりは気位の高い奴で、意味もなく他人を責めたりはしない。自分のミスを他人のせいにしたりしない。嘘なんかつかない。それは絶対の絶対だ。  
 
 だから俺は立ち上がり、無理やり運び出されそうなほとりの傍へ。何かが言いたかった。ほとりに伝えたかった。俺も怒っている。俺も悔しい。ほとりと同じだと。  
 けれど、普段下らないことなら幾らでも言える口は上手く回らない。  
 迷った挙句いつか親父達がそうしてくれたようにほとりの頭を撫でて  
「俺が仇を討ってきてやる」  
 ようやくそれだけを言った。  
 我ながら思う。もっとマシなことは言えなかったのか。  
 見渡せば、みんなドン引きなのか微動だにしない。ただ、いつまでもほとりを地面に転がして無遠慮な目に晒したくなかった。  
 だから俺はほとりを無理やり担ぎ上げると、そのまま救護テントへ。  
 歩いているうちに、腹が立ってきた。  
 あれだけ普段仲良くしておいて、こんな時に味方をしてやらない他の連中に。卑怯な真似をしておいて、ゴールでにやにやしている誰かに。  
 けれど何よりも……こんな時くらいでなければ味方になれないガキな自分に。  
 冷やかし半分の連中が「何格好付けてんだよ」なんて口さがなく囀る。それらを無視してスタートラインへ。  
 目指すはゴールテープ。人生で一度も切ったことのないそこへ、一位の座へ。  
 せめてあの時のほとりと同じであることを祈りながら号砲に耳を集中させる。  
 早鐘のような鼓動が喉からせり上がりそうになった頃、号砲。  
 どうせ単純なかけっこじゃ勝ち目はない。けれど必死に走って最下位だけは免れる。  
 平均台をどうにかその順位のままクリアすると、網。  
 少し先を進む選手の直ぐ後ろにつけ、少しでも楽に潜られるように。そこで一つだけ順位を上げて、三位。  
 先には机が並べられていて、すでに二人が何かのクイズを解いている。  
 俺は何も考えず一番近かった机に飛びついて、思わず神様に感謝した。  
 どれも俺にとっては簡単な問題だった。  
 初詣と縁日くらいしかお参りしない瀬織津姫様に心からの感謝をしてクイズをクリア。  
 この時点で一位。残りたった50m、いくら俺でもすぐに走り終えられる距離だ。  
 思えば、何であれ一位なんて取ったことがなかった。  
 頑張って、努力して、必死になって、もらえたのはせいぜい敢闘賞。  
 やっともらえた敢闘賞でも、俺は全然嬉しくなかった。頑張ってるのはどいつもこいつも同じことだ。そこを認められても素直に喜べはしない。  
 だから思う……ほとりの為に走る今日は勝ちたかった。  
 よく頑張りましたじゃ意味がない。二番なんてものに価値はない。ほとりの見ている前で、一番凄い男になりたかった。  
 俺は―――ほとりに格好良い所を見せたかった。  
 ほとりの前で格好つけたかったのだ。  
 たかが中学生の運動会の障害物競走だ。  
 けれどそのたかが知れてるものでも、俺は負けたくなんてなかった。多分これまでの人生で、一番。  
 けれど、本当にもう少しで手が届いた一等賞は……後から走ってきた足の長い男に取られた後だった。  
 両手を挙げてその男子生徒は歓声に応え、呆れるくらいさわやかに笑っていた。  
「ナイスファイトだったよ」  
 なんて言葉を極上の笑顔で敗者に突き刺してから、男子生徒は自信に満ちた足取りで一位の旗の下へ。  
 
 俺はしばらく呆然としてから、のろのろと二位の旗の下へ。  
 思いがけない活躍だったのだろう。赤組の仲間が口々によくやった。よく頑張ったと褒めていたが、俺はそれにぼんやりと応えてから膝を抱えた。  
 悔しさと情けなさとで死んでしまいそうだった。  
 気が付くと障害物競走は終わっていた。  
 立ち上がれば、救護テントでほとりが俺を見ていた。  
 逃げ帰りたかったが、ほとりの真っ直ぐな目が俺を捉えて離さない。  
 俺はあやふやに笑いながらほとりの元へ、大見得切っておきながらあっけなく負けたことを謝りに。  
 この頃からほとりは目鼻立ちが整っていて、静かに見上げるその表情はひどく冷たく感じた。  
 どんな顔でどんなことを言えばいいのか分からず、俺は泣き言を無理やり飲み込んで、無愛想な顔を作った。  
「二番じゃダメだな、すまん」  
 呆れられるのを覚悟の上でそんな偉そうな謝罪を口にすると、ほとりは目を閉じて少しだけため息をついた。  
「ひどい顔」  
 さっき飲み込んだ泣き言が、外に出せと暴れ始める。  
「……悪かったな」  
 それを力任せに押さえ込み、また偉そうな口を叩いた。  
「走ってる間も、埃まみれの砂まみれで、すごい顔してたよ。でも……うん、修」  
「あん?」  
「格好良かった。あたしには、修が一等賞だよ」  
 ほとりは、静かに微笑んでそう言った。  
 俺は理解に一瞬かかり、そうしてから自分でも何を言っていいのか分からなくなる。  
 自分でも考えのまとまらない俺はごにょごにょと口ごもって、微笑むほとりから逃げ出した。  
 長い黒髪と、桜色に上気した頬と、星空のような眼差しが印象に残っている。一等賞という単語は、ほとりの笑顔と同時に想い出す言葉になった。  
 俺の生まれて初めて貰った一等賞は、ほとりがくれた言葉。慰めでなく、心からそう思ってくれたただの言葉。  
 だからその言葉をくれた瞬間、自覚した。  
 俺の為に微笑んでくれたあの時もうすでに、見慣れたいつものあの女の子に恋をしていたのだと。  
 俺にとっての幼なじみの女の子は、泣き虫でお転婆だけどとても強くてしっかり者で……俺にとっては世界で一番素敵な女の子。  
 それが、俺の州崎ほとりだった。  
 
