揺れる、揺れる。みなもは揺れる。  
 揺れる、揺れる。心は揺れる。  
 彼女はきっと幸福で。  
 彼女はそれでも不幸であって。  
 彼女の心は、水鏡。  
 
  雨色の夜  
 
 特別指定害獣駆除法、なるものがこの度制定されたようだ。なにやら特撮映画の怪獣のような写真と共に、  
画面の中のアナウンサーが速報を伝えている。これは、何年も前から議論されてきたものなのだが……、  
はてさて、私の友人ふたりは知っているのだろうか。  
 前々から待機していたのであろう専門家が、この法律の要点を掻い摘んで説明していく。ここ数日何度も聞いた単語たちが耳を踊る。  
 ……特害法。詰まるところ、認知されていなかった化け物を、これで合法的に射殺できますよ、と言うことなのだが。  
デスパイアも生物、許可なくして殺害は認められない、といった風潮は13年前になくなったのだとか。  
ちょうど私たちの世代が生まれる1年前の大事件にて、だそうだ。この法律の大きいところはそこではなく、  
ついに政府がデスパイアの存在を認め、更にそのくくりをつくりそれに放り込むことを宣言したところらしいが。  
 お昼時、朝のニュースのようなマジメな番組は少なく、主婦向けの大衆ニュースが多めなはずの時間なのだが、  
チャンネルを回してみるとどこもかしこもこの法令を報じていた。そんなに大きなことなのだろうか?  
確かにここ数年はデスパイアがらみの事件が増えているらしいから、それこそ被害にあった人たちからすると大問題なのだろうけど……。  
「――少なくとも、ここに、デスパイアは出ないでしょうね」  
 誰に語りかけるでもない言葉が零れる。12年前には、山をひとつ越えたさきの温泉街に被害が出たらしいが、そこは人が多いからだ。  
襲う目標が少ないこの町にわざわざデスパイアが現れるとは思えない。と、いうのはお父さんの言葉だが。  
けれど、たぶんそれは的を射ている。それこそ、あの13年前の大事件やそのずっと前の事件のように、  
人の大勢いる市街地を襲うのが当たり前だろう。用心に越したことはないが、  
デスパイア対策を充実させるよりも信号の右左をよく見ていた方が現実味がある。  
 特害法特集を横目に、お昼ごはんのオムライスを片づける。食器を水に浸してから無駄に広い庭に出てみた。  
一昨日までの鬱々とした雨は上がっていて、春にふさわしい青空が広がっていた。ゴールデンウィークの始まり、昭和の日。  
月曜日に休めるというのはなんとも嬉しい限りだ。  
 サンダルで石床を踏んで風を浴びる。初めて家に茜とひかりを招いたときは、この庭の広さに驚いていた。  
……ひかりは外の生まれだし、茜の家はあまり裕福とはいえない。正直、自慢したかったのもあるかも知れない。  
あれは、小学4年生のころ。私が「普通と違う」を自慢に思っていた頃。  
 太陽を反射してきらめく水面。我が家自慢の池だ。コンクールで賞を取った血統書付きの錦鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。  
やりすぎはよくないから、と言って餌はお父さんが確保している。私が小さいころに餌のやりすぎで大変なことになったらしい。  
自分でも憶えていないような昔のことを、今でも憶えているとは、親としてすごいのかそれともただ根に持っているだけなのか。  
 天然の岩を使い作られているこの池は、私やお父さんの生まれるずっと前……、江戸の少し前にできたものらしい。  
正式な記録はもう失われているが、池の端に据えられた石の鳥居には長い年月を思わせるヒビが見受けられる。  
 私の視線を受けてか、鳥居に巻いた赤い手ぬぐいが静かに揺れた。  
 
 ぷるるるる、と机の上の携帯が間抜けな電子音をたてて震える。一昔前までは、この地域の電波をカバーしてくれる会社は一社しかなく、  
機種の選択なんてあってないようなものだったが……、今はさすがにどの会社も電波を飛ばしてくれている。  
まあ、私に会社の善し悪しなど分かるはずもないので関係ないといえば関係ないのだが。  
 表示を見ると、お父さんの名前が浮かんでいた。メールだ。  
「父さんと母さんは、雪で電車が止まってしまい、夜までには帰れそうにありません。ごはんは冷蔵庫の残りを食べてください」  
 ……今日は、お父さんとお母さんは帰って来られないみたいだ。大人の集会、だとかで県をまたいで仕事をしている彼らは、  
冬になるとよく、こうして雪で足止めを食らっている。  
 少し行間を空けて、続いているのに気がつく。それを見て、少し眉が歪んだ。  
「あれはいつも通りにしてください。あなたならひとりでもできるはずです」  
 しばし考え込んで、ベッドに携帯を投げ捨てる。柔らかな布団は携帯を傷ひとつなく包み込んだ。  
 そうだ、少し外を歩こう。  
 
