4限目終了を知らせるチャイムが鳴ると、先生は大袈裟に溜息を吐いた。
「では今日はここまで。次回、頑張って進むから予習と言わずとも教科書には一通り目を通しておくように」
どうも予定通りに進まなかったようだ。私は数学の教科書とノートをひとまとめにして机に押し込み、鞄から
ケータイを取り出し電源を入れる。授業中に万が一振動させようものなら即没収の憂き目に遭ってしまうので、
間違いを起こしたくないのであればこれが一番確実なのだ。
「悠希、ケータイ早過ぎでしょ」
弁当の包みを持ったオカちゃんが、チャイムが鳴ると同時に昼練に駆けだしていった隣の子の席へ収まる。
「やって、ほら、メールとか見なアカンし」
「彼氏ってそんなにメールとかマメに返す人なの?」
私は言葉に詰まった。言われてみれば拓也はそういうことをするキャラではない。
「まあ、毎日毎日よく飽きずにノロけられるもんだな、とは思うけどね」
「別にノロけたりなんかしてへんやん。ホンマのことを言うてるだけで」
両方のほっぺたをつかまれてぐにーっとされる。
「いひゃい、いひゃい」
「それのどこがノロけじゃないのよ」
「ひゃ、ひゃって」
「それにしてもよく伸びるわね――っと」
メールが作成途中だった私の携帯に着信がある。
「ほら、旦那からじゃないの?」
「旦那言いな。……旦那からや」
お前が言うのか、という綺麗な裏手ツッコミをこれまた華麗にかわしつつ、私は携帯の画面に集中する。
<今日は、前から言ってたけど大学の飲み会に誘われてるので帰りが遅くなります。忘れてたら悪いと思ったの
で、念の為>
忘れるものか。3年生から所属するゼミが決まって、その先輩ゼミ生達から飲み会の誘いを受けている、と何度
も聞いていたのだから。
<覚えてるよ。何時頃に帰ってくるの?>
<さあ? ただ遅くなるのは間違いないよ。だから部屋に上がり込んで待つのは無しね>
私のしようとしていることはすっかりお見通しだ。内心歯噛みしながら続きのやりとりをする。
<分かった。でも帰ってきたら教えてね>
<もしかしたら今日は帰ってこないよ? 二次会三次会も向こうでやるし、電車がなくなったら下宿してる知り
合いに泊めてもらうつもりだから>
拓也は家から1時間半もかけて大学に通っている。夜10時に向こうを発車する電車に乗っていないと、この辺
りまで戻ってこれないらしい。確かに、飲み会なら終電には乗れないかもしれない。
<ならそれならそれでいいから連絡して。メールでかまわないから>
<分かった>
一通りのやりとりを終えると思わず溜息が漏れた。オカちゃんがそれを見計らって私の机の上に自分の弁当の
包みを広げる。
「一生懸命だね」
「当たり前やん。彼女やで、ウチ」
「……あのさ、前から聞こうか迷ってたんだけど」
「何ぃな。言うてや」
「進展ってなんかしてるの? やたら焦ってるっていうか、がっついてない?」
痛いところを突かれた。自然と涙が溢れてくる。
「え? えっ、ちょっ……しっかりして!?」
突如泣きだした私に、オカちゃんが動揺して大声を挙げるものだから教室に残っていたみんなの視線が私に集
まる。なんだか自分が情けなくなってきて、後から後から涙が溢れてくる。
「ち、が……っ、ウチ、う、かって……に、な、みだ、うあー……――」
途中で我慢を諦めて、止められないならいっそのこと全部出してしまえ、と衝動を全開にすると自然と声も出
てきた。周囲をますます驚かせたのは言うまでもない。
放課後、未だに少し渋い顔をしているオカちゃんに、ところで相談なんだけど、と身を乗り出す。
「……お昼ご飯を食べられなかったからお腹空いてるとか?」
「それはウチやなくてオカちゃんやろ?」
「嫌みで言ってるんだけど」
「いややなあ、分かってるってそれくらい」
満面の笑みで返すとまたほっぺたをむにーっとされた。
「らから、いひゃいんひゃって」
「アンタが急に号泣するもんだから私が泣かせたみたいな誤解が広まっちゃって、先生に呼び出されてたんだ
けど! ……っと」
「いひゃっ! 誤解は解けたからええやんか」
「よくない。……で、相談ってまた彼氏さんのこと?」
不機嫌に振る舞っていてもこちらの言い分を覚えていてくれるオカちゃんはいい人だと思う。
「うん。……あのな、全然進展がないねん」
「進展って、告白して付き合い始めて3ヶ月くらいだっけ?」
「そんなもんやな。で、付き合うた日ぃに、その……」
私が言い淀むとオカちゃんはすかさず、言わなくてもなんとなく分かるから、と先を促す。
「……その、それ以来な?」
「……あー、それ以来ね、うん」
「めっちゃ不安になるやん、そういうん。好きなわけやないけど、ほら」
「私はそういう経験ないけど、気持ちは分かる」
