「おはよう」 
「おはようございます」 
朝の海の花女学園に、明るく、爽やかな少女達の声が重なりあう。 
広いエントランスに大きく取られた窓は学園の面する海の蒼と清々しい陽光を 
存分に映しこんでいる。 
HRの時刻も近づき、少しだけ慌しさを増した玄関。 
一年生側の靴箱の前で、途方に暮れる生徒が一人いた。 
黛皐月。 
右手に靴箱の蓋をもち、左手に白やピンクの封筒を持ち、じっと封筒を見つめている。 
封筒裏には、何もかかれていない。 
封筒の中身は――読まなくても、わかってる。女生徒からの、好きですという手紙。 
「ぁう…… どうしたら良いんだろう……」 
「メイ、おはよう!」 
どん!と鞄で皐月の背を叩く生徒がいた。クラス委員長を務める闊達な娘だ。 
「ぼうっとしてると遅刻…… って、まぁた貰ったの、この子は」 
「うん…… どうしよう、これ、返事だそうにも名前がないし、 
 返そうと思っても誰が入れたかわかんないし……」 
「その子達はメイに気持ちを伝えられたら満足、なの。 
 メイが気にすることじゃないのー。」 
言いながら委員長は靴を履き替え、廊下に向かい歩いてゆく。 
皐月も慌てて、封筒を小脇に挟むと上履きを取り出す。 
「でもでも、悪いじゃない。そういうの……  
 ああもう、どうしたらいいんだろう。 
 直接話に来てくれたらいいのに……私誰かを嫌ったりなんかしないけどなあ」 
皐月は多少慌しく靴を履き変え、急ぎ足で委員長と並ぶ。 
「だから、直接はいえない好き。で、メイの言う好きとは違う訳。 
 例えば、メイは私のこと好き?」 
「ん? 好き。」 
「たとえ名前が書いてあっても、その調子で返事したりしないでね…… 
 で、持っていくんだ? その匿名ラブレター」 
「うん。もう袋三杯溜まっちゃった。けど、捨てるのは失礼だからね」 
はあああ、と委員長は長く溜息をついた。そのとき、予鈴が鳴り響く。  
 
一斉に掛け出す女生徒達。もちろん皐月も。 
「はよ〜、あ昨日のイケメン見た?」「見た見た、『ばかでぇ!』、きゃっきゃっきゃ!」 
「ぎゃっはっは!」「今日の小テスト界隈先生?」「うん。だよ」「……マジでぇ」「ぶ 
っ殺すぞてめぇ」「おほほほ、オホホホホッ!!」 
 この時間ともなれば廊下を各クラスお約束の短距離走者が駆ける抜ける。プリーツスカ 
ートをはためかせて、カモシカのような細く白い足で階段を蹴る。海の花女学園と言えど 
十数名の遅刻常連者は存在する。ラブレターを大量に貰ってしまう皐月もその一名だ。 
「いくよっ、皐月」 
「ぁ、うんッ」 
 皐月が頷く頃には委員長は駆けていた。皐月も後を追う。階段を三段跳び、四段跳び、 
五段跳びして委員長に追いついて抜かす。委員長の驚いた表情を見る事なく前方ランナー 
の間をすり抜けて教室のドアにて急ブレーキを踏む。後方にいた女子は上手いこと皐月を 
避ける。 
「おはよー皐月」「さっちゃ〜ん!」 
「おはよう!」 
 他のクラスへ向かう女子がする挨拶に応えて、教室を見る。担任はまだ来ていない。来 
た方を見る。へろへろになってよたよたと走り続ける委員長が恨めしそうな目で皐月を見 
つめる。 
「皐月……一つ言いたい事があるの」 
 やっとのことで皐月のもとに辿り着いた委員長が言い放つ。「あなた、ふとりなさい。 
そうよ、太ればいいことずくめじゃない! ストーカー紛いの行為はされない。ラブレタ 
ーの頻度も減る。セクハラもされない……入りましょう?」 
 委員長はふらふらと教室に入ってゆく。皐月は微苦笑し、委員長に続いて教室に入った。 
 刹那、教室からクラッカーボールの鳴る音が聞こえてきた。ぱんっ、パァンと花火大会 
でも起こったかの如く色とりどりの包装紙が委員長を包みこむ。黄色い声援の中、マイク 
を持ったもう一人のクラス委員が不敵な笑みを浮かべて教室に入ってきた委員長を迎え撃 
つ。 
「さあやってまいりました記念すべき百通目のラブレターはいったい誰からのものなのか? 
 ここにおわすは海の花女学園が誇る美少女の中の美少女、黛皐月。麗しの瞳と愛くるし 
い微笑みに悩殺されるは男子ばかりにあらず、近所の野良犬野良猫爺様婆様担任学年主任 
校長教頭近所の子供、むろん我々海の花女学園の女子生徒でさえも例外じゃない。どこの 
アイドルだ黛皐月? 何通貰えば気が済むんだお前の靴箱は郵便受けか? さあ見せてく 
れたまえ君の美しくも細い指で掴んだその封筒には何と書かれている? いやいや今更秘 
密は良くない。君の美しさは小箱の中じゃ窒息して死んでしまう。さあ僕を嫉妬の炎で燃 
えあがらせるような情熱的な……」 
 もう一人のクラス委員は紙吹雪で見えなくなった女生徒の顔に左手を当てて、ゴミを取 
り除いてみた。太い眉、だぶついた頬、ぎらぎらとねめつける二つの目。大きな鼻、大柄 
な体型、これは委員長だった。マイクを向けた先が凡庸な一般ピープルだということに僅 
かに失望したクラス委員は小さなため息をついた。凡庸な一般市民こと委員長はマイクを 
もぎ取り、のそりのそりと教卓に上がる。 
 『あんた達ぃ』と拡声された音が教卓左右に据え付けられた小さなスピーカーから流れ 
る。 
「あんた達、私に向かって美しいなんてよくそんな口が聞けるわね。今日がま口テストで 
平均点いかなかったら、デザート貰うわよ」 
 委員長の高圧的な発言に恐れをなしたのか、お祭り騒ぎだった女生徒の何名もがそそく 
さと床に散らばったゴミを箒とちり取りで拾い集め、綺麗になったところで自らの椅子に 
着席した。 
 なお、がま口とは一限目の英語教師間口弘子の発生の仕方を揶揄した言い回しであり、 
間口先生の小テストのことをがま口テストと称していた。このテストは進学校だからこそ 
の難易度であり、先ほどバカ騒ぎしていた一部の生徒が平均点を取れるかというと心許な 
い。怒りに震えた委員長は両生類の目をしていると影で言われているが、それだけ眼光が 
鋭いからこそ教室が適度に静かになるのだろう。 
「ははっ、やだなぁ委員長。僕らは皐月を祝っただけじゃないか。そんなに目くじら立て 
なくても」 
「座れ。もう授業中だ」 
 皐月がふと後ろを見ると当の間口先生が立っていた。身長百七十でもう少しで六十に達 
する高齢だが、授業がつまらないわけではない。先生は口元に笑みを浮かべ「今日も元気 
ね。このクラス」と言った。皐月は頷いて目を細めた。 
 念のため言っておこう。どのクラスもこうなのではない。たまたま、いや意図的にか、 
アクの強い生徒が集結していただけなのだ。  
 

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