しかし、絵を、デッサンの段階だが描き終えてしまうと、今日はここまでと言う事になるのだが……。  
そういえば、絵里は間違い無くスクール水着のボディペイントでこのビルまで来てるんだよな。  
何とも不思議な感性と言えるが、それを考慮すると、この後絵理をどっかの喫茶店にお礼に連れてく様な  
気を利かせた行為は出来ないんだよな……。  
普段着に見える絵理ならともかく、スクール水着のまま絵理を連れ回すなんて事は……それはそれで面白いが、  
今の俺達の関係でそれはまず不可能だろう。  
でもこのままお礼を口で言うだけで一方的に立ち去るなんてのはかなり礼儀に反した行動だ。  
絵里の方も警戒状態にあるのかもしれない。幾ら人に見つからないここまでの道のりを知ってるとは言え、  
普段の素っ気ない態度で、『それじゃ、私、帰る……』なんて先に帰ろうとしても、俺に一緒に帰ろうなんて言われたらどうしようか  
と思っているのかもしれない。さすがにスク水のボディペインティングのままじゃ、俺に変と思われるだろうから。  
そう思ってお互いが困ってる状態であったが……はて…?今、何か窓に何かがぶつかった様な音が…。  
絵里の方もその音に気付いたらしく、俺とほぼ同時に窓を見ると。  
水滴だ。あの始めて絵理と会った日よりは弱い状態だけど、パラパラと雨が降っている。  
絵理は確か雨が駄目なんだよな……。ボディペイントが溶けてしまうから。  
絵理の方を見て見ると……何だ?別に困惑した様子は無いのか……?今日は傘でも持って来てたのか…予報では雨とは言ってないけど…  
まあ取りあえず、絵里をこの後食事にでも誘ってみるかな……別に断られてもいい。  
俺なりの謝意が示せるし、絵理がどんな反応を示すかちょっと見てみたいものだ。  
「香春さん、この後どうする?もしよかったら、この辺の店に寄ってかない?俺、モデル代でおごるけど……」  
「え……でも……お礼は飲み会だって、さっき…………」  
「うん。それはそれ。やっぱり個人的にもお礼はしたいしね。」  
「そう……でも、今日はいいわ…………」  
「そ、そっか……残念…………」  
「………………私、もう少し時間がかかると思ってた……」  
確かに、自分でも驚くほど早くラフスケッチの方は終了したけどね。  
「その……根元くん………ちょっと、待ってて………」  
「えっ?」  
入ってきたドアから出てゆく絵理。しばらくすると、俺の傘と、何か包みを持って現れる。  
「傘……この前はありがと……それと……私、お昼の後まで時間かかると思って……良かったらこれ……」  
 
「えっ……ぇえっ………?これ…もしかしてお弁当……」  
「と、とにかく……前の傘のお礼…さっき蹴っちゃったお詫びの分もあるから……私には多いから……」  
「ま、マジッ?いいのッ?やりぃッ!」  
「そんなに喜ばないでッ…!勝手に盛り上がらないで……もうっ!」  
絵理が身を翻すとドアに向かって行く。え、あれ…弁当の感想とか聞かないの?  
「あッ、香春さん、弁当箱!」  
「それじゃ………」  
あれ……本当に行っちゃった……どうしようかな、弁当箱……洗って学祭前夜祭で返すか…。ってか雨降り出してるんだけど…  
というか、驚いた。出会って間もない俺に気を使って弁当作って来てくれるとは。  
「ひょっとして……気付いてるのバレてるのかな……口止め料?」  
いや、それもあるかもしれないが、俺に昼飯を誘われたら、外に出て食事する事も考えていたのか…それで外出を避けるために…。  
いくらなんでも今よく言われる“ツンデレ”な態度は考えにくい。出会って二回目の男にそれは有り得ない。  
そうなってくるとやっぱり俺に対する警戒心故の行動と、傘のお礼と、さっきの蹴りのお詫び…その線が妥当か……  
「ちぇッ………。まぁ、しかし…………」  
女の子が弁当作ってくれるなんて初めてだが、手作りだよな、絵里……?  
