馬鹿に金を持たせるとろくなことをしない。  
 
 この話はつまりそういうことだ、と先に言っておく。  
 
 
 
 
 
 見渡す限り、海。  
 視界すべてに、どこまでも続く蒼海が広がる。  
 
 厳密に言えば、振り返れば島が見える。  
 自分たちが今いるのは砂浜、その島の海岸なのだから。  
 
 そして、その砂浜にいる六人の少女たちは、皆一様に思った。  
 
「なんで、ここにいるんだろう?」  
 
 確かに自分たちは、クラス旅行でオーストラリアに向かう途中の飛行機に乗っていたはず。  
 それがなぜこうなったのか、彼女たちはしばし記憶を手繰る。  
 
 
 時を遡ること、三日。  
 その日は、学生たちが翌日からの夏休みに心浮かれる、一学期の終業式だった。  
 
「ねぇ、ルミはなんか予定あんの?」  
 
 ルミ、と呼ばれた女子生徒が、声に振り返る。朝のホームルーム前、席に座った彼女の後ろからの声だ。  
 彼女、獅子堂流美(ししどう るみ)は、高校生らしからぬ雰囲気を持った美少女だ。  
 ショートに切りそろえた髪にシャギーを入れ、少し冷めた表情をしている彼女、どことなく大人びた印象がある。  
 携帯電話やポーチ、そのほか身につける小物のセンスにしても、ギャルファッションをまたぎ越して大人の女性らしくまとめられている。  
 
「うーん、いちおう、カレシと遊びに行く約束はしてるよ。」  
 
 流美はそういって、携帯を開き、スケジューラーをチェックした。だいたい週一で会う約束をしている流美のカレシは、年上大人の社会人。  
 
「さすが、カレシ持ちは違うねぇ。」  
 
 そういうアンタは? と返されたのが、大淀真理亜(おおよど まりあ)。  
 当然流美とは同級の、高校一年生である。  
 
 高校一年生にしてシャープな大人の雰囲気漂う流美に比べ、真理亜は見たままの女子高生だった。  
 少し長めの髪はきれいなウェーブで、手入れの行き届いた今風のヘアセンスである。  
 あっけらかんとした明るさの、ある意味しまりのない表情ではあるが、そのあたりが天然系のかわいらしさを生んでいる。  
 
「うちは『例のイベント』以外、お盆に田舎に帰るくらいしか予定無いから、バイトでもしようかなって。」  
 
 彼女が口にした『例のイベント』、クラスメイトと出かける旅行なのであるが、詳細については後述する。  
 そんなふうに気安い雑談をする二人に、もう一人が加わった。  
 
「あたしなんて、それ以外はほとんど毎日部活だよ〜。」  
 
 朝のホームルーム前、すでに一汗流してきた部活少女だ。  
 その少女、上尾亜及(うえお あおい)は、さきほどまで空手部の朝稽古で汗を流してきたのだが、いまは簡単に汗を  
洗い落とし、制服である白のブラウスを身に着けている。そういう習慣だから、髪の毛は短く、しかもラフに乾かしただけに  
してあったが、それでいてさほどずさんな印象を与えないのは、スポーツ少女らしい言動と、彼女自身のさっぱりした性格のおかげだろう。  
 
「どうせなら、山籠もりでもしたかったくらいなんだけどね。」  
 
 そう言った亜及に、流美は「空手バカじゃあるまいし」とあきれて突っ込んだ。  
 次いで、おあよ〜(おはよう)と気の抜けた真理亜の挨拶にオッスと男らしく返した亜及は、そのまま彼女の後ろの席に座った。  
 
 
 
「あはは〜、亜及ちゃんってバカなんだ〜。」  
 
 亜及の後ろに座っていた少女、日野元野薔薇(ひのもと のばら)が脳天気に笑った。  
 
「うわっ、アホにバカ呼ばわりされちまった!」  
 
 亜及が言った。悔しそうに返した後、朝の挨拶「おっす」と片手をあげる。  
 
「おっす! おはよ〜亜及ちゃん!」  
 
 脳天気な声、それはその少女、日野元野薔薇の性格を象徴するとも言える。  
 ふんわりとした綿菓子のような髪でありながらも、癖を殺しきれない数本の髪が頭頂からぴょこんと飛び出している。いわゆる『アホ毛』  
というものだ。  
 髪の毛にそんな特徴があるからといって彼女がアホなのかと言えば、残念ながらその通りであるといわざるをえない。  
 天然系でアホ思考形態の持ち主である彼女だが、そのアホさ故、みんなから愛されているし、特に流美、真理亜、亜及とは仲良く  
つるむことが多い。  
 ちなみに、高校生になる彼女であるが、自分の名前である『野薔薇』を漢字で書くことが出来ず、いつもひらがな表記である。  
 
 
 
 
 その四人の学校、男女共学であるため、クラスには男女いくつものグループが出来ている。  
 そして明日からの夏休みの話題で盛り上がるクラスの中、特に誰ともつるむことなく、着席してぼんやりしている女子がいた。  
 
「・・・・・・だるい。」  
 
 初夏を過ぎ、夏本番に突入した七月、当たり前の話だが気温が高い。  
 窓を開け放した教室ではあるが大して風が通るわけでもなく、じっとりと暑い空気がこもっていた。  
 その暑さに、だるい、とこぼしたのは、黒和佐美鈴(くろわさ みれい)という名の女子生徒。髪は肩ほどに長く、全体を  
明るめにブリーチしてある。  
 気怠げな表情も、普段の表情も、どこか色気を感じさせるものでずいぶんと艶めかしい。  
 
 美鈴(みれい)は、白いブラウスの襟を開き、胸元を少し開けて少しでも肌を空気にさらそうとしているが、その辺りぎりぎりの  
線で必要以上の露出をしない、現金さがあった。下敷きをウチワ代わりに扇いでブラウスの下に空気を送る仕草も、周りの男の  
気を引くものの肝心のブラチラなどが拝めるわけでもない。誘うだけ誘っておいてお預けする、そういう強かさがある女だった。  
 