 けれど、俺は―――  
 
   ◇  
 
 けれど、あたしは―――  
 
 あいつが、どう想ってくれているのか。  
 好きだと想ってくれているのか、そうでもないのか……自信がなかった。  
 
   ◇  
 
 色々驚愕の展開だった文化祭から数週間、テストも終えた日曜の朝。  
 俺は暇を持て余してゴロゴロしていた。  
 付き合ったりしている訳でなく、幼なじみで友人というあやふやな関係で俺達は月何度か一緒に出歩いては遊んでいた。  
 大層なことはしていない。そこら辺の店を冷やかしたり、川べりで野良犬とじゃれてみたり、公園でどこかの悪ガキの相手をしたり。  
 それがあれ以来ぱったりとなくなった。  
 元来出不精な俺はこちらから誘うことはなかったと今頃ようやく思い出した。いつもほとりがニコニコと現れては、俺を連れ出してくれていたのだ。  
 何というか、ダメ男過ぎる。  
 これは、たまにはそっちから誘ってくれという意味なのだろうと思い、ほとりに連絡しようと思うのだが……何と言えば良いのかまるで見当がつかない。  
 どうせいつも通り下らないことをしてぶらぶらするだけの筈だ。だがそれをどんな口実で誘えばいいのか、まるで見当もつかなかった。  
 思い出せば、ほとりは本当にこういうことが上手かった。  
 すっと自然に人の隣に入り込み、当たり前のように笑っていた。  
 我ながらどうやってほとりを誘えばいいのやら、いや……多分文化祭前なら、そう悩みもせず出来たと思う。もちろん情けない言い訳ではなく。  
 俺達とよく似た関係の二人が、そうではなくなったあの日。  
 俺とほとりは何とも微妙な雰囲気で帰り、次の日からもそれが続いていた。いや、それからずっとだ。  
 中学生でもあるまいに、俺達はどんな話をしていたのかさえ忘れてしまった。  
 思う。これも一つの縁だ。俺達も色々考え直す時期だったのかもしれない、と。  
 いくらアホでガキな俺でも、ほとりと自分の関係がただの幼なじみの友人なんて薄いものじゃないくらいの自覚はある。  
 多分、それ以上だ。  
 けれどそれが……いわゆる愛だの恋だのといった大仰な話になるかどうかと言われると、首を傾げる。  
 いや、これは単純に……びびっているのだ。  
 ほとりに嫌われてはいない。それだけは分かる。自信がある。多分好かれてもいる。これも一応自信はある。  
 ただ、その『好き』が……俺と同じ意味かどうか。実際、これでただ気の置けない友人として好かれているの意味だったら、俺は多分人間不信にさえ陥る。  
 安っぽいドラマでもあるまいに、俺はそんな下らないことに真剣に悩んでいるのだ。  
 家に帰ればママがご飯作って待っててくれるアホガキのくせに、一丁前に好きな女の子のことで悩んでいるのが笑える。  
 が、笑った所で何も解決しない。こればっかりは善治爺さんに相談する訳にもいかない。あの爺さん、郷土史資料は儂の嫁と言ってはばからない世捨て人なのだから。  
 とはいえ、誰かこういうことに長けた人に話を聞きたい。  
 出来ないことは素直に誰かに助けてもらうが吉。俺は大して登録されていない携帯電話の電話帳を開いて……結局、この状況の原因に八つ当たりすることにした。  
 何かの折に聞いておいた文芸部の電話番号が始めて役に立った瞬間だった。  
 けれど、待てど暮らせど呼び出し音が続くばかり。文芸部の奴は朝に強く、十時過ぎて寝ているなんてことはあるはずがないのだが……  
 テスト明けの週末。付き合い始めて一月以内。まだ起きてない、もしくは電話に出られない。  
 え……っと、朝チュン? 濃い目のモーニングコーヒー? 砂糖吐くみたいなピロートーク?  
 俺は電話を切り、微妙な気持ちになる。あの無愛想な文学オタクの変人がなあ……やることはしっかりやっているのだろうなあ。  
 さて、誰に話を聞いてもらうべきか。  
 親父や母さんに出来る話でもなし、俺に輪をかけてぼんやりしている兄貴もアテに出来ない。ほとりの親父さんやお母さんに言えることでなし、かがりさんに相談とか罰ゲームだろう。  
 しかし、俺って本当に交友関係狭いなあ。  
 困り果ててごろごろしていると、着信。文芸部からだった。  
 