「さて……うぉっ?」  
弁当箱を開けてみた俺は取りあえず彼女らしい雰囲気が弁当の内容からも出ているのに何となく驚いたのであった。  
取りあえず、異性にあげる弁当レシピ本に出てくる様な甘ったるいデザインではない。  
女性の手作りらしい慎ましやかさとか、可憐さはあるんだけど…何と言うか硬派な弁当だった。  
俺の事を結構ズボラな男と思ってるんだろうか、事実そうなんだが。栄養配分に気を使ったバランス重視タイプのお弁当の内容であった。  
「でも……実際美味そうだな………」  
俺の中で絵里の不思議度がさらに上昇していた。やはり出会って二回でお弁当なんて不思議な感性だ。  
「ん……もぐ……う、美味ッ……」  
実際相手が自分の手料理を食った際に美味いかどうかの判定を聞かずに立ち去ってしまうなんて言う一面も。  
お弁当美味しいよの一言ぐらい彼女にちゃんと伝えないのは男として問題ありすぎだよな……。  
絵理はもうこのビルから出ている頃だろうか……そう思いながらビルの下方を見て見るが、絵理がビルから出てゆく姿は無い。  
まだ、この建物の中にいるんだろうか、スク水のボディペイントの格好のままで。  
俺が窓から見下ろしているかもしれないと思って、あの恰好で外に出てゆく不自然な姿を観察されないように考えてるのか…  
 
絵理のボディペイント、そして今味わってるお弁当……俺、ついさっきまでこの部屋に本当に素っ裸の女の子と一緒だったんだ。  
絵理がもしこの雨の中を傘無しで歩いていればあの塗装は間違い無く流れ落ちてしまうだろう。  
信じがたい気持と一緒に、絵理の顔や肢体の美しさが浮かんで来て、それに合わせて妄想が広がってゆく。  
俺、絵理ともっといい仲になれるんだろうか……彼女の秘密を独占してあの身体に好き勝手するなんて事が……  
今まで、こんなに一人の女の子に囚われるなんて事は無かっただけに、妙な気分だ。  
「くそ……こんな事考えてると、今日もう一回は絵里の顔……見たくなるじゃん……」  
いつの間にか弁当を平らげてしまった俺は、今スグにでも絵理を捕まえてみたい気持ちに駆られる。  
もし、ボディペイントの塗装が剥げて悩ましい姿を晒した絵理が他の男に見つかって、捕まってしまうとしたら…  
そんなのは許せない。絵里の秘密は絶対俺だけのものだ。他の男には手を出させん。  
そうだ、俺はもともと絵理を脅して、身体を要求するつもりでコミュニケーションを取った筈だ。  
何を紳士的に振舞ってなんかいるんだ。彼女が無防備だからこんな気持ちになるんだ。  
そう、かなり暗く危険な気持ち。絵里を捕まえたらそのまま秘密を知っている事を告げて押し倒して犯してみたい願望。  
絵理の優しくて誠実な性格がわかっているだけに、寧ろサディスティックな感情が刺激される。  
「待ってろよ、絵理……今すぐ……」  
まだ、遠くへ……建物から出てすらいないとすれば……気も強くて腕も立つ絵理だが、何としても!  
弁当箱も絵の方もそのままに俺はその部屋を飛び出した。絵里の行った方向はあっちか……?  
俺が秘密を知っている事、今野獣と化している事を知って、その顔を見た時…少なくともさっきの誤解の時より  
自分でも遥かに邪悪な顔をして絵理に向って行ったらどんな反応を示すだろう。  
「こっちか…絵理……こっちなんだな………!」  
出口へ向かって闇雲に走って行く。何だ……人の気配…こっちか?絵理がまだいるのか……?  