 その美鈴の隣の席に、一人、男子生徒が座った。  
 
「あ、大門君、おはよう!」  
 
 美鈴が朝の挨拶をする。先程までのけだるげな表情を素早く爽やかに切り替えた。  
 
「ああ、黒和佐さん、おはよう。」  
 
 その少年、大門豊(だいもん ゆたか)は席に着くと、隣の席の美鈴に挨拶を返す。  
 背丈はそこそこ高く、顔のつくりも悪くない。だがどうしても、ぱっとしない、華がない。見るものによっては、地味な印象が  
先立って、それ以上に興味が湧かない少年である。  
 
 それでも美鈴は、夏休みの予定やら課題がどうのと、彼になにかと話しかけ、かまっている。  
 
 
 
「黒和佐って、もしかして大門に気があるの?」  
 
 少し離れた席で、声を潜めながら言ったのは大淀真理亜。前の席の流美はそれに、少し冷めた口調で返した。  
 
「まさか。あの子が興味あるのは、大門のサイフだよ。」  
 
 あー、そういえば、と真理亜も思い立った。  
 
「そういえば大門って、レストランチェーンの社長の息子だっけ。」  
 
 全国規模で展開する大手レストラングループの社長を父に持つ。  
 今日日、レストランチェーンの社長だからといって億万長者というわけではない。しかしそれでも、普通のサラリーマン家庭に比べれば、  
ずいぶん裕福な暮らしをしているだろう。美鈴が興味あるのは、その部分に限られる、というわけだ。  
 
「金持ちの息子ってだけで、ほかに取り柄が無いんじゃぁねぇ。」  
 
 真理亜は、鼻で笑うようにそう言った。しかしその刹那、背後から強く肩を掴まれた。  
 
「おい。」  
 
 後ろの席に座る空手少女の亜及が、不機嫌そうに真理亜を睨んだ。  
 本人の前でなく、陰でこそこそ噂する、そういう所が気に入らなかったのか。  
 それとも、むやみと男を見下す物言いに機嫌を損ねたのか。  
 
 
 
「そうかなぁ?」  
 
 不意に、二人のやや険悪な空気を割って、脳天気な声がした。  
 
「大門君、ぜんぜん平凡じゃないよ?」  
 
 野薔薇だ。  
 
「なんていうか、ものすごい大物。」  
 
 大げさに言う彼女の声に毒気を抜かれた二人は、大きな溜息を吐いた。  
 
「まぁ、将来は社長を次ぐかもしれないし、そういう意味じゃ大物かもね。」  
「野薔薇も、スゲー大物だよな。」  
「そかな、エヘヘーー。」  
 
 こうやって、つまらない喧嘩を野薔薇の脳天気さで回避するといった出来事はよくあることだ。もちろんまったく喧嘩がないわけではないが、  
それでもそういうときの関係修復には彼女が助けを出す場合が多い。野薔薇としては意識しているわけではないのだろうが、そういうところが  
皆から愛される理由なのだろう。  
 そんな三人の力の抜けた会話の外から、なにやらまた緊張した空気が流れてきた。  
 
「ちょっと、なにするのよ!」  
 
「べつに。歩く先にこいつの鞄があっただけ。」  
 
 ちょうど先ほどの、大門豊と黒和佐美鈴の席の辺り。そこに、もう一人の少女がいた。  
 長い髪を二つに分けて結わえた、いわゆるツインテール。その表情は、冷たく、キツい表情をしている。  
 彼女の名前は等々力花音(とどろき かのん)という。  
 
「どしたの?」  
 
 真理亜が、その様子を見ていたであろう流美に小声で訊ねる。  
 
「いつものやつよ。等々力の、『大門嫌い』。」  
 
 机の横にかけていた大門豊の鞄を、等々力花音が蹴りつけた。通りの真ん中に鞄があったわけでなく、明らかに故意の嫌がらせだ。  
 このような光景は、この二人の間で時折起こる出来事で、クラスメイトも半ば呆れて見ている。その行為に噛み付くのは、そばにいる  
黒和佐美鈴くらいなもので、やられた大門ですらそれほど気にした風ではない。  
 
「あんた、いつもいつもいいかげんにしなよ。」  
「いいよ、黒和佐さん、俺は気にしないから。」  
 
 花音が豊を嫌う理由は、すでにクラスでは周知のことだ。  
 大門豊は前述の通り、レストランチェーンの御曹司だ。そしてその店舗も、この高校付近にあり、非常に繁盛している。  
 そして、花音の両親が経営する食堂はそのレストランの近くにあり、少し前に廃業してしまった。  
 
 いや、この場合、正しく順序だてて言うならば、こういうことになる。  
 『花音の実家の食堂の近くに、大門のチェーン店のレストランが出来た。そしてレストランは大繁盛、花音の食堂は客を奪われ、  
 少し前に店をたたんでしまった。』  
 
 別に、今の立地にレストランを建てたのは大門豊のせいではないことぐらい、クラスの誰もがわかっていることだし、花音本人にも  
わかっていることだろう。  
 それでも家業を廃業に追い込まれた恨みはあるし、八つ当たりだとわかっていても憂さを晴らさないと気がすまない。  
 
 
「いいかげんあいつの『八つ当たり』も、うっとおしいな。  
 大門に責任なんてないってのに。」  
 
 そんな光景を見ていた亜及が、いらいらした口調で言ったが、それも真理亜が軽くあしらった。  
 
「まぁ、本人が気にしてないっていってるんだから、ほっときなよ。」  
 
 それでもまだ、亜及は彼らのやりとりが気に掛かるようであったが、すでに真理亜は興味をなくしているようで、それ以上のやりとりは  
起こらなかった。  
 
 
 
