いや……やめといたほうがいいのかもしれない。出会った日にいきなり脅迫するようなやり方は。  
いくらここが閑静な住宅街だとはいえ、大声で人を呼ばれたり、近くの家に逃げ込まれたりすれば、どういうことになるか。  
彼女の今のボディペインティング自体、俺の命令によるものだと言う事にすらなりかねない。  
それに、何より……最初遠くから自転車に乗ってる彼女を見ただけでは外観が美人ということしかわからなかったが、  
実際に今日対面して会話をかわして見ると、その外観以上にその性格は俺を惹きつける魅力をもっていて……。  
正直、彼女とある程度良い仲になってみたい。これが初恋というものなんだろうか。  
実際。こんなに心惹かれた女性は、生まれて以来彼女が始めてであった。  
まあ、そうなってくると俺から降り出した話題だが、無理なくそこから話を別方向に持ってゆかなければならない。以外と困難そうだが……。  
「あ、いきなりこんな話題で驚かせて悪かったけど……実はさっき話したけど俺、美術サークルにいるんだけど……今度学祭を開いたら、当然  
 俺らも作品展示するんだ………。まあその企画の時にウチの部長がふざけてボディペインティングに挑戦してみないか、みんなで、なんてふざけた  
 こと言っちゃってさ……まあ、その時の女子部員達の猛反発にあって当然却下されちゃってね……そん時の部長達のやりとりがつい面白かったもんだから…」  
ボディペインティング云々の下りはいろいろ捏造が入ってるが、今度学祭があるということ自体は嘘では無い。  
「そう…………」  
絵里の方はまだ少し警戒するような雰囲気で俺の表情を伺っているようだが。それでも納得しようとすることで彼女自身も  
話をそらせると思って安堵している様子も感じられた。学祭ネタはなかなかいい感じにゴマカシのネタとして使えている様子だ。ならば。  
「実は俺さ、その学祭で絵画展示したいと思ってたんだけど……去年が風景画と静物画でさ……どうしても今年のいいネタが見つからなくて  
 困ってたんだけど、その……何て言うか……今日、香春さんと話してたら……初めて人物画に挑戦したいと思っちゃったんだ……」  
「え…………人物画………?」  
「うん………そのぶっちゃけ香春さん、俺の絵のモデルになってくれない?あ、勿論着衣のままでだけどね………」  
「はぁ?も、モデル?」  
こう見えても俺は本気で絵画制作に取り組むタイプだ。それに絵里にモデルをやってほしいってのも強ち嘘じゃない。  
初対面の男に絵画のモデルを頼まれるなんていうのは頼んでる俺からしても考えにくいことだ。  
「ちょ、ちょっと……そんなこといきなり……困るんだけど……だいたい、今日初めて会ったばかりなのに……」  
「頼むよ、本当に……社会人になったら本気で描きたいものを描く以前に、絵を描いてられるかわかんないんだ……。それに本気で食指が動く  
 モデルなんてまず滅多に見つからないんだ……今日本当に初めてなんだ!だから、頼む……」  
絵里に頭を下げ、本気で頼み込む。狭い傘の下で頭を下げれば、当然長身な彼女の身体に顔が近付く事になる。  
思わず後ずさる絵里。その時、長い髪の毛の下に隠された彼女の豊かな乳房が、プルンと揺れているのがわかった。  
「別にあなたの事、疑ってるわけじゃないけど…ちょっと…考えさせてもらっていい?一日か二日くらい……」  
それが彼女の出した答えであった。まだ、俺はそんなに信用はされてないわけか……。  
だが、ここは一つ手を打ってみるか。  
 