神妙な顔をしてお互いの顔を見つめ合う。最初にエッチしてからというもの、私と拓也はお互いを変に意識し
てしまった。返って疎遠になってしまった感さえある。私としてはもっと仲良くなりたいというだけだったの
に。
「メールとか電話とか、やりとりしてるんでしょ?」
「家が道路を挟んだ向かいにあるんやで? 前進しとるようやけど、実際は後退しとるやんか」
「言われてみれば確かに」
「あーあ、ゲームやってアホな話して、それでよかったんやけどなー」
溜息と一緒に吐き出すと、オカちゃんは不思議そうに私の顔を覗き込む。
「それなら、なんで付き合いたいって言い始めたの?」
「好きやからに決まってるやん」
「でも物心ついた頃にはもう好きだったんでしょ? 何で今更彼氏彼女になりたいなんて思ったの?」
「えーっと……ほら、好きやったら付き合いたいっていうのが自然っていうか、なんかそういうアレやから」
曖昧な返事をしながら、自分はこの質問への確実な返答が出来ないことに気がつく。私はどうして拓也と付き
合いたいと思ったのだろう? 遊んだり、バカみたいな話をして楽しいだけなら別に彼氏彼女になる必要なんて
ないのだ。彼氏彼女になる前からそんなことはしていたのだから。
「……なんかそういうアレ、ねえ?」
オカちゃんもどうも納得がいかない、という顔をしていた。
* * * * * *
手元の紙コップにあった、何杯目かのチューハイを飲み干すと辺りに人はいなくなった。もうみんな随分飲ん
で眠くなってしまったらしい。
地元出身のゼミ生から提供されたバレーボールコートほどの宴会会場を見渡すと、まだ活動を続けている集落
がいくつかあった。1人で缶チューハイを呷っていても仕方がないので隣の集落へ出かけることにした。時間は
もう夜明け前といった時間だったが、宴会慣れしているらしいゼミの先輩方はまだ部屋のあちらこちらで会話を
楽しんでいた。
「……で、どうしようかな」
「そりゃ、身体を伸ばしてぐっすり眠るのが一番いいよ。――どうしたの?」
「いえ、周りがみんな潰れちゃって」
さっきまで自分が陣取っていた辺りへ視線を向ける。4人ほどが潰れて眠りこけていた。それを言い訳に女性2
人で話をしているところにお邪魔する。
「おお、寂しいならおいでおいで。まずは1杯いこうか」
「いただきます」
手の中の紙コップに温んで泡ばかりのビールが注がれる。それを一気に飲み干すと、ビールを注いでくれたの
とは違う先輩がこちらを値踏みするようにじろじろ見ていた。肩より長い黒髪でかなりの小柄、美人というより
可愛い感じの人だ。
「何か顔についてますか?」
「ううん。……ただこんな時間なのに元気だなって」
「ごめんごめん、この子男嫌いでさー」
俺と長髪の先輩が同時に発言者へ振り向く。茶髪で色々軽そうな人だ。
「ちょっと! ……ごめんなさい」
「別に本当のことじゃんよ。それにもしこの子がアンタに言い寄ってきたら可哀想でしょ?」
俺に悪い、とたしなめた長髪先輩に対してあっけらかんとして茶髪先輩が返す。
「あ、それはねーッス。俺、一応彼女いますんで」
「あっそうなんだ。どんな子?」
「どうして知り合ったの?」
「親戚? 歳の差は?」
女子の恋愛話に対する食いつき具合はヤバい。しかも相当酒と眠気が回って、その上時計の短針まで1/3ほど
回っているのだから、両先輩の目の色が変わるのは当然だった。
根掘り葉掘り訊かれて洗いざらい白状させられる。どうして付き合うようになったのか、の辺りを特に詳しく
聞き返されてうんざりだ。
「――というわけでして」
「つまり年下の従姉妹の、何も知らない純真でいたいけな子をカドワかしてテゴメにしちゃったと」
「手籠めって……そこまでは言ってないッスよ」
「へぇ〜?」
にやにやと茶髪先輩がこちらを注視してくる。ここで視線を逸らしたらゼミに参加してからもそういうネタで
弄られるに違いない。負けじと見返す。
「厳密には犯罪だよ?」
「だからシてないですって」
「でもシたんでしょ?」
敵は茶髪先輩一人だと思っていたら、横合いから長髪先輩まで突っ込んできた。思わずうろたえてしまう。
「うっ、ぐ……まあ、それはその」
「ほらー」
茶髪先輩が腹を抱えて笑っている。それを横目に長髪先輩が手元の紙コップを空にした。すかさず未開封のチ
ューハイを振って見せる。
「私はいいよ。そんなの弱過ぎるから」
どこから取り出したのか、ウイスキーの瓶を手元に傾ける。中身はもう殆ど空だった。まさかとは思うが、1
人でそこまで飲んでしまったのだろうか。俺が若干引いているのが伝わったのか、長髪先輩はそっぽを向いてし
まう。
「あーあ、もう殆ど飲み干してるじゃない。アンタ、肝臓何で出来てるのよ。疲れが抜けないってのもあんまり