 花音と美鈴が口論する間に、蹴り飛ばされて床に落ちた鞄を広い、元の位置にかけなおす者がいた。  
 黒髪をひと房に束ねたポニーテールの少女、黒野香多那(くろの かたな)である。  
 整った顔立ちながら、いつも眠たげに瞼が半分降りていて、どうにもぱっとしない印象があり、クラスでも目立たない存在だ。  
 彼女は無言でその動作を行い、その近くの自分の席に戻ってしまった。豊がその行為にありがとう、と礼を言うと、彼女は小さく  
目礼したのみであった。  
 
 
 少ししてチャイムが鳴り、教室のざわめきが納まったころに担任が現れ、夏休みの注意事項など。  
 そして、クラス委員長が担任に代わり教壇に立つと、夏休みに行われる、とある行事についての説明が始まった。  
 
「あしたからのテレビ撮影旅行の件、最終確認をします。」  
 
 教壇に立ったのはクラス委員長の男子、崎田秀二(さきた しゅうじ)。二枚目のルックスをした男子だ。清潔感のある好青年、  
クラス委員としてのリーダーシップもあり、当然女子にも人気が高い。  
 
「集合はグラウンド、朝の七時です。  
 持ち物はこないだのペーパーを参考に、スーツケース一つと、手持ち鞄またはリュックサック一つ分まで。」  
 
 テレビ撮影旅行。  
 クラスひとまとめで、オーストラリア、そしてニュージーランドの旅。  
 高校生の男女が触れる大自然、驚きと感動の旅。  
 
 前述の、真理亜が楽しみにしていた『例のイベント』とは、このことである。  
 
 とあるテレビ局が企画した番組に、このクラスが選ばれた。期間は二週間、大自然に触れた若者らしい感性を収録し、番組にするのだという。  
 若者に人気のあるアイドルグループも同行するとあり、クラスのほとんどが参加することになったのだ。  
 
 そしていま、その最終確認が行われた。  
 
 
「オーストラリア、楽しみだねぇ。」  
 
 真理亜が言うと、  
 
「生のコアラ〜、生のカンガル〜、生のカモノハシ〜♪」  
 
 野薔薇が歌うように言った。  
 
「わたしは、『ハリケーン』と一緒に旅行ってのが楽しみ。」  
 
 流美も言った。人気絶頂の男性アイドルグループと同行する旅行となれば、若い女の子には楽しみなことだろう。  
 
(崎田君と、一緒の旅行かぁ・・・・・・。これはチャンスだよねぇ。)  
 
 口には出さないまま、真理亜は夢想した。  
 実は、真理亜は先ほどのクラス委員長である崎田秀二に思いを寄せているのだった。まだ打ち明けてはいないため、片思いではある。  
 しかし、この旅行には当然彼も参加する。そうなれば、彼とも親しくなる機会があるかもしれない。  
 
「まぁ、真理亜にとっても良い機会かもね。」  
 
 真理亜の想いを知っている友人、流美が言った。  
 
 
 
 
 
 
 と、そのような一学期最後の終業式があって、それからおそらく三日ほど。  
 おそらく、といったのは、腕につけていた時計の日付から推測できるだけで、実際にその三日間をまるまる体感したわけではなかったからだ。  
 仮に、誰かが時計の針を進めて三日後に変えていたとしても、少しも違和感がない。  
 終業式を終えて翌日集合し、長い飛行機の旅の途中で眠ってしまったところまでは記憶があるのだが。  
 
 
 天を仰げば、まばゆい太陽に青い空。遠方に目をやれば、どこまでも続く海、広がる水平線に白い雲。  
 肌を焦がす日差しの熱さが、少なくとも日本より太陽に近い場所だということを実感させる。  
 
 大人びた少女、獅子堂流美。  
 陽気な少女、大淀真理亜。  
 空手少女、上尾亜及。  
 脳天気少女、日野元野薔薇。  
 現金な少女、黒和佐美鈴。  
 やさぐれた少女、等々力花音。  
 
 六人の少女が、南の海、その砂浜に立ち尽くしていた。  
 六人が六人とも、なぜか制服着用で。  
 いったい誰が連れてきたのか。  
 いったい何が起こったのか。  
 そんなこともまるでわからない。  
 
 
 
 
 現実感の薄いこの現状に、彼女らは呆然としつつも、それでも動けずに立ち尽くしていた。  
 
 しかし、物語は彼女らを放置して動きはしない。  
 
 そのあと、そこに現れた人物が、この物語の開始を告げる。  
 
 
 
「ようこそ、わたしたちの王国へ。」  
 
 
 
 
【国民生活0日目】  
 
 
「ようこそ、わたしたちの王国へ。」  
 
 その声は、六人の少女の背後、つまり、島の方向から聞こえてきた。  
 皆が同時に振り向くと、その方向にはおそらく声の主、一人の女性が立っていた。  
 
 黒く艶のある美しい髪は、背中を覆い尽くすほど長い。前髪も長く、左右に分けられたまま肩から後ろに回り、背中の髪と合流していた。  
 その、長い髪の面立ちは、どことなく人形を思わせる表情の平坦さがある。変えて言えば、白磁の人形のような造形の美しさがある。  
 
 そして、六人の少女が肝を抜かれたのは、その美しさではない。  
 
「な、なんでハダカ?」  
 
 その女は、一糸纏わぬ全裸であった。  
 彼女を仮にこの南の島の住民とするとしても、明らかに違和感がある。肌は透けるように白く、顔立ちにしてもしゃべる言語にしても、  
どう見ても日本人であった。  
 体つきからしてまだ二十歳にみたぬ骨格ながら、女性としてのバランスは絶品だった。大きいながらも大味な印象のない、  
整った美しさのある乳房、胸から腰へのラインにアクセントを加えるウェスト、そしてヒップは丸みを帯びながらも弛みのない張りを持つ、  
ある種の完成型とも言える裸体であった。  
 すらりと姿勢正しく、両手を腰の前で重ねて立つ姿は、その瞳の瞬きさえなければ彫像とも見間違えるほどだ。  
 ただし、掌が重なって女性の秘部を隠す形になっているのは、数ある女神の彫像と異なって、羞恥のためではなくただ自然に姿勢正しく  
整わせただけにすぎない。  
 その女の立ち姿は、全裸であることに対する羞恥が少しも見て取れないのだ。  
 
