高校卒業記念に、バイト代注ぎ込んで出かけたヨーロッパ旅行。3泊4日のツアー行とは言え初めて生で体験する外国は、費やした代金以上の感動と興奮を俺に与えてくれた。  
 
 そんなワケで、ちょっとばかし注意力散漫になってたんだろうなぁ。  
 観光に行った先の古城で、「生RPGっぽいな〜!」とはしゃいでたせいか、気がつけばツアーの一行とハグレて迷子状態。  
 慌てて人影を求めて城内をウロついてたら……何やら隠し部屋っぽいものの入り口を見つけちまったんだ。  
 
 「うわ、マジ!?」とビビったものの、ここで見なかったフリして入らないって選択はねぇよな?  
、そーっと足を踏み入れてみたところ、3メートル四方くらいの部屋の中央に、棺桶みたいな四角い箱が鎮座していた。と言うか、それ以外には、いくつかの書物と羊皮紙らしい巻物以外、ロクに家具さえない殺風景な部屋だ。  
 で。  
 棺桶の上に置かれていた銀製のキャストパズルっぽいものを見たら、ついパズルマニアの血が騒いで、10分ばかりかけて何とか解いてみたんだけど……。  
 突然、眩しい銀色の光とともに棺桶がひとりでに開いて、中から人(?)が現れたワケだ。  
 
 「ククク……人間よ、礼を言うぞ。よくぞあの古の封印を壊してくれた。  
 我が名はメルクリアス。かつて「銀の魔王」とも呼ばれし偉大なる真祖の王なり!」  
 ──はぁ、そーすか。  
 漫画とかゲームで見たことあるけど、真祖って、たしか吸血鬼の上級のヤツだよな。  
 「ほほぅ、よく知っておるな。いかにも。ふぅむ……少しだけ興が湧いた。  
 我は是より再び闇の世界に覇を唱えるべく動くが、その前にひとつだけ汝の望みを叶えてやろう。  
 なに、我を復活させてくれた心ばかりの謝礼だ」  
 うーん……そのお願いって、何でもいいの?  
 「──断っておくが、「世界」だとか「願い事を百に増やす」などと言う愚昧なことは申すなよ?」  
 いや、せっかくの好意に対して、そんな恩を仇で返すような真似はしませんけどね。  
 とりあえず、俺の好きな願い事をひとつだけ叶えてくれると解してOK?  
 「無論、我に出来る事に限られるがな。しかし、この銀の魔王に出来ぬことのほうが少ない。さぁ、汝のその卑小なる願いを口にするがよい。即座に叶えてみせよう!」  
 えーっと……じゃあ、言うよ。  
 
 『(ゴニョゴニョゴニョ)お嫁さんをもらって、一緒に暮らしたい』   
 前半部はさすがに恥ずかし過ぎたので小声になったが、一応「魔王」には伝わったみたいだ。。  
 「ふむ、妻が欲しいのか。ククク……安い願いだ。  
 まぁ、汝ら人間は、短き生にしがみつき、懸命に産み殖える生き物だからな。  
 よかろう! 汝の理想とする女の姿を思い浮かべるがいい。  
 それにもっとも近き者を我が魔力にて召喚し、即座に汝を心から愛するように仕向けてやろう」  
 
 自称・銀の魔王が、なにやらラテン語っぽい呪文を唱えている。  
 このテのオカルトには素人の俺にも、たちまちこの隠し部屋に、気配というか波動のようなモノが満ちていくのがわかった。  
 「ほう、魔力を感知できるのか。かの封印を解いたことといい、なかなかなよい素質を持っているな。汝が望むなら、我が配下に加えて鍛えてやってもよいぞ?」  
 自称「魔王」がほんの少しだけ感心したような声を漏らした……のだが。  
 
 ──ポムッ!  
 
 軽い破裂音とともに、集まっていたはずの魔力とやらが、いきなり消失してしまう。  
 「ぬなっ!? なんだ一体……コレはどうしたことだ??」  
 爆発に驚いたのか、「彼女」は床に倒れてペタンと横座りの姿勢になる。  
 「いったい何が? ウッ……」  
 苦しそうに頭を押さえてフラつく「彼女」に、俺は慌てて駆け寄り、身体を支えた。  
 一体どうしたんだ? 久しぶりだったから、魔法に失敗したとか?  
 「そうではない。呪文の詠唱も、魔力の集束にも問題はなかった。  
 それなのに、汝の理想の相手を捜すべく、国中をくまなく探査するはずの魔力が、なぜか我の元にいきなり戻ってバックファイアを起こしたのだ!」  
 
