彼が部屋に入ると、彼女はただひとつの小さな窓から外を見ていた。  
 そこから見えるのは中庭と城壁の向こうにある林ぐらいのものだったかと思いながら、彼は彼女にひとつ声を掛ける。  
「――星を見ているんですか? 猊下」  
 その問いを受けて、彼女は彼が戻ってきたことに気付いたのか、その小さな肩をぴくりと少しだけ震わせてから振り向いた。  
「はい。昨日教えて貰った、冬の大三角、というのが見えるかな、と思って」  
 その表情はいつものように、小さいけれど立派で可憐な花のよう。  
 色素の薄い肌と、腰の下まで伸びる銀糸の髪。年齢ゆえに幼さを色濃く残し、それでいてどこか大人びた様子を感じさせる顔がそれに拍車を掛ける。  
「ああ…… どうでしょう。見える、のかな」  
「難しいですね。占星術師の方なら詳しいのかもしれませんけど」  
 苦笑して、彼女は窓から離れる。傍のベッドに腰掛けると、その豪奢な法衣に包まれた小さな身体がふわりと沈んだ。  
「私にはちょっと分かりませんでした」  
「残念です。 ――拭い湯の準備ができたから、しましょうか」  
「あ、もうそんな時間でしたか。お願いします」  
 では、と彼は部屋の外に取って返し、湯の入った桶をふたつとタオルを二枚、彼女の部屋の中へと持ち込んだ。  
 それを赤絨毯の上に置いてから、ベッドに腰掛けたまま彼を見守っていた彼女に歩み寄る。  
「では、失礼しますね、猊下」  
「はい」  
 彼は手を伸ばし、彼女の白銀の法衣に触れ、そっと解いていく。  
 法皇のみが身に纏うことを許される、帝国神聖教会僧最高位を示す法衣。  
「はい、腰を上げて。手も挙げてください」  
 それを優しく剥ぎ取って、彼女の細い裸身を露にさせる。彼女は彼とその手を交互に見つめながら、嫌な顔ひとつせずに指示を聞き、成されるがまま無抵抗に。  
 そうして法衣を脱がせたなら、もう彼女の細い身を包むものは何も無い。  
「……では、猊下。こちらへ」  
「はい」  
 誘われて、彼女はベッドから腰を上げ、彼の元に歩み寄る。  
 手元までやってきた裸身の彼女を彼は優しく抱き、その手に持った湯気立つタオルで、華奢で幼い身体をそっと拭き始めた。  
 細い肩から始まって、同様に細い腕。毛の一本もない綺麗な脇を通って、まだ膨らみも僅かな胸元を。  
「は、ん……」  
「どうかしましたか? 猊下」  
「いえ、気持ち良くて、つい吐息が出ただけです」  
「光栄です」  
「ふふ。続けてください」  
 促されて、彼は手を進める。  
 僅かな乳房をそっと撫でるように覆い拭って、それから綺麗な線を描くお腹へ。円を描くように進んでから、しゃんと綺麗に伸びた背へと回る。綺麗に浮かぶ肩甲骨とその隙間を拭って、それから下にあるまだ青い双丘へ。  
 
