とある古城を買い取り別荘にしようとしていた女が、塔の中で怪しげな人影を見た。  
 初めは幽霊かと思いきやどうやらそうでもないようで、正体は若く美しい青年だった。  
 不動産屋が近隣に住んでいる者に、この古城の管理を任せていたのだろう。  
 この城の持ち主になるかもしれないのだが、この城のいわくありげな話などあるのかと興味本位で聞いてみた。  
 すると、青年は魅力的な笑顔で語りだす。  
 
「昔々、このあたり一帯を治めていた王様がいたんですよ、その彼のお話を一つ」  
 
 物語はよくある――悲しい身分差の物語。  
 ある落ちぶれた下級貴族の少女が、働き口を求め幼馴染の青年に頼った。  
 幼馴染の青年は伯爵を父に持ち、この国の王の妹の息子で王位継承権をもつ。  
 身分の差があれど、隣の領地だからという縁で少女の事をとても大事にしていた。  
 そんな彼が最近悩んでいたことは、いとこの王子が教育係を次々と辞めさせていく事。  
 少女は小さい頃に患った病の所為で、この国ではめったに見る事の出来ない銀の髪を持っていた。  
 その目立つ外見の所為で社交の場に出ることはなく、本を読んでいる方が幸せという変わり者でもあり才女だった。  
 もしかしたらそんな少女だったら、上手くいくかもしれないと王子に紹介される事となった。  
 青年は王宮で少女にいつでも会えるという……下心もあることは少女には言えなかった。  
 
 ある日王子に紹介された少女は驚いた。  
 幼馴染の青年の過去の記憶の姿とうり二つの少年だったからだ。  
 そのせいで、昔を思い出し青年が子供になってしまったかのように錯覚する。  
 つい王子になれなれしい態度をとってしまった少女は、面接に落ちたのだと思った。  
 
 反対に、王子は見たことのない藤色に光る白銀の髪を持ち、白い肌の華奢な少女の事を、妖精の様だと思っていた。  
 そしてどんな質問にも答えてくれる知識量の多さはアルフヘイムの賢人のようにも思えた。  
 しかし今までの癇癪持ちの癖で、少女に酷い態度を取ってしまう。  
   
 そんな二人は長い年月を掛けて段々と仲良くなっていった。  
 お互いに恋心を秘めていると気が付いた時には、王子の隣国の王女との婚姻話が水面下ですすんだ頃だった。  
 
 賢い彼女は悟っていた……これは叶わない、叶ってはいけない恋だと。  
 恋に落ちた愚かな男は心の奥底で望んでいた……彼女を手に入れたい、どんなことをしてもと。  
 
 彼女は諦めようと思っていた。  
 もしこの気持ちが通じたとしても側室の一人になるだけしかなく。  
 それはこれから嫁ぐ王女の体面に泥を塗り、輿入れの妨げになると。  
 王子への気持ちを振り切る為に、仕事を辞して、この経験を生かし内密に他家の家庭教師の仕事を探そうとしていた矢先。  
 ところが、ある夜。  
 宴で酔った王子が気持ちを抑えることが出来ず、彼女の部屋を訪れた。  
 自分の婚約の事を聞かされて、いつもは飲まぬ酒を同様の為飲みすぎてしまったのだ。  
 酒の勢いで、彼女の体を貪った。  
 欲しくて――欲しくてたまらなかったのは、体ではなく心だったのに。  
 
 無理矢理に。好きな人とはいえ酒臭い王子に犯された少女は。  
 行為が終わり満足し、深い眠りについた王子を涙目で見つめた後に、部屋を後にした。  
 そして誰もいない井戸で、体を清める。  
 喜ばしいはずの行為は――初めての女の都合も考えない一方的な行為の為と、さまざまな感情がいり交り、苦痛でしかなかった。  
 それを、幼馴染の青年に見られてしまう。  
 部屋を訪ねたのに、夜にどこかに行こうとしている幼馴染を心配しての行動。  
 青年は、どうしたらいいかわからないと泣き崩れる彼女に、自分のショックを隠し、酔った王子を青年の控室に連れて行った。  
 そして彼女に言う。「これは夢だった」のだと。  
 