 ──えーと……何となく、理由がわかったような気がする。  
 うん、確かに魔法は成功してるみたいですヨ?  
 「?? どういうコトだ?」  
 
 その……さっきさ、願い事を言う時言い淀んだ部分、実は「君みたいに可愛い娘を」って小声で言ってたんだ。  
 「はぁ!? 何を愚かなことを。この逞しく威厳に溢れた魔王たる我の、どこを指して可愛いなぞと……」  
 そう「銀の鈴を振るような可憐な声」で言いかけて、銀髪の少女はピキンと硬直した。  
 ギギィ〜と関節の軋む音がしそうなぎこちない動きで自らの身体を見下ろし、ペタペタと胸や喉に手を当ててまさぐり、挙句に、はしたなくもスカートの裾をめくり上げて何事かを確かめている。  
 「ば、バカな! なぜ、この我が女に……小娘の姿になっておるのだーーーーッ!?」  
 腰までたなびく銀色の髪を振り乱し、16歳くらいの可憐な少女の姿をした自称「魔王」ちゃんの絶叫が、狭い石壁の部屋に響いたのだった、まる。  
 
 * * *   
 
 あとでわかったんだけど、今の「彼女」──メルクリアスの姿って、「彼」を命と引き換えに斃した、ヴァンパイアハンターの少女のものらしい。  
 古城の屋根裏部屋から見つかった手記には、彼女に同行していたハンター仲間が、灰化した「彼」を聖女たる彼女の遺骸内に封じることで、少しでも復活の時を遅らせ、また力を削ごうと考えた……と記されていた。  
 ──て言うか、さっきから散々俺と会話してたんだから、声で即座に気づこうよ。  
 
 まぁ、それはさておき。  
 俺の願い事は「君みたいに可愛いお嫁さんをもらって、一緒に暮らしたい」。そして、理想と言われて思い浮かべたのは、当然目の前の「彼女」だ。  
 
 「……つまり、不本意ながら、我は汝の嫁にならねばならぬということか」  
 いかにも「わたくし、不機嫌でしてよ!」と言わんばかりのふてくされた声でこぼしながら、彼だった彼女、魔王メルクリアスは、俺の方をニラむ。  
 いやぁ、さすがに元は男だったとは思わなかったからなー。  
 「フザケるな! 仮に我が元々女だったとしても、我は真祖、吸血鬼なのだぞ?  
 そんな人外の者と、汝は添い遂げるつもりだったのか!?」  
 うーん、そこまで考えてなかったけど……でも、まぁ、そういうことになるかな。  
 だって、「魔王」って言う割に、君は案外いい人みたいだったし。  
 「なッ……!?」  
 綺麗で可愛い容姿も声も、ちょっと古風で尊大な態度も、そのクセ、シャレがわかる性格も、俺的好みにド・ストライクなんだよね。  
 「にゃ……にゃにを言って……」  
 あはは、噛んでるね。そういう、ちょっと打たれ弱いところも、好きだよ。  
 
 ──ボッ!(真っ赤)  
 
 「ば、バカモノぉ〜! 我をからかうでない!」  
 3割の怒りと7割の照れで真っ赤になってるメルクリアスが、俺の胸をその小さな手でポカポカと叩く。  
 いかに少女の姿になって半減したとは言え、その強大な「力」は未だ健在。本気で叩かれたら、俺の肋骨なんて簡単に折れるはずなんだが、そうならないってコトは、キチンと自制してくれてるという事なんだろう。  
 うん、やっぱりメルはいい子だな。  
 「か、勝手に愛称を付けるな! 頭を撫でるなぁ〜!!」  
 なんてわめきつつ、それでも俺の手で撫で撫でされると、この娘さん、「ホワ〜ン」と夢見心地な目付きになっているワケですが。あ〜、萌えるなぁ。  
 
 「──ッ! か、勘違いするなよ! 我は、決して汝のその優しさに惚れたワケではない!  
 あくまで、我自身の放った魔力によって、汝を愛することを強制されているだけなのじゃからな!」  
 え〜〜、そんなぁ。  
 まぁ、いいや。それならそれで、これからゆっくり親交を深めて、本気でらぶらぶになって行けばいいワケだし。  
 「ふ、フンッ! できるものなら、やってみせるがよい。  
 ──まぁ、確かに我は、我にできることなら、汝の願いをひとつ叶えると約束した。魔王の誇りにかけても、その願い事は叶えてやらねばなるまい。  
 元より、不老不死たる我にとって人間の一生なぞ泡沫の如きもの。たかだか50年程度、寄り道にもならぬからな!」  
 
 ……と、あくまで素直でない愛らしい魔王メルを引き連れて、俺は帰国した。  
 周囲には、「現地で知り合って深い仲になった恋人で、俺が大学を卒業したら結婚する予定の婚約者だ」と説明してある。  
 正直、穴だらけのムチャぶりだと思うんだが、コレも魔王様の魔法の影響か、俺の家族も含め「へーへーへー」と、驚くほどアッサリ納得してくれた。  
 
