久しぶりにスーファミを引っ張りだしてきてピコピコと懐かしの対戦ゲームをプレイする。有名と言うほどで
もないが、実力と適度に運の絡むゲーム内容は初心者からやり込み派まで満遍なく楽しめるソフトだった。
「ほんでなー、ほんでなー」
隣に胡座をかいて座って2Pを操作しているのははす向かいの家の従姉妹、悠希だ。今日は昼間、友達と盛り場
へ遊びに行ったとかでやたらテンションが高い。
「オカちゃんって結構ヌけてるところあるやんかー?」
「知らないよそんなこと」
「えー、前にそんな話せぇへんかったっけ?」
「覚えてないってそんなこと。興味ないんだから」
「ひっどぉ!」
ピコン、と音がして、2Pが落とし穴に落ちた。
「ほら、落ちてもうたやんか」
「俺のせいじゃないだろ」
「拓也が仕掛けたトラップに吹き飛ばされたんやろ!」
「友達よりお前のほうがヌけてるんじゃない?」
「うっさいわ!」
悠希はコンティニューを素早く選択して、すぐさまネクストラウンドをスタートさせる。バカにされてムキに
なるのは昔から変わらない。彼女を茶化しつつゲームをするのはいつものことだった。
「……そう言えばなー」
こちらの勝率7割で迎えた20とちょっとゲーム目、不意に悠希が口を開いた。
「こないだ告白されてん」
……あまりにも脈絡がなさすぎて頭が話についていけない。
「どしたん?」
「……いや? 告白ってなんだったかなって」
「ボケるのんも大概にしてや。ほんでな、どうしようか、思て」
「そんなこと俺に訊くなよ」
トラップを配置して、2Pを確実にハメ殺しにかかる。正直どうでもいい、と努めて冷静にフォーメーションを
組み上げる。
「あー、拓也ずっこいわ! 人がちょっと真面目に話してるのに」
「真面目なんだったらゲームしてないときに――」
俺が言うなり、悠希はスイッチを切った。せっかく完璧にハマっていたのに。
「で、どうしようかな、思って」
「サラッと電源切るな」
「拓也がそうせえ言うたんやんか」
ムスッとして悠希がこっちに向き直った。
「で、どう思う?」
「どう思うもなにも、付き合ってる相手いないんだったら付き合ったらいいんじゃね?」
「……やっぱりそう思う?」
「それ以外に何があんだよ」
じぃっと悠希がこちらを見る。
「もう、ウチも高校生やんか?」
「そうだな」
「そやのにこうやって遊びに行き来してるやん?」
「そうだな。お前がこっちに越してきてからだからもう8年くらいか?」
「まだ5年や。そんだけ一緒におる拓也に相談せえへんのって……なんていうんかな」
頭を掻き掻き、彼女は胡座を組み直した。肩紐が若干緩めのキャミソールに太腿が半分以上露わになったショ
ートパンツといういつもの服装で、見てはいけない部分まで見えそうだ。そこからさりげなく視線を逸らすつい
でに顔を見ると何か言いにくそうな表情をしていた。一体なんだというのだろうか。まあなんとなく想像はつく
のだが。
「なんか気ぃ悪いやん」
「気ぃ悪いって言われても、俺、お前の彼氏じゃないし」
別に告白をしたのされたのという仲でもない、ただの年齢が近い親戚だ。どこかに遊びに行ったりするわけで
はないが、気がつくとゲームをしているような、そんな不思議な距離感で今まで続いてきた。外から見れば、確
かに付き合ってるだの言われても不思議ではない。だが実際は2人とも小学生から成長していないということ
だ。
「別に俺にお伺い立てなくても好きにしたらいいじゃん」
意図せず、冷たく突き放すように聞こえる物言いになってしまった。別に構わないが。
「好きにしたら、て言われても、ウチ分かれへんし」
