00,3. friends  
 
 男の人っていうのはそういうことの我慢がしにくくて、一度許したらすぐにがっつくもの。  
 と、友達に聞いていたケド……去年の十二月二十九日から今日まで、何も起きなかった。吃驚するくらい。  
 いやもちろんその間に二人で初詣に行ったりしていたケド。そうじゃなくて、その……その手の出来事の方だ。  
 アレから今日で六日目の一月四日。時刻は修から何の誘いもないまま午後になったところ。  
 あたしは散々迷ってから、こういうことが相談できそうな子に電話をした。  
「そういえば声を聞くのは今年初だっけ? あけましておめでとう、ほとり」  
 変人の嫁なんてひどい名前をあたしと二分している文芸部部長さんの幼なじみだ。  
 その変な境遇のせいなのかどうなのか、わりとあたし達は馬が合うのだった。  
「あけましておめでとう。今年もよろしく」  
「ええ、こちらこそ」  
「で、さっそくで悪いんだケド……よろしくされて欲しいことが」  
「うん?」  
電話口の向こうで怪訝そうにしているのが目に浮かぶような声に、あたしは少し申し訳ない気持ちになる。  
 こんな年明け早々に、なんとまあ俗っぽいことを尋ねようとしているのか。我ながらやるせない気持ちになった。  
「その…………お正月からこういう、あんまり尋ねにくいことを相談するのもちょっとアレなんだケド……」  
「…………何? あー、そうか分かった」  
「え?」  
「あんまりがっつかれて、どこまで応えたらいいのか分からないんでしょう? まあ、男の子はそのくらいが良いわよ。あたしなんか何もされないから―――」  
「あの」  
「うん?」  
「あたしも、そう」  
「…………そっか」  
 二人揃って盛大にため息を。なんだ、良く似ているのは境遇だけではなかったか。  
「もっとこう、ねえ」  
「あんまりがっつかれるのもアレだケドさ……もう六日よ? 年末からこっち、そういう雰囲気で二人っきりとかもあったのに」  
「あたしも年末から松の内何もなしよ。こうもスルーされると、本当に好かれてるのか不安になってくるわ」  
「そうそう、ほとんど毎日顔合わせてるのに、すまして『何か?』みたいに」  
「だんだん腹が立ってきた。どうしてこう付き合いが悪いの」  
「そう! 特に初対面の人。愛想がないから第一印象悪くてさ、いっつもフォローしなきゃいけなくて」  
「一緒! で、ある程度の付き合いが出来てきたら、その第一印象がひっくり返るの『理解に時間が掛かるけど、良い奴』とか言われて」  
「あたしの苦労は何だったのよ! って感じ」  
「でね、分かり難いけどお人よしで誰にでも優しくするもんだから、一人か二人変に勘違いしてあいつを好きになる女の子が出来たりするの!」  
「何? 郷文研とか文芸部の部長って、そういう人間じゃないと出来ないの?」  
 思い出す。  
 あれはあたしが修のことをそういう風に見始めて半年経った、中学三年の夏だった。  
 あたしは急に態度を変えることに少し気後れを感じていて、二年生の間は中途半端な距離感を保っていた。  
 けれど年度も変わって心機一転、あたしはその距離感をもっと縮めることにした。  
 運良く同じクラスになれたのをいいことに、あれこれと修に近付く。  
 クラスの友達が急に態度の変わったあたしをどう思ったかなんて、言うまでもない。随分冷やかされたものだ。  
 確かあの時のあたしがもらったあだ名が、理想の低い才色兼備だった。  
 理想の低いの部分に腹が立つやら、お姉ちゃんみたいな本物の『才色兼備』でもないことに情けなくなるやら。あたしにはキツいあだ名だった。  
 とにかく、あたしは修との距離を詰めることに必死だった。  
 そんな中、ひょっこり修にラブレターが来た。  
 一緒に登校し、靴箱のそれに気がついてしまい、とても気まずかった。  
 今になって思う。あれは多分あの子からあたしへの挑戦状でもあったのだろう。  
 先手は貰いました、と雄弁に語るような可愛らしい手紙で、なるほど使い古されたやり方だけど有効だと思った。  
 その時の修の居心地の悪そうな顔が、胸に刺さった。  
 放課後に裏庭で、なんて言葉が綴られていたらしく修はしばらく考えてから  
「ほとり、先に帰っていてくれ」  
 なんて言った。  
 どう返事をするのか、あたしはやきもきした。  
 そんなの全然気にならない、なんてすました顔をして  
「分かった」  
 とあたしはその日は先に帰るふりをした。  
 そう、ふりだ。  
 気になった。とても気になったのだ。  
 