 
 本屋、携帯ショップ、コンビニ――大きくもなく面白い施設もないこの町は、女子中学生の足だけでも簡単に歩き尽くしてしまえる。  
ときたまおしゃれなお店があったりするが、さすがに中学生の私ではお財布の大きさが足りない。そもそも、通りに人の気配がない。  
行き交う車も見あたらない。  
 ふと、思う。今なら、誰も見ていない。今なら、どこか遠くへ行けるんじゃないかと。  
 頭を振ってそんな考えを振り払い、元来た道を引き返す。きっと私には、そんなことはできないだろうと知っているから。  
「……あ、茜だ」  
 少し寂れたスーパーから、私の友達が出てくるのを見つけた。両手に袋をぶら下げて、如何にも重そうだ。  
彼女は私に気づかず、自転車に乗って行ってしまう。なにを買ったのだろう。お昼ごはんの材料ではないだろうから、夕ご飯か、  
それともお店の買い出しか。たぶん、私には関係ないだろうけど。私と彼女は、住む世界が違う。  
家柄だけじゃなく、その中でしていることが。  
 しばらく歩いていると、大きめの公園に着いた。危険だからと減っていった遊具は、今では砂場とブランコしか残っていない。  
 ブランコに座って、ゆらゆらと揺れる。地に足がついていても、身体は揺れる。その感覚が、少しだけ可笑しかった。  
そういえば、いつからだろう。公園で遊ばなくなったのは。遊具が恋しくなくなったのは。夕暮れを惜しむ気持ちがなくなったのは。  
小さなころは、まるでそれしかないかのように執着していたのに。  
 大人になったのだろうか。それとも、ただ飽きてしまっただけなのだろうか。  
 ふと、砂場を見る。私が来る前に誰かが遊んでいたのか、小さな砂山ができていた。傍には黄緑色のゴムボールが落ちている。  
「あそこまで、届くかな?」  
 右足のスクールシューズの靴ひもを解いて、半脱ぎの状態にする。ここから砂場まで、10メートル、あるかないか。  
 はじめはゆっくり、次第に大きく。だんだんとブランコの揺れを大きくしていく。途中で足を放して、すこしの無重力。  
私は今、飛んでいる。  
「えい」  
 タイミングを見計らって蹴り飛ばされた靴は、中空に放物線を描いた。  
 靴は、届かなかった。  
 