「うん、それでいいけど……あ、ただモデルにするって言ってもね……」  
俺はその考えをとりあえず教えて見る事にした。  
内容は、モデルを実行する着衣状態の彼女に、何らかのポーズ……無理の無いポーズを取ってもらうと言う事。  
あくまで彼女自身は脱ぐ必要は無いが、俺が絵画を完成させるにいたって、絵の中では脱がすかもしれないと言う事。  
その内容を聞いた時は絵里は驚いて少々引いた様子ではあったものの……予め内容を話すと言う行為で逆に俺を信用している様子でもあった。  
「とりあえず……すぐには決められないと思うから………それでもいいの?学祭まで間に合う?」  
遠まわしに、他の人に頼んでくれと言っているようにも聞こえなくも無いが。  
「うん…香春さんが決心つかないようなら、人物画そのものをあきらめるから……」  
絵里が何か言いたげな顔をしている。だが、この状況で何を言い出すべきか困っているようだ。  
俺が真面目に絵画制作に取り込む人間であるかどうかを疑うわけにもいかず、かといって先程の話題からの不安もあり…そんな表情だ。  
本当に誠実な性格なんだな、絵里は……ますます彼女が気に入ってしまう。  
「あ、傘貸すよ。この近く、ちょうど友達住んでるからちょっくら顔出してくから」  
俺は絵里に傘を渡してやる。いきなり携帯の番号を教えてくれるように頼んだりすれば、彼女の様なタイプは相手に嫌気を抱きかねない。  
ちょうど俺の傘には、俺の携帯の番号、住所の記された小さなステッカーが付いている。  
「出会っていきなり家まで付いてくわけにもいかないしね。」  
「そ、そう……悪いわね……ありがとう…」  
少々困った様子の絵里。あんまり他人と関わりを持つきっかけを作りたくはないんだろう。  
大丈夫かな、この作戦。最も、断られたら、別のやり方を考えるだけだが、絵里の様なタイプは一筋縄でいく相手じゃない。  
「じゃあ、俺行くわ……雨激しくならない内に帰りなよ……。それじゃ!」  
「あ……ちょ、ちょっと…………あ…」  
何か考えるにしても、目の前に絵里が…しかもそのボディペインティングの事を考えてると、間が持たなくなりそうだった。  
水滴を防ぐように背中を丸めて前屈みに走る俺。今日が雨だったのは股間のテントを隠すにはちょうど良かった。  
その晩だった。俺の携帯に見覚えの無い番号がかかってくる。いつもなら無視する所だが、誰かおよそ見当がついたので今日はそうもいかない。  
意外だな。絵里は携帯の番号を非通知にしてはいなかったらしい。しかしこれで彼女の番号をゲットしたことになる。  
俺の携帯に登録された女性の中では間違い無く彼女が一番の美人だ。  
「しかし………ちょっと早いな……やっぱり駄目だったかな………」  
自分でもかなり無理がある選択だったとは思ったが、実際自分一人で見ず知らずの女の子に話しかけるのってかなり久しぶりだったからな。  
今日話しただけだが、絵里はとても礼儀は正しいタイプだろう。きっと遅くに断ると相手の予定が狂うと気を使ったのだろう。  
しかし、これが駄目ならどうやって絵里と仲良くなって行くか…。いまいち妙案が浮かばない。  
そんなことを考えつつ、電話を取り、取りあえず絵里に強引に頼んだ事を謝ろうとした俺であったが。  
 
もしもし………香春と申しますが…根元さんのお宅でしょうか…』  
「もしもし……あ、香春さん……昼間はどうもね。」  
『根元君……昼間は傘、ありがとう。助かったわ……』  
まあ、そりゃそうだろう。あのまま駅前に残っていても、まず今日雨が止む事もあの時よりも緩くなることはなかったから。  
「あ、今電話って事は……その、やっぱり……」  
『根元君……こっちの条件飲んでくれるなら、引き受けるけど……』  
「えっ…………」  
『私の指定した場所で………それが駄目だと言うなら、あきらめてくれない?』  
「あ、あのさ……あの、香春さん……つまり、その何て言うか……それって概ねOKってこと?マジ?」  
『う、うん…あ、でもこっちの言う条件………』  
「あぁ、いいよ、いいよ全然……引き受けてくれただけでも本当に感謝してるんだ。いや、本当、ありがとう!」  
思わず小躍りし足元のクッションを蹴り飛ばしてしまう。こんな浮ついた姿、絵里には見せるべきじゃないな。  
絵里の出してきた条件は、近くにある建設途中のビルの一室で、そこで行ってくれるならいいとの事であった。  
勿論、俺の返事はOKであった。最も、今度はボディペインティングをしてきてくれるとは期待できそうにはないが。  
そして、その日がやってきた。俺は張り切って、そのビルへ向かう。  
そのビルは建設途中とか言う割に、えらく小奇麗な感じで、それでいて立ち入り禁止標識も用いられていなかった。  
彼女の指定した部屋は、只の事務所の中の様なデザインのあっさりした部屋……の作りかけのようだった。  
完全に撃ち壁などは貼られていないし、完成した壁には製材がラップにくるまれて立て掛けられている。  
絵里はまだ来ていないようだ。俺が何となく窓の外を眺めて絵里を待っていると、コンコンと扉が叩かれる。  
「根元君……来てるの?」  
「香春さん?良かった、場所間違えたかもって思ったよ。」  
「入るわよ…………」  
「香春さん、こんにち………」  
「おまたせ………こんな物で、いい……?」  
「うおっ……?」  
「?どうしたの…?」  
「どうしたって……いや、その…何で水着……?」  
 