 
 
 六人の少女は、その女の登場に混乱しながらも、迂闊に動くことすら出来ずに立ち尽くしていた。  
 すると、女は重ねていた掌にある、小さな箱をかざして見せた。  
 
「ひとまず皆様は不法滞在者として、身柄を拘束させていただきます。」  
 
 極々小さなクリック音をさせて、なにやらボタンらしき物が押された。すると、六人の少女達が立つ砂浜が振動した。  
 激しい地震のような揺れが一転、小刻みだが強い揺れに変わる。自然に囲まれた南国の砂浜に似つかわしくない、重いモーターの音と、  
金属の擦れ合う音、ギヤが噛み合う音。そして、砂浜がせり上がった。  
 
「きゃーーーーっ!!」  
 
 少女達が、理解できないまま悲鳴を上げる。それにお構いなく、砂の中から少女達を持ち上げてせり上がったのは、学校の教室くらいの  
金属床。そして同時に、壁と天井が四方から立ち上がり、ケーキの紙箱を作るように少女達を取り囲んでしまった。  
 自然に囲まれた光景の中、唐突に非常識な機械構造物の出現。  
 ただでさえ現状をつかめていない少女達がパニックを起こすには十分な出来事であった。  
 
「こ、これなに?! ここからだしてっ!」  
 
 壁の一部は、太い金属柱の格子になっており、さながら牢屋のように外と内を仕切っている。閉じこめられた不安感が、六人の少女を襲う。  
 唯一外の様子がうかがえる格子にしがみつき、少女達は外の女にわめき声を上げた。  
 しかし、外にいる全裸の女は、相変わらず無表情を崩すこともない。  
 やがて彼女は、もちろん裸足のまま静かに砂を踏みしめて、格子に歩み寄った。  
 
「いま現在の皆様は、わたしたちの王国の規則を違反しており、国民とは見なされておりません。  
 そのため一時的に身柄を拘束させていただいておりますが、  
 これから私が行います説明を受け、国民としてそれを遵守すると誓っていただけましたなら、外にでていただいてかまいません。」  
 
 全裸の女が言う。しかしその言葉には感情の抑揚が無く、静かに淡々と紡がれるだけだった。  
 閉じこめられた少女達は、彼女の言葉に大して口々に声を上げる。  
 ここからだせ、これはどういうつもりなんだ、ここはいったいどこなんだ、様々な言葉。  
 とにかく少女達には、訳の分からないことばかりだったのだ。  
 しかし、全裸の少女はそれらにいちいち答えるでもなく、まとめて、「ちゃんと聞かないで困るのはみなさんですよ?」と静かな恫喝をした。  
 
「それでは、説明を始めます。」  
 
 先ほどと同じような操作で掌のコントローラーを操作すると、またしても砂地から機械音が起き、今度は教室の黒板ほどのディスプレイが現れた。  
 
『常夏の楽園へようこそ』  
 
 ディスプレイには大きくその文字が表示された。  
 そして流れる映像は、海に囲まれた南国の美しい自然を、プロモーション映像風にまとめたビデオだった。  
 南国の島からなる国であると説明されたが、示された地図は赤道の洋上にぽつんとある島の一つだけ、もちろんそのような国は  
誰も聞いたことがなかった。あたかも観光プロモ風に作られたそのビデオが延々と流れた後、ようやく本題にはいる。  
 
「まず、この国では。」  
 
 全裸美女がディスプレイの傍らで、解説を始めた。まるで学校の教室で授業をするような雰囲気だ。  
 
「全面的に着衣が禁じられております。」  
 
 六人の少女にしてみれば、訳の分からないことなのではあるが、目の前の美女がそうしているからには、全くの冗談であるとも思えない。  
 
「国民は、一日に定められた時間、指定された労働をすることで、賃金を得ます。そしてその賃金を支払って、食事の配給を受けるのです。」  
 
「労働は、主に住居の建築です。簡単な建機の操作、及び物資の運搬などがその内容です。」  
 
「賃金は基本的に、一日の労働で四食の食料と引き替えが出来るようになっています。  
 一週間のうち土、日曜日は休日となりますので、労働はありません。  
 そのかわり賃金も得られませんので、一週間のうちに貯めた食料でまかなっていただきます。」  
 
 淡々と、まさに淡々と説明を続ける美女。  
 その後も相変わらず抑揚のないしゃべり方で、いくつかの規則が説明された。  
 
「皆様が、この国民の義務、規則を守っていただけるのであれば、わたしたちの国の国民としてお迎えします。」  
 
 その説明を聞いた少女達は、かなり混乱していた。  
 
「国民って、わたしたち日本人だよ、簡単に変われるわけ無いよ?!」  
「しかも、全裸とか、あり得ないし!!」  
「労働って、建築なんてあたし達に出来るわけ無いでしょ!?」  
「でも、このままじゃご飯ももらえないってこと〜?」  
「それよりも、早く家に帰してよっ!!」  
「これは立派な誘拐よ! 犯罪だわ!!」  
 
