その後、皆でタマが持って来た(正確には、猫仙人とやらに持たされた)風呂敷包みの中味を確認したところ、おそるべき事態が発覚した。  
 着替えの服と下着類。これはまぁ、いいだろう。  
 しかし、その次に広げられた書類は……戸籍謄本!?  
 「あら、コレがタマちゃんの人間としての戸籍なのかしら?」  
 「そうみたいだな。しかもコレを見ろ」  
 親父の指差す先には、「伊藤珠希(いとうたまき)」とある。タマだから「珠希」か。安直だなぁ。  
 「ふに……ダメ?」  
 あ、いや、ダメってことはない。むしろ、可愛らしい響きだと思うぞ。  
 「♪」  
 「あ〜、イチャイチャするのは構わんが、ワシが言いたいのはソコじゃない。ホレ、珠希ちゃんの父母の氏名の項目を見てみろ。  
 えーと、「父・伊藤元治、母・伊藤真理」って、コレは!?  
 「? どーしたの、れんたろー?」  
 「タマちゃん、元治さんはね、パパから見て従兄にあたる人なの」  
 北海道の伊藤おじさんには、親戚の集まりとかで俺も何度か会ったことがある。  
 ──もっとも、去年飛行機事故で亡くなったんだけどな。  
 「ふむ……どうやら、伊藤夫妻亡きあと、その娘が俺達大滝家に引き取られたって体裁みたいだな。しかも、伊藤夫妻の実子じゃなく、身寄りのない娘を養女にしたってコトらしい」  
 うわぁ、なんたるご都合主義。  
 でも、元治おじさんには子供がいなかったのは確かだ。「亡くなる寸前に引きとった」って言えば、親戚と面識がないことの言い訳もたつのか。  
 にしても、「仙人」って割には俗っぽいコトにも気が回るんだなぁ。  
 「猫仙人の家、えあこんもぱそこんもげーむもあった。ねっとは光けーぶる。趣味はえふぴーえすとえむえむおーだって言ってた」  
 なに、そのハイテク&ゲーオタ臭は!?  
 「わはは、最近の仙人は、ネトゲ厨なのか。ワシと話が合いそうだな」  
 あ〜そーでしょうよ、この不良オタ中年!  
 
 さらに、俺が通う4月から通うことになっている恒聖高校の、女子制服と生徒手帳も入っていたんだが、国家機関のデータベースすらいじれるのなら、もはや驚くには値しないだろう。  
 「これで、れんたろーと同じ学校に通える♪」  
 俺にペトッと寄り添って嬉しそうに俺を見上げてくる美少女の愛らしさに、俺の理性はノックダウン寸前だ。  
 「あ、あぁ、そうだな。一緒に行こうな」  
 「にゃん♪」  
 こら、そこのバカ親! いつの間にかハンディカム取り出して俺達のコト、撮ってるんぢゃねぇ!!  
 「あら、残念。せっかくの我が子の成長記録なのに」  
 「成長じゃなく、「性」長かもしれんがな、ガハハ!」  
 黙れ、セクハラ下品親父!!  
 
 * * *   
 
 ともあれ、こうした経緯で、タマ改め珠希は、再び俺の家で今度は俺と同い年の少女として暮らすことになり、あまつさえ俺と同じ高校に通うことになったワケだ、まる。  
 「?? れんたろー、せんせー、来たよ」  
 おっと、回想してる間に、いつの間にか教室に着いてたらしい。  
 
 「みんなおはよ〜! 休んでる子はいないよね? いたら返事してー」  
 教師に入って来た我がクラスの担任──小杉真紗美教諭(国語担当・24歳・独身&恋人なし)が、いつもの如くまるで小学生に話しかけるような口調で、出欠確認する。  
 
 ──シーーーン……  
 
 「うん、全員出席と」  
 ……相変わらずシュールな光景だ。コレがウケを取るためのギャグとか言うなら、まだわからないでもないが、この人、正真正銘マジだからな。  
 家が近所で、物心ついた頃からの知り合いだなんて、ある種の腐れ縁的関係にある俺は、そのことをよ〜く知っている。  
 「今朝の伝達事項はとくになーし! それじゃあ、みんな、今日も一日頑張ってねー!」  
 能天気な声をあげると、小杉先生は元気よく教室を出て行った。  
 
