埋め小ネタ――『ゆがみ』  
 
 
「私のこと、好きなんかじゃないんだよね?」  
 白いブラウスのボタンをふたつ外したとき、彼女は小さくつぶやいた。  
「だってさ、こんな体の女なんて、好きなわけないよ。絶対」  
 その声はかすかに震えている。  
 僕は彼女の顔を見る。うつむいて目を合わせようとしない彼女に、そんなことないよ、  
好きだよ、と言って首を振る。  
 一番下までボタンを外しブラウスを左右に開く。袖から腕を抜いてやると、下着だけを  
残して彼女の上半身があらわになり、下を向いた顔が恥辱と苦悶に満ちる。初めて裸身を  
見られた少女のような、強い緊張と動揺が僕にもはっきり伝わってくる。  
 彼女の胸には大きな傷があった。  
 幼いころの事故が原因で、向かって右側、彼女の左鎖骨からヘソのあたりに至るまで、  
幅太く深い傷跡が残っていた。本来乳房のあるべき場所はえぐれ、ところどころデコボコと  
赤黒い肉が盛り上がり、産毛も生えず異様にツルツルしていて、肌のあたたかみといった  
ものはまったく感じられない。対して右胸には傷はないが、不具となった半身を補うように  
乳房や腰が過剰に成長し、信じられないほど肉がついてしまっている。  
 彼女は、まるで左側と右側で別の生物が合体したような、いびつな姿をしていた。  
「うそだよ、絶対うそ、だってこんなだよ、こんなんで好きになってもらえるわけない」  
 下着へ手を伸ばそうとする僕に、彼女が消え入りそうな声で続ける。  
 たしかにこの異形の肉体を見れば、誰もが目を疑い、声を失うだろう。彼女が事故に遭う  
前からいつも一緒にいて、もうすっかり平気になっている僕以外は。  
 彼女は職場では一切を秘密にしている。おのれの異形を必死で隠しながら普通の生活を  
送るというのは、おそらく僕の想像もつかないほどつらいことだと思う。  
 偽りの日常のなか蓄積されるどうしようもないゆがみは、こうして僕とふたりでいる  
時にだけ、解き放つことができるのだ。  
 そんなことないよ。僕はもう一度言って、彼女を守る錠のようなフロントホックに指をかけた。  
 
 下着は右の乳房に合わせたものなのでひどく大きい。丸々と張り出していた乳房が、  
ホックが外された途端はじけるように飛び出して、すぐ重力に負けぬるりと垂れ下がる。  
いっぽう左胸では、詰めていたパッドが落ち中のえぐれた部分が丸見えになる。性徴前の  
子供のような直線といえば聞こえはいいが、成人女性の胸としてはやはり異常に鋭角的で、  
その薄すぎる脂肪と筋肉の奥に心臓が動いている様子さえわかる。  
 僕はだらしなく垂れた乳房を左手で掴み、片手では持て余す肉のボリュームを感じながら、  
脈打つ心臓部の赤い肌に頬を寄せた。ほとんど剥き出しにさらされているその臓器はとても熱い。  
僕の頬を感じて彼女の身が固くこわばり、鼓動のビートがさらに上がる。  
「ほんとは私のことなんて何とも思ってないんでしょう?」  
 せつないほどに激しく胸を波打たせながら、また彼女が言う。  
「ただ幼馴染だから優しくしてるだけでしょう? ただ同情してくれてるだけ、  
 愛情とかそんなものじゃない、こんなみにくい体した女、誰にも愛されるわけないよ」  
 彼女はいつもこの調子で、行為の最中ずっとみずからを貶め続ける。見えない罪への罰を  
与えるかのように。  
「女……そう、女の体じゃないもんね。人間の体じゃないよ、こんなの」  
 日々抑圧されている感情を、僕の前でだけは隠そうとしない。  
 頭の上で聞こえる声はいよいよ涙の響きをおびてくる。  
 そんなことない、好きだよ。何の癒しにもならなくても、僕は言い続ける。  
 彼女は体も心も徹底的にゆがんでいる。そのゆがみのすべてを、僕は受け止めるのだ。  
「ん、んっ……」  
 左手の指を動かしているうちに、色の濃い親指大の乳首が固くふくらんでくる。  
 彼女のえぐれた左胸の乳首は欠損している。その分、右の乳房の先端は愛撫の刺激を鋭く感じ、  
貪欲に反応するのだ。指先で撫でまわし、軽くつまんで引っぱったり、逆に指がうずまるほどに  
押し込んだりしていると、後ろ向きな言葉をつむいでいた彼女の口から甘いため息がもれる。  
「気持ち……いいよ、……ねえ、私、気持ちよくなってもいいの……?」  
 この体がたしかに女体であるということを、彼女に伝える。それこそが僕と彼女の性行為の  
本質なのだ。  
 