「ん、あ……」  
 小さな桃を愛でるように、そこを包むように拭って。そうしてから双丘の隙間に指先とタオルを忍ばせ、秘められた菊を優しく撫でる。  
「ん、ん……」  
 彼は腰を落とし、目線の高さを彼女の尻に合わせると、両手を使ってその桃を割り開いた。そうして眼前に全てを露にしてから、優しく、しかし執拗なほどにそこを洗う。  
「あ、う……」  
 丹念にそこを拭う彼に、彼女は僅かに頬を染め、とくとくと小さな鼓動を高鳴らせながら小さく荒い息を吐く。  
 ふるり、と震えたのは、恥ずかしさではなくじわりと滲むような快感のせい。  
「気持ちいいですか、猊下?」  
「は、い」  
 素直に答えて、彼女はまたふるりと身を震わせる。  
 皺のひとつひとつを数えるような拭い方に、ただそうして感じる彼女。  
 ややあって、彼の手が前に回る。すらりとした下腹に、股間にある無毛の縦筋。タオルがそこを拭って離れると、つぅ、と透明な糸が宙を引いた。  
「……」  
 彼は無言でその糸を指先に絡めつつ、そっと縦筋に触れた。指先をその柔らかい肉に沈めると、ん、と彼女は小さく声を漏らす。頬は赤く、息は荒い。  
 タオルを桶の湯に戻し、もうひとつを取り出してぎゅっと絞る。彼女はそれを熱の篭った青い瞳で見ているだけ。  
 再び十分な湯気を纏ったタオルで、彼がそこを拭い始めるまで。  
「あ、っ、は、ぁ」  
 包んでから弄り回すような拭い方に、彼女は細い身体をぴくぴくと震わせながら、艶のある声を漏らす。  
 タオル越しに指先が縦筋を割り開き、中を擦って、穴の縁を浅く掻き回す。  
「拭っても拭っても御汁が出てきますね、猊下」  
「っ、あ、ご、ごめんなさい」  
 彼の薄い笑みを伴う指摘に、彼女は赤い顔で本当に申し訳なさそうに謝る。  
 それを受けて彼は笑みを止め、タオルをそこから離した。  
「……少し後にしますか。先に足を」  
「は、い」  
 再びタオルを替えて、彼は彼女の足を拭う。  
 華奢な太腿から膝。そして脛に足。どこも怪我の痕などひとつもない綺麗な足。  
 自分の足と比較して、割れ物を扱うように彼は彼女の足を指の先やその隙間まで丁寧に拭っていく。  
「足、上げてください」  
「はい」  
 足裏まで揉むように拭い、それが終わると彼はタオルを湯に戻した。そうしてもう片方を取り出して、また絞る。それを手に、彼は手近な椅子に腰を下ろした。  
 そして彼は己の前を開くと、自身の逸物を取り出した。既に強く勃ち上がっていて、血の巡りが窮屈そうに赤黒いそれを、眼前にいる彼女は熱のある視線で見つめる。  
「では猊下、こちらへどうぞ」  
「……はい。失礼します、ね」  
 応えて、彼女はそっと彼の腰掛けるそこに歩み寄って背を向けると、その膝の上に己の腰を持ち上げた。  
 彼の逸物の先端に、彼女の尻が触れる。ひとつふたつの深い呼吸の後、それがゆっくりと重なる。  
 
「あっ、は、あ、あ、あ、あ、あっ」  
 小さな桃の間で秘めやかに佇んでいた菊をみちみちと広げてずぶずぶと沈み、侵入してくる彼の逸物に声を上げる彼女。  
 身体はふるふると震え、手は己の細い身体を抱き締めている。  
「っ、う…… 大丈夫ですか、猊下」  
「あっ、あ、っ、は、はい…… 大丈夫、です」  
 身体と一緒に震えた声で彼女は答える。  
 彼の下腹と彼女の尻が密着し、繋がった状態。それを再認識するように彼女はきゅうと締め付けて、返ってきた感覚に熱い吐息を漏らす。  
「ゆっくり、お願い、します」  
「はい、猊下。では、動きます、ね」  
 割れ物を扱うように――実際、手荒に扱えばたやすく壊れてしまいそうな彼女を相手に、その腰に優しく手を据えた彼はゆっくりと腰の律動を始めた。  
 きちきちと逸物を締め付けてくる彼女が感じているであろう感覚を鑑みて、徐々に動きを大きくしていく。  
「あっ、あっ、く、あっ、ん、んっ、あっ、あ、あ」  
 ぬちぬちと湿った肉が擦れるような音がふたりの結合部から響く頃には、互いの熱が十分に溜まりつつあった。  
 彼は歯を食い縛りながら、彼女の腹の中から齎される快感が導こうとする解放を堪え。  
 彼女は自分の腹の中を荒々しくこじ開けながら前後する彼の逸物の感覚に翻弄されていた。  
「ふ、あっ、あっ、あ、あ、あ、ああ……!」  
 ややあって、彼女が一際強くふるふると震えながら細い喉から嬌声を絞り出し、くたりと脱力する。  
 それを見て一拍置いてから、彼も強めに腰を動かした。脱力していた彼女はびくりと震えて、また声を上げる。  
「猊下、出します、っ」  
「っ、あっ、はっ、はい、出して、っ、出して、ください、っっ……!」  
 すぐさままた震える彼女と同時に、彼もやや背を反らせ、彼女の身体を抱き締めながら果てた。  
 どくりどくりと脈動を彼女の腹の中に響かせながら、男の精を吐き出していく。  
 彼と彼女の荒い呼吸の音だけが静かに部屋に響き、やがて収まっていく。  
 先に動いたのは彼。気怠げに手を伸ばしてタオルを取り、それをまだ荒い息を吐いてくたりと彼の腹に背と頭と髪を預けている彼女の股間を拭っていく。  
「あ、う」  
 閉じたまま涎を垂らしているそこをくちゅくちゅと水音を立てて拭い、それからその涎が垂れた太腿や後ろの方を拭っていく。  
 彼女が震えるのも構わずに少し強めに拭って、終わったら一言。  
「立てますか、猊下」  
「も、もう少し、待って下さい」  
 荒い息を落ち着かせながら声を紡ぎ、まだ腹の中にある彼の逸物をきゅっと締める彼女に、彼は何とも言えない顔をする。  
「分かりました。 ……御不浄の方は大丈夫ですか?」  
「あ、はい。今日は、それほど」  
「そうでしたか」  
 彼のその頷きを最後に、会話が途切れる。  
 静かな時間。机とベッドがあるだけのそう広くはない彼女の部屋に響くのは、既に落ち着いた彼の呼吸とまだ冷めやらぬ熱を持つ彼女の呼吸。  
 彼と彼女が感じるものも、繋がっている場所を中心に広がるお互いの熱と鼓動。  
 