「何の用だ」  
 文芸部の声はいつもと変わらず平坦だった。  
「あ〜、すまん。ちょっと気になることがあってな」  
「……今度は何だ? いい加減郷文研が欲しがるような資料の手合いはないぞ、多分」  
「や、今日はそっちじゃないんだ。いつか言ってたよな、お前」  
「何をだ」  
「あ〜、笑わずに聞いてくれ。恋愛相談だ」  
「…………大丈夫か? 相談する相手を間違えてないか? 俺の名前を言ってみろ」  
「大丈夫だ。今回はお前の実体験って奴を参考にしたいだけだ」  
「…………断る。ママでも頼ってろ」  
「お前、幼なじみを何て言って口説いた」  
 無視して尋ねる。電話越しにでも、文芸部が渋い顔をしているのが目に浮かぶようだった。  
「お前、あの時居ただろう」  
「ミスコンの舞台なら知らない。その後の書庫の話も、いつまでも出歯亀するほど野暮じゃない」  
「…………そうか」  
「心配するな、上手くいきそうになった時点で人払いしておいた。感謝しても良いんだぞ」  
「何だか腹が立つな。まあいい。で、お前があの子を好きだって話か?」  
「……まあ、端的に言えば。なあ、お前何て言ったんだ」  
 それこそ、俺にとっては魔法の呪文だ。  
「大したことは言ってない。思ったことをそのまま言っただけだ。多分それで良いんだろうよ」  
「思っていること、ねえ」  
「何だ、変人。お前も人並みに『自分の気持ちに自信が持てない』とか『向こうがどう想ってるか分からない』とか言い出すつもりか?」  
「…………悪いかよ」  
「はあ。まあ、俺に言えた義理はないのかもしれんがね、郷文研。傍で見ている俺らにしてみりゃ、お前ら出来上がってんだよ。もうお前ら結婚しろってレベルで」  
「…………お前、随分饒舌だな」  
「こっちは立て込んでるんだ、さっきからあいつ、アレ運べ、コレ運べとうるさくてな」  
「お前、何やってるんだ?」  
「大掃除。ずっとやりたかったんだとさ」  
「お前、今からそんなじゃ、お先真っ暗だな」  
「俺に言わせればお互い様だ。まあ何だ、お前よく利くブレーキ持ってるから、誰かに背中押してもらいたかっただけなんだろ?」  
「…………」  
「しかしまさか、俺を頼るとは思わなかったよ。まあお前が本当はどう思っているのかは知らんが、好きにしろよ」  
 文芸部はいつになく柔らかな口調で言った。まるで、自分に言い聞かせているようだった。  
「上手くいっても、いかなくっても、他の男に取られても、みんなお前のせいだ」  
「俺の……」  
「とりあえずいい休憩になったよ。これでこの前の借りは返したぞ。じゃな」  
 文芸部が電話を切った後も、俺はしばらく考えた。  
 今日までのことを。  
 ほとりと過ごした、俺の人生のこれまでを。  
 そして、これからのことを。  
 ほとりと過ごしたい、俺の人生のこれからを。  
 親のスネを齧ってるガキでも、それなりに真剣に。ほとりのことを考える。  
 子供の頃は赤色が好きだったほとりが、俺と同じ淡い色を好むようになったのはいつからだった?  
 淡い桃色は、俺達のしあわせのいろ。  
 ほとりが白いトルコキキョウを抱きしめるあの姿を見ないと落ち着かなくなったのはいつからだった?  
 あの花は、俺達の夏予報。  
 そして三週間前。自分も言ってもらいたかったのではないのだろうか……あの、魔法の呪文を。  
 覚悟を、決めた。  
 いつもほとりに引っ張ってもらってきたダメ男だけれど、今回くらいは俺が頑張らないと。そうじゃないと、ほとりの隣にいる資格がない。  
 今更思う。この三週間は、ほとりの悲鳴だったのかもしれない。  
 早く来て、と。  
 すっくと立ち上がり、こざっぱりした服装に着替えて、外へ。  
 冬の近付く晩秋の空は高く、刷毛でさっと描いたような雲が西風に流れていく。  
 決められた手順を踏むように、慣れた動作を繰り返すように、俺はいつものお隣さんの呼び鈴を鳴らす。  
 出迎えてくれたほとりのお母さんに頭を下げて、ほとりをお願いする。  
 奥でバタバタと慌てて準備をする音。さすがに唐突な訪問に慌てたらしく、いつになく騒々しい。  
 俺は通してもらった居間で、頂いたお茶を喫する。  
 
 しばらくして、お澄まし顔でほとりが現れた。  
「ん、あんたが来るなんて珍しいね。何か用?」  
 澄ました顔で、けれど頬を桜色に染めて、ほとりは素っ気無く言った。  
「つまらない話をしよう」  
「つまらない、話?」  
「ああ……つまらない、大事な話」  
 立ち上がり、奥でニコニコしているほとりのお母さんに頭を下げてから  
「行こうか」  
 緊張でガチガチになっているほとりに笑いかけた。  
 いつもほとりが、俺にしてくれているように。  
 
 いつも歩く川沿いの道を歩く。  
 左の少し後ろをほとりがついてくる、いつもの散歩道。  
 さて、こういうことはどういうタイミングで言えばいいのか。何も考えてなかった。  
 何だかんだ言いながらロマンチストなほとりのことだ、どんな想像しているか分かったものではない。  
 とはいえ、振り返るまでもない。聞こえてくる足音で分かる。ほとりの機嫌は良いらしい。  
「ねえ、修」  
「あん?」  
「憶えてる? ここにあった遊具」  
 指差す先はよく遊んだ公園だった。  
「ああ、そういや危険だとかどうとかでなくなったんだっけな。なんだか寂しくなったな」  
「そうだね。でも、ほら」  
「……居るんだなあ、まだ」  
 何かの特撮の真似をしているらしい子供が、きゃっきゃと声を上げている。  
「あの子達にしてみたら、今のあの公園の姿を寂しいなんて思わないんだよ。同じ風景なのに、違うことを思うんだよ」  
 ほとりの目が、子供の頃遊んだあの遊具の辺りを見つめている。  
「何だか、寂しいね」  
「……どうしてだか、分かるか?」  
「ううん」  
 横に立つほとりの方を向くと、夜空を詰め込んだような瞳の中に、間抜けな顔をした俺が映っている。  
「想い出だよ。同じものを見て、同じことを思えるのは……」  
「同じ想い出があるから……」  
「いっぱいあるな。多分他の誰にしても喜ばれはしないような、つまらない想い出がいっぱい」  
 
 ほとりの親父さん相手に必死に屁理屈をこねた日。  
 むずがるほとりを引っ張った夏祭りの夜。  
 ほとりが居なければ夕飯にありつけなかったキャンプ。  
 二人並んでバカみたいに歌った夕方の土手。  
 転んだ俺に何度も大丈夫と心配した声。  
 意地を張って冷たい言葉を吐きかけてしまった喧嘩。  
 兄貴達の変化に気付いたほとりの誕生日。  
「同じものの今を見て……同じ想い出があるから」  
「だからほとり……これからも、そんなの作っていきたいよ。お前と」  
 ほとりの目が、俺を見据える。  
「ちょっと大人になったね、修」  
「そうか? 俺はまだガキだよ。色々持て余してる」  
「そうかな? 背は伸びたよね、だってほら……」  
 ふわりと。ほとりが俺の胸に顔を埋める。  
 ほとりの長い黒髪の甘い香りが、鼻をくすぐる……  
「そうだな、背だけはな」  
「それだけじゃないよ」  
 華奢な肩に手を置く。俺の手に、ほとりの細い指が寄り添う。  
「待ってた、ずっと」  
「ん」  
 重ねた唇の温度が、甘くいつまでも残っているような気がした。  
 