 僕は彼女をベッドに横たえ、股間の下着を取り去った。茂みの奥にあらわれた器官は  
疑いようもなく人間のものであり、きちんと女の形をしている。  
「そこだけはまともだよね……? だからもうそこだけ見てて。そこを見られてる時だけ、  
 私は女でいられる。そこでつながってる時だけ、自分のこと女だって思えるのよ」  
 彼女の言葉どおり、割れ目の谷の奥はもう十分に準備ができていて、口を開けて僕との  
交わりを切望していた。すぐに僕は屹立した肉茎をあてがい、彼女に応えた。  
「んっ……ぅんんっ……」  
 ゆっくりと、しかし力強く腰を沈め、彼女の女に僕の男を受け入れさせる。  
 中の熱くやわらかな肉を分け入り、ひだをこすって、僕の脈動を彼女に感じさせる。  
「ねえ、私の……気持ちいい? ちゃんと気持ちいい? ねえ……」  
 大丈夫だよ、気持ちいいよ。執拗なくらい尋ねてくる彼女の顔を真下に見据え、僕は言う。  
 腰を動かしながら視線を少し下にそらすと、彼女はそれを敏感に察知して、両手を伸ばし  
僕の頭をぐっと掴んだ。  
「おっぱい見ちゃだめだよ、萎えちゃうでしょう?  
 目つぶってよ、ね、今つながってるとこだけで私を感じて、おねがい……」  
 彼女の悲愴な思いが伝わってきて、僕の胸にたとえようのない愛おしさが広がる。  
 その感情はすぐさま僕に高まりをもたらした。  
「あ、やめ……!」  
 僕は彼女の手を振りほどくと、眼下の平らな胸に唇を押しつけた。彼女の悲鳴じみた声が  
聞こえる、かまわずに赤い胸へ舌を這わせる。月面のように広がっている不均整な肉の肌を  
丁寧になぞると、彼女は身を震わせ声をあげた。  
「やめっ、やめて、やめて、おねがい……っ、や、あ……」  
 しかし僕は伝えたかった、彼女のあらゆる部分を愛しているのだと。どんなに無様な格好を  
していても彼女の肉体は僕を感じて反応してくれている、立派な女体なのだから。  
 彼女の心臓が爆発してしまいそうなほど脈打っている。それを横目に見ながら僕は、かつて  
愛らしいピンク色の乳首があっただろう場所を、唇で強く吸った。  
「あひっ、ひああ、あっ、っ……!」  
 僕の茎をつつんでいた肉壷が強く収縮して、同時に彼女の全身が細かく震えた。  
 ピンと背をのけぞらせ、僕に胸を押しつけるようにして女の快楽を味わっている。  
 僕は唇に熱い鼓動を感じながら、彼女の腰を強く抱き、すべての精を放った。  
 
「大好きだよ……、ずっと、ずーっと、そばにいてね。ね……」  
 明日が来れば、また彼女はゆがみ始める。  
 事が終わりぐったりと惚けている今この時だけ、彼女はまっすぐな笑顔を僕に向けるのだ。  
 
(おわり)  
 
 

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