親戚で幼馴染み。田舎では良くあるカテゴリで育った私達は一緒に近所のお寺を走り回り、例に漏れず思春期手前には顔を合わせなくなり、別々の高校へ進学してからは家族の話題に昇る事も無くなった。  
「信(しん)君、覚えてる?」  
 お母さん、さすがに幼馴染みの名前くらい覚えてるよ。  
「東京行くんですって、長男なのに、あの両親も・・・」  
 ぺちゃくちゃとお喋りを続けるお母さんから、久しぶりに聞いた名前はもう、上手く顔が思い出せない。  
 
 大学を卒業して教師になった私は、何となく故郷を離れられず一人暮らしをしながらも、週末には良く両親の顔を見に行っている。半同棲している彼氏はまだまだ甘えん坊だと笑うけど・・・。  
「陽子ちゃん結婚だってさ。本当に年月は早いな〜」  
 陽子・・・信くんのお姉さんか、歳が一回り離れてるから全然知らないけど。  
「東京でやるの?確か上京してたよね」  
 私の何て事無い質問にお父さんは細かく答えてくれる。  
「何でも旦那さんが、良くこっち来るみたいでよ?んでその両親は蕎麦が大好物って話で・・・」  
 だからこっちで結婚式か。  
「信も来るらしいぞ?勘当していたらしいが・・・」  
 この界隈じゃ有名な話。勝手に仕事を辞めた信くんを、彼のお父さんは許せなかったらしい。  
 
 
「お父さんも行くの?」  
「ああ、呼ばれてるし美味いご飯食べれるからな」  
「ふうん・・・」  
 結婚かぁ、何でこの言葉はあまり知らない人の事でも、少し幸せな気持ちになるのだろう。  
「何だ、真奈も行くか?」  
「行かない行かない、陽子さんって面識無いもの」  
「久しぶりに信と話たら良いじゃないか」  
 信くんか・・・。もう知らない人だよお父さん。  
「ううん。明日買い物あるからさ?よろしく言っといてよ」  
「そうか?まぁ恥ずかしいか!」  
「飲み過ぎだよお父さん!」  
 
 シャワーを浴び終ると皆寝ていて、この田舎から家族の喧騒が無くなると本当に静かになる。確か結婚式は明日だから、もう信くんは来てるのかな?  
 此処から10メートルも無い、あの家に。  
 携帯を開くと無意識にさ行を選択。  
 久しぶりと短い言葉。  
 でも、このアドレスは中学時代に交換した古い古い繋がり。  
 案の定、送信したメールは機械的な文面で、もうその人が過去の人である事を伝えるため返って来た。  
「何してんだろ、私」  
   
 溜息を吐き、携帯を閉じると見計らった様に彼氏からのメール。この時間は仕事だし、そもそもあまりメールを得意としない人だったのに。  
「珍しい」  
 付き合ったばかりの懐かしく喜びを感じながらキイを押すと、まるで別人の様なテンションで、一日あった事を楽しそうに、その時間が特別だった事がきちんと伝わる様にチョイスされた言葉の羅列があった。私じゃない誰かに向けられた、キラキラとした言葉の羅列が。  
「馬鹿なんだから・・・気付かないフリ、してたのに」  
 楽しかったのは判るけど、相手はキチンと確認しようね?  
 素早く打ち込み、送信を確認したらさっさと電源は切ってしまう。  
 荷物片してね?って打ち忘れ、まいっかと惨劇の舞台をソファーへ投げ捨てる。  
 家族は未だ知らないので、そっとバッグから煙草を取り出した。外で吸うのは絶対寒いけど、コートは二階の自室にあるので、一瞬考えてから結局諦め、素足にサンダルを突っ掛ける。  
「さっむい・・・」  
 
 市街地にアパートを借りていた私には、県内なのに随分気温が違って思える。内から来る震えを噛み殺しながら煙草に火を点けると、何処かから違う煙草の匂いがした。ああ、きっと私みたいにしょうもない気付かいをしているのだろう。「ふふ」  
 街明かりの届かない空は、うんと綺麗な星が見れる。この事を教えてくれたのは誰だったか思い出せないけど、今はありがとうと言っておく。  
「あっ」  
 私はどうやら、泣いていたらしい。  
 
 

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