 それからのことを話せば。  
 好きだの愛してるだののセリフを一応言ってから、俺達はおかしくなって笑った。  
 一頻り笑って、そうしてからもう一度確かめるように同じことをして、昼食を食べて、河川敷でぼんやりして。日が暮れ始めた頃に帰路についた。  
 ほとりの家に帰ると、ほとりのお母さんが、ウチの母さんを呼んでニコニコしていて、詳しく話せとせっつくふたりの母を無視して、俺達はつまらない話をしてから分かれた。  
 また明日と笑い合って。  
 
 それからもあまり変わらない。  
 放課後は相変わらず資料庫でお留守番だ。  
 ほとりはといえば、文化祭後の生徒会選挙には出ず、今ではただの州崎ほとりだ。  
 前生徒会長はほとりにその座を禅譲したがっていたが、珍しくほとりが強く辞したのだ。  
 どうしたのか尋ねると、分かれバカと怒られてしまった。  
 まあ、多分そうだろうと分かっていて尋ねたのだが。  
 何だかんだと理由をつけて、ほとりは資料庫に現れる。  
 茶を淹れ、細々と整理をし、つまらない話に微笑んで。  
 変わったことといえば、ほとりの座る位置が少し近付いたくらいのものだった。  
 ほんの少しだけの距離が、今はない。  
 肩が触れ合うくらいの距離まで、愛はかける。  
 
   ◇  
 
 いつも握り締めていた男の子の手のひらは、思っていたよりもずっと大きくなっていた。  
 
   ◇  
 
 白状しよう。  
 俺は小心者だ。  
 今回ばかりはそう思う。まあ、こういうことを急ぐこともないとも思う。大事にしたいことだから。  
 ほとりと付き合ってから初めてのクリスマス。  
 俺達はいつも通りのパーティーだった。神流家と州崎家、両家族が揃って飲み食いする、実にいつも通りの。  
 親父二人はニヤニヤして色々と根掘り葉掘り聞き出そうとするし、他人のことを言えた義理のない筈の兄貴がそれに便乗する。  
 母二人は分かったような顔でやはりニヤニヤしていて、かがりさんもほとりをからかって遊んでいる。  
 散々オモチャにされて、弄り倒されて、夜も更けてお開きになって……特に何もなくその日は終わってしまった。  
 次の日からほとりがいつも通り宿題を抱えて現れた。  
 律儀なほとりは意地でも張ったように集中していて、俺は一人微妙な気分でシャーペンを弄って。  
 年も押し迫った十二月二十九日。宿題が全て終わるまで、俺はせいぜい帰り際にせがまれるキスから先へは行けなかった。  
 言い訳をするのなら、そういうことを急ぐ必要はどこにもない。絶対にしなければいけない訳でもない。今の距離感を探っているというのも実は心地良い。  
 それに甘えているだけというお話なのだが。  
「今年ももうお仕舞いだね」  
 机の上を片付けてほとりは微笑んでいる。  
「色々あったね、今年は」  
「そうだな」  
 ため息一つついて、俺はそのまま机に突っ伏す。一瞬、そのまま寝てしまいそうになるけれど、だらしなく投げ出した手にほとりの指の温度を感じる。  
「…………修」  
「ん」  
 意を決したみたいなほとりの声に、顔を上げた。  
 可哀そうなくらいに頬を染めたほとりが俺を見つめている。  
「夕飯、どうする?」  
「……さあ、母さんに聞いてくれ」  
「聞いてない? 今日町内会で忘年会やるって」  
「はあ? あ〜、そうだっけか?」  
 言われてみれば、今日だったような気もする。  
「だから、夕飯……あたしが作るから」  
「ん……夕飯。夕飯かあ」  
 しばらく食べたいものを考えて……それ以外のことは気が付いてないことにして、胃袋と相談して。  
「豚汁が良いな、具がいっぱいの奴」  
「豚汁ね、後は……お魚でも焼く?」  
「ん、それで良いよ」  
 もう一度突っ伏した。  
 忘年会。少なくとも母さんは居ない。多分親父も。  
 町内会でやるなら、ほとりの家もそうだ。  
 もう、何だよ、コレ。両親のニヤニヤした顔が目に浮かぶようだ。とはいえ……これも、縁だ。多分。  
 神様辺りが今日だと言っているのだ。だとすればなんてお節介なのだろうか。  
「ちょっと買い足すものがあるから」  
 ほとりが少し開いた襖から、ちょこんと顔を出して言うのを  
「なら俺が行く。お前先に用意してろ」  
 と制した。  
「なら……あたしも行く。大体、あんた何をどんな風に買えばいいかなんて分からないでしょうが」  
「それもそうか」  
 立ち上がり椅子に投げかけていた上着を羽織ると、ほとりがニコニコして待っている。  
 
 そこら辺で鮭と少し野菜を買い足してから、ほとりは夕飯を作ってくれた。  
 始終上機嫌のほとりは、少し興奮しているのかもしれない。緊張したり興奮したりすると口数が多くなるのは変わらない癖だった。  
 いつも通り旨い飯を食べて、何となく居間でくつろぐ。  
 猫舌の癖に熱い茶を淹れたがるほとりは、湯飲みをちびちび舐めている。午後七時半。今頃子供をほったらかしの不良親達が、宴会を始めた頃だろう。  
 テレビがお笑い芸人を苛めている声が空しく響く。  
 いよいよ話すことがなくなり、二人揃って湯飲みを手に黙ってしまう。  
 横目でほとりを見れば、いつかくれたような静かな笑みを浮かべている。  
 