 「……おかげで、ウチのクラスのHRって、いっつも時間が余るんだよな」  
 「ふにゅ? まさみセンセは、いい人」  
 
 まぁ、善か悪かで二分すれば、前者であることは間違いないけどな。  
 あのアバウトさで、いつか身を滅ぼすのではないかと、他人事ながら一応弟分的立場の身として、時々心配になるんだよ。  
 「ハッハッハッ大丈夫だろ。真紗姉が「後悔」なんて高度な感情を持つ日が来るなんて、オレには想像できん」  
 その言葉、そのままソックリお前に返してやるよ、哲朗。  
 「まぁ、そう褒めるな。ハハハ」  
 ……いや、全然褒めてないんですけど。  
 この「どこからどう切っても体育会系脳筋馬鹿」丸だしの男は、山下哲朗。  
 一応、コイツも日本語の定義的に「幼馴染」の範疇に入らなくもない。そんな関係の友人だ。  
 小杉先生が「大雑把(アバウト)」なら、哲朗(こいつ)は「考えなし(ノーシンキング)」を地でいく男だ。  
 フォローする者の身にもなってほしいが……まぁ、無理だな。そんな高等技術、一生かかってもコイツが習得するとは思えない。  
 
 「おはよう、てつろ」  
 ウチの両親を「ママさん」「パパさん」と呼ぶ珠希にとって、コイツは俺以外に名前を呼ぶ数少ない人間のひとりだ。  
 さっきも言った通り、俺達──俺と哲郎と小杉先生ことマサねぇ、そしてココにいないもうひとりは幼馴染で、小さい頃から、互いの家をよく行き来してた。  
 当然、ウチに遊びに来た時は、タマだった頃の珠希とも頻繁に顔を合わせており、自然と(あくまで猫と人間という範疇だが)仲良くなっている。  
 ──ちなみに、その3人は、ウチの家族以外で唯一珠希が元タマであることを知っている。嘘が苦手な珠希があとでボロを出すとマズいので、下手に隠し事するよりはと、家に呼んで真相を説明しておいたのだ。  
 まぁ、この「牡猫が美少女になった」という非常識事態をどこまで信じてくれたかは、本人達のみぞ知るだが、表立っては3人とも了解して、いろいろフォローや協力をしてくれることになった。  
 「グッドモーニング、珠希ちゃん! あいかーらず可愛いな!」  
 「てつろも、すごく元気。元気なのは、いいこと」  
 「うむ、俺サマから元気を取ったら何も残んねーからな!」  
 「──それ、自分で言っちゃうのかよ……」  
 はぁ……ま、哲朗らしい、っちゃらしいが。  
 「お、なんだなんだぁ? いくら頭脳労働担当だからって、朝っぱらシケた顔してると、嫁さんが悲しむぞ!」  
 「余計なお世話だ!」とか「まだ嫁ぢゃねー!」とか言い返したいのは山々だが、俺としても珠希をショゲさせるのは本意じゃない。  
 「こちとら一般人なんだ。お前さんみたく筋肉神「のみ」に愛されたセントマッスルと比べんな」  
 と言い返すにとどめたんだが……。  
 「おぉ! やっぱり俺の筋肉美は、神の祝福を受けていたのか! 廉太郎、その神さんを祀るには、何したらいいんだ? プロテインでも供えるのか??」  
 しまった。自分に都合よく勘違いしてやがる。  
 ──もっとも、ナルシス一歩手前(もしくは半歩踏み越えかけ)のマッスルフェチ野郎に、うっかり「筋肉」のことを話題にした俺が間違いだったのかもしれんが  
 「……皮肉や諧謔って、受け取る側にも一定の知的レベルがいるんだなぁ」  
 ガックリ肩を落とす俺を、ワケがわかってなさそうな珠希が、それでもポンポンと肩を叩いて慰めてくれたのは、ちょっと泣けた。  
 