 
 夜。お父さんたちの方はまだ雪が降っているらしいけれど、こちらは快晴で月の映える空だ。  
 すでに夕ご飯は食べ終えていて、私は今、食休みをとっている。ひかりに紹介された「いまとても面白いお笑い番組」を見ているが……、  
彼女と感性が合わないのか、正直おもしろくない。彼女はお笑い芸人が大好きだからこのような番組を楽しめるだろうけど、  
あまり彼らを知らない私からすると、つまらない内輪話を延々と聞かされているだけなのだ。それに、ああ何度も頭を小突かれて、  
ばかになったりしないのだろうか? それとも、もう慣れているのだろうか。  
 時計を見ると、そろそろ9時。最後まで見て、ひかりに話を合わせてみようと思っていたけど、やはり無理そうだ。  
 居間から出て、長めの廊下を渡り、和室にはいる。用意されていた御神酒と髪留め、  
神楽鈴など神事に必要な物を手提げのエコバッグに詰め込んだ。本当はこんなぞんざいな扱いをするとお父さんに怒られるけど、  
今はいないから問題ない。  
 庭を回って、離れに移動する。ここで着替えるのだ。スカート、シャツなどを次々に脱いでいく。  
肌寒いので、早めに着替えたいところだが、まだ服を着ることはできない。メガネも外し一糸まとわぬ姿となった私は、  
石油ストーブの電源を入れて、草履を履いて庭に出る。離れの扉はちょうど鯉のいる池の目の前にあるので、夜風が冷えて肌を刺激する。  
乳首がひとりでに立ってしてしまうのは、これから行われる行為に対してだけではないはずだ。  
 風邪を引く前に禊ぎを済ませようと、足早に離れの裏に回る。鯉の池ほど大きくはない、霊泉、と呼ばれる小さな泉があった。  
何度も見ているけれど、やっぱり神々しさなんて感じられない。  
 冷たく透き通った水面に足を伸ばす。乱れのなかったみなもに波紋が広がった。  
こんな低い水温に全身をつからせないといけないなんて冗談じゃなかったけれど、泣き言はいっていられない――、  
意を決して、ざぶんと身体を冷水に浸した。今度は私の身体に波紋が広がる。鳥肌がつま先から頭まで一気に登ってきた。  
やけくそになりながら頭まで水につかる。ああしまった、髪を留めるのを忘れていた。  
 がたがた震えながら泉から這いだすと、辺りが少し暗くなっていた。見上げると、月に色の濃い雲がかかっていた。  
すわ雪かと思ったが、黒い雲はそれだけで、すぐにあたりに月光が降り注いだ。  
 両手を胸の前で交差して、さっきよりももっと早足で歩く。離れの間口に用意してあったタオルで身体を拭いてから畳の上に足をのせる。  
先に暖房を付けてあってよかった、つけてなければ凍え死んでしまうかも知れない。  
 メガネをかけ直し、鏡台の前に座る。ウェーブのかかった髪を梳かして白い髪留めで結んだ。ポニーテールと呼ぶほど長くないが、  
頭の後ろでぴょこぴょこ髪が動く感覚はおもしろい。  
 次に、壁際に吊しておいた巫女装束を着始める。ほどよく暖まっていて、とてもよい感じだ。ただ……、やっぱり、着づらい。  
それに、巫女装束は和服の例に漏れず胸にサラシを巻くのだが、私の胸の大きさでサラシを巻く意味があるのだろうか。  
いや、人前に出るのならば当たり前に巻くが、これから会うのは人ではないし。取りやすいように甘めにサラシを巻いたあと、  
襦袢、緋袴と着ていく。本来胸元はきつく閉めるものだが、この神事の場合は脱がせられやすいよう少しゆるめにしておく。  
「……っと。忘れ物は……」  
 髪も留めた。袴もきれいに着られている。神楽鈴をとって、草履を履いて外に出る。  
 
 月が足下を照らす中、私は池へと歩みを進める。大きな池の真ん中には、石でできた小さな鳥居があった。  
その奥にこれまた石製の小さな社がある。少し丸みを落とした月影が池に浮かんでいた。  
 しゃりん、しゃりん。神楽鈴を二回鳴らす。前にちょっとした興味を持って調べたのだけど、  
私のする儀式の手順は他にはないもののようだ。しゃりん、しゃりんしゃりん。といっても、  
そもそも神社の巫女でもないのにこんなことをしている時点でおかしいのだろうが。しゃりんしゃりん、しゃりん。  
この町にもちゃんと神社はあるのだが、そこではこういうことはしているのだろうか? ……しゃりん。  
 神楽舞いのようなものを終えて、静寂。いつの間にか、虫の声も聞こえなくなっていた。みなもが揺れる以外に変化はない。  
ように、みえる。けれど違う。空気がぴんと張りつめている。……ああ、まただ。怖い。  
 池の底から、なにか大きな影が浮かび上がってきた。1メートルもないはずの底から、  
まるで海底から浮かび上がってくるような速さで。その影は月を割り、私の前にその大きな姿を現す。  
チョウチンアンコウ。いや、デンキウナギ。それらに似ているようで似ていない、  
まるで漫画の世界から飛び出してきたような怪生物だった。胴か尻尾かわからないそれは優に3メートルはあり、  
広い水面をぴしゃりと叩く。顎の突き出した顔面はそこそこの身長の私でさえも一口で飲み込めるほど大きく、  
あめ玉のように白く濁った目玉が9つ、私を見据えている。頭頂から這えた、  
先の太った7本の触覚がブランコのようにゆらゆらと揺れていた。  
「ぬし様、今宵は月が欠けてからちょうど10日目でございます。どうぞ、存分に私の身体をお楽しみ下さいませ」  
 お決まりの言葉をあげる。……よく憶えていないので正直あっているか不安だが、前回は許していただけたので、大丈夫だろう。  
「お……、おぉ……」  
 喉の奥から絞り出したかのような声がぬし様から発せられる。百合のはなやかなにおいが鼻孔をくすぐった。  
 ぬし様は、その感情の見られない白い目を私に向けると、頭の触手を動かし始めた。けして俊敏とは言えない、  
緩慢な動き。国営放送の動物番組で見たアンコウそっくりの動きだ。そして、その先も同じ。  
 眼前まで迫った触手のふくらみが、突然爆ぜる。そこから出てきた網のような細く絡みあった触手群に私の身体が抱え上げられる。  
池の水か、体液か。湿り気が装束を透かしていくのが分かる。  
 ばくん。そのまま私は、ぬし様の口の中へと放り込まれた。  
 