ガバガバ飲むからじゃないの?」
「身体は身体、肝臓は肝臓。ちゃんと考えて飲んでます。……これは自分で持ってきたし、飲みを強要してるわ
けじゃないし、誰にも迷惑はかけてないんだからいいじゃない」
「顔色一つ変えずにそんなのをぐいぐい飲んでる姿を見せられる立場になってモノを言いなさいよ。見てるこっ
ちが気持ち悪くなるじゃない。ねぇ?」
「いや、俺はどっちかというと……」
俺のウイスキーへ向けた視線を読みとった茶髪先輩が微妙な顔をする。
「キミ、顔真っ赤だよ?」
「俺はすぐに赤くなってしまうほうなんで。見た目ほど酔ってないッス」
「ならいいけどさ……この子、ワクだからね? 間違ってもこの子の飲みに付き合おうなんて考えちゃダメだか
らね? あんまり飲み過ぎて彼氏にまで見放されてるんだから」
長髪先輩は男嫌いという話だったが、彼氏はしっかりいるらしい。かなり可愛い容姿をしているから周囲の男
が放っておかなかったのだろう。
「失礼なことを言わないで。見放されたりしてない……多分」
「飲み会に2本もウイスキー持ち込んでる娘が見放されないワケないじゃない。控えないと彼氏に嫌われちゃう
よ?」
「あの人の前では控えてるもん」
言われて長髪先輩がこれまたどこからかもう1本取り出した。まさか予備があったとは。
「だからこういうところで思いっきり飲むの。――じゃあ、一緒に飲みましょう?」
* * * * * *
目が覚めると外は夕暮れの気配を見せていた。両手で顔を拭うようにして頭をシャキっとさせる。
そうだ、確か9時過ぎに家に辿り着いて、それでシャワーを浴びようと思いつつも目に入ったベッドに吸い込
まれてしまったのだ。
昨夜は結局、夜が明けるまで飲みに付き合わされた。ほとんど2人で1本空けるなんて無茶にも程があったが、
長髪先輩(結局名前は訊き忘れた)のピッチはいつまで経っても変わらず、結局瓶に1/3を残してこっちがギブ
アップさせられてしまった。半ば意識が薄れてきた頃に長髪先輩が言っていた『チューハイなんてどれだけ飲ん
でもただのチェイサー』という発言だけは忘れたくても忘れられないだろう。
話は飛ぶが、高校時代、部活の遠征帰りに疲労困憊で辿り着いた玄関で倒れたまま眠ってしまったことがあっ
た。目が覚めたのは翌日の昼前だった。そして枕元には一通の置き手紙。
『バッグの中に1日放置した汗まみれの洗濯物は自分で洗うように byお母さん』
以前にそんなことがあったので自室に戻るところまではなんとかしたのだった。今回はその後がどうにもなら
なかったが、とりあえずベッドで眠れたのはよかった。もし硬く冷たい玄関口や廊下で眠ってしまっていたら、
今の時期、風邪を引いていただろう。
しかし、何かを忘れている気がする。軋む身体を持ち上げてタンスの中の着替えを手に取り、風呂場へ向か
う。身体中が気持ち悪かった。恐らく汗が原因の不快感だとは思うが、ただの寝汗のそれとは違ったベトつき
だ。
そうだ、何かを忘れている。裸になってシャワーを使い、頭の天辺からやや熱めに設定したお湯を振りかけ
る。頭皮の汚れを流し終えたのか、どろりとした水が足下へ流れていくのを感じた。そのままお湯を浴び続ける
と全身すっかりさっぱりとした。
なんだったか、と昨日の出来事を一つ一つ巻き戻していく。シャワーを浴びただけでは寒い。シャワーで熱い
湯を浴び続けるか、それともこのままお湯を溜めて風呂に入ろうか。
……風呂に入ってゆっくりしよう。そうすればこの思い出せない何かに文字通り腰を据えて取り組める。きっ
と思い出せるだろう。シャワーをカランに切り替えてバスタブへ湯を張り始める。どうどうと大きな音を立てな
がらバスタブに湯が張られていく。溜めながら湯船に身体を沈める。下半身が徐々に沈むのが心地よく、同時に
もどかしい。背中の縁に首を預けて天井を見上げ目を瞑る。湯を張る音が外からの音を防ぎ、心を静かに落ち着
けてくれる。
それにしても、だ。思い出せないのは一体何のことだったか。昨日は三次会で延々恋バナをさせられて、聞か
されて――男嫌いの長髪先輩は彼氏にどれだけ惚れているのかだとか、茶髪先輩の姉が恋愛結婚に至り、来年年
明けに結婚式を挙げる話だとか――、そして飲まされた。二次会はカラオケでブルーハーツの熱唱。今でも少し
声がいがらっぽい。一次会は大学近くの居酒屋で、講義は夕方のモノに出席して……なんで大した話もしていな
いくせに毎回出席を取るんだ、あの教授は。
昼休みには食堂で唐揚げ丼を食おうか、それともAセットにしようか悩んで、飲み会に出す会費のことも考え
てお得なAセットにしたんだった。で、食堂に行く前に悠希にメールして……
ひらめきを得たのと風呂場に悠希が乱入してきたのは同時だった。