 まぁ、そんなクソくだらない雑談を交わしてるうちにチャイムが鳴り、今日も授業(おつとめ)が始まったワケだ。  
 大学にまで行けば多少は違うのかもしれないが、この国では小中高と学校に於ける授業風景なんて、合計12年間ロクに変わり映えしないのがお約束だ。  
 俺達学生の側からすると、ありていに言って「つまらない」。  
 無論、中には「古典文学が好きで古文の時間が待ち遠しい」とか「科学者になるのが夢で理科の時間がおもしろくて仕方ない」などというケースもないワケではないだろう。かく言う俺も、歴史や地理の時間は結構好きだし。  
 しかし、それを踏まえても大半の授業ってヤツはやっぱり退屈だと言うのが、ほとんどの学生の本音だろう。  
 エスケープは論外としても、高校生ともなれば、教師の目を盗んで、居眠りや内職、早勉、メル打ちなどで時間を潰す人間は少なくないし、俺みたく一応板書だけは書き写しているものの、授業内容の大半は右から左という人間は、さらに多い。  
 ところが。  
 「みゅう……」  
 教師の授業内容に可愛らしい耳(ちゃんと人間のソレだぞ、念のため)を熱心に傾けつつ、懸命にノートを取っている珠希のような存在を間近で見せつけられると、テキトーに授業を聞き流すのは、自分が汚れた人間になったような気がして、どうにも居心地が悪い。  
 結果的に、俺もそれなりに真面目に授業を受けるハメになってるのは、良かったんだか悪かったんだか……。  
 
 「かーーーっ! さすが彼女持ちは言うコトが違うねぇ」  
 ようやっと午前中の授業が終わり、一緒に昼飯を食うべく、俺達は弁当を持って中庭のカフェテラスへと向かっているトコロだ。  
 「意味がわからん。それより、哲朗、お前さんこそ授業中に大いびきかいて寝るのはやめれ。英語の高梨先生が泣きそうになってたぞ」  
 俺達みたくつきあいの長い人間から見れば、コイツは「頭はアレだが気のいい大男」なんだが、190センチ100キロオーバーの全身マッチョな角刈り男をよく知らない奴らが見ると、世紀末覇王の如き威圧感を感じるらしい。  
 今年から教師になったばかりで、いかにも気が弱そうな高梨女史なんか、注意するどころか声をかけるのさえ、多大な勇気を要する行為なんだろう。  
 それなのに、「あの……山下くん、起きて……」と言う女史の声なぞ一向に気にも止めずに、コイツはグースカ寝てやがったのだ。教師の面目丸潰れな高梨先生が涙目になったのも無理はない。  
 「おぅ、ことりちゃんを泣かしちまったのか。そりゃまた悪いことをしたな」  
 高梨ことり、23歳。身長152センチとやや小柄だが、某アキバ系アイドルのひとりと似たルックスと、推定Dカップの胸、そしていかにも良家のお嬢さん的なか弱い系のオーラで、男子生徒の大半からはアイドル的な人気がある。  
 え、俺? 俺は別に……。ルックスは、珠希やマサねぇやアイツの方が上だし、ああいったお上品過ぎる女性はイマイチ好みじゃないしな。  
 「先生のこともあるが、お前さんの成績の方が俺は心配だよ」  
 言うまでもないと思うが、体育以外のコイツの成績は限りなく低空飛行している。中学までと違って、高校からは成績次第では留年とかもあるんだがなぁ。  
 「てつろ、授業中にねるの、よくない」  
 珠希にまでたしなめられて、流石に哲朗もバツが悪くなったようだ。  
 「いや、俺ぁ、どうも英語の長文読んでると、すぐに眠くなんだよ……お前ら、よく平気だなぁ」  
 「まぁ、気持ちはわからんでもないが……慣れだ慣れ。さもないと、下手すりゃ試験の最中に寝ちまって白紙のまま、ってコトも考えられるぞ?」  
 「さすがにそりゃ勘弁だな。とは言っても、こればっかりは、中学3年間で半分習慣になっちまったからなあ」  
 「んなコトだから、定期試験のたびに俺とか小杉先生に泣きつくことになるんだよ。  
 て言うか、今年は担任なんだから、小杉先生には頼れねーぞ? 依怙贔屓になっちまうし」  
 
 「ゲゲッ!」  
 どうやら気づいてなかったらしい。  
 「だから、せめて授業中は起きてノートくらい取れって」  
 「ぐぬぅ……それが出来りゃあ、そうしてるわい!  
 にしても、自称頭脳派の廉太郎はともかく、珠希ちゃんはよく辛抱できるな。これまで学校の授業なんて受けたことないんだろ?」  
 あ、ソレは俺もちょっと気になってた。  
 俺と哲朗の視線を受けて、珍しく珠希がモジモジしている。  
 「にゃあ……だって珠希、知らないことだらけだから。れんたろーといっしょに進級するためにも、お勉強、がんばらないと……」  
 け、健気だ! そして、ちょっぴり頬を赤らめてるのが、めっさかわえぇ〜。  
 
