「はい、それではただ今から、我が美術部が無事学祭準備を万端に整えた事を祝すと共に、明日からの三日間の学祭の成功を祈って、前夜祭の飲み会を始めたいと思います。それではみんな、コップ持って……乾杯!」  
『乾杯!』  
飲み会が始まる。いつもなら部員としての義理と、軽い楽しみの飲み会だが、今日は違う。  
明日からの学祭に、皆少なからずウキウキしていたし、何より俺にとって、今日は絵理と言う大ゲストがいる。  
乾杯の合図と共に、コップをかち合うのだが、やはりと言うか予想通りと言うか。  
男子部員の殆どのコップが絵理のいる席に…即ち俺の真横にグイっと差し出された。  
「はいはい、乾杯〜」  
「かんぱ〜い〜」  
他の男連中にしてみれば、まず絵理と接点を持つために乾杯を絵理としたいのだろう。  
いつもの飲み会ならちょっといいなと思ってる女子部員とかに我先に群がってくのだが、その女子部員すら差し置いて。  
当の絵里の方はその男子部員達のいきなりのアプローチにかなり戸惑った様子だった。  
「あ……えっと……その……か、乾杯………」  
俺の隣に座り込んで、顔を赤くしたまま、黙り込んでしまっていた絵理がそれでも礼儀正しく杯を差し出した。  
絵理と乾杯した男連中はそれだけで嬉しそうだ。  
まさに心の中で『……いける、いけるぜ…!』などと思っているに違いないのだが。そうは問屋が卸さないぞ。  
しかし、絵理この空気が相当苦手なのかな…彼女の抱えるとんでもない秘密とは全く別として。  
容姿の冴えない、それでいてノリも悪いと言うのならあまり飲み会で楽しい思いはさせてもらえないのだが、  
絵理の場合何しろ容姿は超一流レベルだ。彼女が恥ずかしそうに振る舞っていようがノリが良い性格だろうが、皆興味津津だ。  
絵理がどうしても中央の部屋の出入り口から一番遠くなる席を辞退するので、今俺の隣にいるのだが。  
どうにも俺に対して他の男子部員の嫉妬っぽい物がたびたび感じられる。絵理は俺のみの隣で、角の席だ。  
俺や絵理が座っている席はベンチタイプの繋がっている椅子だ。  
「ふぅ………」  
「あ、香春さん……乾杯」  
「う、うん……乾杯」  
絵理と男子で乾杯するのは俺が最後になってしまったけど、絵理は俺と乾杯した事で多少は落ち着いた様子だった。  
さて…他の連中が絵理と会話するのは構わないが…間違っても俺を蚊帳の外において、絵里を横取りする様なやり方は始めから不許可な方向で行かないとな…。  
「香春さん、この部屋って美術部の部室の隣の部屋だから、けっこうニオイがいろいろアレだと思うんだ。気分が悪くなったら言ってね」  
「うん…平気……ありがと……」  
俺自身、絵理の事はまだ知らない事が多いのだ。この飲み会は絵理をそれなりに楽しませる事、絵理との距離を俺が縮めるためだ。  
 