 だから俺は覚悟を決める。  
「風呂……先に入るか?」  
「ん」  
 
 ほとりと交代で風呂に入る。ほとりが使った後の湯船に少しだけ興奮する。変な想像が浮かんでは消えて、俺は急いで……けれどいつもよりも丁寧に体を洗った。  
 今夜。  
 ほとりを、抱く。  
 風呂から上がると、律儀なほとりが用意してくれていたらしいパジャマに着替え、水を飲む。  
 居間では自宅から持ってきたのだろう、ほとりが淡い桃色のパジャマを着て待っている。  
 今ほとりがどんな顔をしているのかこちらからは見えない。お行儀よく正座した背中が固まっている。  
 俺は跳ね上がる心臓を押さえつけながら座っていた席に戻る。  
 そしてほとりを盗み見る。  
 どきりと、した。  
 耳まで桜色に染めて、ガチガチに緊張して、唇を噛み締めて。  
 それは壊してしまいたくなる程愛らしい姿で。  
「…………ほとり。部屋、行くか」  
「ん……」  
 立ち上がると、いつになく小さな足音が着いてきてくれた。  
 
 灯りを点けようとするとほとりの手がそれを止めた。  
「いい」  
 部屋には既に布団が敷かれていた。どうやら俺が風呂に入っている間にほとりが用意していたらしい。  
 月明かりだけを頼りに部屋に入る。どうすればいいのか迷っていると、ほとりは一組だけの布団を前に正座をした。  
 青褪めた月明かりの中で、ほとりはきッと顔を引き締めてから  
「不束者ですが、よろしくお願いします」  
 と頭を下げた。  
「お前、そういうのどこで仕入れて来た」  
「ん……今日出てくる前に……お母さんが。こうすると男の人は喜ぶって」  
「うあ……」  
 なんてことを娘に仕込むんだ、あの人は。けれど……その仕込みは多分正しい。  
 白状する。顔を真っ赤にして、それでも決死の覚悟を固めた表情で正座しているほとりは、痛々しいくらい愛おしい。  
「ほとり」  
 膝を立てて、触れることが心苦しいほど華奢な肩を抱いて、ほとりに顔を寄せる。ほとりの唇は水蜜桃のように柔らかかった。  
「ん……その……修。あたし、こういうのしたことないからさ、その……タイヘンだと思うケド」  
「ほとり……」  
「痛くして、いいよ。大丈夫だから」  
 こつんとおでこをくっつけて、ほとりが微笑む。  
 思わず腕を伸ばして抱きしめる。ほとりの体は、とろけそうなほど温かかった。  
「修がしてくれるなら、大丈夫。修じゃないと、嫌だ」  
「……ありがとう、ほとり」  
「何が?」  
「いっぱい、色々。今言うのは卑怯な気もするけど、それでも……ありがとう。生まれて、ここに居てくれて」  
「そんなの」  
 抱きしめた腕の中で、ほとりがむずがる。  
 少し力を緩めると、ほとりも腕を伸ばして俺を抱きしめてくれた。  
「お互い様だよ。あたしの隣に生まれてきてくれて、ありがとう……修」  
 もう言葉に詰まって俺はほとりの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるほとりにもう一度唇を重ねてから  
「脱がすよ」  
 淡桃色の上着、ボタンに手をかけた。  
 
「…………ん」  
 ぴくりと肩を震わせるが、気が付かなかったふりをしてそのまま全部……外した。  
 不安そうに見上げるほとりに、大丈夫を言う代わりに頭を撫でて、そっと服を脱がせる。  
 贈り物の包装を解くのに、何となく似ている。  
 いつもはいい加減に破いてしまうけれど、今日貰うものは……そういう訳にもいかない。一生に一度だけのものを貰おうとしているのだから。  
「腰、浮かせて」  
「う……ん」  
 ズボンを脱がせてしまうと、ほとりは恥ずかしそうに腕で胸と下を隠してしまう。  
 女の子の下着を見るのは初めてだったけれど、楚々とした白いそれはほとりにはよく似合っている。  
「ほとり……」  
「な……何」  
 そっぽをむくほとりの耳元へ顔を寄せて  
「可愛いな、お前」  
 と言ってみる。涙目になって睨みつけるほとりをもう一度撫でてやると、少しだけ肩の力を抜いてくれた。  
 下着姿になったほとりはため息一つで気を取り直したのか  
「あたしも、脱がしてあげる」  
 と、顔を真っ赤にしてそれでも笑ってみせる。  
「いや、いいよ」  
「あたしを脱がしたんだから、今度はあんたの番!」  
 ほとりは楽しそうに俺の上着のボタンを外して、上着を脱がして……  
「次、ズボン」  
「……自分で脱げる」  
「ダメ、あたしがやる」  
 抵抗空しく、俺のズボンはほとりの手に。  
 トランスクの異様な膨らみを、ほとりはまじまじと見つめて  
「こんなのなんだ……」  
 と小さく言った。  
「…………ほとり、次……いくぞ」  
「え? あ……うん」  
「……背中で外すんだよな、これって」  
「ん……自分で」  
「やらせろ。やってみたい」  
「バカ」  
 抱き寄せると背中へ回した手でブラジャーのホックを探し当てて、何度か外そうと試す。  
 一度だけ深呼吸して、湯上りのほとりの甘い香りにクラクラしてから……もう一度試してみて、外れてくれた。  
 もう、何も言う気になれなかった。  
 ブラジャーを取り、そのまま手を下へ。  
「なんか、手つきがえっちぃ」  
 みじろぐほとりを左腕で抱きしめて、まだ何か文句を言いたそうな唇をキスで塞いで、そして、最後の一枚を脱がせてしまった。  
 月明かりに濡れた黒髪が。  
 うっすらと浮かべた涙で滲む黒真珠のような瞳が。  
 可哀そうなくらい桜色に染め上げた小ぶりな耳と柔らかな頬が。  
 処女雪のように白く透き通った素肌が。  
 ガラス細工めいた首筋が。  
 静かに震える薄い肩が。  
 あどけなくも甘やかな線を描く胸が。  
 抱きしめれば折れてしまいそうなほどの腰が。  
 愛らしくも豊かにひろがる下肢が。  
 その全てが、狂ってしまいそうなほど悩ましく愛らしく俺を責め立てる。  
 だから我慢できずに、むしゃぶりつくようにもう一度抱き寄せて耳元に囁く。  
 