「分かれへんって、付き合いたいって言う奴見て判断したらいいだけだろ?」
「そやけど……」
釈然としない、といった様子で胡座の足首が重なった辺りに両手を置く。
「……そういう風に言われるとは思えへんかった」
「じゃあ親身になって恋愛のあれこれについて相談に乗ったほうがよかったか?」
「やめぇな、気持ち悪い」
背筋に悪寒でも走ったのか彼女は居住まいを正した。
「……断ろ。よぉ分かれへん人とお付き合いは出来へんわ」
「それならさっさと返事してやれよ。一旦保留なら相手の子も待ってるだろう」
「そやな」
彼女は立ち上がるとその場を後にしようとした。
「あ、そや。あのな、来週の土曜って暇?」
「土曜? 暇だけど」
「それやったら映画行かへん? ウチ、観たいのがあって――」
タイトルと上映館を口にする。それならちょうどいい、俺も観たい作品があった。彼女の観たいモノとは違う
が同じ映画館で上映している。それを告げると、彼女は映画のハシゴだね、と言って家に帰っていった。
* * * * * *
翌週の土曜日。
「はじめまして」
「あ、こ、こちらこそ」
何故か俺は悠希の友達という女の子と引き合わされていた。
「えっと、拓也のことはもう紹介せんでもええやんな? 映画行こかて話したときに一応言うてあるし」
「ええ」
苦虫を噛み潰したような、という顔がピクピクと痙攣している。何故だろう、明らかに嫌われている。
「拓也、この子が大川さんで――どしたん?」
悠希が小声で訊いてくる、
「――俺、なんか嫌われてるみたいなんだけど」
「――そうなん?」
「悠希」
「なに?」
「私のこと、従兄弟の方は知ってたの?」
残念ながら私はあなたのことを存じません。というか、今大川さんとお名前を伺ったところです。そう思わず
口をついて出そうになったがここは我慢しておく。
今朝、悠希と一緒に家を出たときに連れがいることを唐突に告げられたのだった。当然俺としては、それなら
友達同士で見てきた方がいいだろう、なんなら今から俺だけ帰ってもいい、と提案したのだが、彼女はそれを許
してくれなかった。結果、大川さんとの待ち合わせ場所でもある、目的の映画館の近所まで腕を抱えられるよう
にして引きずられてきたのだ。
こういうスキンシップは恥ずかしいので止めてほしい。他人に見られたら勘違いされてしまうぞ、と忠告した
が効果はなかった。リアクションといったら更に強く抱きしめられて、私とお前とではそんな風に言われるわけ
がないだろう、と呟いて寄越したのがせいぜいで、恥ずかしがるどころか余計に胸を張る始末だった。まあいく
ら張ったところで何も当たらなかったが。
「うん」
「知っててそれ、ねぇ」
未だに腕にくっついている彼女をひっぺがし、俺は努めて明るい笑顔を作って話しかけた。
「お見苦しいところをお見せしました」
「ええ、本当に見苦しいですね」
何故だか分からないが、嫌われるを通り越して敵意や殺意のようのものさえ感じる。
「早く行きましょう。映画が始まってしまうのももちろんだけど、明るいところであなたがたを正視なんて出来
ないわ」
そんなに俺が嫌いか。
「……俺は、嫌われているんでしょうか」
シアターの座席に身体を沈めた大川さんに言うと、彼女は初めて俺のほうをちゃんと振り返った。ちなみに悠
希はポップコーン買ってくる、と姿を消していた。
「いいえ、あなた個人は嫌いではないわ」
「そうですか」
空気が重い。俺個人が嫌いではないと言うことは、もともと機嫌が悪かったとかで――
「どうでもいいだけです」
――機嫌が悪いとかどうとか関係なく、愛想良く振る舞う必要がないからそう振る舞っていないというだけら