 口々にわめき、不安に怯える少女達。  
 しかし、そこに新たな声が届いた。  
 
「あはは、ごめんごめん、みんなおちついてよ。」  
 
 陽気な声。どこかで聞いた声。  
 
「実はね、みんなには俺の『遊び』につきあってもらうために来てもらったんだ。」  
 
 その声の主は男。  
 
「だから、危害を加えるのが目的じゃないんだ、信じてくれよ。」  
 
 彼のことを、六人の少女は知っている。  
 
 
 クラスメイトの、『大門 豊』だ。  
 
 
「みなさん、このお方が、わたしたちの王国の国王、豊様です。」  
 
 全裸の美女が深々と礼をして彼を迎えた。そして閉じこめられた少女達に、彼の紹介をした。  
 大門豊、彼女らのクラスメイトにして、外食チェーン店の御曹司。  
 
「きゃっ!!」  
 
 少女達が羞恥に声を上げる。  
 それも当然、彼もまた全裸であったからだ。  
 
 いつもは学校で、制服に身を包んだ姿の彼しか知らない少女達は、意外にがっしりとした体格に驚いた。どちらかといえば細身であるのだが、  
引き締まった筋肉のおかげで頼りない印象などは少しも感じさせない。  
 顔かたちは間違いなく彼女らの知るクラスメイトであるのだが、今の彼から受ける印象は、いつもの地味さなど嘘のような存在感がある。  
力強く自信に満ちあふれた、パワーを感じる。  
 さらに、当然といえば当然の話で、下着すら身につけていない彼は、股間から太く長いペニスをぶら下げていた。  
 
 
 
「国民っていっても、夏休みの間だけの話。終わったらちゃんと帰してあげるから、まぁ、気楽につき合ってよ。」  
 
 にこにこと邪気のない笑顔で語る彼。そのとき少女達は、彼の背後に控えるもう一人の女の存在に、初めて気が付いた。  
 もう一人のクラスメイト、黒野香多那(くろの かたな)である。  
 
 ポニーテールのその少女、ただ無言で彼の後ろにつき従っている。  
 囚われの少女達と同級生である彼女、おそらくその年齢に詐称が無いであろうことは、その彼女自身の全裸裸体を見れば納得できる。  
 成長期の途中である身体は、いかにも少女らしい骨格である。胸の大きさにしても、今時の女子高生として妥当な大きさといえる。  
 しかし、その肌、肉には、ただ漫然と育つに任せただらしなさなどかけらもなく、しなやかに鍛えられた美しさがあった。  
 女性的な柔らかさを残しつつも、引き締まった肉と骨が精悍な曲線を造る。首元の鎖骨や、腰に見える恥骨の隆起も、成長途中の  
少女らしい儚さ。胸の大きさも年相応ながら、全身のバランスに釣り合った形の良さで、美しさを損なうはずもない。  
 そして彼女の股間にも、年相応少女らしい陰毛のかげり。内側に向けて生え揃う恥毛はまだまだまばらな彩りだったが、癖のない  
しなやかな毛並みだ。  
 
「ちょっと、黒野さん、これいったいどういうこと!?」  
 
 少女達の声が黒野に飛んだことで、最初に少女達を迎えた女が黒野香多那に代わって説明をした。  
 
「この子、黒野香多那は、豊様付きのSP兼メイドです。普段はクラスメイトとして、隠密で豊様の側に控えておりました。」  
 
 相変わらず抑揚のない声で。  
 
「そして、私、黒野加々海(くろの かがみ)も、豊様付きのメイドです。香多那の一つ年上、姉にあたります。」  
 
 クラスメイトの香多那が高校二年生、そうするとこの美女、黒野加々海は高校三年生ということになる。  
 言われてみれば分からなくもないが、初見では大学生以上の印象を与える大人びた女性。  
 彼女の掌で遮られた股間に茂る陰毛も、艶のある黒毛で、外側から内下に向けて柔らかなカーブで生え揃っている。  
 手入れがよいのかあるいは素性の良さか、その生え具合は見事なシンメトリーで、まるで黒羽の蝶を思わせる美しさだ。  
 
 そして、クラスメイト達から半ば怨嗟の視線を受ける香多那だったが、彼女の視線はそれらを捉えていない。  
 アーモンド型の精悍な両目は、やや半眼に閉じられているため、一見、普段通りの眠たげな風貌にも見える。しかしそれは、  
視覚情報を減らし、空気の動きや聴覚など、視界外の情報をより多く感じ取るためのものだ。  
 もちろん、そういった半眼の効果など知らない少女達ではあるが、要人警護のSPなどという肩書きを告げられて、少しは見方も変わる。  
 クラスメイトとして、ただの眠たげな女子としてしか彼女のことを知らなかった少女達は、恥ずかしげも無く全裸で男につき従う姿に、  
ただならぬものを感じていた。  
 
 
「それでは、説明の続きです。」  
 
 そしてその美女、加々海は説明を継続した。ただ、もうネタばらしはしてあるので、あくまでも彼、大門豊の道楽であることを前提にした  
説明である。  
 
「この島は豊様の指示で制作した人工島です。人体に害のある生物、植物を徹底して駆除してありますので、皆様ご安心ください。」  
 
 そして、彼女は説明を続けた。  
 夏休みの間拘束することは、彼女たちの家族には了承済み。テレビの撮影旅行名目であるが、別の企画にも選ばれて期間が  
延長されたということで了承させてある。  
 
「ちょっとまって、いくら何でも、わたしたちの家族がそんな簡単に納得するはずがない!!」  
 
 とらわれの少女、黒和佐美鈴が言った。  
 しかしそれにも、加々海は表情を変えることもない。  
 
「そのあたりは、テレビ撮影ということで出演料を弾んでおきました。」  
 
 その言葉に、国王である大門豊が、いくらくらいなの? と気軽に訊ねた。  
 
「1000万円ほど。」  
 
 その金額に、少女達六人はぎょっと言葉を失った。しかし大門は相変わらずで、いや、少しいぶかしんで。  
 
「そんなに少なくていいの? 5兆円くらいあげないとダメなんじゃない?」  
「いえ、あまり高額すぎると却って怪しまれます。」  
「ふうん、そんなもんか。」  
 
 などとまた、金銭感覚のおかしい会話が行われた。  
 
「で、でも、電話とかで連絡されたら、すぐにばれるよ、こんなこと!」  
 
 大淀真理亜がいった言葉にも、大門はあわてた様子もなく。  
 
「ああ、それなら、みんなの代わりにちゃんと代役を用意したから。」  
 
 真理亜の言葉で、少女達はようやく自分たちの携帯電話のことに思い至った。  
 慌ててポケットをまさぐるものの、そこにはいつもの固い感触がない。どうやら奪われてしまっているらしい、と彼女たちも察する。  
 