ガラス戸が砕けるのではないかという勢いで扉を開いた悠希はそのままこちらへ歩み寄り、仁王立ちでこちら
を睨みつける。
「…………」
「……た、ただいま?」
ひく、と彼女の左頬が痙攣したかと思うと、地獄の底から絞り出したような声でおかえりと一言発し、そのま
ままた押し黙る。蛇口がお湯を吐き出すどうどうという音だけが響く。
「え、えっと、連絡……そう、連絡は風呂出たらするつもりだったんだよ」
嘘ではない。連絡を忘れていたのを今思い出したのだから、風呂上がりに連絡していたのだろう。
「ウチ、いつ連絡してほしいて言うた?」
「帰ってきたらって言ってました」
「じゃあ今帰ってきたんやな?」
「……えーと、朝帰ってきて今まで寝てました。爆睡でした」
「つまりウチのケータイに、朝に着信がないとおかしいんやな? ……無いで? なんで?」
「速攻寝たかったんでそれどころじゃなかったです。てかぶっちゃけ忘れてました。ごめんなさ痛てッ!」
悠希は足下の洗面器を蹴り飛ばして器用に俺の顔へぶつけてきた。
「……どうせ朝方まで飲んどってベロベロなって帰ってきたんやろ。もうええわ。今ので手打ちにしたる」
言うが早いか、上に着ていた薄手の七分丈のシャツを脱ぎ始めた。
「アンタ帰ってくるん待っててウチも寝不足やねん。お風呂入らせて」
偶然にも2人でちょうどいいくらいにお湯が溜まっていた。
お互い向き合って体育座りになり、広めに作られている湯船に身体を沈める。
一緒に風呂に入ったのはいつ以来だったか。3つ歳が離れていたから、小学生の頃は面倒見てやれと一緒に入
らされていた覚えがある。その頃に比べれば、当たり前だがこの湯船は狭い。
「……こっち見ぃな」
ジロジロ見るのも悪いと思い間近の壁へ視線を落としていると、彼女が不機嫌そうにそう言った。
「ウチら、カレカノやろ? もう、その、シ……て、もうたんやし、今更やんか」
恥ずかしそうに言っているのを横目に見ながら、そういうモノでもないだろう、と返す。
「何をシても恥ずかしいことは恥ずかしいだろ。お前だって恥ずかしいから見せないように足を折り曲げてるん
じゃないの?」
「それはアンタがこうやって入ってるからやんか。アンタのほうにウチの足、伸ばす隙間があれへん」
「なら胡座で入ったほうがいいか?」
「うん」
思わぬ即答にこちらが面食らった。てっきり胡座なんて丸見えになるんだからそのまま閉じてろ、と怒鳴られ
ると思っていたのだ。
「どないしたん? 早よしてや」
自分から言い出したことを今更止めるわけにいかず、足を広げてそこを晒す。
「……勃ってる?」
それを隠すための体育座りだったのだが、バレてしまっては仕方がない。
「……勃ってて悪いか」
「ううん全然」
凍り付いたように静かになる。天井から落ちてきた滴が湯船に落ちて小さく音を立てた。
「なぁ」
「んだよ」
「触ってええ?」
「え?」
「触るで」
言うが早いか彼女は無遠慮にそこへ指を走らせた。爪の鋭さを感じて背筋に悪寒が走り、力が抜けていく。
「う、わ……えっ? ええっ!?」
彼女は自分のしでかしたことを理解していないらしい。男の防御本能なんて分からなくて当たり前か。なにせ
この間、初めてシたときもそんなに触らせなかった記憶がある。触られるとすぐに果てそうだったからというの
もあったが、力任せにこすられるのが容易に想像できたからだ。
「た、たくやぁ……どないしよう……」
たったこれだけのことで彼女は泣きそうになっていた。何も泣かなくてもいいのに。
「ちょっと爪で引っ掻いただろ? それでびっくり、した、だけ……!」
臍の下に力を込めるようにして萎れてきていた分身を再度勃ちあがらせる。彼女はそれを見て、壊れたおもち
ゃが修理されて戻ってきた子供の顔をしていた。俺のはお前のおもちゃか。
「……なんや、拓也がビビりやっただけか。安心したわ」
「ビビりってお前……今の場合、大体の男は俺の味方してくれるっつーの」
「男の人のってそんなんなん?」
「そんなんだと思うぞ」
「ふぅん……ゴメンな、痛くしてもうて」
悠希はざば、と身体をこちらに寄せ、顔を近づけて俺のを弄る。今度はソフトタッチ過ぎてくすぐったいだけ
だったが、この場合は誰に触られているのかが重要だった。全力で興奮している。
「熱ぅ……ホンマに熱いなぁ。こんなん、どうなったらこんなんなるんやろ? 人体の不思議やな」
「俺から言わせれば、女の身体のほうが不思議だって、のっ……!」
快感のせいで背筋に震えが急に来た。息を呑んで耐えたが遅かった。悠希が得意満面といった表情をこちらへ
向ける。
「拓也、ウチの手ぇで気持ちよぉなってるんや?」
「……湯冷めしてるだけだよ」