 次の日青年の部屋で起きた王子は夢うつつで、青年の作り上げた嘘を信じた。  
 彼女に会っても態度もいつもと変わりなく冷静で、彼女を強姦した記憶は、ただの自分の都合のいい夢だと、そう思いこむ。  
 
 一方彼女は、顔は冷静を装いながらも絶望に陥っていった。  
 早く次の職を探さなければと焦るほど、あの夜の事が忘れられず、王子の事も思いきれない。  
 そうだ、あんな事をされても彼女は王子の事が結局好きなのだ。  
 閨の中の繰り言だとしても「愛してる」そう囁かれたのは彼女の心を十分にとらえて離さない。  
 ずるずるとおそばに居る事を引き延ばしているのではないか、そう思い、尼僧になる決心をつける。  
 尼になってしまえば、この思いを払しょくできるのでは。  
 そんなささやかな願いは、月の物が二か月遅れ、ちょっとしたきっかけで吐き気が止まらなくなったことで彼女の望みを絶った。  
 腹の中に王子の子がいる。  
 それは考えてもみず、王子の第一子ということになる。聡い彼女には恐ろしい事だった。  
 また彼女を心配し、気にかけていたためにそれを察した幼馴染が、相談に乗る。  
 同時に信じられない言葉を吐いた。  
 ――結婚しよう、と。  
 王の子種は絶やすことは出来ず、堕ろすことは罪深い。  
 かといって制御の出来ない市政に紛れてはどのような事になるのか。  
 下手な貴族の手に渡り、王位を脅かすことになるよりは、自分の子とすればいいと。  
 万一王子にうり二つでも、王子にそっくりで血のつながりのある青年なら誤魔化せると。  
 
 彼女は、渋った。  
 このような自分の為に青年の人生を変えていいのかと。  
 青年は望んだ、見ているだけで何もできなかった自分が、彼女にできる最高の事。  
 青年の長い説得を受け、彼女は彼のよき伴侶になろうと思った。  
 子供の未来の為に。青年への恩返しの為に。  
 
 一方王子は彼女との淫らな夢を見てから、思いは日に日に募っていた。  
 彼女の態度も、自分を好きでいてくれると……うぬぼれではない切ない目で見つめられるたびに。  
 酒の力を借りなくとも、何度手を出しそうになったかは知れない。  
 思いを打ち明けよう。そう決心した日、授業の後に、彼女が職を辞すと言った。聞き間違えだと思った。  
 よりにもよって、自分とうり二つの従兄と結婚すると。  
 そしてすでに従兄の子が宿っていると。  
 
 いつもの自分を見つめる熱のこもった切ない瞳は――。  
 そう考えた瞬間に、王子の理性は脆くも崩れ去った。  
 混乱する彼女を寝室に連れ込み、無理矢理拘束し、まだこちらの方は教えてもらってなかったなと下種な言葉を吐き、彼女を犯す。  
 すでに使用済みなのだから、なんでもない事だろう?と。暴言を吐きながら、同時に従兄に抱かれる彼女を想像し、傷つけ、傷ついていく。  
 飽きるほどやりつくし、それでもなお手放さず、監禁する。  
 すぐに侍従長や父が苦言を呈すが、聞き入れない。  
 下手に遊ぶよりは、妊婦と遊んだ方が安心でしょう……アンタたちは。  
 そう狂気じみた言葉を吐くだけで、彼女をスケープゴートのように差し出し、隣国にばれぬように体裁を整えるのは分かっていた。  
 もう、手放さない。絶対に。  
 
 
 
 
「そう言って、王子は自分の持っている領地のこの塔に彼女を閉じ込めることにしたんですよ」  
「それはまた、物騒な話ね……で、どうなったの?」  
「え、ああ、彼女は塔から身を投げて自殺し……」  
「またまた悲惨な……ってそっちも気になるけど」  
「はい?」  
「その幼馴染とやらはどうしたの、純愛!って感じで可哀そうなのに。  
 だってずっと見てたんでしょ?その彼女の事」  
「では、続きを話すとしますか。おや?もうこんな時間だ、また会った時にお話ししますよ」  
「え、ちょっと!」  
「ではまた今度」  
 
続く  
 
 

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