「綺麗だ。世界で、一番」  
「嘘」  
「本当」  
「お姉ちゃんの方が胸も大きいし、ずっとずっと美人だし、あたしなんか足とかお尻とか太いし」  
「それでも。俺にはほとりが一番いい」  
「これから抱くから……あたしを喜ばせようって」  
「……ほとりと付き合い始めた日にさ……尋ねたんだ」  
「え?」  
 怪訝そうに小首を傾げる仕草さえ、今は愛らしくて苦しい。  
「文芸部の奴にさ、どう言って幼なじみを口説いたのか」  
「…………」  
「そしたらさ、あの変人『思ったことをそのまま言っただけだ』なんて言い出してさ」  
「そっか。なんか、素敵だね……あの二人」  
「だから俺も、そうしようと思ったんだよ。だから」  
「……だから?」  
「綺麗だよ、ほとり。それに少しくらいは知ってる。ほとりが綺麗になりたくて、頑張ってたの」  
「修……」  
「だから俺には誰よりも、ほとりが一番だよ。本当に、そう思う」  
 俯いたほとりが、静かに震えている。俺はどうすればいいのか分からず、ただほとりを抱きしめて……そして、ほとりに押し倒される。  
「修! 修! 修! 修! 修!」  
「ん?」  
「……大好き。どう伝えたらいいか分かんないくらい、大好き」  
 どんどん膨れていく涙を拭ってやって、その跡に唇を寄せて。  
 そうしてから、今度はほとりを下に組み伏せた。  
「始める……いいな?」  
「ん」  
 静かに頷いてくれたのを見てから、手を伸ばしてほとりのそこへ。  
 火傷しそうなくらい熱く濡れたそこを、ゆっくりとなぞって行く。目をぎゅっと閉じて、何かに耐えるような表情のほとりにもう一度キスをする。  
「あたしの……変じゃない?」  
「あー、俺もこういうの初めてだからさ、分からん。でも……」  
「でも?」  
「こうしてるだけで、ドキドキする。ほとりは?」  
「あたしも……」  
 ほとりの胸に手を添えて、ピンと勃った乳首を唇で咥える。  
「ッ」  
 小さく震えて強張るのが可愛くてしかたない。両方ともまんべんなく撫でて、揉んで、咥えて、舐めて。  
 本能のままにほとりを蹂躙する。他の誰も触れたことのない場所を、俺の物だと徴を付けて行く様に。  
 本やAVくらいしか知らない俺のやることに、ほとりは涙を浮かべて、必死に耐えている。  
 それがまた愛しくて、狂おしくて、呼吸さえ覚束なくなる。  
「修……本当に、小さくて……ごめんね」  
 息を切らせて、それでもほとりは小さく言った。どうやら胸の話のようだ。  
「なんでさ。綺麗だよ、ほとりの」  
「でも……何か、おっぱいおっきいのが、好きなんじゃないの?」  
「どうして?」  
「…………前に修、そういうDVD出しっぱなしにしてて……」  
「う! い、いつ?」  
 
 それまで貪っていたほとりの胸から顔を上げると、ほとりが困ったような顔をしていた。  
「いつだったかなんて憶えてないよ。ちょっと前。でも……おっきのがいいんだって思って、ちょっとショックだった」  
「ああああああ、あの、ほとりさん。ああいうのは基本大きい人が出てたりするもので、そんな深い理由で選んで―――」  
「嘘、大丈夫。そりゃ、ショックだったのは嘘じゃないケド」  
 ほとりは静かに微笑んで  
「えい」  
 と俺の頭を抱きかかえた。  
「そんな顔しないの。あたし、信じることにしたから」  
「何を?」  
「修が、あたしのことを好きでいてくれるって。ずっと、信じる」  
「ああ……ありがとう」  
「でも、ああいうの見ないでなんて言わないケド……」  
「ん?」  
「そういう気になった時は、これからはあたしも居るから。だから―――いつもいつもは相手出来ないかもだケド、言ってくれれば……頑張る」  
「ああ。ほとり」  
「なあに?」  
「愛してる。これからもずっと」  
「ん、ありがと。あたしもだよ。愛してる」  
 微笑みあって、またゆっくりと行為に戻る。  
「なんか、修。赤ちゃんみたい」  
「え?」  
「おっぱい、ないのに……必死に顔くっつけて」  
「ほとりの心臓の音が聞こえる」  
「……ん、ドキドキしてるの、バレちゃった」  
「そんなの、俺だってそうだ」  
「ホント?」  
 ほとりが俺の胸に耳を当てて、悪戯っぽく笑った。  
「ホントだ。すごいドキドキ」  
「そりゃな」  
「なんか、嬉しい」  
 いちいち可愛い笑みを浮かべるほとりに、俺はもう一度唇を重ねる。何度しても飽きないくらい、ほとりとのキスは甘く気持ちがいい。  
 蕩けそうな吐息を聞きながら、俺は再びほとりの胸に舌を這わせる。ほとりの秘所に手を伸ばすと次から次へと愛液が溢れてきている。  
 がっつきたくなるのを必死に押さえて指でなぞり、そのまま下へ顔を動かしていくと、ほとりの両手が俺の頭を押さえた。  
「ダメ! 汚いからダメ!」  
 その手を振り払う。それでも恥ずかしがって俺の頭を押さえようとするほとりの両手を上手く押さえつけると、嫌がるほとりのそこに顔を埋めた。  
 くらりとした。濃厚な女の匂いに。  
 思わず舐める。話どおりなら、一番敏感だという陰核に舌を伸ばすと、ほとりの反応が変わった。  
「ダ、えぇ」  
 とろんとした目で、ほとりが乱れる。初めて見る、ほとりの姿だった。  
 構わず舐め、啜り、甘噛みをして。夢中になって散々弄り倒すと、ほとりはただ息を切らして泣いていた。  
「ごめん……やりすぎた?」  
「うん……自分でするのと、全然違う」  
「……してたんだ」  
「ッ!! バカ! そこは流してよお!」  
 拳を握ってほとりは俺を叩くが、まるで痛くない。  
「なあ、ほとり」  
「……何」  
「自分でしてる時、何を考えてた?」  
「…………意地悪」  
「聞きたいな。ほとりが何を考えてえっちなことしてたのか」  
「絶対、言わない」  
 まあ、その反応で大体分かったんだけれど。  
「俺は、言わせたい」  
「…………あんまり聞くと、嫌いになっちゃうよ」  
「あ〜、それは困るな」  
 むくれて睨みつけるほとりは、やっぱり世界で一番綺麗だと思った。そんな顔で思われるのは、本人には不服だろうけれど。  
 
