明花に連れてこられて勇介と美咲は海の花女学園の別館にある学生寮の一室に案内された。
そこはチョットした高級ホテルのようなワンルームの部屋で真中に大きな窓があり
入口の左側にシャワールームと一緒になった洗面所があり、さらに入って行くと左の壁際に二つベッドがならんでいた。
「さぁ二人共入って来て、右側が私のベッドだからそこに座っていてね、
今、お菓子とジュースを用意するから」
二人は「うん」と頷いてベッドに座る
しばらくして明花がクッキーやパンケーキ、ジュースを持って来て「はい、遠慮しないでたくさん食べてね」
と言って二人に優しく笑いながら美咲の隣に腰を掛ける
ユウとサキはだいぶ落着いたのか、お腹がすいてる事に気付き「いただきます」と食べ始めた。
二人の「コレおいしいね」とか言い合いながら食べるその顔には笑顔が戻っていた
そんな二人を見て明花は話しかける
「私の名前は李 明花て言うの二人のお名前はなんて言うの?」
「あっ、僕は仲岡勇介です、こっちは妹の…」
「仲岡美咲です。」
「中国人だったんだ、わからなかった」「ユウ兄ちゃんの言ったとおり日本語できるね」
などと話す二人を見て明花は「クスッ」と笑う
「ねっ、二人はどうしてここに居るの?
家や小学校はずっと向う側なのに、」
明花の質問に勇介はこの近くに秘密基地があり、そこで友達と待ち合わせていた事、
一晩を過した事、この先に学校があり、ここを頼って来た事、
来る途中に美咲が何かの怪しい影がこちらを見ていた事などを説明した。
「そう、それは心細かったでしょう……可哀想に」
「ねぇ 李さん、僕達は元の世界に…家に帰れるよね…」
「私、お父さんとお母さんに会いたいよぉ」
勇介、美咲の不安な眼差しに明花は何の根拠も無いけどこう言うしかなかった。
「大丈夫よ、向うからこっちに来たんだから、こっちから向うにだって行けるわよ。
それにここには強いお姉ちゃん達だけじゃなく、凄く頭の良いお姉ちゃん達も居るから、
この世界に来た原因や帰り方も見つけ出してくれるわよ」
そう言うと二人に安堵の笑みが溢れた
明花にとってもそうなって欲しいと言う願いであり希望でもあった。
「それまで寂しいと思うけど我慢してね……あっ、そうだ
今日から私の事を本当のお姉ちゃんと思ってくれていいのよ、
それでこの部屋で一緒に暮らして……うん、それがいいわ、そうしましょう」
「えっ、それは嬉しいけど、そんなの勝手に決めていいの?」
「いいの、いいの、先生には私が責任をもって面倒を見ます、と言えば許してくれるわよ、
それに私、一人っ子だから弟や妹が欲しかったの」
「エヘッ、やったぁ 私、お姉ちゃんがいたらいいなって思ってたから嬉しいなぁ」
サキは隣に座っている明花に甘える様にもたれ込んで笑う
明花もそんなサキを見詰めて微笑んだ
「友達のほとんどは私の事を「ミン」て呼ぶから、二人も私の事をそう呼んでね」
「うん、わかったよミン姉ちゃん、それじゃあ僕の事もユウと呼んでよ」
「ねぇミン姉ちゃん、私の事はサキってよんでね」
「ユウ君にサキちゃんね、わかったわ」
三人が色々と話してる間に外は夕方になっていた
この頃、他の場所でクロオオヒヒの事件が起こっていた事など知る由もなかった。
美咲は「ねぇ、ミン姉ちゃん」と明花に尋ねる
「この部屋、誰かと一緒に住んでるんでしょ」
「うん、ここの学生寮は相部屋だから」
「私達がいたらそのお姉ちゃん困らない?」
「心配しなくても大丈夫よ、そのお姉ちゃんはこれ位で困ったり、怒ったりはしないから、
まあ、あまり愛想はよくないけど気にしないでね!本当に優しい子だから」
「噂をすれば影がさす」とよく言うが、まさしく丁度その時、部屋のドアが開かれ
少し切れ長な目をした端整な顔立ちの少女が弓と矢を携えて入って来た。
「明花、無事なの………その子達は?」
少女は少し呆気にとられて三人を見た、
しかし明花達はもっと呆気にとられて少女を見ていた。
「えっと…この子達は今日から私の弟と妹になったの、それでこれから一緒に暮らしていくのよ」
「…えっ???」
明花は突然の事で何から話していいか分らず、取り合えず大まかに説明した
しかし説明が大まか過ぎた為、少女は全く理解が出来なかった。
確かにこれでは相手に伝わらない!
三人と一人との間に沈黙の空気が流れる……
「そ…それよりもどうしたの? そんな物騒な物を持って」
沈黙を破って、明花は尋ねる
少女は「ハッ」と思い出した様に化物の事件の事を話し出した。
「どうやらまだ、知らない様ね…なんでも、4.50分程前に化物が出たらしいの
何人も見たと言う娘もいるし、それに一人の女子生徒が化物にさらわれる所を
目撃した、て言う娘もいるんだって……」
嘘みたいな話しだけど事実らしいわ、と言う少女の言葉に幼い兄妹は不安な顔になる。
「ユウ兄ちゃん……」
「大丈夫だよ、どんな事があってもサキは兄ちゃんが絶対に守ってやるからな」
明花は二人を元気付ける様に明るく笑いかける
「安心して、この娘は私と一緒に住んでるルームメイトの橘 伊織お姉ちゃんて言うんだけど
さっき言った強いお姉ちゃん達の一人がこの娘なのよ」
明花のその言葉に伊織は素っ気無く言い放つ
「何を言ってるのよ明花、私は強くなんてないわ…」
「また〜伊織こそ何を言ってるのよ、全国から一流の選手が集まる
この海の花女学園、弓道部の一年生エースが強くない訳ないじゃないの」
と明るく言う明花に伊織のさらに素っ気無い言葉が返ってくるだった。
「明花には、あの事を話したから知ってるいでしょ…
それ以来、私がどんなに弱くて、臆病になったかを、そんな私にその子達を……」
守る事なんて出来ないわ、と言いかけたが伊織は言葉を飲んだ、
二人の幼い兄妹の不安な顔と親友の、それは分っているけど…と言う様な何とも言えない
顔を見て、仕方が無いと軽く溜め息をついた。
「んもぅ、わかったわ 出来るだけの事はするから、そんな顔しないの!
でも、あまり期待はしないでね。」
「ありがとう伊織、頼りにしてるね」
明花の顔に名前のとおりの明るい花の様な笑顔がパッと咲いた。
伊織は親友のこの愛らしい笑顔が大好きでしかたがなかった、
明花に「ニコッ」と笑われると、自分がどんなに機嫌が悪くてもそれに釣られて
「ニコッ」と笑ってしまい、怒っていた事など、どうでも良くなってしまうのである。
「頼りって、それじゃあ言い方が違うだけで意味はあまり変わらない気がするんだけど…
まあいいわ、それよりその子達の事をもっと詳しく聞かせてもらえるかしら」
伊織は明花や二人の兄妹から、これまであった事を詳しく聞いて行ったのだった。