「この部屋……」  
間違いなく何かいる。確かめてみるか…絵理を入れ違いになったらえらく間抜けだ。  
軽くドアを押して見ると、物音を立てることなく、スッと開けてくる。まずは誰がいるのか確認だ。隙間を作って覗き込んで見る。  
「ぁ………いた…………」  
 
絵理の背中……やっぱりスク水のボディペイントのままだ。シートの掛けられた何かの機材が並ぶ部屋に絵理が座っている。  
その背中を見た途端、俺の獣性がブワッ、と膨らんで行く。さっきも思ったけど、なんて綺麗な背中だろうか。  
あの背中から思い切り抱きしめてみたい。出会って二回なら当たり前の事だけど俺はまだ彼女にタッチすらしていない。  
人が入れる位の隙間を作ると、気配を殺して部屋に入り込む。絵理はまだ俺に気付いていない。  
何をしているんだろうか……床に座って、何か嬉しそうに楽しそうにしている。表情が見れないのが残念だ。  
ん…何だ……この部屋……入り込んだら鼻が少しムズムズと……何かくしゃみの前兆っぽい雰囲気がする。  
「ふふッ……いつも元気ね……お前は……」  
絵理、何と話して携帯でも使ってるのか?……口の前に手を当てて、くしゃみが出そうなのを堪えながら、ジリジリと近づく。  
「あ、もういいの………?今度いつ来るかわかんないのに……」  
いつもの淡々とした雰囲気とは違って、何か背中をくすぐられる様な喋りだ。  
「こらっ……体、擦りつけないの……くすぐったい……」  
くすぐったいのは俺ですよ、絵里……この鼻のムズムズ感と、絵里の今まで聞いたことない優しい声。  
まだ気づかれてない。あと5メートルほど。どうしよう……一気に抱きつくか……  
両足に力を込める俺だが、その時であった。すぐ傍にあった機材に現れた影に、思わず驚いて声を漏らしそうになる。  
「ッ・・・・・・・・・・・・!?」  
猫?猫の方も、突然現れた闖入者の俺に、驚いて目を開いている。  
ちょっと、待て…そういえばさっき鼻がムズムズして来たのって、この猫…俺は猫アレルギーなんだよ!  
ま、まずい…自分のアレルギーを思い出したら、身体の方がくしゃみを促すような動きに働きだす。  
しかも、猫の方は…なんだ、アソコにももう一匹…あ、あの機材の影にも…何匹いるんだ?  
そりゃ、猫アレルギーの俺が反応するわけだ……駄目だ…絵理に気付かれる前にUターンを…。  
だが、身を翻す俺の背中に、さっきの猫が、ニャアアアァァっ…と鳴きかけてきて驚いて腰が抜けそうになり。  
「ぶわッくショ〜〜〜〜〜ッんッ!!」  
「えっ…………!?」  
身体の一部が緩んだ俺は、物の見事に爆発してしまったのであった。  
その音に驚いて振り向く絵理……。足元にはキャットフードの袋があって…一匹の猫を抱き上げて、ブラシを持っている。  
ついでに言えば、抱き上げた猫の頭の上に、絵里のデカい乳房が片方乗っかっている。  
驚いて目を開く絵理の顔は見る見る間に真っ赤に染まっていくのでった。うん、良い表情だよ絵理…。  
絵理って猫が好きなのか…ひょっとしてこのビルを指定したのってこの猫スポットが本当の目的なのか…  
 
「何……根元くん……どういうつもり……」  
「えっ……いや…その……お弁当の感想、聞かせたくて、そしたら香春さんここにいて……そしたら何か楽しそうだったから  
 つい、驚かせて見よっかな〜〜とか……は、ははは……」  
「!………ッ………!」  
俺の本当の目的なんて言えはしなっかた。絵里も怒れば怖そうだけど…絵理の影にいた猫達…何か俺の方を睨んでる様だけど。  
絵理に手を出そうものなら、絵理だけでなくその猫達にまで手酷いしっぺ返しを食らいそうだ。  
それと……『楽しそうだった』と表現したあたりで、絵里の顔が羞恥と共に怒りで赤くなっているのがわかった。  
これ以上ここにいたら言い訳とか大変そうだ。逃げよう。お弁当のお礼と共に。  
「あ、あはは……その……弁当、メチャクチャ美味かったよ、その……タッパー洗って返すから……そ、その…それじゃっ!!」  
「あっ……根元………くん…」  