8割は強がりの発言だった。残りの2割は本当に浴室の室温が下がってきていたのが理由である。お湯の追加投
入を頭の隅で考えながら、俺も彼女の身体を弄ることに決めた。何の前触れもなく触られて、こっちだけ満足さ
せられて終わりました、というのはちょっと格好がつかない。
彼女を抱きしめようと両腕を伸ばすと、意外なことに向こうのほうからこちらへ飛び込んできた。まだまだ飽
きずに触り続けると思っていたのだが。
「わーい抱っこー」
「子供かお前は」
「子供やったらアカンの? なら大人の抱っこしてや」
「……意味分かってて言ってるのか?」
「こんだけしてまだ違う意味があるんやったら教えてほしいわ」
驚きの目で彼女の顔を覗き込むと強い意志を持った瞳に見返された。
「お前、どうしたんだよ急に」
そんなことはあの夏の日以来全くしていない。手を繋いでデートだとか、毎日メールで会話するだとか、そう
いうことは多くしてきたけれど、キス以上のあれこれは全くしていなかった。俺は強引にするような真似は避け
たかったし、彼女からも言い出してこなかったのでそうなっただけの話ではあるが。
「ちょっと怒ってるだけや。拓也、あの日ぃ以来なんもしてけぇへんねんもん」
「して、よかったのか?」
「そら強引なんはイヤやで? でも一緒の部屋でゲームやって遊んだりとかまでせぇへんようになったやんか。
ウチは拓也とそういう風に一緒に居るんが一番好きやねん」
言われてみれば、そういう風に遊んで、馬鹿な話をして、といった時間の使い方をしなくなった気がする。彼
女だからそれなりの待遇で扱わなければならないのだ、と気張っていた。
「そういうんの中で、その……エッチなこととか、求めてくれるんやったらまんざらでもないんやで?」
私自身はどうでもいいけれど、拓也が欲しいと言ってくれるならそれはそれでうれしい、とも言う。こんな状
況でそんなことを言ってどんな目に遭うのか分かっているのか?
……いや、分かっているから言っているのだろう。とっとと腹を括って私を襲いなさい、と言っているのだ。
直接言い出す度胸がないだけで。
「拓也」
「なんだよ」
「ウチな、もう一回アンタと――」
「ヤろっか、って?」
「――そういう味気ない言いかたは嫌いや」
「我侭言うな。それに大人の抱っこしてくれ、なんて言った奴に今を非難する権利はないだろ?」
ここにきてやっと、悠希が苦笑気味ではあるが笑った。
「そういうんヤるんやったら、なんかこう、ええ雰囲気作ってヤるもんやと思っとったんやけどなぁ……」
「そういうのがいいんだったら俺なんか選ぶな。もっと王子様みたいな奴選んでろ」
「イヤや、拓也がええ。拓也のそういうとこも全部合わせて好きになったんやから我慢する」
にへ、とだらしなく笑った悠希の額へ口づけを落とす。開始の合図だった。
悠希は俺の身体を抱きすくめると、まずキスを求めた。しかも舌を伸ばしてだ。俺にもそれを求めるので従
う。
「ひゃ……く、ふぅん……」
舌を絡めると、彼女は更に密着を求めて首へ両腕を引っかける。浮力があるとはいえ首で支えるのも辛いので
こちらも彼女の尻を抱いて持ち上げる。
「あ、んぅ……ひゃく、やぁ……」
彼女は目を瞑ったまま貪るつもりのようだ。馬鹿正直に彼女の顔を見つめていても仕方がないのでこちらもそ
れに倣う。否応なく彼女の刺激だけを感じるようになった。
「ウチ、のん……ひぇんぶ……ひゃくやのん、に、してぇ……」
こいつ、意味が分かっててこんなことを言っているのだろうか。行動や発言がエロマンガのそれだ。
彼女の身体を支える腕を少しずらし、手指を窄まりへ伸ばして撫でる。悠希は一瞬舌の動きを止めた。身体を
硬くして次に何をされるのかと身構えている。
「――ん、ぱぁ……どうした?」
「やって、そこ、お尻……やで?」
「そうだけど?」
言いながら、閉じられた門へ指を突っ込む素振りを見せる。彼女は真っ赤になって、本当にそんなところです
るのか、と素っ頓狂な声を上げた。
「お前には内緒にしてたけど、俺、そういう趣味があったんだよ。こないだ、前は慣らしたからさ、今度は後ろ
の――」
「う、嘘や! だって拓也の部屋のエロ本にはそんなんあんまり……!」
不穏な単語の並びに手の動きが止まる。確かに俺は本当はそっちの趣味はない。これはただの悪戯みたいなも
のだ。そして確かに、部屋にあるエロ本の類もそういう趣味を反映してそっちのジャンルは少ない。
「……悠希?」
「あ、んまり、揃ってへんかった、から! べ、別に男がそんなん持つんはおかしないやん!? ウチは怒った
りせえへんで!?」
「でもお前、中身全部確認したんだよな? でないと、そんなのあんまり持ってなかった、なんて言えないもん
な?」