しい。でもそれだけでは殺気まで感じる理由としては薄い。
「どうでもいいだけなら敵意を向ける必要もなくないですか」
心の声が思わず口を突いて出る。敵意を向けるなんて疲れること、どうでもいい相手に向けるだろうか。
「友達に彼氏を見せびらかされて、誰がいい気分なんてしますか」
「彼氏? ないない、そんな風に見られてないよ」
チッ、とあからさまな舌打ちが聞こえた。
「腕を組んで登場してよくそんなことを言えますね」
「あれは組んでたんじゃなくて、逃げないように掴まえられてただけです」
「逃げる?」
「家を出るときにいきなり悠希の知り合いが来るって言われたから。友達と観に行ったほうがいいだろ、って言
ったら逃がさないって言って引きずられてきたんです」
そう返事をすると、彼女は深い深い溜息を吐いていぶかしげな視線をこちらに向けた。
「本当に気づいていないんですか?」
「気づくも何も、本当に悠希が俺に気があるならいくら何でもすぐに気づいてるでしょうよ」
そして気づいていないんだからそういうことはない。当たり前だ。悠希とは小学生以前からの知り合いで、中
学からこっちは俺の家の向かいに近所に住んでいて、今でもちょこちょこ遊ぶ程度には交流がある従姉妹だ。た
だそれだけの間柄なのに、改めて外からそんなことを言われると思わなかった。
これからはそういう目で見られないように気をつけよう。そういう気がないのに周りからそういう目で見られ
るのは悠希も嫌がるはずだ。そういえば昔にもそんなことがあった、気がする。
「……帰るよ。上映中に抜ける」
「なっ……」
「上映中ならアイツも騒げないだろ?」
そんなことを言っていると、小さめのバケツくらいの大きさの紙容器に入ったポップコーンを抱えた悠希が戻
ってきた。
有言実行。上映開始から30分くらいしてから席を立ち、そのまま家路につく。映画館の最寄り駅についた頃、
メールの着信があったが無視。ついでに携帯の電源も落としておく。
電車に乗り込んで自宅の最寄り駅まで約10分、そこから徒歩で15分。自室に駆け上がって布団をひっかぶる
と、初回上映に間に合わせるために早起きをしたこともあってかすぐに眠たくなってきた。普段ならば昼前のこ
の時間だって家で寝ていることが多いのだから当たり前だ。
尻ポケットに入れっぱなしだった財布と携帯を取り出して、携帯は電源を落としたままだったことを思い出
す。立ち上げるといきなり着メロが流れ出した。この着信音は悠希のものだ。
<もしもし! 今どこにおんの!?>
こっちは眠いというのに元気な奴だ。
「どこって、家だけど」
<アンタアホちゃうか!? 急におらんようなって!>
「先に帰るって大川さんには伝えてあったはずだけど?」
<なっ――ホンマなん、大か……えぇ?――それやったら直接ウチに言いぃな……この馬鹿!>
ぶつ、と通話が打ち切られた。相当お怒りのようだ。その調子で大川さんに八つ当たりをしていなければいい
のだが、などと考えながら、とりあえず睡魔をおっ払う為に昼寝をすることにした。
* * * * * *
いつの間にかぐっすり眠り込んでいたらしい。太陽が気持ち傾き始めている。このままでは夜中に寝られなく
なりそうだ、と身体を起こすと途端に頭をぶん殴られた。
「〜〜〜〜ッ!」
「やっと起きたかこのアホ」
悠希は地獄の底から響いてくるような重低音をこちらに向けている。俺は殴られた辺りをさすりながら、まだ
重くてろくに開かない瞼を彼女のほうへ向けた。映画館に出かけたときのちょっと気合いの入った格好ではな
く、キャミソールにショートパンツといういつものスタイルになっていた。一旦家に戻って普段着に着替えてか