一目散に部屋を逃げ出した俺は荷物を纏めると、少しでも早くこのビルから逃げる事にするのであった。  
一応、傘は絵里のいた部屋の前にそっと置いておいた。雨はもう少し長引きそうだったから。  
実に心残りだった。絵理に手を出せなかった事じゃない。絵理が猫を可愛がってる時の表情を確認できなかった事が。  
絵理の目の前でお弁当を食いながら『美味い』と一言言わなかった事が。  
俺も、人と付き合う上での機微、いろいろと覚えないと駄目だな……。そして絵理に心の中で何度も詫びた。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
学祭前日……何となくブルーな気分で準備を進めていた俺であったが、突然鳴った携帯電話の番号に驚いた。  
間違い無く、この番号は絵理だ……。でも、電話があっても…やっぱり今日、来てくれないかな…。  
あんな気分であったけど、絵の仕上がりは自分でも驚くほどの素晴らしい出来栄えだ。  
「もしもし……根元ですが……」  
『あ………根元くん………………香春、だけど………』  
「あ、香春さん……この間、モデルありがとう……」  
『う、うん………その……また傘……ありがとう……わざわざ置いてってくれたのね……』  
「うん……それで……香春さん、今日は………駄目かな……」  
『根元くん……、その……打ち上げは、何時からなの………?』  
「か、香春さん、来てくれるの!?ラッキ〜。うん、打ち上げは7時からだけど……前にも言ったけどその、絵の方は…」  
『う、うん……。でも、私……その絵見るの、恥ずかしい……他の人もいるんでしょ……』  
「でも、会心の出来だと思うんけど。やっぱり香春さんが見てくれないと、自信がつかなくってさ。」  
『…………他の人には、見せてないの、まだ………』  
「俺最初に言ったけど、香春さんに一番に見て欲しいんだ……」  
『もし、他の人が何か言ってくるような事あったら、私、飲み会出ないわよ。』  
俺たち個人間の間で絵を見せるのは良いかもしれない。しかし絵の中でいくら裸で描いてあっても、実際のモデルの絵理は  
何一つ脱いでいない。周りに俺との関係を誤解されたり、本当のヌードモデルと勘違いされたりするのは嫌なのだろう。  
 
「その辺は大丈夫だよ。周りの連中には香春さんが素人で、ちゃんとスク水着てたって言っとくから。」  
『根元くん……水着の事は言わなくて結構よ……』  
「あ、そうだね……じゃ、来るなら、5時位に大学の門の所で待っててよ。俺が迎えに行くから」  
『考えとく……じゃ……』  
「あ、待って……、香春さん……」  
『何…?』  
「後、あの時、勝手に後つけて御免……その……」  
『悪いと思ってるなら……私がそれを持ち出して欲しいかどうかちゃんと判断して……じゃ……』  
絵理からの電話が切れる。多分彼女の性格上、来ない事は無いと思う。俺は密かにガッツポーズを取った。  
完成した絵を見た絵理はどんな反応を見せてくれるか。そして他の部員達は美人な絵理が俺のモデルを務めてくれた事を知ったら  
えらく驚くことだろう。絵理を彼女に出来たわけではないが、何となく誇らしげな妄想をしてしまう。  
何となく、彼女の秘密の事はこの時点ではどうでもいいような気分にすらなっていた。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
そして、今部室。俺はしつこく裸婦画を見せろと迫る部員仲間たちをなだめながら、彼女が来る時間を悶々と待ち続けた。  
「なあ根元、いいだろ?お前が裸婦画に挑戦したなんて俺ら驚きもんなんだよ…」  
「そのモデルの子、本当に来てくれんのかよ……絵が描けて無くって、その子ダシにしてんじゃねえの?」  
「ってか、根元くん、その人実在する人なの……?ひょっとして妄想?」  
「まさか、男の人にモデル頼んで、頭の中で女に変換したとか〜?」  
「こらこら……あんまり俺を舐めんなよ……彼女、すごくいい人なんだぞ」  
そして、美人でナイスバディ、さらに素敵な秘密を抱えている上玉だ。  
「とにかく、早く見せろ!見せろ!」  