「……あの」  
 それを破ったのは、彼女の遠慮がちで小さな声。  
「何か?」  
「今日は…… 人々は変わらず過ごせていましたか?」  
 そんな彼女の質問に、彼は視線を眼下にある彼女の青い髪に向けて、  
「はい。今日も人々は猊下へと熱心に祈りを捧げ、平穏に暮らせています」  
 そう淀みなく明るく答えた。  
「そうでしたか。昨日は大雨でしたから、気がかりだったのです」  
「猊下がそう気に病んでいたことを聞けば、人々もお喜びになるかと」  
 ひとつ息を吐いて、彼女は安堵の顔をする。対する彼の顔は、その声色に反して伏し目がちに視線を落としていた。  
 
 
「――それでは、また明日」  
「はい」  
 湯桶とタオルを手に彼は彼女の部屋を出て、ひとつ息を吐く。  
 扉脇に置いてあった台車にもう湯気立っていない湯桶を積んで、台車を引きながら通路を進み――  
「世話係殿」  
 そこで、通路の柱の陰からそっと出てきた僧服姿の肥えた男に、彼は足と台車を止めた。  
「どうでしたかな、猊下のご様子は」  
「お気付きになられてはいないようでした」  
「それは良かった。些細なことで猊下の御心を煩わせる訳には参りませんからな」  
「はい」  
「うむ。 ――では、世話係殿。明日も宜しくお願い致しますぞ」  
 去っていく男を見送って、彼は歩みを再開する。  
 彼女の部屋だけがあるこの尖塔の天辺にまでわざわざ引かれた水路を使って、拭き湯に使ったぬるま湯を片付けながら、彼はふと窓から外を見る。  
 見えるのは、この豪奢な外観と白亜の壁を持つ大聖堂と豪華絢爛な貴族街、それを擁する堅牢な内壁と、その向こうにある活気ある商人街、やや荒れた平民街、それを擁する重厚な外壁。  
 そして外壁の向こうに延々と広がる、薄汚れた貧民街。  
 それらの様子は、まるで綺麗な宝石を包み込む膿のようだった。  
 実際には真逆であるということを、彼はよく知っていたが。  
「……猊下」  
 ぽつりと呟いて、彼は片付けを終えた湯桶やタオルを干すと、眉間に皺を寄せながらその場を立ち去った。  
 
 
 この帝都から、その象徴たる法皇とその世話係が忽然と消えたのは、それから一月後のこと。  
 
 

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