ら文句だけ言いに来たらしい。
「なんで急に帰ったん。心配したやんか」
「帰るに決まってるだろ。友達同士の付き合い、邪魔するのも悪いし」
「邪魔なんかせぇへんうちに帰ってもうたやんか」
「邪魔にならなかったならよかったけど」
悠希が声を荒げるのに溜息混じりに応える。
「……お前何でここにいるの? まだ昼過ぎだろ」
「ウチも映画全部観んと出てきただけや」
信じられないことにコイツも途中で出てきたらしい。
「それくらい観てくればいいのに」
「アンタな、先に勝手に帰ったんはどっちやと思てんのよ!?」
「はいはい俺だよ分かってるよ」
どうしてこいつは昔から微妙に空気が読めないのだろうか。友達と一緒なら俺なんか気にせずそっちと楽しん
でくればいいのに。
「分かってるんやったら謝るとかないん!?」
「あーはいはい、すんませんでした」
相槌を打つように適当に返事をすると、悠希はもう一発ぶん殴ってきた。
「……拓也はいつもそうや。私の為に、とかかっこつけて、全部裏目に出るんやから」
裏目とはどういうことか、と訊きかけて、映画館で大川さんに言われたことを思い出す。
「お前さ、まさか俺のこと好きだとかないよな?」
彼女が固まった。予想の斜め上を突かれて驚いているようだ。
「ないよな、そりゃ。昔から仲はいいけど、そういうこと全然なかったし。さっき大川さんからそんなこと言わ
れたけどさ、今更外からそんなこと言い出されてもお互い困るよなぁ」
苦笑しながら彼女のほうを見ると顔を真っ赤にして目を潤ませていた。そんなに彼氏彼女扱いされたのが不服
だったのだろうか。泣くほどショックだなんて流石にちょっと傷つく。
つられるように俺も口を噤んで部屋の中は静かになった。
「……ゲームでもするか?」
この間からテレビに繋ぎっぱなしだったスーファミのスイッチを入れると、悠希は真っ赤にした目のまま、黙
って2Pコントローラを取り上げた。そのまま腕を絡ませてくる。暑苦しい奴だ。
さっき付き合ってどうこうと言っていたのに、すぐさまこんな行動に出るのはどうなのだろうか。無防備なの
か、それとも何も考えていないのか。
「ちょっと離れろよ」
「イヤや」
「……なら好きにしな」
この間のものとは違うソフトを差したので、今日はこの間のような一方的な展開にはならない。というかこの
ゲームならむしろ悠希のほうが得意なくらいだ。勝ちを譲っていい気分になってもらおう、という考えが働いた
結果だった。
そうして数度対戦したがことごとく星を落とす。わざとではない。悠希のほうが上手く、そしてこっちは片腕
を人質に取られていて動かしにくかったからだ。
しばらくすると彼女もようやく落ち着いてきたのか時折笑顔を見せるようになってきた。こんなことで機嫌を
直すとは――
「――単純な奴め」
「え、誰が?」
「お前がだよ」
こぼれてしまった本音に内心舌打ちしながらぶっきらぼうにそう返すと、彼女は意味が分からないといった様
子で一旦メニュー画面を呼び出す。
「だから、ゲームでちょっと勝ったから、ご機嫌斜めが真っ直ぐになったんだろ?」
「なっ、え……?」
悠希は呆然といった表情を返してきた。
「そ、なん? ウチが勝ったんって……」
「お前が勝ったのは実力だよ。手抜きはしてない。ただ悠希が勝てそうなソフトは選んだけど」
悠希は惚けたような表情を崩さないまま、無言で俺の膝の上に乗ろうとしてくる。
「待て待て、なんでいきなり乗っかってくるんだよ」
「そんなん、拓也がミスるようにぃに決まってるやんか」
「そんな物理的な対抗策、たかがスーファミに持ち込むなよ」