「結構強引に誘ってごめんね…。香春さんの大学の方の予定とか、講義とかと悪い形で噛み合ってない?」  
「うん、都合悪ければ最初から断るから……」  
絵理は俺より一つ上の大学三年生だ。しかも一流大学の。三年ともなれば研究室とかに配属されて割と忙しい事になる。  
こう考えてみると、今年じゃなくて、去年もう少し時間に余裕がありそうな時に出会えてたらな、とも思えて来る。  
「それでさ、もし良かったら…さすがに三日間全部は無理だろうけど……明日からの学祭、どれか都合良かったら……」  
だが、それを悩んでも仕方が無い。今からなら今からなりに仲良くなる方法を模索するしかない。  
その第一歩ととして絵理を学祭当日にも誘ってみようと話を持ち出そうとしたのだが。  
「お〜ら、根元っ。お前な〜に香春ちゃん、独占しようとしてんだよ、コラ?二人だけっぽい空気作ってんなっての!」  
「香春さん、今度良かったら俺の絵のモデルも引き受けてくれない?」  
早速妨害が入ってきたか……。しかも部長、始まって間もなく何杯飲んだんだか…もう酔っ払いかけてやがる。  
しかも絵理のことを名字とは言え、『ちゃん』づけだと……。  
「えっ……その……モデル……その……考えさせて………」  
「損はさせないよ、俺。マジで根元より絵上手い自信あるし。」  
「あ〜そう、そう…そういえばさ、香春さん、根元くん裸婦画だって言ってたけど、脱いでたの?」  
「えっ……」  
これは女子部員か……。女子部員達は女子部員で、絵理が違い世界の人に見えているのかもしれない。  
しかし、いきなり随分と突っ込んだ質問だ。当の絵理はこんな質問を大勢の前でされて赤くなって困惑する。  
「失礼なこと言うなよ。香春さん、モデル始めてなのに、俺に気を使ってわざわざ水着……痛てっ……!」  
スクール水着(のボディペインティング)の事までは話す気は無いのに駄目ですかね、絵理さん……。  
絵理がこっそり机の下で俺の手の甲を軽く抓ってきた。彼女にしてみたら初めてのモデル体験は羞恥の連続だったのかな?  
しかし、絵理につねられた手の甲…痛いけどなんかいい気分だ。絵理が可愛く思えて来る。  
俺を睨んだりするならともかく真っ赤になった顔を俺から逸らしながらも、耳まで赤くしている。  
絵理のとっさの口封じも間に合わず、耳聡い連中は『水着』の文字を聞き逃さなかった。  
「え〜ッ、マジ……根元の前で……水着……嘘ォ……」  
「大丈夫、香春さん……根元くんにエッチな目で見られなかった?」  
「そうそう、こいつ大学の傍のアダルトDVD自販機でこっそりと……」  
「それはお前だろ」  
「ねえ、本当に、大丈夫……?何もされなかった?」  
「え…うん……特に何も……ただ、根元くんムッツリかなって、思ったけど……」  
「あ、香春さん、ひっでえ〜」  
「でも適切だろ、お前」  
そのやり取りに、周囲が笑っていた。絵理にムッツリと言われても、腹は立たないけど、笑うなよ、お前等……。  
 
絵理も口に手をあてて、上品にクスクスと笑っていたが、俺に悪いと思ったのか、ちゃんとフォローもしてくれたのだが。  
「あ……でも、絵を描いてる時の根元くん、結構、その、格好、よかった……かも…」  
ちゃんと自分のデッサンとにらめっこしている時の俺の真面目さとかは認めているようだけど。  
「根元が格好いいって?!そりゃちょっと……」  
「香春さん、人生は長いようで短いんだ。例え『かも』であってもその判断を間違えたら……」  
絵理の入れたフォローに再び俺へのバッシング?が起こる。そんなに絵理と釣り合ってないかな、俺。  
何より、絵理が俺に関心を持っているとでも周りは勘違いしているのだろうか。  
男連中は、どうも俺達の間に割り込もうとしているのに必死な雰囲気すら感じる。  
しかしこうも一方的に男どもがまくし立てると、絵理の方も一々質問に答えて行くのも大変に違い無い。  
しかも身を乗り出してるだけで我慢出来なくなった一部の連中は椅子を引きずりながら、絵理の傍の席を陣取ろうとしている。  
「あ………」  
それを察した絵理は一瞬困ったようだが、場所を開けないのも失礼と思ったのか、俺の方にそっと腰をずらして来た。  
なんて言うか、酒や美術の資材に交じって、絵理のいい匂いと言うのだろうか、俺の鼻にふわりと飛び込んでくる。  
絵理ってこの状況下ではこう言う反応が主体なのか……いつもの淡々とした喋りとクールな雰囲気とのギャップが何とも…。  
しかし不思議だ。今だに俺しか彼女のボディペインティングには気づいていないんだよな……。  
絵理が軽く身じろぎするだけで、彼女の形のいい豊満な胸はプルプルと揺れているのに。  
周りには絵理のブラウスの下はノーブラで、身体にピッタリ合わせた服のせいで揺れ放題としか認識されてない様子だ。  
それでも男連中はそれに鼻の下を伸ばしているし、女連中は羨望に近いものを感じているらしく、感心している様子だ。  
やはりというか何というか、肝心な突起部分は正面からは髪の毛で見えなくなっている。  
しかし、今日は。時々だが、俺の位置からではチラチラとそれらが覗いて見て取れる。  
ピンク色か桜色かは認識できないけど、胸のサイズの割には小さめなようだ。  
ちょっと悪戯してみたくなる。いつもの絵理もいいけど、今日の絵理もすごくいいから。  
絵理が居るのは俺の左手側。俺は右手でコップを持ち、テーブルの上に左手があったのだが。  
絵理が少し身体をずらしてきたのに合わせて、あくまで気を使う様に俺もやや身体をずらす。  
左手で身体を支えながら。そう、そしてその左手を置いてある位置は、身体をずらす絵理の尻がちょうど落ちて来る辺り  
スレスレの場所にある。普通ならただ単にスカートの裾に手が当たっただけで気付かれないんだけど。  
「えっ……きゃッ………?」  
見事に掠った。絵理のタイトスカートの裾、すなわち地肌に。感度が良くなってるのか、絵理に電撃が走ったのがわかった。  
思わず、ビクンと身体を震わせている。そして絵理の口から何とも可愛い悲鳴が漏れた。  
「え、何?絵理ちゃん、どうしたの………?」  
心配げに尋ねる女子部員と、絵理の悲鳴に驚いて、注目する男子部員ほぼ全員。  
「あ……やだ……い、いえ……何でも、ない…………」  
困惑したように俺の方を振り返る絵理だったが、自分がまだ注目を浴びてるのを感じて、真っ赤になって俺の横に腰を下ろしてきた。  
しまった……ちょっと意地悪すぎたかな……わざととは思われてないようだけど……。本当はわざとだが……。  
 