悠希は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。もう湯あたりしてしまったのだろうか。
「そういうこと、好きじゃないんじゃなかったっけ? それなのに全部読んだんだ?」
今持っているのはせいぜい10冊程度だが、それを端から端までちゃんと読んだらしい。そういうことは好きで
はないと言っていた彼女が、である。
「……読んだらアカンの?」
「さっきそういうことはどうこうって言ってたじゃないか」
「どうでもええって言うただけや。……嫌いや、ない」
「なら好きなんだ」
「ちゃ、違うわ」
「シたことない?」
後ろから更に指を伸ばして襞に指を引っかける。
「ここ、自分で捏ねたりこすったり、シたことないんだ?」
我ながら嫌らしい訊きかたをするものだと思う。ないと答えてもあると答えても、彼女のプライドを散々にか
き回すことになるだろうから。
「そん、なん、アンタに関係ないやんか」
悠希が俯いて吐き捨てる。この辺りが潮時だろうか。
「でも、どうシたら気持ちいいのかくらいは訊いてもいいだろ?」
彼女は一旦こちらを仰ぎ見るようにして視線を合わせると、こくりと頷いた。
風呂場に途切れ途切れの吐息が響く。悠希のくせに艶めかしい声を挙げるなんて。
「そこ、な……ゆび、で、ほじる、みたいにしてぇな」
彼女は恥ずかしいのかそれとも感じてくれているのか、頬をますます上気させて瞳を潤ませていた。そして手
にはしっかり俺の分身を握っている。
「たく、や、は、どうしてほしいん?」
「さっきみたいに、触ってみてくれないか?」
「……ん」
彼女もゆるゆると手を上下させる。亀頭を指で包み込むようにしてくすぐる。力加減のコツをつかんできたら
しく手指の動きは段々活発になっていった。
こちらも負けてはいられない。以前に触ったときのことを思い出しながら彼女のツボを探る。いきなりクリト
リスに手を出すのは痛いから止めてほしい、とだけは言われたので、そこは避けて内部を目指す。
「たく、気持ちええんや? 顔、歪ぁっ、ん、でんでぇ……?」
「おま……え、も、そうだろうが……」
コトは我慢大会の様相を示してきた。お互いがお互いをゆっくりじんわり嬲りにかかっている。但しこのまま
では分が悪いのはこちらのほうだろう。さっき触られていたときの『ダメージ』が抜けきらないうちに再開した
のだから当たり前だ。
「あ、すごいわぁ、それぇ……」
筋に沿って二指を走らせながら、その間を広げていく。入口を掻き分けて押し広げながらゆっくり往復させ
る。風呂のお湯が滑りを良くしてくれているお陰か、すぐにでも指をねじ込めそうだ。
「それ、な? 気持ちええ、ねん。もっとしてぇ……?」
彼女の手が止まってきた。本当に没入し始めているらしい。このまま押し切れば、我慢大会は俺の勝ちだ。開
いた入口に空いた指をあてがって押し込んだ。
「ぅ、あっ……あ、はぁ、あっ……」
人差し指と薬指で広げた穴に中指を前後させながら挿れる。数度出し入れしながら慣らして、人差し指も突っ
込みにかかる。
「2本、も? 太すぎるってぇ……」
「お前が握ってるのよりは細い、はずだけど」
言われて気がついたのか、止まりかけていた手が再び動き出す。それに応えるため、挿入した指を深く反らせ
るようにして奥をつつき、指を折り曲げて臍の裏辺りを刺激しながら入口まで戻る。また反るくらいに指に力を
込めて送り込む。
「え、ぐ、んなぁ……」
「痛いか?」
黙って首を振る。
「ちゃう、ねん。ナカ、ぴりぴりして、いきなり過ぎてぇ……」
これも刺激が強すぎるらしい。だがこちらは言われた通りにしこりには触れずにいたのだ。これ以上言うこと
を聞いてやるのはちょっとサービス過剰だ。
「たぁ……く、ぅうっ!」
若干睨まれはしたが言うことを聞いてくれないことに腹を立てている様子はない。ここが勝負どころか、と風
呂の側面に彼女の背中を預けさせてこちらは両腕とも解放する。今までは胡座の上に乗せていたのもあって、左
腕だけは彼女の腰を支えていたのだった。
彼女の内側を掻き回しながら左手は胸へ伸ばす。先端を指で挟んで潰すように力を入れ、左右に捻りを入れ
る。
「むねもぉ……?」
「触られるの、イヤか?」
「……好き、や。自分でスるときも触るし」
「へぇ、スるんだ」
「……シたらアカンの?」
「いや? 俺もスるし。ただ、そういうの、スる人だと思ってなかったらびっくりしただけ」
これは本心だ。そういうことは苦手なのだと思いこんでいた。何せコイツときたら自暴自棄にならないと想い
人(恥ずかしながら俺のことである)に言い寄ることさえ出来なかったような奴だったのだから。
「ウチ、そこまでウブやと思われとったんや」