絵里が身に付けていたのは、旧タイプのスクール水着……のボディペイントであった。  
俺の事、多少なりとも警戒してるんなら、今日だけでもボディペインティングは避けても良さそうなものなのに。  
ここまでして彼女がボディペインティングを続ける理由って一体何なんだろう?  
インターネット等で見た露出やスリルを味わい楽しむ人達とは一線を画したような物が絵里には感じられる。  
それにしても体の線が見やすい服装は確かにありがたいけど、そこまで露骨に頼んだ記憶は無いのに、水着を選ぶとは。  
いずれにせよ、美人タイプの彼女の如何にも色気の漂う身体に旧タイプのスクール水着……本当は裸なんだけど……何となくスク水フェチの  
気持ちがわかったような気すらするほどの感動を覚えてしまう。本物であっても感動を覚えるに違いない。  
「そんな風に驚いた顔、しないでくれる……これよりもっと見せろっていうなら、私、帰る……」  
「あ、ごめん…同年代の女の子の水着姿なんて、大学入ってからご無沙汰だったもんだから、つい見とれちゃったよ。」  
「以外とムッツリなのね……君って……」  
「あ、きついな香春さん……あんまりはずれてはないけど…。でも、水着を用意してくれるなんて、描く分には好都合だよ、ありがとう。」  
しかし、やはり大したものだ。簡単には、素人には絵里が裸であることがわからないレベルの完成度だ。髪の毛で胸の突起や背中部分はうまく隠している。  
そういえば。  
「香春さん……もしかして、その恰好で家から出て来たの?」  
「ち、違うわ……そこのドアの向こうで着替えて来たのよ……何考えてるのよ…、もう…」  
「わざわざこんな穴場を指定してきたから、つい、ね……」  
この辺りは人通りも少ない場所だ。ちゃんと注意すればそれくらいも余裕だろう。  
絵里レベルの女が水着(のボディペイント)で白昼の路上を歩いてるのを見つかったら誰も反応せずにはいられないだろう。  
取りあえず、彼女は間違い無くこの恰好でここまで来たに違いない。コートや何かを羽織っていたのなら、塗装が所々剥げたりしそうだが、  
そう言った様子は見られない。しかし、いっぺん目が釘づけになると、なんかこう…………。  
「根元君…………」  
「へ…………」  
「ジロジロ見すぎ…………!」  
「ご、ごめん……!」  
顔を少し赤くしながら憮然と言う絵里。俺の表情は結構鼻の下が伸びた物になっていたようだ。  
ここは一発真面目に絵を描いてる姿を見せて、ビシッと決めないとな…。  
「じゃあ、そこの窓の縁に片手を掛けて、背中をこっち向けて……うん、そうそう……それでもう一方は床について、少し身体ひねって……  
 それで俺の視線が気になるんだったら、目を閉じてるといいよ……。休憩は小間目に挟むから…」  
「えっ……こ、こう……って……ちょっと、根元くん……少しいやらしい………」  
「え、そう?でも香春さんみたいにスタイルいい人ってめったにいないから、無理ならあきらめるけど…」  
「別に、そういうわけじゃ………」  
 
赤くなりながらも俺の言うとおりのポーズを取ってくれている。  
形のいい臀部がつきだされる。こうして見ると本当に完璧なボディーペインティングの技術だ。  
お尻の部分などは不自然になっても良さそうなのに、水着が喰い込んでるようにしか見えない。  
長い髪の毛が綺麗にバラけて、うなじや背中をうまく隠しあるいは露出させ…髪の毛の手入れもしっかりしてるんだな……。  
「うん…そう、そのまま………ちょっときついポーズだから、10分くらいずつで休憩取るから……」  
無言で瞼を閉じる絵里を俺はスケッチし始める……。しかし、俺も真面目なもんだ。彼女の秘密を知り、今彼女がいるのに、真面目にデッサンするとは。  
鉛筆を構えながら絵全体のバランスを取るために絵里を凝視し、観察する。つい息が荒くなりそうなのを我慢しつつ。  
あれ……?彼女あんな所にホクロがあるのか………ちょうどボディペイントの塗装の薄くしてある所に、ホクロが見えた。  
地肌と水着の境目なんてもんじゃない。彼女の背骨のラインに一つ、小さいホクロだが、はっきり確認できる。俺ってこんな視力良かったのか。  
普段はきっと髪の毛で隠れているせいで、誰も気に留める事すら無い位置にある。  
これが普通の水着だったら見えはしないのだから描く事は出来ない。もし、出来あがったデッサンを見せた時、このホクロが  
描かれてたりすれば、絵里はどんな反応を示すんだろうな……ちょっと試してみたくなった。  
 
 

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