だが、こんな不埒な行為をしているのに、絵里を意識してきたせいか、どうも身体の一部が元気になってきていけない気分だ。  
この座った体勢なら気付かれる事は無いが、立ち上がったりしたらテント張ってるのがバレバレになりそうだ。  
絵理の事を考えると、ここ最近なかなか止まらなくなる。もし、いつも酒を浴びるように飲んで男女構わず抱きつく癖のある  
女子部員が絵理にまで抱きついて来たりすれば、絵理の秘密はきっとばれてしまうんじゃないだろうか。  
もし絵理の前のグラスや瓶が絵理に向って倒れて中身がこぼれて、絵理の塗装を落としてしまったりすれば。  
こんな妄想が出来るのは絵理の秘密を知っている俺だけなんだ。もし皆の前でばれたりしたら絵理はいつものクールな姿を貫けないんじゃないか。  
絵理の秘密を絵理ごと俺の物にしたい俺はその時どうやって行動するべきなんだろうかな。  
この厚みが存在するかどうかもわからない塗装の下に、絵理の綺麗な肌があるんだ。手や足の肌も綺麗だけど、胸や背中の肌の  
素の色はきっともっと綺麗なんだろう。塗装が剥げた時の絵理は、どんな表情を見せてくれるんだろう。  
「………香春ちゃん、根元の奴がさっきからじっと見てるぜ」  
「えっ……な、何……根元くん?」  
「うッ?!そ、そんな事、してないって!考え事してた時と見ていた方向が香春さんのいる方向で……!」  
自分でも気付かない内に面白い顔で絵理を見つめてしまっていたようだ。  
今日は他の連中もいるんだよな。絵理を横取りされないように気を配らなけりゃ行かんのに、妄想してる場合じゃない。  
「ま……とにかく……香春さん、お酒飲まないの?ビール軽く一杯くらいなら……」  
「え……?私、お酒は……」  
「あ、待てよ。今日は香春さんには無理にはお酒飲ませないようにって言う約束だっただろ?」  
椅子ごと絵理に近づいてきた男部員が絵理に酒を勧めようとしているのを見て俺もちょっとムっとする。  
「まぁ、いいじゃん、ビール一杯くらいならさぁ……明日から息抜きのお祭りなんだぜ〜…」  
どうもお酒を飲んで酔ってるのに酔ってないと自覚している奴の中には自分基準を押し付ける奴がたびたびいて困る。  
絵理もそう言った相手の扱いに困っている様だ。しかし、周りを見てみれば、男連中と来たら……。いや、女子部員も。  
絵理のガードを崩したいのか、酒を飲んで乱れた姿を拝みたいのか…さすがに酩酊させてからいただきますなんて考えてる奴までは  
いないようだが、絵理が自分達の勧める酒を飲んでくれる事を期待している様だ。  
絵理が心なしか、俺の方にさらに身体をずらしてくる。一対一の場でなら断るのも容易だが、この空気じゃ断りづらいんだな…。  
まぁ、俺が呼んだゲストだ。こういった場面では、ちゃんとフォローしとかないと今後の絵理との付き合いに差し障りが出かねない。  
俺は自分のコップを飲みほして空にする。そしてそいつの前にそのコップを突き出して、俺に注ぐ様に要求する。  
「あッ…………」  
絵理が少し驚いてる。酒を進めていた奴は俺が割り込んできた事に不満そうであったが、仕方無く俺に酒を注ぐ。  
そして、俺が飲んでいる間に絵理との会話を継続しようと目論んでいたようだが。  
それよりも早く俺はコップの中身を空にしてしまおうと一息に飲み干そうとしたのだが。  
「ぐびっ………んっ……ぐび………?」  
 