 修はつまらなそうにその手紙をさっさと鞄に放り込み、歯牙にもかけずその日もいつも通りに過ごしていたケド。  
 あたしはずっと修の鞄の中のラブレターが気になっていた。  
 先に帰ってくれと言われて、物分りの良いような返事をしておきながら、あたしは直ぐに裏庭の植え込みに隠れていた。  
 修は裏庭に着くと、鼻歌交じりで文庫本を読み始めた。  
 何だかその余裕な態度にカチンとくる。あたしはこんなにやきもきしているのに、どうしてそんな鼻歌交じりで楽しそうなのか。  
 ひょっとすると、付き合うつもりなのか、それであんなに嬉しそうなのか。  
 差出人の女の子が来るまでの間、あたしはいざとなれば間に入り込んで壊してしまおうとか、何なら今すぐ出て行って修に告白してしまおうかとか、そんなことを考えていた。  
 考えて、そんな汚い自分が嫌になる。  
 あの子だって必死だろうに、卑怯だ。第一、先に勇気を出したのは向こうだ。先制は向こうの権利だ。  
 そして来たのは一つ年下の、女の子だった。  
 女のあたしが言うのも何だケド、可愛かった。  
 黒髪のおさげに、華奢でありながら女の子っぽい体のライン。  
 小顔で色白で、修が来ているのを見て、それこそ花が咲くような華やかさで笑っていた。  
 ずきりとする。  
 当時のあたしはテニス部を引退したばかりで、肌は日に焼けていたし、走りこんだおかげで足は筋肉質だった。  
 華奢でもなければ色白でもない。  
 手入れはしていたケド、日にやられた髪は綺麗とは言い難い。  
 女の子は緊張と興奮でかみながら、早口で体育祭の話をした。  
 修があたしを助けてくれた後で、二位になったあの時のことを。  
 あれがあの女の子にも格好良く見えたらしい。  
 聞こえてくる。  
 あれからずっと見てきました。州崎先輩には悪いけれど、私だって本気です。  
 そんなことを矢継ぎ早に口にする後輩を前に、修はがりがりと頭を掻いてみせた。  
 修は困ったような顔で「あ」と「う」の間みたいな声で唸ってから  
「すまない」  
 と頭を下げた。  
 本当に勝手だと思うケド、涙を浮かべて逃げるように立ち去る女の子を見送ると、腹が立った。  
 もう少し優しく断れなかったのか。女の子泣かせるような答えしか思いつかなかったのか、あれほど沢山読んだ本にそんな言葉の一つや二つなかったのか、と。  
 ケド、同時にほっとしてもいた。そして心のどこかで「勝った」とも。  
 そんな二律背反な自分の気持ちと汚さにまた愕然として、何かに負けたような息苦しさで、あたしもまた逃げるようにその場を立ち去ったのだった。  
 その日、修はひょっこりウチに来た。  
 どんな顔で逢えば良いのか分からなかったあたしは部屋に閉じこもり膝を抱えていた。  
 修はいつかのようにドアを無理に開けたりはしなかった。  
 ただドア越しに  
「断ったから」  
 と言った。  
 あたしは、その声に思わず応えていた。  
「あたしには関係ない」  
「かもな。でも……俺は言いたかった」  
「そんなの知らない」  
「そうか……なあ、ほとり」  
「…………」  
 修の声は優しかった。それは、いつかの不器用なエスコートを思い出させる様な、声。  
「お前、居ただろ」  
「ッ!」  
「しょうがないなあ、お前」  
「…………」  
 泣きたくなった。自分の汚い所に気付かれた。きっと幻滅された。  
 物分りの良い返事をして格好つけておいて、意地汚く覗きなんてしていたあたしを、修はどう思っているか。不安になった。  
「どうやってもあの子は泣かせることになるから、見られたくなかったのに」  
「…………ッ」  
「全く。なあ……ほとり、そんなに気になったのか」  
「……ん」  
「良かったよ」  
 