 
 どくん、どくん。ぬし様の血潮の音。神様であっても血は通っていると思うと、変な安心感があった。  
 まっ暗な世界。けれど、なぜかよく見える。きっと神様だからだろう。歯のない顎も、どこまで続いているのか分からない喉の奥も、  
今私の乗っている大きな舌も、よく見える。  
 ぬるり、とどこからか生えてきた触手が装束の胸元に割り入ってくる。ゆとりを持たせて着ていたので、すんなりと服ははだけられた。  
袴も幾本かの黒い触手によって帯がとかれ、するりと身体から抜けていく。下履きはなにもつけていないので、  
恥ずかしいところが丸見えだ。  
「……ぁ」  
 サラシを巻いただけの薄い胸に、袖を通しただけの襦袢。クラスの男子が言うには、こういう「脱ぎかけ」が一番興奮するらしいが……、  
神様も、そうなのだろうか?  
「ひゃっ……」  
 ふくらはぎに熱く湿った感触。ぬし様の触手だろう。両足に巻き付いたぬめりが肌の感触を楽しむように粘液を擦りつけてくる。  
外と違い、ぬし様の口腔内は温かかった。生ぬるかった。それよりも熱い生物の熱が足を上へ上へとのぼっていく。  
蛞蝓よりも水気の多い、川魚の鱗のようなぬめりだ。それが、だんだんと上へ。  
ふくらはぎに巻き付いていたのがいつの間にか膝を通り抜けて。細く日に焼けていない太ももにてかりを残して。  
それはすぐに、私の大事な場所にたどり着いた。  
「う……ん……」  
 人肌よりも温かな舌が、薄く茂みの生えた丘をひと舐めする。ぴちゃり、ぴちゃり。まだ生えそろっていない産毛は、  
与えられた水分で身体に密着する。さすがに恥ずかしくて、顔が熱くなった。  
 