 大門の後を受けて説明した加々海の話によると、事前にいろいろと調べさせた情報に基づいて、決められたシナリオとアドリブを演じる  
役者が用意されているのだそうな。たまにかかってくる家族からの電話に対応するためだけに、専用のボイスチェンジャーが調整され、  
個人の話し方、癖などを完璧にコピーした代役が待機しているのだという。  
 なんとも、無駄なところに凝っている。  
 
「説明を続けます。」  
 
 またまた砂地を割ってせり上がってきた、豪華な玉座に大門は腰をかけると、側にいる全裸の香多那が備え付けの大きな団扇を  
やんわりふるって、主人に風を送る。姉の加々海はその光景を確認して説明を再開した。  
 
「みなさんはこれから、国民として労働についていただきますが、それほどの重労働というわけではありませんからご安心を。  
 そして労働が終了した後、通貨発行のお仕事をされている国王陛下から、一日分の報酬を受け取るのです。」  
 
 そして加々海は、黒板ディスプレイを注視するように促した。  
 画面は、ウクレレ主体の脳天気な音楽とともに、労働の様子がシミュレートされる。たしかに、これといった重労働は見あたらない。  
 それらの映像が終わった後、画面には、『この国の通貨について』と表示される。加々海は、その画面に掌をあてがいながら、  
最後の説明をした。  
 
「この国の通貨は、『¥』でも『$』でもありません。」  
 
 加々海は、豊の側で風を送っていた妹の元に歩み寄り、彼女から何かを受け取った。そして、囚われの少女達にそれを見せた。  
 10センチ角ほどの、平べったい銀フィルム。何か円盤状のものをパッケージした個包装の袋。  
 加々海は、それをかざしながら、最後の言葉を発し説明を終えた。  
 
「この国の通貨は『ザーメン』、つまり、豊様の精液です。」  
 
 彼女が手に持っていたもの、それはコンドームだった。  
 
 
 
 
【国民生活1日目】  
 
 赤道に近いせいもあり、朝日が昇るのも早い。  
 昨夜、あまり寝付けなかった六人だったが、明け方近くになると緊張による疲労に負けて皆眠ってしまった。そしてそれほど時を置かず、  
遠くから聞こえてきた脳天気なラジオ体操の音楽で、一人また一人と目を覚ましていく。  
 
 一晩過ごしたこの部屋は、特に窮屈というわけでもない。ベッドが無く雑魚寝ではあるが、空調も効いている上にトイレも清潔で、  
牢獄という印象は薄かった。しかし、テレビやラジオなどの娯楽設備がなく、さらに少女達にとって必須とも言うべきバスルームが  
備わっていないのがつらかった。  
 そんな部屋での一夜は、当然満足に眠れるわけもなく、皆一様に疲労が抜けないでいた。  
 
 昨日は、ひとまず説明だけで終わった。  
 王国のルールを聞いて、それを了承したものだけが国民として認められるということで、彼女たちには一晩の猶予が与えられた。  
 今日、その意思を確認し、受け入れたものがこの部屋から外に出て、国民としてこの夏を過ごすことになる。  
 ただ、今日を限りの確認というわけでなく、たとえ今日その意志が固まらなくとも、翌日にも決断可能な猶予が与えられるのだ。  
 
 それにしても、説明を受けた王国のルールとは、何ともふざけた内容ばかりであった。  
 特に、年頃の少女にはつらい内容が多く、簡単に承伏できるものではなかった。  
 
「ねぇ、流美はどうするの?」  
 
 真理亜が、流美に訊ねた。  
 
「わたし、いやだよ。サトルを裏切ることなんて出来ない。」  
 
 流美がきっぱりと言った。彼女には社会人のカレシがいる。その操を簡単に捨て、クラスメイトの我が儘につき合って身体を捧げることは  
出来ない。彼女は彼のことを、心底愛しているのだ。  
 
「そうだよね、わたしだって、絶対無理。」  
 
 彼女、大淀真理亜には、好意を寄せる男がいる。クラスの委員長を務める少年、崎田秀二だ。しかし残念ながら彼との恋は実っておらず、  
片思いなのである。  
 
 昨日の説明で、通貨があのクラスメイト、大門豊の精液であることが告げられた。  
 つまり、一日の労働を終えたとしても、食事を配給してもらうためには通貨を受け取り、それと交換する必要がある。  
 そして、その通貨を得るためには、自分の身体を使って、大門豊に射精してもらわなくてはならないのだ。  
 