「見・せ・ろ!見・せ・ろ!」  
布に包まれた俺の絵を無理に見ようとする始末だ。少なくともこんな連中のために絵理に不義理は働けないな……。  
ちょうど絵理も門の所に来ている筈だ。俺は絵を抱えて、部室の外へ駈け出した。  
「ちょっと、彼女、迎えに行って来る!」  
「あ、ずりぃッ!絵、見たーい!」  
俺はウキウキしながら、他のサークルの連中が驚いてるのも無視して意気揚々と大学正門へ向って行った。  
絵理に会えるだけで満足だ。絵理に絵を見てもらいたい。  
でも、こんな気持ちに俺がなるなんて……これが初恋と言う物なのだろうか……。悪くない気分だ。  
「うッ?!」  
しかし、大学の正門を見た俺は思わず絶句してしまった。  
たぶん、絵理がいるのは間違い無い。そう、あの人だかりのなかに。  
マズイな……絵理は予想以上に注目を浴びているのだろう。注目を至近距離で浴び続ければ、彼女の秘密が……。  
「そんなの、許さん………あの秘密は俺だけのものだ……!」  
 
絵理とは手すらまだ繋いでないが、あの中から強引に引っ張り出してでも救出しなくては……。  
「はいはい……ちょっとごめんよ……ちょっと通してくれる?」  
「わッ?何だよコイツ……でっかい荷物持って突っ込んできやがって……」  
「ちょっと、ぶつかってる!」  
絵の額をうまく利用しながら……それでいて絵に絶対傷がつかないように割り込んで行く俺。  
「香春さんッ!おまたせッ……て……ぇ……あり……?」  
その輪の中央にいたのは、一匹の犬の子供だった。これはそれなりに注目を集めるわけだが…。香春さんは影も形も無い。  
「あ………あぅ…………そんな…………」  
香春さん、まだ来てくれてないのか………いや、それとも来ないつもりなのか……そんな………。  
誰かが散歩の途中で、一旦ここに繋いでいったのであろう子犬は、女学生だけでなく男子学生からも頭を撫でられ、可愛がられていた。  
「なぁ。アイツ、強引に割り込んできたと思ったら、固まってるぞ……」  
「ワンちゃんにメロメロなんじゃないの?」  
「ハハハッ……」  
そんな評価も耳に入って来ても、今の俺には何も感じない。やっぱり人が多すぎるのかな……。彼女の性格上、遅れる事は無い。  
絵理に会えると思っただけでも浮ついていただけに何とも言えない嫌な脱力感が俺を襲う。  
「……根元くん………………」  
幻聴だろうか……彼女の物静かな呼び声が………。いや、人ごみの中だ。聞き間違いに決まって……  
クイクイッと服の裾が引っ張られる……。何だ、俺なんかに誰が……  
「何だよ…?誰…………って……!っ……!?か、かか……香春さんッ?」  
「………?どうしたの……ビックリして……呼ばれたから来たんだけど……」  
絵理だ……。良かった、来てくれたんだ……。別にデートに誘った訳でもないのに、思わず拳をガッと握りしめたくなる。  
まぁ、そんな姿を絵理に見られたらドン引きされそうだからやめとくけど。  
「わざわざここに来てたって事は、迎えに来てくれてたの……?それとも、絵……まだ仕事中?」  
俺の持っている絵の包みに一瞥をくれながら呟く絵理。相も変わらず見事なボディペインティングで………て…今日もか?!  
絵理の服装?はノースリーブの薄紫のブラウス……かよ……絵理ってすごい……暗色系ならともかく…  
そして、黒のタイトのミニ、そして紺色のハイソックスだ。しかもヘソ出し、絶対領域のおまけ付きだ。  
これが本当の服だったとしてもあまりにも絵理の手足や臍がセクシーすぎる。  
最初の時みたいに濃い目のTシャツとブルージーンズとかならわかるけど……しかしヤバい程似合いすぎだ……。エロい格好だけど。  
絵理さん……前のスク水といい、今日の露出高めなセクシー服といい、貴女は自分の美しさに自覚はないのか……  
もっと前から現われてたなら確実に注目を集め続けていたのは間違い無いだろう。  
絵理が今になって、現れた証拠に、犬を見ていた人垣が、絵理に驚いて注目している。  
「なぁ……誰だよ、あの人………」  