 秘所に集中していると、今度は胸に刺激が与えられた。不揃いなぶつぶつのついた触手が2本、ふくらみをサラシの上から撫でてくる。  
寒さで勃起していた乳首が、今度は性的な興奮で高ぶっていく。薄いサラシを自分自身の乳頭が突き上げていくのがわかる。  
こそばゆいその感覚に、胸の鼓動がテンポを上げた。保健体育の教科書をひとりで読んでいるときのような、  
変な恥ずかしさがこみ上げてくる。そうする内にも乳首に血が流れ込んで、  
押し返すサラシの上からでもその形が分かるほどになってしまった。  
 ぬらり、と先端が二股に分かれた触手が一本、右手首から胸へと這ってきた。あまりないふくらみの上を滑りながら、  
蛇の舌先は尖った乳首を挟み込む。高ぶる熱に頭がふわふわする。ぬし様は、私の小さな乳首を押したり摘んだりして楽しんでいるようだった。  
 そうしていると、忘れていた秘所に新たな快感が走った。ぷっくりと膨らんだ真珠をべろり、と舐められたのだ。  
ひとりでは感じることができない感覚に、背中がぶるりと震えた。私のソコは既にいつもの姿を失って、  
閉じられていた貝は薔薇のように大きく花開いていた。物欲しげにひくつく膣口から男を迎えるための潤滑液がひとしずく、  
太ももから触手に伝わる。白い肌に似つかわしくない真っ赤な肉花が一輪、どろどろの蜜を垂らしていた。  
 触手たちに促され、私は大きな舌の上で股を開く。地位の危ういグラビアアイドルのやるような、M字開脚。  
足に引かれてめしべが左右に割れる。閉じられた口腔に、むわっとした牝臭が立ちのぼった。  
でっぷりと血で膨れたソコを優しく触手が撫でる。じんじんと背骨に響く疼きが下半身を支配する。今すぐ掻き回したい。  
ぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃに、弄くり回したい。けれど、それは私には許されることではなく。  
「ひんっ……」  
 割れ目を上下していた触手が、膣口を通り過ぎて下へと向かう。閉じられた不浄の窄まり。散々弄られ蕩けた膣と違い、  
まだほぐれもせずきゅっと実を結んでいる。そこを不意に突っつかれて、情けない声が出た。……今、私は巫女としてここにきている。  
処女を散らし穢れある体になることはできない、のだそうだ。処女をささげる相手がこのぬし様なのではないか?  
とは常々思っているが、なぜかぬし様は私の処女を奪おうとはしない。もしかして、ぬし様はそういう趣味なのだろうか。  
 細い、蛇の舌先ほどの触手が菊座にかかる。いきなり侵入してくるようなことはなく、  
花弁の一枚いちまいを確かめるようになじるように触れていく。普段触りもしないところが敏感になっていく。  
背筋が自然と反って、心臓の下あたりにもやもやがたまり始めた。脳の後ろが熱くなる。ごくりと喉が鳴った。  
焦らすように菊座をなでていた触手の頭が、ずるりと音を立てて直腸へ突きこまれる――。  
「――ぅあぁん!」  
 まだ、第一関節ほども入っていない。耳かきよりも細い触手が入り込んだだけ。なのに、それだけなのに、  
何かすべてを奪われているような気持ちになる。  
 触手は先ほどまでの緩慢な動きから一転して、素早く私の直腸へとなだれ込んでくる。圧迫感で息が詰まる。  
……お尻にいれられるのは初めてだ。セックスが、こんなにも辛いものだとは思わなかった。高揚としていた気分は飛び去って、  
玉のような汗が喉元を伝う。尚も触手の進行は続く。腸の中が触手で埋められている気がする。  
普段と逆の動きをする物体を中に抱え込んだ腸が脳へと異常を警告する。痛くはない。ただ、辛い。  
「……っ、はぁっ、はぁっ……、くぅ……」  
 例えるなら、そう、授業中にトイレに行きたくなったような。……。たぶん、その比喩が全く当てはまるだろう。  
 
