幼馴染みの彼女は、生まれた時から目が見えない。身体もあまり丈夫ではないのだけれど、やたら好奇心旺盛で、僕はいつも手を焼いている。
今日も僕が病院にお見舞いに行くと、彼女は目を輝かせて僕に尋ねてきた。
──今日の空の色は、雲の形は、どうですか。
──庭先の紫陽花が、もうじき、咲く頃でしょう。どんな色をしていましたか。
僕は苦笑いしつつも丁寧に答える。
すると彼女は、うっとりと耳を傾け、想像するのだ。
僕の語る色鮮やかな世界を。
そして、
──綺麗ですね、世界は。
そんな風に言って、柔らかく微笑む。
僕はそんな彼女を、たまらなく愛おしく想い──その一方で、嫉妬にも似た奇妙な憧憬を覚える。
僕にそんなことはできないから。
できないと言うより、分からないと言った方が良いかもしれない。
『綺麗』とか、『美しい』とか、分からないんだ。
例えば、
夜明け前の空の群青。
朧月夜に浮かび上がる桜。
柔らかい街灯の光の下で、深々と降り積もっていく雪。
……こんな景色。
彼女の言に拠れば、これは『美しい』らしいのだけれど──本当に、そうなのだろうか。
僕にはよく分からない。
どういう規準を満たせば、それを美しいと呼べるのか分からないし──そもそも、何かを見て美しいと思ったことも無いから。
僕はただ、自分の見た景色を言葉にし、それらしく飾り立てて彼女に話しただけだ。
僕自身は、何も感じていない。
それなのに、彼女は──自分の瞳で見てすらいない彼女は、それを美しいと言うのだ。
(僕は、どこかがおかしいのかな)
彼女を見舞いに来る度、僕はそんなことを考える。
けれど。
一体全体、何処がおかしいというのか。何が欠けているというのか。
分からない。
だから今日も僕は、だらだらと思考を続けながら彼女を眺めている。
彼女は、
痩けた頬。昏い瞳。綺麗に切り揃えられた、色素の薄い髪。整った顔立ちは、精巧なビスクドールのようで。
どこか、人間味を欠いている。
けれど僕は、彼女のそんな所が好きだった。
ガラスでできたような焦点を失った瞳を見つめていると、落ち着くのだ。
僕は視られていない。
僕の欠損を弾劾する者はいない。
だからただ、静かに語っていればいい。
――そんな風に、思うから。
「――あの、お話の続きは…?」
いつしか会話が途切れていた。
怪訝そうな表情を浮かべている彼女。
僕が何も返さないでいると、不安になったのだろう。そっと体を起こし、
「あの……?い、いますよね……?」
と、心許なさげな面持ちで、僕が座っている方へと手を伸ばしてくる。
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
慌てて僕は、安心させるように彼女の頬に触れてみせた。
彼女は安堵の表情を浮かべて、
「もう……どっか行っちゃったかと思いました」
と言いながら、頬を撫ぜている僕の手を、そっと包み込んだ。
「はは……何も言わずに出て行ったりしないよ」
そう宥めすかしてはみたものの。
「…いえ。やっぱり不安ですから、見張ることにします」
妙なところで頑固だった。
しかし目が視えない彼女のことだ。一体どうするつもりだろう、と思って見ていると。
おもむろに、撫ぜている僕の手、人差し指を、ぱくっ、と咥えた。
そして、
――つかまえた。
と、言わんばかりに笑みを浮かべてみせる。
ぬめる唾液と、温かい頬肉に包まれる指先。
そっと口蓋の筋をなぞると、ぴくん、と体を震わせるのが分かった。
濡れた指先を引き抜いて、糸を引く唾液をそっと舐め取る。
「まだこんな時間だけど…良いかな?」
誘ってきたのは彼女からのようなものだが、一応断りをいれる。