 むしろ、母さんなんかは「男兄弟(俺&弟)ばかりのウチに、素敵な義娘が出来た!」と喜々として、メルをネコっ可愛いがりしている。  
 まぁ、メルの方もすごく猫かぶりが巧くて、俺以外の奴の目がある時は完璧に「元は高貴な家柄の出身だが、現在は天涯孤独なお嬢様」そのものな言動をとってるからな。  
 可愛い物好きな母さんならずとも、その上品な愛くるしさに魅了されるのはわからなくもない。  
 それでも、家に来た当初は、隔意と言うか壁のようなものも見受けられたんだが……遠慮と言うものを知らない母さんの世話焼きに根負けしたのか、徐々に堅さや距離感がなくなっていった。  
 最近では、むしろ母さんとは大の仲良しで、俺が大学行ってるあいだに、母さんの指導で「花嫁修業」に励んでいるらしい。  
 父さんは父さんで、そんな義理の娘(予定)にダダ甘なダメ父状態。小学4年生の弟も「メルお姉ちゃん」と懐いているし、今じゃ立派なウチの家族だ。  
 
 そうそう、元々がデイライトウォーカーで吸血鬼でありながら日光を克服していたメルクリアスだけど、人間の娘の身体と融合したせいか、流水やニンニクも平気になったらしい。  
 むしろ、初めて口にしたガーリックの風味に魅せられて、近頃は様々なニンニク料理に凝っているくらいだ。  
 今日のデート先のランチでも、喜々としてペペロンチーノ頼んでるし。  
 一応、うら若い乙女なんだから、外であんまりニンニク臭いのはどーかと思うぞ?  
 「ちょ……デリカシーがありませんわよ! そんなにニンニク臭い娘が嫌なら、ほっといてくださる?」  
 拗ねるな拗ねるな。ホレ、こっち向け。  
 「んンッ……」  
 
 ──ちゅぱ……クチュ……  
 
 「……ぷはぁ! もぅっ、キスするなとは言いませんが、周囲の目をお考えなさい!」  
 そのワリに、俺が肩を抱き寄せた時点で、上向いて目を閉じてくれたワケだが。  
 「! ば、バカッ! 知りませんわ!!」  
 耳まで赤くなりながら、プイと顔をそむける様子が愛しい。  
 
 はいはい、俺が悪ぅござんした。  
 今日は、明日のプールに行くための水着、買いに来たんだろ。そろそろ行こうぜ。  
 「そうね。貴方のセンスにはさほど期待しておりませんけど……。せっかくの機会ですから、わたくしに似合う水着を選ぶ栄誉を与えて差し上げますわ!」  
 あ〜、了解。誠心誠意、選ばせてもらいますとも。  
 俺だって、お前さんと初めて行くプールには、凄く期待してんだからな。  
 「……は、恥ずかしいセリフ禁止です!」  
 
 * * *   
 
 「ふーん、パパとママって、むかしからラブラブだったんだねー」  
 ああ、まぁな。  
 「!! あ、あなた! 何てこと子供に話してますの!?」  
 何って……俺とお前の馴れ染め&熱々な日々の思い出?  
 「うん。ふたりのむかしのしゃしんも見せてもらったの〜。パパ、わかーい。ママ、かわいー!」  
 「ぅ……うわぁーーーーん! だめぇ、ミライちゃん、そんなママを見ないでぇーーーー!」  
 
 ま、色々あったものの、4年後、俺達は無事に結婚。可愛い娘に恵まれて、さらに今、妻のお腹にはふたり目(今度は男の子らしい)がいるところだ。  
 ちなみに、どうやらメルは、少なくとも肉体的にはダンピール(半吸血鬼)的な状態になってるらしく、ここ数年間で復活した当時より多少は体格その他も成長したのだ(それでもまだ18歳くらいにしか見えないが)。  
 当然、成人女性として月経もあるし、ヤることヤって膣内で出せば、こんな風に孕む。  
 
 実のところ、娘が生まれる直前に、一度だけ聞いてみたことがある。  
 こんなこと──元は真祖の男性でありながら女性化し、人間の妻になった挙句、身ごもるハメになって、あの城でヘンな仏心を出したことを後悔してないか、と。  
 
 その時のメルは、長年つきあってきた俺でさえ見とれるような綺麗な笑顔で、俺にひと言こう言ったんだ。  
 「愚か者め。我が後悔しているように見えるか? そなたの目は節穴か?」  
 
 ……いや、全然ひと言じゃなかったな。  
 しかしまぁ、彼女が真意は、ちゃんと理解できた。  
 
 「我々真祖は、本来は闇に住み、永劫の闇を抱えて孤高に生きていかねばならならぬ存在。  
 それを……このような陽の当たる場所に引きずりだして、温もりと優しさを教えたそなたの負債(つみ)は、人間如きが一生かけても償いきれぬと、深く心に刻んでおくのじゃな!」  
 
 おぉ、こわいこわい。  
 オッケー、しかと承りましたよ。  
 さしあたり、その負債(かり)とやらは、今晩娘を寝かしつけたら、ベッドの中で奉仕(サービス)することで、少しずつ分割返済させてもらうことにするか!  
 「ば、バカぁ!(……でも、だいすき♪)」  
 
-END-  
 
 

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