こちらのベランダとあちらのベランダの間には古びた小さな橋が架かっていて、さっきまで降っていた雨のせいで濡れている。
小学校の入学と同時にこちらの父親とあちらの父親が協力して作った橋はかなり頑丈で、私が乗ってもビクともしない。
あちらのベランダに辿り着くと、タイミング良く窓の向こうのカーテンが開かれ、あいつのブスッとした顔が出てきた。
それに笑顔を返すと、あいつはそのブスッとした顔のまま鍵を開けて、私を招き入れた。
部屋に入ると仄かな甘い香り。
あいつは自分のベッドにどかっと座ると、テーブルの上を指さした。
そこにはお皿が2つ置いてあって、それぞれ違うショートケーキが乗っていた。
片方はお店のもの。そしてもう一つは、あいつが作ったものだ。
あいつは手先が器用で、料理は大体なんでも出来る。
女の子としては少し複雑だが、あいつの料理はとっても美味しい。こちらの母親もむこうの母親も舌を巻くぐらいだ。
最近はお菓子にハマっているらしく、たまにこうして用意されている。
つまり、どちらが美味しいか食べ比べてみろと言うことなのだ。
あいつは私にケーキの空箱を見せる。ここら辺では有名なお店のパッケージだ。
このお店と勝負するのは無謀の様な気もしたが、食べてみなければわからない。
私はまず左側のお皿を手にとった。
あいつはそっぽを向いて目を閉じていて、こちらの反応もあちらの反応もわからない様になっている。
以前の味比べの時に、お皿を手にとった時のあいつの反応が露骨すぎて、どちらがあいつのかがわかってしまったときがあった。
そのとき私は、味の良し悪しも考えずにあいつの方を絶賛すると、自分の方が負けていると自覚していたらしいあいつは、ご機嫌取りをして欲しいわけじゃないと激怒して、土砂降りの雨の中に放りだされてしまった。
それ以来、あいつはこうしてこちらの反応もあちらの反応もわからないようにするようになった。
左側のケーキを切り崩し、一口。しつこくない甘みと、フルーツの微かな酸味が舌をくすぐる。
次に右側のケーキを切り崩し、一口。柔らかなクリームの甘みと、ふわふわのスポンジがシンプルでありながらも、いつまでも口にいれていたいような気持ちにさせる。
二口目、三口目と口に入れていく。
…………しかし、今回は一口で決まってしまっていた。
なんでも凝ってしまうあいつのことだから、おそらくフルーツの入っていた方があいつの作ったものだろう。
確かにこちらも美味しいが、やはりこっちのふわふわのスポンジには勝てない。
スポンジとクリームは口の中に入れるだけでとろけるような甘さで、それでいて飽きさせない。
完全にこっちの勝利だ。あいつには悪いが、この判定は覆せない。
2つとも食べ終わると、あいつのブスッとした顔がこちらを向いた。
私は迷わず、右側を指す、こちらの方が美味しいと。
あいつは少し驚いたような顔をして、それから、どっちが自分の方かと尋ねてきた。
私は今度は左側を指さして、もちろんこっちも美味しかったけどね、とフォローをいれた。
あいつは俯き、唇を噛んでいる。今回はよほど自信があったらしい。
悪いことをした気になってしまうが、きちんと判定をしろと言ったのはあいつの方だ。そして私はそれに従った。
あいつは俯いたまま、今度は具体的な感想を求めてきた。
私は少し躊躇いながらも、食べているときに思ったことを全部話した。
あいつは無言で聞いていたが、私の話が終わると……
急に、笑だした。
私がわけがわからず呆けていると、あいつは、右側の方が自分の作った方だと言った。
それで私はようやく合点がいく。
唇を噛んで俯いていたのは笑をこらえるためで、悔しかったわけじゃないのだ。
つまり、こいつは嬉しくてたまらないらしい。
普段大笑いしないあいつの様子を見てるとなんだか可笑しくなって、私も釣られて笑いだした。
ふと窓の外に目を向けると虹が見えた。
2人の笑い声が雨上がりの虹とマッチして、なんだか青春っぽくて、私たちは肩をくっつけて、また笑った。