 人目があることも忘れて、思わずモフモフしようと手を伸ばしかけた俺だったが……。  
 「やぁ〜ん、タマちゃん、らぶりーですわ〜!」  
 目の前で、隣りのクラスに所属する、もうひとりの幼馴染にかっさらわれた。  
 珠希に背後から抱きついて頬摺りしている黒髪美人の名前は、武ノ内まりや。哲朗と同じく幼稚園時代からの友人かつ同級生で、当然タマ=珠希とも面識はあるし、俺では教えられない「女の子のアレコレ」的な面では世話になっている。  
 ──まぁ、コイツから教わるというのも、ソレはソレで複雑な気もするが。  
 「ふみぃ……まりや、はなして〜」  
 「コラコラ、そんな羨ましいコト、おにーさんは許しませんよ!」  
 「あら、フィアンセの廉太郎ならともかく、あなたの許可は必要ありませんよ、マッチョダルマ」  
 そう言いながらも、本人も苦しがっているようなのでアッサリ離れる。その辺の絶妙な距離感の見極めは、流石まりやならではだ。  
 左を腰にやりながら、腰まである艶やかな黒髪をサラリと右手で掻き上げる仕草は、コイツが元演劇部である事をさっ引いても芝居気たっぷりで、そのクセおそろしく様になっている。  
 あ、今も廊下を歩く男子生徒が数人、見惚れて顔を赤らめている。まだ入学一週間目だから、コイツの正体知らんのだろうなぁ。  
 「誰がマッチョダルマだ、誰が!」  
 哲朗にしては珍しく、レスポンスが早いが……。  
 「もちろん、あなたです」  
 「てつろ、まっちょだるま?」  
 「まぁ、知り合いで該当しそうなのはコイツしかいないな」  
 俺達3人に即答されてあえなく撃沈する。  
 「まぁ、そんなコトはさて置き……」  
 「さておくな〜!」と言う声はアッサリ無視して、ちょうどカフェテラス前まで来てたので、空席を探す。  
 「まりやも一緒に昼飯食うつもりだろ? この時間で4人分まとめて座れるとこがあるかね?」  
 
 カフェテラスは、当然ながら昼飯時の人気スポットなので、少し出遅れ気味な今日なんかマズいんだが。  
 「ご心配なく、私が先に確保しておきましたから……。そこの動く蛋白質塊も、床でいぢけてないで、さっさとお昼を摂らないと、ご自慢の上腕二頭筋と僧帽筋が衰えますよ?」  
 「なにっ!? ソイツは、マズいな。廉太郎、さっさと飯食おうぜ!」  
 その如才なさと言い、哲朗の扱いと言い、流石まりやだな。  
 
 俺達4人はいずれも家から弁当持参なので、まりやが確保した席に着いたら、即食べることができる。  
 とは言え、一応飲み物は必要だろうと、俺は給湯器から熱いお茶を4人分確保してくることにした。  
 トレイに4人分のお茶を載せて戻ると、友だち甲斐のない哲朗がガツガツ食べ始めているのは、まぁいつものコトだ。  
 「あら、タマちゃん、このコロッケ、もしかしなくてもお手製かしら?」  
 「うん、カニクリーム。れんたろー、このあいだ作ったら、よろこんでくれたから」  
 「あらら〜、恋するお嫁さん候補は、けなげですねぇ」  
 「でも、ママさんの足もとにもおよばない……。まりやの肉まきごぼうもおいしそう」  
 「うふふ……そりゃあ、乙女歴は私の方がずっと上ですもの。まだまだタマちゃんに負けるワケにはいきませんわ」  
 美少女ふたりがお弁当を広げて仲睦まじくプチ品評会している様子は、傍目には微笑ましいんだが……。  
 これで、このふたりが、元男と男の娘ってのは、ある意味詐欺だよなぁ。  
 武ノ内毬哉。日舞の家元・武ノ内家の跡取りで、そちら方面での評判も高い御令嬢……ではなく御子息。  
 ただし、幼い頃から、服装・外見・声・立ち居振る舞いから性格に至るまでほぼ完全に女の子で、学校にも女子制服での通学が認められている。  
 一応、クラスで自己紹介した時は、男であることをカミングアウトしたらしいが、本人の意識も周囲の扱いも、ほぼ完全に女生徒へのソレだ。着替えも女子更衣室でして、誰も咎めないらしいし。  
 「なんで、俺の周囲には、こういう濃いメンツが集まるのかねぇ」  
 いいヤツであることは確かなんだが……と、コッソリ溜息をついてしまう俺だった。  
 