「すげぇ美人……スタイルいいな………この大学の奴か…?」  
「ってか話してる男誰だよ…彼氏か?つりあってねえな……」  
早速俺達の関係を勘ぐる様な声が聞こえてくる。その通り、絵理は超ハイレベルなんだよ。  
 
一方、絵理は人ごみが苦手なのか(仕方無いけど)居心地悪そうに、俺にポツリと尋ねる。  
「根元くん……その……さっきから黙ってるけど……ひょっとして遅かったと思ってる?」  
「あ、いやいや!そ、そうじゃなくて……何て言うか……か、かッ…香春さん…その恰好、凄く似合ってるねって!」  
声が裏返った挙句に、ついその声が大きくなってしまう。周りから、噴き出すような笑いが漏れた。  
「………根元くん……そう言う事はいいから、ちゃんと質問に答えて………」  
顔を羞恥で赤くした彼女の低い声。やば……俺がバカをやれば絵理まで恥を欠くことになる。  
「あ、ご、ごめん……そ、そのとにかく……こ、こっちッ…!」  
「あッ……んっ………」  
強引に絵理の手を掴むと、足早に門の内側に引っ張ってゆく。  
「アイツ、手つないだぞ……やっぱり………」  
「根元の彼女?マジか?」  
取りあえず、部室……は絵を見せるには他の部員が邪魔か……どこか最適な場所を探そう。  
俺の今抱えてる絵の中の絵理は自分でも絵里の魅力を充分描いてると思う。  
絵理がこの絵の前に立ってれば、百人中百人が絵のモデルが絵理だと気付くだろう。  
ここでうっかり絵を見せて絵里を辱めるような真似は出来ない。何せ絵の中で絵理は素っ裸だ。  
「あぅっ……んっ……ちょっと、根元くん……痛いッ………」  
「えっ?あ、ごめん、香春さん……」  
「もう……本当にキミって、突拍子も無いのね……」  
絵理が顔を上気させて、俺の手を振りほどく。さっきより顔が赤い。どうも怒ってるせいでも恥ずかしいせいでもないらしいけど。  
しかし、絵里の手の感触、何とも言えないいい感触だったなぁ……って言うか絵理の乳房が走って揺れてる感触が  
繋いだ手を通して伝わって来てたんだよな…。ひょっとして『痛い』って手じゃなくて胸だったりして…。巨乳は走る時揺れて痛いんだよな。  
むむ……俺とした事がどうもテンションが上がっているのか妙な妄想ばかり浮かんできてしまう。  
人前で美人な絵理を連れ回しているだけでそれとなく優越感に浸ってしまう。  
校門前ほどでは無いにしても、通りすがりの連中が絵理に興味を示し、ちらちら視線を送って来る。  
当の絵理はどうも居心地が悪いのか、腕を組んで俯いて黙ってしまっている。  
俺に誘われてここまで来たのはいいけど、大学祭前日で人が大量に出入りしている状況に困惑しているのだろうか。  
「じゃ、香春さん……今から、絵を見て欲しいんだけど……部室はちょっと狭くて込み合ってるから、  
 展示用に借りてる教室まで案内するけど、いいかな……そこで見せるから……もう他の展示物は設置してあるから、人はいないよ。」  
「え……ぁ……うん……そうね……」  
絵理はそう言うと、歩き始める俺の横にササッと並んで来た。  
「う、うわッ…………」  
「早く、行きましょ………」  
まだ俺に対してある程度の警戒心はある筈なのに、随分と大胆な行動だ。  
それともさっきみたいに手を引かれて歩く姿を見られるのが嫌なのかもしれない。  
 
何にしてもいい気分だ。実際どうかは知らないが、この大学でこんな美人と唯一知合いである事。  
そしてそんな美人と連れ立って歩いている事。さらにこの後飲み会のおまけ付き。しかも誘ったのも俺。  
周囲からさえない平凡男と長身美人の組み合わせに驚きや嫉妬の視線を感じる。  
こうやって他の人間の存在を介して絵理の存在を実感すると、絵里のレベルの高さを改めて思い知らされる。  
それとなくテンションが上がって舞い上がってしまう。口数も一方的に多くなってしまうもんだ。  
「香春さん、期待しててよ。今回の絵、本当にやる気いっぱいで、このサークルに入ってどころか、生涯一の  
 傑作になったと自分でも思うんだ。本当に香春さんがモデル引き受けてくれたからだよ。」  