彼女は口端に唾液をつけたまま、こくり、と頷いた。
ベッドに潜り込んで、そっと抱き寄せる。
柔らかくて、温かくて。生きている。僕が。――或いは、彼女が。
「キス、しませんか」
囁きに応えて、頬に、額に、首筋に、次々と口付けし――最後に一際強く、唇を吸い上げる。
「ん、んぅっ……ちゅ……ぷはっ」
ほんの数秒息を止めただけなのに、肩で息をする彼女。
息継ぎの為にやや間をおいてから、もう一度。
今度は唾液をたっぷりと絡めた舌を入れ、舌の付け根あたりを舌先でちろちろとなぞり。
「んぷっ……ちゅ、じゅる……ふぁっ」
堪え切れず身体を跳ねさせた彼女の、今度は首筋に、そっと舌を這わし、軽く甘噛みをしてみる。
首筋の柔らかい皮膚と、すぐその下で脈動する温かい血管が歯に食い込んだ。
微かに彼女が喘ぐ。
お互いが生きていることを確認する、ただそれだけの単純作業。
けれどそれは、互いに何がが欠如している僕と彼女にとって、ひどく大切な行為だった。
頸動脈を舐め回しつつ、患者衣のボタンをそっと外し、前をはだける。
僕の掌で覆えてしまう程度の膨らみが露になった。
柔らかな曲線を描く雪丘。薄桃色の乳首は既に固く立ち上がっていた。
「……少しは、成長したでしょうか?」
僕の視線が気になるのか、問いかけてくる彼女。
残念ながら、と首を振る僕に、彼女は溜息を吐いて見みせる。
「――第二次性徴も、じきに終わるというのに。困ったものです」
まあ。
薄い乳房といい、肋の浮いた腹といい――確かに、豊満とは言い難い躰ではあるけれど。
「今のままでも十分可愛い」
そう言いながら身体を起こすと、膝立ちになって、ズボンの上からでもそれと分かる程屹立した男根を彼女の鼻先に持ってくる。
「ほら」
「あ……」
彼女はズボンの膨らみの上に顔ごとくっつけ、すんすん、と鼻を鳴らし。
「あなたの匂いがします」
そう言って、笑う。
僕の匂い。どんな匂いなのだろう。臭かったりしたらやだな、などと思いつつ、僕は黙ってジッパーを下ろした。
赤黒く充血し、脈打つ肉棒が露になる。
先走りでてらてらとぬめるそれに、彼女は再び鼻先をくっつける。躊躇することなく、むしろ愛おしげに。
「えへへ。やっぱりこれ、好きです」
……鈴口に触れる鼻頭の、ひんやりとした感触。じっとりとした吐息が亀頭を包む。
時折竿にあたる唇の感触が、やけに心地よい。
「ん……はむっ」
十分に匂いを堪能したのか、彼女は顔を離し、口で僕のモノを頬張った。
「ちゅ……ず、ぢゅる、ちゅぱ」
口づけ、舐め回し、啜り、吸う。
とろとろの唾液が泡立ち、温かい粘膜が亀頭を包む。
――鼻腔をひくひくと蠢かせているのは、匂いを楽しんでいるのだろうか。
漏れそうになる声を抑えながら、僕は乳房に手を伸ばす。
揉む――というよりは、こねる、と表現した方が的確だろうか。掌でそっと乳房を包み込むようにして刺激する。
「んんぅっ……ん"っ――」
でろでろと肉棒を舐め回していた舌が一瞬硬直し、くぐもった声が響いた。
「ほら、ちゃんと舐めてよ」
小声で咎める。目を潤ませた彼女は、こく、と頷いて、愛撫を再開した。
それに合わせて、僕も徐々に手の動きを激しくする。乳首を指の腹で擦り、激しくこねくりまわす。
「ん"っ……ぷはっ、胸そんな、こねっ、こねないでくださ……ひゃっ」
堪えきれず彼女は嬌声を漏らして、身を捩らせる。ぬぽ、と湿った音を立てて陰茎が口から押し出された。
「はは……もう限界?じゃあ、挿入れよっか」
そっとクロッチを横にずらす。既に濡れそぼっていた秘所が露になった。
「わ…すっごい濡れてる」
呟いて、彼女の表情を伺う――が、快楽に染まりきったその表情に、もはや羞恥の色はなかった。