 「ところで、皆さんは、どのクラブに入るか、もう決めましたか?」  
 学校生活のささやかな楽しみである昼飯を、ある者はガツガツと、ある者はパクパクと、いずれも健啖な食欲を見せて平らげ、ひと息入れてるところで、俺達3人の顔を見回してまりやが尋ねてきた。  
 「クラブ……部活かぁ。その辺はあんまり考えてなかったなぁ」  
 と言うか、色々あってそれどころではなかった、という方が正解だろう。  
 珠希の方に視線を投げると、わかっているのかいないのか、きょとんとした顔で俺を見つめ返し、すぐに「ホニャッ」とした笑顔を向けてくる。  
 激しく癒される反応だが、ここでかいぐりモードに突入すると、おそらく昼休みが丸々潰れると思うので、我慢我慢。  
 「哲朗は、運動部ならよりどりみどりだろ? どうするんだ?」  
 「うむ。しかし、俺の神聖なる筋肉を特定のクラブのみに捧げてよいものか、悩むところだ……」  
 
 脳味噌に行くべき栄養素や経験値の9割方が首から下にフィードバックされたんじゃないかと思う哲朗の運動能力は、身内の贔屓目を除いても、およそ人間離れしているからな。たいていの競技や球技も優秀な成績を叩きだすし。  
 「空手部や柔道部などには、いきませんの?」  
 まりやがそう聞いたのは、哲朗の実家が古流武術の宗家だと知ってるからだろうが、哲朗はあっさり首を横に振った。。  
 「うんにゃ。入学式の翌日に行ってみたんだけどな」  
 肩をすくめる哲朗の様子からして、おそらくは期待外れだったのだろう。  
 ──こんな人類の規格外を相手にさせられた先輩諸氏に、俺は心底同情するが。  
 なにせ、中1の時に道で後ろから外車に3メートル程跳ね飛ばされたにも関わらず、アスファルトの上からケロッとした顔で起き上がってきたからなぁ。  
 本人いわく、「受け身さえとれば、この程度の衝撃、問題ない」って言ってたけど……背後から跳ねられて無傷とか、どんだけ〜。  
 そのタフさを別にしても、純粋なパワーとスピード自体も桁外れだ。それだけでも脅威なのに、まがりなりも一つの流派の跡取りとして、小さい頃から仕込まれてるし。  
 武道以外の球技なんかでも、コイツのパワー&スピード&スタミナは遺憾なく発揮される。まぁ、「バカ」だから時々ルールを忘れるのがネックだが、そこは「バカ」だから仕方ない。  
 「……何やら、ひどく「バカ」にされたような気がするんだが」  
 珍しく鋭いな、哲朗。  
 「安心しろ。事実を端的に述べただけで、誹謗中傷は一切してないから」  
 「む、ならばよし!」  
 ウムウムと腕組みして頷いてる哲朗と肩をすくめる俺を、まりやはアルカイックな微笑を湛えて見守り、一方珠希は困ったような顔をしている。  
 やっぱり珠希はやさしいなぁ。  
 「珠希は、何かしたいこととかないのか?」  
 「ふみ? うーーん、「やきぅ」とか「さっかー」には、ちょっときょうみはあるけど……」  
 コイツが言ってるのは、間違いなく観戦じゃなく実地の方だよな?  
 生憎、ウチの学校には女子野球部も女子サッカー部もないからなぁ。無論、マネージャーにして他の男の着たモン洗濯させるのは論外だ。  
 「だったら、れんたろーといっしょの部がいい!」  
 そう言ってくれるのは有難い限りだが……。  
 「その運動能力を活かさないのは、もったいない気もするな」  
 元猫・現人(猫又)という経歴のおかげか、珠希もまた運動能力全般がハンパじゃなくいいんだよな。  
 「あら、でしたら、廉太郎が何か運動部に入ればよろしいのではありませんか?」  
 よしてくれ。俺は、このグループでは頭脳労働担当って決まってるだろ。まぁ、悪知恵関係では、まりやに勝てる気がしねーけど。  
 「ヒドい! 偏見ですわ。わたくしは、こんなにも素直で純粋ですのに……」  
 よよよ、と泣き真似をするまりや。  
 