「てか、妹だと思ってたし。……今は違うぞ?」
今はもうすっかり彼女だ。でなければこんなことをシたいだなんて思うものか。俺にそっち方面の趣味はな
い。
「妹でもええんやで? 拓也がその気になってくれるんが一番ええ」
「……ならさ、俺のエロ本見たんなら、俺の好みの女の子になってくれたりなんかしちゃったりするのかよ?」
上体を乗り出して彼女に被いかぶさる。彼女の身体に触れさせた指はさっきのままだ。角度が変わって刺激が
走ったのだろう、彼女の喉の奥が小さく鳴った。
「……一番多かったんは幼馴染モノやったやんか」
「……だっけ?」
巨乳で控えめな性格の女の子を押し倒して後ろから色々柔らかい部分を鷲掴みにしつつ襲いかかるようなのを
中心に揃えていたと思っていたが違ったのか。
「そうやった。……嘘と違うで?」
不安そうにこちらを見てきた彼女の視線で察する。
「下らない嘘吐く奴は嫌いだぞ? んな顔しなくても、それはそれ、これはこれ、だ」
何か言いかけた悠希の唇を塞いで、指をまた動かし始める。嘘の言い訳を長々と聞いてやれるほどこちらも余
裕があるわけではない。こうした会話を楽しむのは後回しで、今は本能を満たすことにした。
「ん、ぐっ、ぷふぁっ……」
急に口を塞がれて息の抜け場がなくなったらしく最初のうちは拒否するような素振りを見せていたが、そう
した抵抗も次第になくなっていく。心持ち上から唾液を流し込みつつ舌で蹂躙していく。
「あ、くぅっ……!」
無論、指で責めるのも忘れない。上も下も俺のことしか考えられなくしてやる、とやや強引に責める。触るの
は控えていた肉芽にも親指で触れ、軽く圧す。
悠希は全身に力を入れて耐え、喉の奥で悲鳴を挙げる。握ったままだった俺自身を握り潰すようなことはなか
ったが、指そのものは硬直しているのが伝わってきた。様子がおかしいと一旦離れる。
「……悠希?」
「あ、アホ、さわ、たらアカンで、って言うたのにぃ……」
息が荒い。目尻からついと滴が滑っていった。
「お前、もしかして、もう……」
「アホ、言いな。こんだけで、イったりするわけない、やんか」
「……こんだけでイったんだろ?」
だから触るなと言ったのだろう。少し弄るだけで簡単に振り切ってしまうツボだったらしい。
「それだけ感じてるなら、もう準備が出来てるな? 俺も結構限界なんだ」
「……イってへんもん」
「ならそれでいいけど」
頑なに事実を認めない悠希を抱き直して後ろを向かせる。俺はその後ろ、浴槽の縁に腰掛けて、持ち上げた彼
女を膝の上に座らせる。
「お前のせいで、俺もこんなになってんだ」
勃起が彼女の股下をかすめて顔を見せる。不意に跳ねたそれが彼女の亀裂を叩いた。
「もう、今すぐ入りたい」
「……後ろからとか変態なんやで、拓也?」
悠希はその変態行為を認めてくれるつもりらしい。湯船の底に足をつけて中腰になり僅かに腰を浮かせると、
片手で俺を掴み、片手で秘裂を押し広げ、収まるように腰を降ろしていく。
「ふ、ぁあっ……!」
風呂のお湯とは違う温かい液体で満たされていた。半ばまで埋まったところで我慢が出来なくなった。悠希の
身体を抱きすくめて立ち上がる。持ち上げて、押しつけて、突き入れる。
「あ、たくやぁ……立ったまま、やんか、こんなん」
「嫌か?」
「アンタ、が好き、なんやったら、ええよ」
浴槽の向こう側の壁に手を突いて自分の身体を支えると、彼女はこちらを振り返る。セミロングの髪が首筋か
ら垂れて房になった。
「へんた、い、やけど、な?」
「変態変態、言う、なっ!」
腰を突く。彼女の喉の奥で息が行き場を失って、鈍い音を響かせる。
「その、変態の、エロ本、全部読み漁ってたのは、誰、だよッ!」
「そんな、読み漁ってへん、よぉっ! ひあぁっ!」
ちょっと引いて、押し込む。いや、叩き込むと言ったほうが正しいだろうか。腰を激しく前後させ何度も叩き
つけて身体をぶつける。彼女は崩れ落ちそうになりながら、必死で壁にしがみついていた。
膣内はうねっていた。突っ込んでジッとしているだけで出してしまいそうな刺激だと思う。腰の動きで気を散
らしているのもあるだろう。動けば動くほど、力が湧いて出てくるように感じる。
「た、く……っ!」
動きが激しすぎると言いたいのだろう。もし腕が滑ってしまったら上半身が折れ落ちてしまう。下に落ちる前
に壁で支えるため、後ろから押しつけているのだ。
突き込んだまま、一歩踏み込む。彼女の腕が浴槽から壁のタイルへ移って胸の辺りまでがぺったりとくっつい
た。
「ここ、ひゃっこいぃ……」
タイルの予想外の冷たさに戸惑ったのか、彼女はこちらへ尻を突き出してタイルから離れる。押し返されてま
すます深く刺さる。この感触が気持ちいい。この圧力を長く愉しみたい。尻肉を掴んで身体を寄せる。