リアルサイクバーストを仕掛けるなんてどこの修羅の国出身者だお前は、と愚痴りながら振り払う。第一、今
のままでもこっちが負けているではないか。
「……別に、ゲームに勝ちたいからこうやってるん違うし」
「いや、片腕絡め取ってる奴の言う台詞じゃないだろそれ」
「こうしたいからしてるだけや」
静かな物言いではあったが、きっぱりと言い切ったものだった。変なところに力を入れるものだ、とそれ以上
の追求はせずに抵抗を止めると、悠希は俺を座椅子か何かのように扱い始める。
「体重をかけてくるな、重いだろ」
「別に重ないやろ?」
「重いから文句言ってるんだよ」
「そこは気ぃ使って軽いとか言いぃな」
悠希が伸びをするようにして俺の顎に頭頂部をごりごりこすりつけてくる。機嫌が悪いのか力強く、結構痛
い。文句を言っても無視された。
とにかく続きを、と催促する。2P側から開いたメニューだからこちらからは操作できない。悠希に解除しても
らわなければ。
「イヤや」
「イヤって、ゲームするんだろ?」
「せえへん」
「しないって……じゃあ何を」
「もっとオモロイこと、しようや」
もっと面白いこと、とはなんだ。見当もつかずに彼女の次の行動を待つ。
「コントローラ、置いて?」
彼女に倣って、言われたとおりに手に持ったそれを放り出す。ざらりと衣擦れの音がして、俺の上で彼女が向
きを180度変えてこちらを向く。意を決したような、険しい顔が間近に寄ってくる。
「何するつもりだよ」
「……恋人ごっこ」
「はぁ!? 誰と誰が!?」
「ウチと拓也に決まってるやん」
目が据わっている。気圧されて思わずそっぽを向いてしまった。
「そ、そういうことは本物の恋人としなさい」
「恋人とやったら『ごっこ』になれへんやん」
「ごっこ遊びでそんなことするなって言ってるんだよ!」
「そんなことってどんなことなん? 何、想像したん?」
面白いこと、とはこうして俺をからかうことではないか。そう内心で結論づけてなんとか落ち着きを取り戻
す。悠希のくせに俺をからかうなんて十年早い。
「それは……はぁ」
正攻法ではとても折れなさそうな彼女の瞳を捉えてしまい、諦めて溜息を吐く。論破ではなく悪ノリで押し切
ることに決めた。
「そりゃあ、キスして、舌絡めて、大事なところを触りっこしつつ、興奮状態にあるお互いの――」
突如悠希が俺の頭に腕を回して固定すると、頭を勢いよく突撃させてきた。唇にふんわりとした感触を感じる
暇もなく、今度はナメクジのようなぬめりと、自分以外の温もりで満ちた肉の塊が俺の口の中へ突っ込まれた。
HEAT弾、というこちらの物騒な連想を知ってか知らずか、犬歯の間、前歯の辺りに唾液を擦りつけるようにして
一巡りすると、すぐに撤退していった。
「――キスして、それで、なんやったっけ?」
あまりのことに絶句している俺を尻目に、彼女は、ああそうだ、今度は舌を絡めるから、と前置きして、つい
っと頭を寄せてきた。
「ま」
喉の奥にコルクで栓をされたような息苦しさを取っ払おうと息を吐き出すと、幸運なことに声が出た。
「待て待て待て待て待て待てっ!」
勢い、押し留める言葉が出るのは当然だった。
「お前、俺をからかうのもいい加減にしろよ!」
「からかってへんよ? ……次はベロ絡ませるんやろ?」
「それがからかってるってんだよ!」
再接近中の悠希を半ば突き飛ばすようにして距離を取る。
「恋人ごっこやから、本気にせんでもええんやで?」
「本気になったら……」
どうするんだ、と言いかけて息を呑んだ。彼女は軽い口調とは裏腹に表情は岩のように硬かった。物言いはと