 驚く。思わず立ち上がり、よろよろとドアを開く。  
「そんなに辛かったか?」  
 ひどい顔になってるぞ、とおよそ女の子に言うことじゃないことを、修は口にした。  
「泣いてる女の子が他人事には思えなかったんだろ?」  
 そして修は言葉にはしないケド、ほっとしたんだろ? ほっとした自分が嫌だったんだろ? と目が言っている。  
 あたしは呆然と修を見上げる。そして気付く。  
 修はあたしよりも背が高くなっていた。そんなつまらない、けれど当たり前のことに今気付いて愕然とする。  
 あたしは、修の何を見ていたのか。修の方は、あたしをちゃんと見ていてくれたのに。  
 だからあたしは、精一杯の強がりで  
「あんたが優しくないから、泣かせたんでしょ」  
 と笑ってみせた。  
 修には、あたしの気持ちはバレたのだと思った。もっともそれが確信に至ったのは数年後だと修は言っていた。  
 聡いのか鈍感なのか、分からない奴だ。  
 
 随分話し込んでしまった。  
 あたし達はお互いの彼氏の悪口を言い合うだけでこんなに盛り上がったことに苦笑してから、電話を切った。  
 そして思う。  
 文芸部の二人には悪いケド、あたしの修の方がずっと良いと。  
 まだ修の方が愛想は悪くない筈だし、よっぽどあたしを大事にしてくれるし、何より優しい。分かり難いから文芸部には理解できないだろうケド。  
 そこでふと、ひょっとしたら向こうも今同じことを考えているのかなあ、と思っておかしくなった。  
 そんな想像をしていると、ひょっこり修が現れた。  
 親は三が日を過ぎればもう仕事だ。誰も居ない家は、意識すれば耳が痛いくらい静かだ。  
 修を家に上げる。修はどうやら遅めの昼食に誘いに来たらしい。わざわざ出て行くのももったいない気がしたあたしは、修と自分の為に食事を用意した。  
 付き合う前も、その後も何度もあった二人の食卓。  
 そうしてから、何となく気まずくなる。今日も何もないのかなと油断したのが悪かったのか、不意打ちのように襲われた。  
 いや、襲われたというのは随分語弊があるケド。  
 ちょっと油断した隙に、色々されて、盛り上がってしまっただけ。  
 そういったアレコレが終わって、布団に包まり修の腕を枕にして抱きついていると、ふと気になって尋ねてみたくなった。  
「あのさ、修」  
「うん?」  
「その……どうして今日まで何もしなかったのさ」  
「ん……下世話だけど、元旦から姫始めってのは老け込むって言うしな」  
「へ? それだけ?」  
「いや、それだけじゃないけど。それだったら二日から手を出してた。いや何かさ、その……それだけが目当てみたいになるのが嫌でさ」  
「……バカ」  
「ん。白状するとな、晴れ着姿とかぐっときた。我ながらよく我慢したと思う」  
「もう……本当に、バカ」  
 多分、今あっちも同じようにしているんだろうか?  
 そんな風に思うとまた少しおかしくなって、あたしは修の胸に顔を埋めた。  
 
 

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