「そう?でも、迷惑かけたわね……他の人の絵は全部飾ってあるんでしょ……」  
「絵ってのは期日までに早く描けば良いってもんでもないんだ。良い絵ほど最後までいろいろ手直ししたいとか、  
 これを描き足したいとかいろいろ浮かんでくるんだ。」  
「ふぅん……本当、絵に全力を打ち込むのね……」  
一応、俺の一方的な喋りに対しても、返事は返してくれるんだよな。  
「実は、さっき、あそこの校門前にいたのって、あの輪の中に香春さんがいるんじゃないかと思って飛び出してったんだ……。」  
「……どうして?」  
「え、いや、香春さん、目立つからさ、他のサークルの男に声掛けられて、連れ去られてるんじゃないかって心配になって…」  
「……そう……ふふッ……」  
「え、どうしたの?」  
「私、てっきりあそこにいた犬を見たくて根元くんがあんな所にいたのかと思ったわ……」  
「うわ、ひでぇ……俺、あんな子供っぽい行動取ったりしないよ。」  
「ふぅん……そうなんだ……でもあの犬の前で固まってたけど……」  
「あ、そういう香春さんだって前のモデルの時、俺が蜘蛛捕まえた時、結構驚いてなかった?」  
でもあのビルの中で絵里だって野良猫相手に楽しそうにしていた事は触れないでおこう…。言ったら思い出させて悪いし。  
「お、驚いてないわ…もう……その事は……他の人には秘密よ……」  
絵理との接点……まだこれで会うのは三回目なので、会話の内容は差し障りが無いような事ばかりだが、  
最初の段階に比べれば、絵里もとても微かではあるが、微笑んだ表情を見せるようになっていた。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
「え、この位置……部屋の中央なの……?」  
俺達の作品が展示される予定の部屋で絵理が戸惑った様な声を出す。  
絵理の言ったとおり、俺の描いた絵は展示室の中央に飾られる予定になっていた。  
自分の裸の絵が、まだ内容も確認してないような絵が展示物のメインの様な位置に置かれる事になる。  
 
目立たない位置に展示され、皆が通り過ぎて行き気付かれない展開でも願っていたのだろう。  
「部長がさ、俺が人物画で裸婦画に挑戦するって言ったら、面白がってここに指定したんだ…いつもなら遠慮してるけど  
 せっかくいいモデルを描いてるんだし、断るのも癪でさ。」  
「で、でも……入ってきた人達皆がすぐに見える……この場所……」  
「とにかく、絵の出来を見てよ。絶対評価変わるって!」  
俺は張り切って絵の包みを解いてみせる。さあ、モデルの魅力を生かしたこの絵の素晴らしさを見てくれ!  
「…………………!!?」  
「ね、いい感じに仕上がってると思わない?」  
「………………」  
「もしも〜し、香春さ〜ん………」  
「……………………」  
彼女の斜め後ろの位置から、一緒に絵の出来を見ていたけど、絵里からの返事は無い。  
そのかわり、この位置から見える絵里の耳が以上に真っ赤になってるのがわかった。今、どんな表情をしているのかな…。  
思わず絵理の斜め前に回り込んで表情を確認しそうになる俺の動きが絵里の静かな声で制止させられる。  
「これ………本当に私……?本当にこの絵……ここに…………」  
絵理が俺の方は見ようとせずに、質問を投げかけて来た。  
「うん。さっき言ったとおり部長は面白半分にここに指定してきたんだけど、ハッキリ言って自信あるんだ、俺……」  
どうも、今絵里の表情を確認する様な事をしたらすごく嫌われそうな気がする。俺は絵里の斜め後ろから動けない。  
「私、こんな……その……胸…………脚色しないで………」  
これでもかなり彼女のあのポーズの時“たぷーん”となっていた胸は控えめに……一ミリほど控えめにしたんだけどな……  
「あの時……水着着てたのに……何でこんな……」  
「インスピレーションのまま、筆を走らせてみたんだけど……」  
「根元くん……やっぱりすごくムッツリ…………」  
彼女の割と的確な呟き。いや、確かにそうだけど……でも、これは全部モデルの魅力を捕らえた結果なんだよ?  