出せない。排便したくても、出せない。今、私の身体はお役目など忘れて腹の中の異物を必死に押し出そうとしている。  
それでも、このぬめる舌はお尻から出て行かない。  
「ぅあ……、う、うきゅうぅ!?」  
 予告なく触手が蠕動を始める。上下の動きでなく、左右にうねるように。まるで生き物がひとつ、身体の中に巣くってしまったようだ。  
……その考えが浮かんだ瞬間、私の中に小さな恐怖が生まれた。  
 もしかしたら、このまま食べられてしまうのではないか?  
 そんなことはあり得ない、あり得るはずがない。だって、今まで2回もやってきたけれど、そんなことは一度もなかった。  
そう納得させようとしても、生まれた恐怖は押し込まれる触手と共に膨らんでいく。そうだ、今ここは、ぬし様の口の中。  
その気になれば一瞬であの喉奥に――。  
「ひっ、い、いやぁ、やぁぁぁっ! ぬい、ぬいてぇっ!食べないでえっ!」  
 育ちに育った恐怖が芽を出し、私の身体をばたつかせる。けれど、  
震える手足を縛る触手はがっちり固まっていてとその身を放そうとはしなかった。虚しく腰が暴れる。  
そのことでむしろお腹の圧迫感が増していく。瞳には快楽でなく恐怖と懇願の涙が流れていた。心なしか、  
触手が優しくなくなったような気がする。じゅぷじゅぷと分泌液を肛門から垂れ流しながら、触手の進行は続く。  
酷い異物感に吐き気を催してきた。  
「いぎっ、ぁ、ぐ……、はぁ……っ! ……ひぅぁ!?」  
 突然、詰め込まれていた触手が菊座から引き抜かれる。ぶぽっ、と汚い音がして、触手やら唾液やら腸液やらが撒き散った。  
糞便も少し、出てしまったかも知れない。お腹が楽になって、手足の震えもとける。  
「はぁー……っ、はぁ、くぁ、はぁ……」  
 必死に呼吸を落ち着かせようと深呼吸をする。肺にいっぱいに吸い込まれる淫臭。頭がぐらぐらする。  
 ぴとり、いやな感触がまた、不浄の穴にあてがわれる。戦慄。息が止まる。そんな、また?  
「や、やめっ……、あぐぅっ、ひっ……、っあぁん!」  
 まだ閉じきっていなかった門へと飛び込む触手。その頭は、さっきの触手と違って、亀を形取っていた。  
先端が入った後はずるずると抵抗なく呑み込まれていく。あの形を見ればわかる。今度は、射精するつもりだ。  
「ひぅっ、あひっ、くぁ、あぅ!!」  
 私を押さえつけているだけだった触手が動きを変える。手足だけでなく、腰や腋にも絡まり、上下に揺さぶるように運動し始めたのだ。  
直腸に収まる触手は全く動かない。けれど、私の身体はむりやり動かされ、意志とは関係なく触手に快楽をおくる。  
……まるで、おもちゃだ。触手の、おもちゃにされている。  
「っはぅ、あぁっ! うっぁ、……くぅぅっ!」  
 呼吸もままならない。乱暴に粗雑に、快楽を得るための道具に私はなっている。人間である必要は、ない。  
 私を揺さぶる動きが速くなる。心なしか、触手が震えている気がする。射精の前兆だろうか。……けれどもそれを深く考える余裕はない。  
がくがくと頭は振られ、意識が飛びそうだ。  
「う、ぁ、っ、はっ……っ」  
 目の中がちかちかする。ぶるり、お腹の中で、触手が動く。そして、爆発。  
「ぁ――――!?」  
 爆発。爆発。そうとしか思えなかった。腸の中で、お尻の中で何かが破裂した。爆ぜた。はじけた。  
 びくん、びくん。触手は腸を食い荒らすかのように暴れ回る。収まりきらない精液が、お尻と触手の隙間からごぽり、あふれ出た。  
「――、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……」  
 身体を下ろされ、休息が与えられた。……終わった。この苦しい時間が、やっと終わった。  
 ああ、これでお風呂に入れる。ぐっすり眠れる。セックスがこんなにも辛いとは思わなかったけれど、次にするのは1月後だ。  
その時までに、もっと体力をつけておいた方がいいのかも――。  
「……ぁ、れ?」  
 お尻に埋まった触手が、抜かれない。抜いてくれない。むしろなんだか、太く大きくなっているような気がする。  
「ぬし、様? あの、ぬしさ……ぅあぁ!?」  
 再び始まるあの動き。触手は抜かれない。私はおもちゃのまま。  
 いやだ、助けて、帰して、お家に帰して――。幼児のような言葉が口から飛び出る。けれど、触手は私の言葉に耳を貸してくれない。  
 いつまでもいつまでも、なんどもなんども、触手は私のお尻を汚す。  
 いつまでも、なんども。  
 ずっと。  
 
 べちゃり。乾いた土に、水気を含んだ音が響いた。お尻を突き出すように膝を立てて俯せになった私から発せられた音だった。  
髪にも服にも身体にも至る所に粘つく粘液が付着していて、それが月明かりを返していた。  
 私を放り投げたぬし様は、なにも言わずに池の中へと沈んでいった。とぷん、と波紋を一輪だけ残して、その気配は消える。  
 あとには、ぼろ雑巾のような私だけが残った。  
 こじ開けられ閉じないお尻から、黄ばみがかった精液がこぼれ落ちる。足腰に力が入らない。身体を起こすことさえできなかった。  
夜風がたまらなく冷たい。  
「……、……」  
 言葉が出ない。肺から出るのは、生臭い精臭ばかりだ。  
 虚ろな瞳に、今の明かりが写る。そうだ、テレビを消し忘れていたんだった。  
「……ぅ、うぅ……」  
 楽しそうな音楽がうっすらと聞こえる。視界がなぜだかぼやけてきた。  
「うぅぅ、ひっく、ぅあぁぁ……」  
 
 嗚咽が漏れる。胸を震わせ、涙を流す。  
 どうして私は、普通の家に生まれなかったんだろう。どうして、こんなことをしなくちゃならないんだろう。  
普通のオンナノコに、なりたい。思いが回る。苦しいほどに、悔しいほどに。  
 ぽつり。ぽつり。雨が降ってきた。はだかの身体に雨粒が当たる。けれども精液はこびりついてなかなか落ちない。  
「うぅ、ぅ……」  
 それでも涙は雨に流されていく。ボロボロの身体が、冷えていく。  
 雨に紛れて、なにか、とても大切なものまで流されてしまった気がした。  
 
02.雨色の夜  
 

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