夕食の風景
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
ぱく、もぐもぐ
「あーん」
「……あーん」
ぱく、もぐもぐ
「あーん」
「……なぁ、そろそろ自分で食べるからさ」
「えー」
私の口元へ運んでいたスプーンを止め、むぅっと膨れる彼女。
「だって、好きなだけすれば良いって、言ってたじゃないですか」
前にそう言った結果、夕飯全てを「あーん」で食べるハメになったんだが。
微妙な顔をしていると、彼女はハッと何かに気づいたように表情を曇らせた。
「もしかして……ご迷惑、でしたか?」
しゅん、と耳まで下げて、じわりと目元に浮かぶ雫。
「いやけしてそういうわけでは」
「本当ですか?」
「ほんとほんと」
「えへへ、良かったです」
にっこりと笑顔を取り戻す彼女。そしてドツボに嵌る自分。
幸せだ。幸せなのだが、ここまで世話をされると何だか申し訳ない。
というか、彼女は私の世話ばかりしていて、さっきから全く食事が進んでいない。
「……君は食べないのか?」
「わたしですか?」
言われ、何のことだか、と言わんばかりにキョトンとした表情を浮かべる彼女。
しかしすぐに笑顔になって、
「わたしは貴方の食べる姿を見ていれば満足ですから」
などとのたまった。
思わず渋面になる。
それを見てか、わたわたと手を振って、
「いや、ちゃんと食べますよ!? 後でちゃんと食べます!」
と付け加えた。
しかし、そういうことじゃないんだよなぁ。
「せっかく二人で食卓についてるんだから、一緒に食べたい」
そう言ってやった。
「そ、そうですか? そうですよね!」
喜色は浮かんでいるが、やっぱりちょっと残念そうな彼女。
ああ、そうか。こうすれば良かったのか。
私はスプーンでスープをひとすくいして、彼女に差し出した。
「じゃあ、はい。あーん」
「ふぇっ!?」
彼女は驚いたように差し出されたスプーンと私の顔を見比べると、見る見るうちに耳の先まで真っ赤になってしまった。
そのまま反応を窺っていると、意を決したのかおずおずと口を開いた。
「あ……あーん」
「えい」
彼女の小さな口にスプーンを差し込み、スープを注ぐ。
彼女はしばらくスープを味わい、やがてコクリと飲み込んだ。
「おいしい?」
「おいしい……です」
赤く染まった顔を隠すように俯き、恥ずかしそうな小さな声で、彼女は答えた。
その反応に満足して、スープをすくうと、
「あ、あの……あーん……」
目を閉じ、雛鳥のように口を開ける彼女を見て、私は笑みが止まらなくなった。
私たちの幸せな夕食は、まだしばらく終わりそうにない。