何気にムッツリ度が『割と』から『すごく』にレベルアップしていたけど、仕方無い。  
「場所……他の方と交換してもらえない?」  
「俺はここが絶対ベストだと思うけど……。」  
「…結構意地悪なのね……」  
「ごめん…香春さん恥ずかしいかもしれないけど……でもここまで絵に自信が持てるのって、やっぱり香春さんのモデルがあったから…」  
「……取りあえず………キミの絵の技術は高いとは思ってるわ……」  
「じゃ、じゃぁ……飾っても平気……?」  
「ただし、他の部員の人には、今日の打ち上げの前には、見せないでくれる……?」  
「うん、そうだね……この後飲み会の時にネタにされたら困るからね……」  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
そんなこんなで絵里をそのままサークルの部室へ案内して、皆に紹介したのだが……  
「えっ?!こ、この人……この人が根元の絵のモデル?!」  
「な、何した?お前ッ……脅迫か?」  
「失敬な……俺、部長とは違いますよ……」  
「あ、あの…始めまして……根元の馬鹿がお世話になってます……俺が根元を育てた奴で…」  
「うわ、私と頭一つ分くらい違う〜。背、高いんだね……モデルってファッションの方もやってるの?」  
「あ、いえ……その……私……」  
絵理ほどの美人が俺の絵のモデルを担当した事に半信半疑の部員連中は、遠慮なく俺と絵理に質問をぶつけてくる。  
絵理の方もその勢いに気圧されてるのか、心なしか俺を頼る様に俺の斜め後ろより前に出てこようとしない。  
普段は、一対一ではクールに振舞える様子の絵理だが、この人数では、そして自分が注目を集めているせいで、だいぶしおらしい態度だ。  
今のところ、彼女の服装がボディペインティングであることには誰も気づいてないようだな…。  
この時点ではスタイルのいい長身美人が体の線のはっきり出る服装をしているとしか思われてないだろう。  
「取りあえず、香春さん……みんなに自己紹介してやってよ。」  
「え?ぁっ………わ、私……香春絵理と言います……今回、根元くんに頼まれて絵のモデルを引き受けさせてもらいました…  
 よろしく、お願いします……」  
「こちらこそ、よろしく〜。で、君、どこの大学の人?」  
「そう言えば根元、絵さっき持ち出しちゃったけど…あれどうした?」  
「もう飾ってきちゃったよ……香春さんに感想聞いたら、恥ずかしいから皆は今日は見ないでだって。いいよね?」  
「えー、マジ?俺めっちゃ見たいな〜……」  
「まぁ、我慢してよ……それよりも俺の絵も飾って来たし……そろそろ打ち上げ始めないんすか?部長。」  
「あ、そうか……じゃ、本日の大ゲストも到着した事だし、じゃ隣の部屋にいくとすっか。」  
今入るのはサークルの部室の部屋の横にある器材室だ。飲み会とはいっても、流石に校外の店で宴会を開くわけじゃない。  
「じゃ、香春さん、本日のゲストだから……ここの席に、あ、根元、お前幹事担当ね!」  
「あ、大却下ですよ、部長。部長そんなこと言って香春さんにセクハラ働くつもりでしょ〜?」  
「あ、根元くん、あんなこと言って〜?根本くんだって結構ムッツリだし〜。絵理ちゃん、どこにする?」  
 
部員の女子の一人まで俺のことをムッツリなんて言ってる。俺が絵理と一緒だとそんな不自然か?  
「え、あの……私……隅の方の席で……」  
「え〜〜。せっかくのVIPなんだし〜。もっといい場所着いていいのに〜。」  
「でも……私………根元くんに呼ばれて………。その……根元くんの隣が、いいから………」  
「うわぁ……………」  
「マジ………」  
「か、香春さん…………」  
絵理にしてみればもともとこの雰囲気や宴会の空気とかはあまり好かないのだろう。  
そして、唯一の知り合いである俺の隣が一番安心できると思ったうえでの発言なんだろうけど……かなり恥ずかしいぞ、絵理…。  
自分の発言で一瞬、場が静まりかえったのを不思議そうにしていた絵理だが、自分の発言が勘違いを誘発するものだと気づいて  
思い切り顔を真っ赤に染めるのであった。いいな……絵理のあんな表情も……。  
派手でセクシーな格好と、今の表情のギャップ。ほかの男連中も鼻の下を伸ばしている。  
こりゃ、今日の飲み会……絵理を自慢するのと同時に、他の男に付け入られないようにフォローしないといけないな…。  
 
 
 

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