「フェラとか手コキではダメ、ちゃんとアソコを使って射精させないと、通貨として認めない、だなんて、ふざけるなっての!」  
 
 真理亜が憤って言った。彼女はまだ処女で、出来ればそれは意中の少年に捧げたい、と考えている。好きでもない相手に簡単に  
くれてやるほど、安くはない。  
 
「で、亜及、アンタはどうなの?」  
 
 続けて真理亜が亜及に意見を求めた。  
 しかし、いつもは快活な空手少女である亜及の元気がない。しょんぼりと俯き、言葉もなくぼんやりとしている。  
 
「亜及、大丈夫?」  
 
 流美が彼女を気遣って声をかけた。いつもの覇気を失った様子に、体調不良の懸念をしたようだ。  
 二人の問いに亜及はぼんやりと、  
 
「もう少し、考えさせてくれ・・・。」  
 
 と、語調も弱く答えた。  
 理由ははっきりしないものの、しばらくそっとしておいた方がいい、と判断した二人は、もう一人の友人、日野元野薔薇に言葉を向けた。  
 
「あたし、国民になるよ♪」  
 
 うきうきと弾んだ声で彼女は答えた。反射的に、問いかけをしていた流美と真理亜が声を荒げる。  
 
「ちょっとまって! アンタ、意味分かってんの!?」  
「そんな簡単に、いいなりになってちゃ駄目でしょうがっ!!」  
 
「別にいいよ、気にしないってば。」  
 
 友人二人の剣幕に、それでもマイペースは崩さずに野薔薇が答えた。  
 それでも流美が食い下がり、危なっかしい友人に忠告する。  
 
「気にしないって・・・。アンタ、処女なんだから、あげる相手はよく考えないと!」  
 
 しかし、とうの野薔薇はその言葉にきょとんと首を傾げてから。  
 
「あたし、処女じゃないよ?」  
 
 そう言った。  
 
 
 声を上げて驚いた真理亜と流美は、野薔薇にそのことを詳しく問いただした。  
 何でも、小学生高学年の時に、従兄に押し倒されて処女を失ってしまったらしい。  
 そしてそれ以後も、街で口説かれ何人かの男と関係を持ったのだそうだ。  
 なにげに彼女ら仲間内で、一番早い喪失と、一番多い人数を経験していたようだ。  
 
「だから、別に平気だよ?  
 それに大門君ステキだから、ぜんぜんイヤじゃないし。」  
 
 
 
 
 この部屋には、あと二人のクラスメイトがいる。  
 等々力花音と、黒和佐美鈴だ。流美や真理亜は特にこの二人と親しいわけでもなかったが、こうして同じ決断を迫られているどうし、  
同じような確認を取ってみた。  
 
「死んでも嫌。」  
 
 言葉短く言ったのは、等々力花音。普段から大門に喧嘩をふっかけるくらい仲が悪いわけだから、その答えも当然予測できた。  
 
「私も、嫌。」  
 
 そしてもう一人、黒和佐美鈴はそう答えた。問いかけた二人もさすがにこの答えは予想しなかった。  
 普段、大門にアプローチをとる彼女にしては、意外だった。  
 
「別に、彼とセックスするのは嫌じゃない。だけど、こんな風にお膳立てされて、それで簡単にやらせたら、ありがたみが無いじゃない。」  
 
 そう言って彼女は余裕の笑みを浮かべた。  
 
「もう少し焦らせてから、さんざんもったいつけて抱かせてあげなきゃ。」  
 
 
 
 
 朝の太陽が少し高く上り始めた頃、少女達が捕らわれている小屋に、黒野加々海がやってきた。もちろん昨日と同じ、一糸纏わぬ全裸である。  
 
「さてみなさん、回答をお願いします。」  
 
 そう言って加々海は、小屋のドアを開けた。王国の規則に同意し、国民となるものは外に出ろ、というのだ。  
 
「なりまーす!」  
 
 力一杯、指を開いた挙手をして、野薔薇が宣言した。相変わらず楽しそうで、先ほどまで友人から反対されたことなど少しも気に  
留めてない様子だった。  
 
「ほかには?」  
 
 加々海の確認に、部屋の中の少女達は無言で返した。結局この日、国民に志願したのは一人だけということになった。  
 
 
「それでは、また明日の同じ時間に確認にきますので。  
 それと、今日一日分の水と、栄養剤をおいておきます。  
 これ以外の食事は配給されませんので、ちゃんと服用しておいてください。」  
 
 そうして部屋に運び込まれたのは、500ミリリットルのペットボトルとピルケースが人数分。ケースには3錠ほどの薬が入っている。  
 
「ちょっと! わたしたちを殺す気?  
 まともな食事もなしでこんな薬だけなんて、飢え死にしちゃうわよ!」  
 
 猛烈に花音が抗議するが、加々海は少しも臆した風もなく。  
 
「ご安心なさい。わたしたちの化学陣は、世界最高水準を頭一つ飛び抜けた技術力を秘匿しています。  
 その薬は、人間が一日に必要な成分を濃縮してありますから、少なくとも栄養不足で死ぬことはありません。  
 ただし、おなかを満たすことは出来ませんから、空腹感だけは解消できないでしょうけど。」  
 
 そして、加々海は野薔薇を伴って、少女達の小屋を後にした。  
 
 
 
 
 
「もう、脱いじゃっていいですか?」  
 
 加々海の後について歩く野薔薇、唐突にそう申告した。  
 
「・・・別にかまいませんが。」  
 
 その答えが返ってくるや、野薔薇はその場で服を脱ぎ始めた。先ほどの小屋から離れた、海辺の砂丘である。  
 この島につれてこられる前に来ていた学校の制服を、手早く脱ぎ去っていく。立ち止まるのももどかしく、一枚一枚、脱いでは捨てて、  
歩いていく。ブラウスもスカートも、可愛らしいキャミソール、そして少し少女っぽいデザインのブラ、ショーツまで、なんの戸惑いもなく  
脱ぎ捨てた。  
 すでに靴下も脱いで、一糸纏わぬ全裸になった野薔薇。  
 
 身長も、仲間内では少し低めであるが、体つきはじゅうぶん高校生の人並み以上には育っていた。  
 胸の膨らみもふくよかで、身体の動きにあわせてプルプル揺れる程度には大きく、きれいな丸みを帯びていた。  
 色白で、シミなど無いきれいな肌、そして魅力的なプロポーション。  
 股間の淫卓には、色の薄い隠毛がくしゃりと縮まるように生えている。  
 