「でも……もう準備は出来たよな」  
「ん、多分」  
「じゃあ……貰うよ」  
「……ん。貰って」  
 本当はもう我慢なんて限界だ。はいたままだったトランクスを脱いで……そして気が付いた。  
「あ……付ける物、付けとかないとな」  
「え?」  
「その、避妊具って奴。一応持ってる」  
 いつかこんな日が来るだろうと妄想していた俺は、そんな物まで先走って用意していた。引き出しの奥に隠していたコンドームを探そうと立つと  
「いい」  
 ほとりが、真剣な眼差しで、俺の手を握っていた。  
「でも……」  
「大丈夫だから。好きにしてくれて、いい日だから。それに……」  
「それに?」  
「あたしがあげたいのは、ゴムにじゃないから」  
「……ほとり」  
 それが、俺の我慢の限界だった。  
 俺は、ほとりに襲い掛かった。  
 自分よりも華奢に出来た体を再び組み伏せて、女になる前のほとりに最後のキスをして、熱く濡れているそこに自分のものをあてがって。  
 喉がひりひりする。  
 目の奥がちりちりする。  
 溺れているような呼吸で、必死にそこに入ろうと足掻いて―――  
 出た。  
「え?」  
 おかしい、と思ったのだろう。きょとんとした顔でほとりが俺を見ている。  
 俺にも何が起きたのか分からなかった。  
 頭を少し挿れただけで、俺は我慢し切れなかったらしい。  
 ほとりの中にほとんど入らないまま、俺の精子だけがほとりの子宮を目指している。  
「あ……」  
 頭が真っ白になった。  
 俺は、ほとんど何もしないまま終わってしまった。  
 ほとりのものを貰う前に、こっちが終わってしまって  
「すまん」  
 情けなくて死んでしまいたくなる。  
 思わず顔を背けると、ほとりに引っ張られて……顔を胸に押し付けられる。  
「ありがと」  
「何が」  
 思わず怒ったような声で答えた俺に、ほとりは柔らかな声で続ける。  
「あたしでそんなに気持ちよくなってくれて。女の子っぽくない体だと思ってたから……凄く嬉しいよ、修」  
「ほとり……」  
 思わず顔を上げてみれば、ほとりはいつも通りの優しい微笑みを浮かべていた。  
「またきっと出来るから、大丈夫。いつでもあたしは大丈夫だから」  
「ほとり……ありがとう」  
「あ」  
 ほとりが何かに気付いたように下を向く。  
 つられて見れば、何か元気なままだった。  
「あの……修。げ、元気なままだね」  
「困ったヤツだな」  
「ん……でも、大丈夫みたいだね……する?」  
「ああ。そっちこそ、大丈夫か?」  
「大丈夫。して」  
 もう一度、今度こそ少女のほとりに最後のキスをしてから。  
 目いっぱい、溢れそうなこの気持ちを表現するみたいに抱きしめてから。  
 せめて痛いのが一瞬で終わってくれるように、一気に。  
 ほとりの中に入った。  
 
 声にならない声で悲鳴を上げ暴れるほとりを、せめてその痛みが和らいでくれるように祈るように抱きしめる。  
 小さい頃から、ほとりとは色々あった。  
 憶えていることも、そうではないことも。  
 それこそ家族のように育ったほとりが今、俺に犯されて悶えている。  
 涙を浮かべて、必死に俺にしがみついて、ただ耐えるほとりに、祈るようなキスをした。  
 ほとりの中は俺を締め付けてくる。俺を迎える為の愛液が流れ出していて、熱くなっている。  
 ゆるゆると動きながら、それでも握り締めるような不思議な感覚だった。他に例えられない、熱く柔らかな締め付けに、動かなくてもまた出そうになる。  
 そのままでどのくらいいたのか。  
 動きたくなるのを必死に堪えていると、ほとりが辛そうに、けれど微笑んでいた。  
「も、だいじょぶ。いいよ」  
「でも……」  
「あたし、修を気持ちよくしてあげたい。修の……彼女なんだから」  
「痛いだろ」  
「痛くして、欲しい。修にして欲しい」  
 甘く苦しい吐息を何度も漏らしながら、ほとりが必死に紡ぐ言葉が……俺の脳を焼き払うようだった。  
 だから一度腰を引いて、また苦しそうな顔をするほとりに、ありがとうの代わりのキスをして。  
 突いた。  
 せめて初めはゆっくりと。そう思っていたけれど、いつの間にか抑えは利かなくなっていた。  
 ほとりを抱きしめて、ただただ奥を突く。  
「ほとり」  
「っ、な……に?」  
 少し余裕が出来たのか、途切れ途切れに答えてくれて。だから俺は少し意地の悪いことを言いたくなる。  
「俺にされるの思いながら、自分でしてたのか?」  
「え……ばッ」  
「俺もしてたよ。ほとりとするの想像して」  
「−−−−ッ」  
 跳ねるほとりは力なく俺を叩き、その手をもう一度抑え込んでしまう。  
 恥ずかしそうに顔を逸らすほとりの頬と首筋に、もう一度キスをした。  
「そん、なに。したかった? あたしと」  
 横を向いたままのほとりに、俺は囁く。  
「ずっとこうしたかった。ほとりのこと、何度も何度も無茶苦茶にしてたよ」  
 見知った、好きな女の子をそういう目で見ることにひどい罪悪感も覚えていた。けれど、だからこそ興奮した。  
 家族のように育ってきたほとりとすることにも。  
 そんな想像を思い出して、こちらの余裕もなくなってしまう。  
 ほとりもそうなのだろうか、俺を見つめる瞳が切なそうに潤んでいる。そんな顔を見ると限界が来てしまった。  
「も、終わる。出る」  
 ほとりはもう一度微笑んでから  
「いいよ。いっぱい、出して」  
 だからそれが引き金になる。  
 一際大きく奥を目指して突いて、そこが子供を育てる場所だと思った瞬間、射精した。  
「ッ」  
 俺にしがみつくほとりが、堪えるように腕に力を込める。感極まったらしいく肩に噛み付く。  
 二度目のくせに貪欲に精子を出していて、我ながら驚く。  
 まるで、本能はほとりを妊娠させたくてしかたないようだった。いや、それは当たり前なのだろうけれど。  
 気が付けば、精子を擦り付けるようにほとりの奥をこねていた。  
 すぐに口を離したほとりはひゅ、ひゅ、と掠れたような呼吸を続けている。  
 その姿がいかにもいじらしく愛おしく、俺は自分の手で女にした……女になったほとりに最初のキスをした。  
 頬に、目蓋に、鼻に、おとがいに、首筋に、そして最後に唇に。  
 