「ご…ごめんなさ、わたし、も、我慢、できなくて、」
吐息を荒げながら、彼女は手探りで肉棒を探り当てると、そっと手を添え、僕に挿入を促す。
「せっかちだね」
じわじわと、彼女の中に自身を埋めていく。
溜息にも似た喘ぎ声と共に身体を震わせる彼女。
――軽く達したのだろうか。
そう思って一気に奥まで貫くと、ひっ、と小さく鳴いて、身体を捩らせた。
「も、もうちょっと、ゆっくり、ゆっくりしてください。ゆっく…やっ!」
話している最中に再度腰を振る。
「さっきはあんなに急かしてきたのに。どっちなの?」
「う…だ、だって……」
困り果てたような表情を浮かべる彼女を、僕はそっと抱きしめた。
「わかったよ。きみのペースに合わせるから」
「は、はい……」
彼女は少し申し訳なさそうに微笑んで、
「……じゃあ、あの、ぎゅってしたままするやつ……したい、です」
早速おねだりをしてきた。
「はいはい。……よっ、と」
そのまま抱き上げ、対面座位の形になる。
「んっ……これ、だいすき、です」
そろそろと慎重に腰を上下させながら、嬉しそうに彼女は告げた。
僕はというと、時折頬に触れる髪がくすぐったくて仕方がない。
というか、
肉付きの薄い尻をぐっと掴み、引き抜く直前まで彼女の身体を持ち上げて。
「……ぅ?」
戸惑う彼女に微笑みかけてから、落とす。
と同時に、一気に腰を突き上げる。
「――っっ!!」
ごりっ、と、子宮口を抉った感触。
気をやりかけたのだろう、一瞬傾いた彼女の身体を抱きとめる。
「大丈夫?」
問いかける僕に、彼女は息も絶え絶えに、
「…そこ、だめ……弱いんです。こりこりされると、すぐ、その……」
「ふうん……」
僕は微笑んで、
「じゃ、もっとしよう」
そのまま何度も腰を突き上げ、亀頭で子宮口をつつく。
「だめっ!だめって、言ったじゃ、ないです、かぁっ!」
涙目で睨んでくる彼女。
「ごめん。でも、こっちの方が気持ちいいでしょ?」
そう言って、僕は増々激しく腰を突き上げる。
「んっ、ふぁっ、こ、壊れちゃ…ん……んぁっ!」
気づけば、彼女も自ら腰を振りたくっていた。
「も、だめ…んぅっ!」
彼女は吊り上げられたかのように体を反らして、身体を痙攣させた。
精を残さず搾り取ろうと収縮する膣と、ねっとりと絡みついてくる肉ヒダの感触。
堪え切れず僕は精を放った。
「くっ……っ」
「あっ…膣内で、たくさん、出てる……」
ぼんやりと呟く彼女。
そのまま僕達は、ベッドに倒れこんだ。
*** *** ***
窓から差し込む陽光は、いつしか橙色に変わっていた。
「こんな昼間から……随分、しちゃいましたね」
そう言う彼女に、しかし後悔している様子は見られなかった。布団にくるまり、満足気な表情を浮かべている。
「んー……」
気怠げな僕の様子にくすりと笑った彼女は、僕をじっと見ていた。
視えない瞳で。
僕もまた、見つめ返しながら――唐突に、質問を投げかけてみる。
「ねえ。きみはさ、どんなモノを『美しい』って想うのかな?」
突然の問いかけに、彼女は困ったように首を傾げる。
暫し考え込んだ後、そっと口を開いた。
「…たぶん、遠いと感じるモノ、だと思います」
「遠い……って?距離が?」
「はい。わたしにとって、遠い景色。いえ――目の前にはあるのだけれど、けっして触れられないような、モノ。 言葉。風景。それが、わたしのこの視えない瞳に、美しく映るのです。
ああ――それはひどく、憧憬に似通っていますね」
「憧憬、か。そっか」
「――ふふっ」
好きですよ。
最後にそう締めくくって、彼女は微笑んだ。
それを聞いて少しだけ僕は、美しさというものを垣間見たような気がして。
そのまま、心地良い午睡に墜ちていった。