「きれいな裸ね。きっと国王様もお喜びになるわ。」  
「そっかな? えへへ、そうだといいな!」  
 
 相変わらず淡々とした口調だが、加々海の言葉には好意のようなものが感じられ、野薔薇は嬉しくなった。  
 
「あーーーーーーっ! 気持ちいいーーーーーーーっ!」  
 
 晴天の下、生まれたままの姿で陽光を浴びる爽快感、開放感。野薔薇は気持ちよさそうに万歳をした。  
 
「あとで、特製の日焼け止めをあげますから、ちゃんと塗っておきなさいね。」  
 
「はーい!」  
 
 加々海に言われて野薔薇も素直に返事した。おそらく、それまでのあいだ無防備に紫外線を浴びてしまうことになるのだが、  
このときの野薔薇は全裸の気持ちよさに気を取られて、そのことを失念していたのだった。  
 
 
 
 
「はい、今日の労働はそこまでにしましょう。」  
 
 太陽が水平線に近づいた頃、労働の時間が終わった。  
 加々海が作業監督のような形になり、たった一人の労働者である野薔薇を指示していたのだが、初日ということもあって作業機械の  
操作法修得に終始した。  
 作業機械といっても、自動車の延長である建機とは異なり、二本のスティックレバーで操作する機械はテレビゲームに近い操作感覚  
だった。野薔薇も、そういったゲームには慣れ親しんでいる世代なので、すんなりと操作のコツをつかんでいった。  
 明日からは本格的な作業にはいる。地面を均し、足場を固め、柱を打って骨組みを組んでいく。あとは屋根を乗せ、壁を貼り合わせて  
仕上げていけば終了だ。それぞれの作業に使う作業機械も、操作はほとんど同じで、難しいものではない。  
 
「この機械、動かすの面白いですね。」  
 
 野薔薇が、機械の電源を落として言った。  
 
「あなた達でも簡単に動かせるように、特注で開発した機械ですからね。」  
 
 加々海の言葉を聞いて、そう言われればと野薔薇は納得した。普段、身近なところで使われている建機などよりも、ずっと高度な技術が  
使われている感じだった。テレビのニュースなどで時折紹介される、『最新ロボット技術』といったものよりも、もっとすごいレベルに  
あるような気がする。  
 
「あの、きいていいですか?」  
「かまいませんよ。」  
 
「こんなすごい機械を作れるくらいだったら、あたしが働かなくても家なんか簡単に作れちゃうんじゃないですか?」  
 
 至極当然の疑問だった。  
 なにもない島の、木々に囲まれた平地。学校のプール場くらいの広さに建てる小さな家。  
 それを建てるために特別製の建機を開発するのにも、おそらくとてつもない大金がかけられているはずだ。それならば、わざわざ非力な  
少女の労働力など当てにすることなく、オートメーションで建築するシステムを作った方がいいのでは?  
 いやそれ以前に、この島が人工島というならば、なぜまとめて一緒に建てておかなかったのか。  
 
 それに対する加々海の答えは、  
 
「豊様がお決めになったことです。」  
 
 と、シンプルなものだった。それでは当然、まだ答えを飲み込めない野薔薇に、加々海は言葉をつなげていく。  
 
「『王国遊び』をされると決められたときに、国民がなにも労働しないのはおかしい、とおっしゃって、とりあえず家を建てさせようということになりました。  
 あとは、我らの科学陣が、非力な女の子でも何とか建築作業が出来るようにと、技術力を発揮して建機を開発したのです。  
 最初は、小型のピラミッドの建造という案もお持ちのようでしたが、まだお若い内から墓標を建てるのは縁起が悪いということで廃案となりました。」  
 
 へー、と野薔薇が納得した。  
 納得した、と言うよりは、大門豊という少年が、ものすごいお金持ちなんだということを理解したわけだ。  
 他愛のない思いつきを実現させるために、ものすごい技術と大金を惜しみなく使うことが出来る、そういう立場にいるということが理解できたのだ。  
 確かに彼は金持ちの御曹司ではあるのだが、たかだか日本国内のファミレスチェーンレベルの金持ちとは、格が違うような気がしていた。  
 
「で、この家は、なんに使う家なんですか?」  
 
 野薔薇が続けていった言葉。しかし加々海は。  
 
「秘密にするように、と言われておりますので。」  
 
 そういって、答えてはくれなかった。  
 
 
 
 
 建設現場をあとにした加々海と野薔薇は、そこから少し歩いたところにある『王宮』に向かった。  
 
 王宮といっても、とにかく馬鹿でかく豪華な建物というわけでもなく、むしろ山村にある過疎の小学校程度の建物だった。  
 島の自然に馴染み、壁を覆う蔦や周囲の林など、ずっと昔からそこにある建物のような風情だったが、加々海の言うにはこれもまた、  
豊少年がこの遊びを思い立った頃、いまから一月ほど前に建てられたのだという。  
 
 建物の中に入ってみると、実に過ごしやすい空間だった。気温や湿度も完璧にコントロールされている。  
 野薔薇は、あまり詳しいことまでは分からなかったが、ここもまたお金がかかっているんだろうなぁ、くらいの察しはついていた。  
 
 そして、『謁見の間』に通された。  
 
 そこは、意外と飾り気のない、質素な作りの部屋であった。部屋の真ん中には大きなベッドがあり、謁見を行う国王の間というよりは  
彼の寝室のように思えた。  
 部屋の奥にはいわゆる玉座があり、そこにこの国唯一の男、大門豊が座っている。そして、例によって側には全裸の黒野香多那が  
控えていた。  
 
「やぁ、我が国へようこそ。」  
「はーい、大門君、やっほ〜!」  
 
 玉座の主が、気軽な声で話しかけてきたのに対して、野薔薇もまた気軽に返した。  
 
「国民第一号、お遊びにつき合ってくれて嬉しいよ。」  
 
「うん、すごいバカっぽいけど、面白そうかなって!」  
 
「うわ、アホの子にバカって言われた!」  
 
 そう言って二人、明るく笑いあった。  
 
 
 
 

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