「キス、いっぱいしてくれたね」  
 ようやく落ち着いたらしいほとりが、最初に言ったのはそれだった。  
「ん……したくなって、我慢出来なくなった」  
「えへへ、修はいくつになっても甘えん坊だよね」  
「かもな」  
 得意そうな顔のほとりに、今はあまり逆らう気になれない。  
「顔、よく見せて」  
「え?」  
「修のこと、男にしたんだなって、今思った」  
「俺もだよ、ほとりを女にしたんだって」  
 なんだかおかしくなって笑って、ようやくほとりを組み敷いたままだと気が付いた。  
「すまん、重かっただろ」  
「ううん、それが良かった」  
 身を引くと、少し残念そうにほとりは微笑む。  
 ほとりのあそこからは、俺が散々出した精子がごぽりと漏れて来た。  
 激しい運動をした子は出ないと聞いたこともあったが、どうやらほとりはそうではないようだった。  
 自分の出したものに混じってほとりの純潔の証しが赤く混じっていて、どきりとする。  
「……我ながら、随分ひどいことしたもんだ」  
「ん、本当だよ。ねえ、修」  
「あん?」  
「あたしのこと、そんなに妊娠させたかった?」  
「はあ?」  
「出しながら必死に先っぽを押し付けてきたでしょ? なんか、可愛かったよ。すごい必死な顔だった」  
「男に可愛いとか言うなよ」  
「あはは」  
 枕元に置いてあったティッシュを取り、ほとりを拭う。  
「も、ちょっと、自分でする。ん」  
 まだ敏感なのだろう、触れる度にほとりは肩をぴくりと震えさせた。  
 どうにか拭い終わると、ふと気が付いた。  
「あのさ、ほとり」  
「なあに?」  
「これ、どこで仕入れてきたのさ」  
 今まで気が付かなかった俺も俺だが。今まで事に及んでいた布団には、バスタオルが敷いてあった。  
「あの……お姉ちゃんが、すごい汚れたり、血が出たりするって言ってたから」  
「女の人同士って、そんな話、普通にするのか?」  
「ん……多分」  
 とはいえ、おかげで布団はあまり汚れていなくて、バスタオルだけを外してごろりと横になった。  
 ほとりはバスタオルを律儀にたたんで、どうやら先に用意していたらしい洗濯物かごに入れようとして  
「ごめん、修……立てない」  
「え?」  
「まだ上手く立てないよ」  
「あ……そっか。すまん」  
 ほとりからバスタオルを受け取り、かごに入れると、何ともいえない顔でこちらを見ていた。  
「ずるいなあ、あたしなんかまだじんじんするのに」  
「あー、こればっかりはな」  
「まあいいよ。修のやったことだし」  
「ありがと」  
 
 もう一度横になると、当たり前のようにほとりが寄り添って来て。  
 俺はほとりを抱き寄せると、もう一度だけキスをした。  
 そういえばこれって腕枕か、と考えているうちに俺は眠ってしまった。  
 
 翌朝、いつもと同じ時簡に目を覚ますとほとりは既に起きていた。  
「寝顔、可愛かったよ」  
「しまったな、俺が先に起きたかった」  
「だってそしたらあたしが寝顔見られる」  
「俺も見たかったんだよ」  
 腕の中で柔らかく微笑むほとりは、落ち着いた今でもやっぱり綺麗で。俺は何も言わずもう一度キスをしていた。  
 長い黒髪を指で梳く。  
 やっぱり甘くていい匂いがして、俺は髪にもキスをしていた。  
「修、長い髪好きだよね」  
「ああ。ほとりの髪は綺麗だからな」  
「うん……今日まで綺麗にしてて、良かった」  
 自分の髪を愛おしそうにほとりが梳いて、その言葉で自覚した。  
 今日までほとりは綺麗になって、磨いて、大事にしていてくれたのだと。多分、俺の為に。  
「なあ、ほとり」  
「ん?」  
「中学の、ようやく少し話すようになった頃のこと、憶えてるか?」  
「ん……忘れてないよ。忘れられないよ」  
「そっか。俺、素っ気無かっただろ?」  
「そうだね……お母さんは『照れてるだけよ』なんて言っていたケド」  
「その通りだよ。照れくさくて、上手く喋れなかっただけなんだよ」  
「そんなの、あたしはもっとお喋りして欲しかったよ」  
「すまん。でもな、ほとりはあの頃からすごい綺麗になっていってさ、俺は声さえ掛けられなかったよ」  
「修……」  
「ありがとう」  
「ん?」  
「そう言いたくなった。上手く説明できないけどさ」  
「ああ……だから修、大好き」  
 
   ◇  
 
 あたしを一番にしてくれた男の子は、ずっと前からそう見てくれていて……  
 この人を好きになって良かった。心からそう思えた。  
 
 

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