もかく、内心は本気なのが分かった。
「……なるん?」
そこは、なるのか、ではなく、なってくれるのか、と訊くのが正しいのではないか。そんな自分の置かれてい
る状況とかけ離れた感想を持ちつつ、俺は必死で落ち着こうとしていた。
ここまでされないと気づかなかった自分が情けない。考えてみれば、悠希ももう高校生だ。それが年の近い親
戚とは言え、こんなにスキンシップを求めてくるのは異常ではなかったか。今日だって、彼氏彼女に見られて困
るのではなく、彼氏彼女だと見られたかったのではないか。
そう考えると、彼女の自分に対する全ての行動の意味が変わってくる。同時に自分のあまりの鈍感さに目の前
が暗くなる。
「なぁ拓也。本気になるん?」
「……なるだろ、そりゃ」
彼女は自分の知っている悠希ではない。いや、俺の思っていた悠希ではなかった。俺の思っていた悠希は、少
し年が下の従姉妹、妹分、幼馴染、遊び友達……そこに恋愛感情はなかった。だがそう考えていたのは自分だけ
だったのだ。彼女はそうではなかったらしい。
「だってお前は……」
どう言うべきか迷って、継ぐべき言葉を見失う。俺の従姉妹で、妹分で、幼馴染、遊び友達で……とても大切
な存在であることは間違いない。
「……あー、その、女だから、自然と」
「どうせ『ごっこ』やから。それでええやん。男の人は気持ちええん、好きなんやろ?」
悠希が生唾を飲み込む音がやたらと近くに感じた。
「なぁ、拓也」
今度は俺が生唾を飲み込む番だった。悠希のくせに、色気がある。
「次はベロチューやんな?」
むふ、と鼻息も荒くして彼女が抱きついてくる。2人分の体重は支えられないと、とっさに両手を後ろに突い
た。結果、彼女の突撃を防ぐ手だてがなくなった。
「ん……」
文字通り目と鼻の先で彼女の瞼が閉じられ、俺の唇が塞がれた。気持ち固めに閉じていた唇は一発で押し開か
れて前歯が再びなぞられる。ただそれだけで、無血開城が成された。
「ちゅる……ひゃくや……」
前歯が隙間を十分な隙間を作るのももどかしい、とばかりに、悠希は俺の舌へダイレクトアタックを仕掛けて
くる。ざらざらとこすれる感触に息が詰まる。
「ゆ……ぎ……」
「ひゃ……く、やぁ……」
喉の奥で、悠希、と呼ぶとすぐさま呼び返された。ああ、もう、コイツときたら完全に浸ってやがる。
昔からこうだ。ちょっと熱中するとすぐに――
* * * * * *
昔、で思い出した。悠希も俺も、まだ小学生だった頃の話だ。この辺りもまだ宅地の造成など進んでいなかっ
た。
関西の都会に住んでいた彼女は田舎に帰る気分でいたのだろう。ある年の夏休み、自由研究だ、と虫かごに虫
取り網を持参して帰省してきたときがあった。
それなら、と俺は悠希を帰省期間の3日間全てを虫取りが出来そうなありとあらゆる場所に引きずり回した。
今ではもうなくなってしまった広場や水田(これはマンションに化けた)、近所の神社の森(神社は残っている
が、森は大部分が公園になった)。その場所場所に彼女は俺についてきて、まるで子分のようだ、と俺は調子に
乗っていた。
3日目の朝、小学校の友達に出くわした。
――おまえ、おんなとあそんでるのか
今から考えればちゃんと説明すれば済んだのだが、つい、こう答えてしまった。
――おれがこんなの、あいてするわけがないじゃん
悠希が目を丸くしてこちらを見上げてきて、それからぷいといなくなってしまった。
姿を消したまま夕方になっても帰ってこない悠希を心配して、俺は前日までに教えた虫取りスポットを回るこ
とに決めた。神社の森で見つけたときもう辺りは真っ暗だった。
――ゆーき!
――たくにいちゃん?
