絵里のホクロを、位置、大きさも正確に掴みながら描きこもうと彼女の綺麗な背中を穴があくほど見つめている俺であったが。  
ん……?なんか視界に変な物が……。そう、目を閉じてポーズを取る絵里のいる窓ぶちの上の方に。  
うわ……でかい蜘蛛だ……。ハエトリグモみたく可愛い奴じゃない。キバをピクピク動かしているのがここからでも見える。  
最もあんな外見をしていても、人に噛みつくような事は無い家蜘蛛…いわゆるアシダカグモと呼ばれるやつだ。  
この場所は以外と綺麗な場所だと思っていたがこんなのが隠れて……いや、むしろ綺麗なのの一因はこのクモのおかげかもしれないが。  
ヤバ……下がってくんな……。クモのほうはかなり慎重なゆっくりとした動作であるが、絵里のいる方向へ降りて来ている。  
マズイ。絵里が虫の類が苦手かどうかは知らないが、もしクモの存在に気づいてパニックになる様な事があれば。  
まだ俺たちは出会って日が浅い。そんな男の前でパニックになった姿を見せてしまえば  
それ以来俺と顔を合わせるのが嫌になってしまうかもしれない。彼女の様なタイプは特に……。  
絵里に気づかれない内にうまく追い払う…できれば窓の外へ追いやらないと。  
そう思って立ち上がった俺だが、クモの感覚は鋭敏だ。俺が動いたのがわかったのだろう。  
一瞬止まったかと思うと、逆に動きを早くし始める。絵里のいる方向に向かって。  
「あッ……クソっ……やば…!」  
舌打ちしながらクモをもっと威嚇しようと近づこうとする俺だが、自分でも異常な気配を放っていたせいか、  
絵里がそれに気づき、こちらに振り向いてしまう。ちょうど自分に近づくクモには気づかない状態で。  
「……?……っ!えっ…?何……根元、君…………?」  
クモの方に近づくと言う事は当然絵里に接近する事になってしまうわけで。  
俺の表情と、そして絵を描いていたはずの俺が両手を軽く突き出す様な仕草で近づいて来ているのに絵里がギョッとしている。  
うわ…気まずい…。ひょっとして俺が絵里に欲情して迫ろうとしているなんて思われてんだろうか…?  
もし、クモにこのまま逃げられてしまえばそれが真実となりかねない。  
だけど、もしクモの事を教えて彼女がクモが大嫌いだったりすればそれも問題だ。  
一方クモの方は目の前にいた人間二人が同時に動いたことで完全にパニックになったのか、一直線に絵里の方に急いでいる。  
あの辺に奴にとって絶好の隠れポイントがあるに違いない。このまま隠れられて俺が悪者になったらヤバい。  
「ちょっと、何?ど、どうしたの……?根元君……あ、ちょ…」  
絵里の方も事情が呑み込めないのだろう。俺の様相に明らかに驚いて、完全に誤解しているようだ。  
完全に指定のポーズを崩してしまい、片手で俺を制するようにし、突然の事態の対処法に混乱して、不安そうに俺を見つめる。  
くそ…こんな状況でなければ、じっくり観察していたいほど可愛いしぐさだ。  
 
「ちょっと香春さん、じっとしてて……頼むから……!」  
でもこれ以上彼女に動かれたら、もしクモが思い切って絵里の身体にダイブしてきてしまえば大問題だ。  
「じっとしててって……ちょっと、こんなの……えっ…あ……いい加減に……!」  
絵里が座り込んだまま身構える。彼女はこういう時以外と気丈なタイプな様だ。  
「頼む、香春さん……黙って動かないで、そのまま……あッ…ああッ!?」  
かなりまずい事に絵里がぴったりと壁に背中をつけたせいで、最悪クモが窓ガラスから移って絵里の身体を這って来るかも知れない。  
クモに気付かない絵里はかなりキツイ目になって俺を見据えている。  
クモは窓ガラスに伝わった衝撃に驚いて、ワタワタとした動きになっている。脚を滑らせて絵里の上に落ちるかも知れない……って  
あのクモ……本当に脚を滑らせやがった。とっさに糸を使ったのか、尻を上に向けて吊るされたようになっているが、落ちるのは止まらない。  
「う、うわぁっ?!」  
絵里の肩に落ちる。まずい。その前に上手く捕まえてしまわなければ。  
余り触りたくはないが、ゴキブリみたいに保菌の心配は無いはずだ。ちゃんと捕まえれば噛まれる事はないだろう。  
俺は窓の方に手を伸ばして、床を蹴ってクモをキャッチしようとしていた。  
「………ふざけないでッ…このッ…いい加減にしてッ………!」  
「ぐぅオおォッ?!」  
……クモと絵里を交互に見ていて、しかも緊張した表情を間違い無く浮かべていた俺。本当は裸の絵里にとっては、  
俺と二人きりの場所にいる絵里にとっては警戒すべき表情だったのだろう。  
その場から避けるのでは無く、長い脚を繰り出して座った体勢から鋭い蹴りを放ってきた。格闘技でもやってるのか、絵里は?  
さすがにそんな動きをしたせいで、乳房が激しく揺れ、股間の割れ目が一瞬俺の視界に入ってくるが、それを楽しむ余裕はない。  
身体を捻ってよけようとしたが、蹴りの鋭さの前に殆ど間に合わず、逆に最悪の場所にクリーンヒットした。  
ちょうどクモを握りつぶさないように優しくキャッチしたのと同時であった。  
「よし、ゲッ……どふぉおっ!!!」  
「あッ……嘘……」  
衝撃に間違ってクモを潰さなかったのは自分でもマジ神技だったと思う。  
絵里の方は予想を外れて俺の股間に蹴りを当ててしまった事に一瞬気まずそうな顔を浮かべていたが。すぐに俺に向きなおり、  
声のトーンを低くして、問い詰めてくる。  
「………どう、いうつもり……やっぱり、ロクでもない事……」  
「ち、ち……違………香春さ……ク、モが…………」  
「えっ……………」  
 