「ゆう、き、俺……ダメだわ」
「なん、なん? ……きゃっ、あっ!?」
掴んで引き寄せて腰をただ押しつける。尻たぶが歪んで引き攣れるほど力を入れているのが痛いのか、彼女は
頭を揺すって耐えていた。
「おく、かたいんが、ゴリゴリしてる、やんかぁ……!」
「それが、いいん、だろ」
ゆっくり引き抜いて、また強く突き入れる。ぶちゅ、ばちゅ、と粘液をかき混ぜる卑猥な音が浴室に響いた。
少しずつ、自分を悠希の内側にマーキングする。そんな馬鹿みたいな作業が堪らなく気持ちいい。
「アカン、そんなん、おく、アンタのんに、されてまう……っ!」
「ゆ、うき、そろそろ、俺、げんかい、で」
「な、ナカは、アカンで!? 出すんやったら、あぁっ!」
腰の動きを徐々に早めていく。ばちゅばちゅと粘液と肌のぶつかる音が立ち、溢れた粘液が内腿を伝って湯船
に落ちていく。
「あっ、あっ、た、くっ! きい、てんの!?」
「聞こえてる、よっ!」
「ひぁっ……! ぜったい、アカン、からな!?」
「分かっ……、く、うっ!」
筋の根元からせり上がってきた感触に悲鳴を上げてしまう。先端がピリピリして痛くなってきた。射精を押し
とどめようと腹筋に力を入れると、上体が折れ曲がって悠希に圧しかかる格好になる。
「ゆう……っく」
「アホ、やなぁ……」
いつの間にか肘を壁に押しつけて身体を支えていた彼女は、その片腕を外して俺のほうへ伸ばした。
「そんな、いっしょけんめ、せんでも、いっぱい相手、したるのに」
悠希は振り向いてなんとか見える俺の顔へそんな言葉を投げかける。ぷつ、と何かが切れる音が聞こえた。
「……なら、してもらうぞ」
「……へ?」
「俺が、そういう気分に、なったとき、絶対に、相手して、もらうからな……!」
言うだけ言って彼女の返事は待たずピッチを上げる。片腕の支持だけではずり落ちてしまう、と彼女は再び両
肘で身体を支える。
「嫌がろうが、なんだろうが、お前は、悠希は俺のモノだってっ……!」
「ん、な、あぁっ、アホぉっ……!」
「う、あぁあぁぁっ……!」
ついに限界を迎えて腰を引き抜く。上を向いた銃口から白濁が溢れて飛び散った。悠希の尻、背筋に落ちた体
液は相当な熱を持っていたのだろう、彼女は小さく、熱い、と呟いた。
* * * * * *
「やっぱりお風呂入ってるんやから、身体の汚れは落とさなアカンよな」
風呂の椅子に腰掛けて俺に背中を流させながら、悠希は一人で呟いて一人で納得していた。
「汚したとこはちゃんと洗ってや?」
「んなもんお湯で流せばすぐだろ……っと」
言われた通り背中をボディソープで洗ってやったが俺の態度が不満だったらしい。肩越しに睨まれる。
「アンタ、あんな乱暴にしたくせに文句言う権利あると思てるん?」
「はいはいないですよありませんよ」
手桶に汲んだお湯を頭から振りかける。む、と喉の奥で唸った彼女を尻目に、掌に新たなボディソープを取
る。
「だから、汚れたところは念入りに洗わせていただきますとも」
揉み手をするように泡立てつつ悠希に一歩近づく。途端に彼女は身体を硬くして身構える。
「な、にを……ひゃっ……!」
内腿に石鹸で塗れた両手を置いて捏ねながらそこを洗う。徐々に中心へ腕を動かしていく。
「また、スるん?」
「洗ってるだけだろ? 汚したところ洗えって言ったの誰だよ」
「そこは、汚なないし」
「シてる最中、とろとろ垂れてたけど」
手桶が横殴りに飛んできた。頭に当たるといい音を立てて床を転がっていく。こめかみの辺りに当たったせい
でくらくらする。
「……そういや、な」
「なにぃな」
「昨日の飲み会で彼氏持ちの先輩が言ってたんだけどさ。私は彼氏と一緒に何がしているだけで嬉しい、だから
付き合ってるんだ、って話しててさ」
「それ、ウチもおんなじや。拓也とゲームやってるんが一番オモロい」
「でな、俺、お前と彼氏彼女の関係になってちょっと気張りすぎたなと思うんだよ」
「で、コレかいな」
彼女はうんざりといった表情で、コレ、と言いながら俺の手の甲を摘み上げる。痛みに顔をしかめながら、彼
女を抱きしめる。
「俺、今まではこういうことしたら悠希に嫌われるんじゃないかって思っててさ、だから色々我慢してたんだ。
でもどうやらお前自身まんざらじゃないらしいし、どうせならこの機会に今までの我慢をいっぺんに解消させ
てくれたらいいな……って、痛い痛いその指を離せ」
「何が解消やアホらしい。ウチかて今までアンタに避けられてた、思ってたんやで? こっちがサービスしてほ
しいくらいや。……スんのやったら優しぃしてや?」
最後に小さく付け足した言葉を聞き逃さなかった。アイサー、と元気に返事をすると肌を重ねる作業に全力を
尽くすことに決めた。