海の花女学園校舎屋上。
ポニーテールの少女が眼下に広がる荒地を眺めている。
彼女の名は黛 皐月(まゆずみ さつき)、海の花女学園1年生の16歳の少女である。
「・・・何か見えるの?」
後ろから呼びかけられ振りかえると、なにかと彼女と気のあう2年生の唐沢美樹が立っていた。
「いえ、ただこうして見ていると本当にわけのわからない所に来ているのだなぁと思って」
「そうだね、ここに来てもう5日目」
「たった5日・・・先輩、私は憧れのこのハナジョに入れて、毎日が祭りみたいだったのが遠い昔のように思えるよ」
「私もまったく同じだよ、メイ」
皐月をあだ名で呼んだ美樹は彼女の横に並び、同じように荒地を眺めた。
しばらく無言の時が流れたあと皐月は言った。
「ねえ先輩、私やってみたい事があるの」
「うん?」
「生徒が何人か行方不明になっているの知ってるでしょう?」
知らないわけがない、美樹と気のあう同級生だった清水久美もクラスメートの秋月京子と共に姿を消してしまったのだ。
「そして化け物が出ることも」
「・・・食堂に出たとかいうでかい猿のことだね」
「いや、それだけじゃなくもっといろんな化け物が学校の周りをうろついてるという噂も」
「知ってるよ。信じたく無いけど、警備員だけでなく先生たちまで木刀やステッキをもって見まわっているもの」
「だから私もそれをやろうと思うの、見まわっている中には白川先生や鈴木先生のような運動が苦手な人達も混じってるし」
「そうだね、言っちゃ悪いけどメイの方がはるかにマシだね」
皐月は1年生ながら、剣道部において一、二を争そう実力者である。
さらに剣術を今は亡き有段者の祖父から教えられ、彼の持っていた真剣も使いこなせるほどの腕前なのだった。
「だから私は自分も見まわりに加えてほしいと校長先生に頼みに行ったのだけど」
だが校長は「私達は貴方達を守るべき立場にある教師です。その私達が生徒をむざむざ危険な場所に行かすわけにはいけません」
とやんわりとしかしきっぱりと諭したのだった。
校長の気持ちも理解できたのでその場は引き下がった皐月だが、自分の親しい同級生や先輩達が危険にさらされている中で自分の力を発揮できないことに苛立ちも覚えていたのである。
それから数十分後、1階まで降りて来た皐月と美樹は「ギャー!!!」という少女に悲鳴を聞いた。
声は校舎の裏手から聞こえてきた。
皐月は入口近くの傘立てに忘れられていた1本の傘を手に取って声のした方向に向かって駆け出し、つられるように美樹もあとを追った。
「!!」
校舎裏で彼女達は一人の生徒が灰色の体毛に覆われた怪物に組み伏せられているのを見た。
「ばっ、化け猫!」という美樹の呟きのとおりその怪物は人間の体格をした猫だったのだ。
身長は165cmくらいだろうか、しかし皐月はそれに押さえつけられている生徒の顔にくぎづけになった。
「・・・可奈子」
マリンブルーのブレザーやワイシャツ、ブラジャーを引き裂かれ、あられもない姿にされていたのは皐月のクラスメートの伊藤可奈子だった。
この時、皐月の心にわき起こったのは恐怖ではなく怒りだった。
「このーっ!!!」
皐月は怪猫に傘で殴りかかった。
怪猫はすばやく可奈子の身体から離れ、その攻撃をかわし今度は皐月を組み伏せようと襲いかかった。
身体ごと飛びかかって来るその攻撃を、皐月は紙一重できれいにかわした。
「だれか〜っ!!だれか来て〜っ!!」
美樹が大声で叫ぶ。
そして皐月が怪猫の3回目の攻撃をかわしたとき、
「どうしたの!?」
向こうから手に武器を持った見回りの警備員と教師達数人が駆けつけてきた。
怪猫はそれらを見るといまいましそうに皐月を睨み、すばやく逃げ去った。
駆けつけた教師達により可奈子は医務室に運ばれた。
まだ犯されてはいなかったけれど、かなり精神的にショックを受けているとの事だった。
翌日から皐月は木刀を持って校内を歩くようになった。
教師達は最初は良い顔をしなかったが「見まわりではなく、あくまで自分の身を守るため」という皐月の反論に押され黙認する形となった。
これは大人達の見まわりをかいくぐって怪物が校舎の近くで生徒を襲ったという事実も大きかったこともある。
この事件により皐月を見習い木刀やソフトボール部の金属バットから清掃用のモップなどを持ち歩く生徒が増えはじめた。
さらに美樹や可奈子の口からあの時の皐月の武勇伝が伝えられ、それまでも人気者だった彼女はますます頼りにされて行った。
7日目の今日も皐月は木刀を持って校内を歩いている。
美樹はその行動が本当は見まわりである事を理解していた。
(祖父より叩き込まれた剣の腕前、真剣も振った経験のある皐月・・・)
その時美樹の脳裏に浮かんだのは剣道部の主将からその存在を聞かされていた、この学校の秘蔵の品である「桜吹雪」という名の日本刀だった。