彼女もやっと気づく。俺が絵里には触れておらず、あくまで伸ばした手は絵里の肩の上を通り過ぎ、窓に伸ばされている事に。  
そして、俺の掌から逃れようと、バタバタともがいているクモの不気味な長い脚が絵里の視界に入った。  
「あッ……あぁっ……きゃあッ……?!」  
クモの存在にようやく気付いた彼女が小さく悲鳴を上げた。そして、同時に俺の目的に気づいたらしい。  
「っ……や、やっぱりクモ、苦手だったね……知らせようか迷ったけど……」  
「あ、や、やだ………私、てっきり………あ、根元君……御免なさいッ!」  
「取りあえず………代わりに窓開けてくれる……?コイツ外に逃がすから……」  
「あ………ぅ、うん…………」  
絵里がオズオズと窓を開けたのを確認すると、俺は震える手で(痛みに)クモを窓の外に放り投げた。  
取りあえずクモは殺しても傷つけてもいない。俺は不殺主義だ。  
それはいいとして、どうやら絵里の誤解が解けたらしいのを自覚すると、気の遠くなるような激痛が響いて来る。  
滅茶苦茶鋭い蹴りだったけど……まさか今ので不能になったなんて事は無いよな…神様……。  
「ご、ごめんなさい……根元君……その…ぁ…私……本当にこんなひどい事しちゃって………ごめんなさい…」  
さっき絵里に取って貰ってたのと同じ様なポーズで窓に手をかけ固まっている俺に、絵里が横に立って必死で謝って来る。  
「ん…ぁあ……いいよ……こちらこそゴメンなさいだ……香春さん、水着なんだから……俺が変な…顔したから……  
  誤解しちゃったんだよね……ぅ…ぐ……」  
「うぅん……まだ出会って二回目なのに、一方的に疑っちゃって……根元君……」  
謝っただけで立ち去るなんてわけにもいかず、とりあえず俺の背中を優しく擦ってくれる。  
義理では無く、本当に罪悪感を感じているのは間違い無い。  
何ともクールだけど根は誠実な彼女らしい振る舞いだ。何より彼女が俺に自ら触っているのだから、何とも感動ものだ。  
そう言えば、今絵里との距離がすごく近いんだよな……前の相合傘の時は初対面と言う事もあって、彼女の身体を近くで見るなんて  
行為は実行不可能だけど……今ならそれとなく見る事が出来る。ちょっと観察してしまおう。  
スクール水着のボディペインティングを施した絵里の裸身。本当に素敵なプロポーションだ。  
乳房なんかはかなりのデかさだが、ブラジャーを当然つけていないのにまさしく美乳の形を保っている。  
肝心な先端部分が髪の毛に隠れているのは癪だが、それが扇情的でもあり、妄想をかきたてる。  
固まってる俺の横で膝立ちになっている絵里。何とかバレないように彼女の股間部分に目を運ぶと……  
やっぱり毛は無いのか……。巧みなボディペインティングの技術のせいで割れ目まではこの位置からは確認できないが、  
ボディペインティングの際に邪魔になりそうだから、剃っているんだろうか。  
膝立ちになっている状態でも脚が長いからか、股間部分の位置はかなりの高さだ。  
あの綺麗な脚であんな鋭い蹴りを……そして見事に喰らってしまったんだよな、俺……。  
そう思っても何故か蹴られた事には全く腹が立たなかった。むしろ彼女の魅力をもう一つ見つけた様な気すらする。  
 