 「確かに、「自分に」素直で、「おもしろい事に」純粋だわな」  
 「……ストレスを溜めないことが、美容の秘訣ですのよ?」  
 その分、周囲にしわ寄せがイッてる気もするけどな!  
 と、いつものようにオチがついたトコロで、まりやが少しだけ声色を改めて、俺達に問いかける。  
 「──わたくしと廉太郎の見解の相違はさておき、もし皆さんが特に入る部活を決めてらっしゃらないようでしたら、わたくしの設立する予定の同好会に入っていただけません?」  
 ?  
 「同好会って……お前、演劇部はどうするんだ?」  
 中学時代のまりやは、看板女優兼脚本家として、それまで無名だったウチの学校の演劇部を、市のコンクールで優勝させた手腕の持ち主だ。  
 当然、高校でも演劇部に入るとばかり思ってたんだが……。  
 「それが……現在、恒聖高校には演劇部は存在しませんの。なんでも昨年度末、あまりに幽霊部員が多いうえ、残った部員も真面目に活動してなかったために、廃部になったそうですわ」  
 明度100%を絵に描いたようなまりやも、流石に少し沈んだ声になっている。  
 「そりゃまた災難だったな、まりや」  
 「まりや、ふぁいと!」  
 俺と珠希が慰めるが、まりやは微笑って、首を振る。  
 「いえ、確かに残念ではありましたけど、コレもよい機会かと思うのです。  
 舞台に立つことは好きですけど、わたくし、それ意外にも以前から温めてきました腹案がありますの」  
 「へ? 同好会って、演劇のじゃねーのか?」  
 哲朗が口にした疑問は、俺も同感だった。てっきり、無くなった演劇部の代わりを作るとばかり……。  
 「違いますわ。第一、演劇サークルを立ち上げ、3人が協力してくださるとしても合計4人。これでは普通の劇の上演は難しいでしょう?」  
 まぁ、そう言われれば、確かに。  
 劇については素人だからあまり詳しいことはわからんが、上演時に照明と音楽がひとりずつ必要として、残るふたりで俳優をすることになる。  
 俳優ひとりふたりの舞台も中にはあるんだろうけど、役者の少なさは確実に足枷になるだろうしな。  
 「わたくしが考えていますのは……端的に言えば「応援部」でしょうか?」  
 「えーと、応援団つーかチアリーディング部は、すでにあるみたいだが。それとも、学ラン着て太鼓叩くアレの方か?」  
 確かに、哲朗ならそういう格好がいかにも様になるだろーが…。  
 「はなのおーえんだん?」  
 ──誰だ、純真無垢な珠希に、あんなオゲレツ漫画読ませた奴は!? いや、ウチの親父以外にありえねーけど。  
 「? まんがじゃなくて、びでおだったよ?」  
 映画版かよ!? 漫画以上にニッチだな。まぁ、平成版の方ならB級バイオレンスアクションと言えないこともないが……。  
 いずれにしても、帰ったら親父に3回転半捻りでバカルン超特急をキメることを決意しつつ、俺はまりやに続きを促す。  
 
 「いえ、言い方が悪かったでしょうか。もっとわかりやすく表現するなら……そうですね、さしづめ「お助け部」とでも言うべきクラブですわ」  
 まりやの説明したサークルの主旨は、要するに「人手が足りなくて困っている部活を臨時でサポートする」というものらしい。  
 「要は人材派遣会社みたいなモンか?」  
 「的確なたとえですけど……その言い方は夢がありませんわ」  
 と、まりやはムクれたものの、「だいたいあってる」というコトなんだろう。  
 「筋肉男とタマちゃんが所属してくだされば、男女とも運動部へのサポートは完璧でしょう? 芸事関係はわたくしが、それ以外の文化部関係は廉太郎が担当すれば、十分機能すると思うのですけど」  
 その布陣だと、俺はオマケのいらない子に聞こえるんだが……。  
 「いえいえ。むしろ、ある意味万能ユニットとして貴方の活躍に期待してますのよ?」  
 要するに器用貧乏ってコトね、ハイハイ。  
 
 結局、俺達3人は、まりやの思惑に乗ってみることにした。  
 なんだかんだ言って、中学時代は、それぞれ別個の部活──まりやは演劇部、俺は電脳部、哲朗は帰宅部?──に属してたから、一緒に行動する機会は限られてたからな。  
 それに、このふたり相手なら、珠希の件で俺もヘンに気を使わずに済むし。  
 「それじゃあ、同好会成立のための手続きは、わたくしお任せください。放課後までに書類を書いて、生徒会に提出しておきますわ」  
 
 

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