はて……ビールにしてはやけに度がきついような気が……喉がこうグワッと熱い感じだ。  
酒の正体を疑問に思う俺の視野で、その瓶を持ってきた男が、絵理のコップに半ば強引に酒を注ごうとしている。  
絵理の方もビール一杯くらいなら我慢出来ると思ったのか、仕方無くコップを差し出している様だが。  
絵理がポリシーでお酒を飲まないとかならともかく、お酒を飲めない体質だとしたら、失礼な行為だ。  
「おい、ちょっと待て……お前、これビールじゃねえだろ?」  
「え、そ、そんな事……ほら、ビール瓶だろ?」  
「だって味が甘すぎる感じだぞ。ほら、見せろっ!」  
思わず身を乗り出してその瓶を強奪しようとする俺。大事な部分が元気になっているのを忘れて。  
「あ、根元っ……離せッ……」  
「ほら、中身見せろっ……っと……お、おおぉっ?!」  
瓶を奪った際に、強度と威力を増した俺のモノがテーブルを思いっきり揺らしてしまう。  
「あッ、根元、テーブル揺らすなっ……あッ、そこっ!」  
俺のモノが原因とは気付かれなかったのは良かったが、一部の安定の悪い置き方をした瓶やグラスが倒れそうになる。  
「ちょ、ちょっと…こぼれる……!」  
「そこ、危ないッ!」  
慌てて何人かがテーブルを押さえ、バランスを取ろうとするのだが、狭いテーブルの上に結構な量の物がのっかているせいで  
床に中身のたっぷり入った一升瓶が落ちそうになって……あッ……まずい、絵理の近くだ。  
絵理の格好を考えれば液体がかかること以上に割れた瓶の破片がそばにあったりすると危険なんだが。  
「香春さん、そこ、倒れる……危ない……!」  
「えっ…あ……っと………」  
運動神経の良い絵理はそれをあっさり床に落ちる前に捕まえ、テーブルに戻す。俺がそれを押さえようとするよりも早く。  
絵理の手際の良さに周りの連中が感心したように「おおっ……」と声を漏らしていた。  
「のわッ……?!か、香春さん、ナイスッ……ていうか、また危なっ……」  
目標を失った俺は勢いあまってそのまま倒れこみそうになる。俺の席の左側に、すなわち絵理の方角へ。  
天然ものの俺の運動神経の無さを呪う。元々場所が狭いせいでまともに移動しづらいような状態のせいでもあるんだけど。  
 
「えっ…根元く……えぇッ!?」  
頼む、避けてくれ、絵理……絵理と違って俺は運動得意じゃないんだけど………!  
目を白黒させている絵理。一応言っとくけど、そんな表情も素敵だよ、絵理……。  
絵理も避けようと努力はしている様だが、席の狭さは絵理の運動神経の良さも妨害していたようで、間に合いそうも無い。  
「ね、根元くんッ……きゃぁあっ!?」  
「わわッ……ぷぁっ!!?」  
「うわ……根元、なにやってんだ………」  
「根元くん、それはちょっと………」  
俺は皆の見ている前で、絵理を押し倒すような体勢になって、絵理に蔽いかぶさってしまっていた。  
幸い俺の手は彼女の肌に触れて無かったようだけど……俺の息が明らかに絵理の肌にはかかっている。  
「わ……その…何て言うか……か、香春さん…………ご、ゴメンッ……!!」  
絵理の方もその時自分が置かれた状況に頭が回らなかったのか……しかし、俺との距離がやたらと近いこと、そして  
自分が押し倒されたようなポーズになっている事、ここが打ち上げ会の場所で皆に見られている事を思い出して。  
「ぁ……………早く、どいて………根元…くん…………」  
顔を真っ赤にして俺から目を逸らして、小さく呟くのであった。  
 
 
 

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