こうして変な妄想をしていると……そして彼女の呼吸がすぐ傍にあり…どうしても興奮してきてしまう。  
あ、あれ……?何か股間が……。何かこう、…硬度を……。  
どうやら、今まで生涯受けたことのある股間への衝撃の中では、威力ナンバー1であった衝撃ではあったが、  
不能になるには至らないダメージで、済んだようだ。それは間違い無く目出たいのだが。  
「まだ、痛むの………?根元くん………」  
「え……あ、いや…………もう、大分楽になったんだけど……」  
今度は、別の事情で絵里の前で立ち上がるのが難しくなってしまったのは言うまでも無かった。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
しばらくした後、絵里は絵のモデルを、俺はスケッチを再開し始めてはいたのだが。  
絵里の方の集中力が乱れてしまっている。俺の股間を蹴ってしまった事をまだ悪く思っている様だ……。  
彼女はそういった方面ではかなり不器用な立ち回りしか出来ないのだろうか。こっちも罪悪感を感じてしまう。  
しかし、俺の方からそれを持ちかけても、いい結果になるとは思えない。  
でも、俺がうずくまってた時間の約五分の二は痛みとは別の性的興奮による生理現象なんだよな……。  
そう言えば実際今のところ以外と長い時間この部屋で絵里と二人きり……向こうがそわそわしてるとこっちも変な気分になってしまう。  
彼女の頭の中の問題を逸らすためにも、一つ話題を振ってみるか………。  
「ねえ、香春さん。」  
「……え…………?」  
「人物画、本格的に描くの、実際今日が初めてなんだけどさ……何か自分で驚く位に、良い作品になりそうな気がするよ。」  
「そう………」  
「これも、香春さんにモデル頼んだからだよ。」  
「そんな事ない………」  
「まあそんなに謙遜しないでよ。前言ったみたく本当にインスピレーションが沸く人に出会えただけでも運がいいのに、  
 初対面なのにモデル引き受けてくれる人なんて滅多にいないしさ。」  
「傘の、お礼、だから…………」  
あ、赤くなってる……。人に褒められるのも感謝されるのも照れくさい様子だ。  
「前言った学祭だけどさ、俺らのサークル、一応本番前の日に作品が完成したお祝いに、打ち上げで前夜祭やるんだ。  
 香春さん、良かったら出席しない?俺の絵の半分以上は香春さんのお蔭なんだしさ。みんなにも俺の絵のモデル  
 紹介してみたいし。」  
「でも私、お酒飲まないわよ……。あんまり喋らないし……。誘ってくれるのは有難いけど……」  
彼女の秘密を考えれば、込み合った飲み会なんてあまり行きたくはないだろう。  
それに、普段の素っ気ない彼女の性格を考えれば、あまりそういった場は好まないかも知れない。  
 
「あ、うん。もし部長が香春さんに無理に飲ませるような事があったらビシッと言っとくからさ、俺の携帯番号、まだ  
 残ってる?そしたら気が向いたら出るか出ないか教えてよ。」  
部長は女好きで飲み会ともなれば、かなりマナーの悪い所もある。絵里に興味を持つのは間違い無いかも……。  
「それに……デッサン自体は今日描き上げる事出来ると思うけど……実際に色を付けて、背景とかを考えてくと、  
 たぶん、学祭前日までかかると思うんだ……。是非とも完成した絵は香春さんに最初に見てほしいんだ。」  
「そんなにかかるの……?私なんかの絵……」  
「うん。モデルがハイレベルだからねっ。」  
「っ……!?………ふざけないで………」  
絵里はそう言うと、赤くなって顔を逸らすのだった。これでさっきの鋭い金的の事は忘れてくれたかな……。  
学祭のことをダシに使って絵里にモデルを頼んだり、飲み会に誘ってみたりしてるけど、出来れば学祭当日も  
絵里を誘ってエスコート出来ないものか……でもあんまり一度にたたみかけるのも難だしなぁ……。  
こんな事を考え始めると、いろいろな心配も浮かんでくる。  
絵里が学祭までの間に他の男にナンパされたりしないか……本当に彼女の秘密を知ってるのは俺だけなんだろうか……  
絵里位の美人なら、普段クールに見えてもそれでも彼女をモノにしたい奴も、その性格に痺れる奴(特に俺)は多そうなのに。  
そもそも、絵里の優れたボディペインティングは身体の前面は良いとしても、手の届きにくい背中とかはどうしているんだろう。  
彼女が他の人間に身体を触らせて筆で装飾している姿……俺としてはあまり想像したくない…。  
走行考えてるうちに、デッサン開始からかなりの時間は経たらしく、人通りのデッサンは完成する。  
「出来た………会心の出来かな……!」  
「終わり?もう、ポーズ崩してもいいの……?」  
「うん、御苦労さま、香春さん。ほら、いい感じだよ」  
意外と疲れるポーズだったのか伸びをして身体をほぐしている絵里。  
身体を揺するたびに、乳房がフルフルと揺れている。肝心な部分は髪の毛で相変わらず見えないけど。  
「………えっ……やだ………本当に裸、なの……私こんなに綺麗じゃない……」  
本当に俺が絵の中で絵里を裸にしていたのを見た絵里が顔を真っ赤にしている。  
どうやら彼女の自覚していない美しさを描きだすことには成功したらしい。取りあえず彼女が絵の中の絵里を『綺麗』と言ったからな。  
あ、そういえば……クモのせいで背中のホクロ描きたすの忘れていた。  
 
 

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