顔を上げた悠希は泥だらけで、しかも虫かごにはあふれるほど昆虫が詰まっていた。
――はやくかえろう、もうばんごはんだよ
そう言うと、悠希は突然泣き出した。もう真っ暗で怖くて仕方がない、と。今の今まで昆虫を探していたとは
とても思えなかった。結局俺は悠希の手を引いて、お化けが出てこないように大きな声で歌を歌いながら家路に
ついたのだ。
――こんなのっていって、ごめんな
――ぜんぜんきにしてへんよ
――ゆーきはおれにもったいないくらいかわいいから、はずかしかったんだよ
そんな臭い台詞を言った記憶がある。
泥だらけの悠希を見た両親は俺に悠希を連れ回すことを禁止し、翌年からは俺達は冷房の利いた部屋の中、ス
ーファミで遊ぶようになった。
* * * * * *
――ああ、熱中するとすぐに周りが見えなくなるんだ。
酸欠でイヤな脂汗を掻き始めたお互いの肌が貼りつく。顎まで垂れるくらい唾液をこぼしながらのキスは一旦
休憩に入った。悠希はぜえぜえと息を整えている。
「ゆう、き」
「……なに?」
「もう、止めよう」
「なんでぇな。気持ちええこと好きなんやろ?」
「でも『ごっこ』だろ」
「『ごっこ』でええねん」
彼女がまた抱きついてくる。
「どうせ、どんだけ頑張っても、報われへんのやし、『ごっこ』で構へんねん」
正面から見据えられてそんなことを言われると、俺は反論できなかった。今までも過剰なスキンシップはされ
てきた。デートとこそ言わなかったが一緒に遊びに行ったこともある。今日なんかはそれとなくアシストしてき
たらしい彼女の友人をぶっちぎってきた。いよいよ愛想を尽かされたのだ。
「『ごっこ』でも、拓也の彼女が出来るんやったらそれでええねん」
「お前……」
「ウチに魅力がないのんがアカンねん。くっついても、デートしても、拓也、全然その気になってくれへんし」
「お前な」
「だから恋人ごっこでええねん」
「悠希!」
もうほとんど泣きそうだった彼女に怒鳴りつけると、それがきっかけになったのか目の端からぼろぼろと涙を
こぼし始める。
「たく、や、のアホぉ……」
今まで何度もアホと言われて、その度に生意気なことを言いやがってとイラッときていたのだが、今度ばかり
はアホ呼ばわりされても仕方がない。
「たくやなん、か、嫌いや」
「ごめんな、鈍くて」
「嫌いやぁ……」
悠希は涙と鼻水にまみれた顔を俺のTシャツで拭く。汚いが我慢だ。
「悠希……」
「アホ、あほ、あほぉ……」
このままでは、妹が抱きついてきているのと何も変わらない。俺は悠希のことが――
「恋人ごっこ、続きするか?」
「あほ、へんたい」
「なら、『ごっこ』じゃなくてさ……恋人、やるか?」
――好きなのかもしれない。
「……てか、こんなアプローチされたら冷静に考えられねえよ」
苦笑混じりに心の声が漏れたが、幸いなことに状況をよく飲み込めずにいた彼女は聞き取れなかったようだっ
た。
結局彼女が泣き止むまで両腕を後ろについた体勢のままだったせいで、肩から二の腕にかけてがダルい。首を
ぐりぐりと回していると、まだ上に乗ったままだった悠希が肩を揉むような素振りを見せる。
「……やっぱ、重いん?」
「重い軽いは関係ないよ。ずっと同じ体勢だったんだから」
悠希は目の周りが真っ赤だった。それだけ涙をこぼしたということだろう。事実ハンカチ代わりに使われてい
たTシャツが明らかに重い。脱ぎ捨てる。
「重いんやったら降りるて」
彼女もずっと同じ体勢でいたからだろう、固まってしまった身体をほぐすようにもぞもぞと動かしながら尻の
位置をずらしていく。
「あ、そういえば」
「なに?」
「恋人ごっこの続きと、恋人するのと、どっちにするかまだ訊いてなかったって」
「そ、そんなん決まってるやんか!」
「『ごっこ』の続きだな?」
「アホ」
赤面した悠希を抱き寄せてお互いの腹が密着するほど身体を近づけると、悠希がようやく答えを口にした。
「さっさと言ってれば楽になったのに」
「そんなん! ……そんなん、恥ずかしいやん」
「今日みたいに繁華街で腕組んで歩くのは恥ずかしくないと?」
「恥ずかしいに決まってるやんか。……もう、やめてや」
最後の、半ば吐き捨てるような言葉で背筋に電流が走る。ヤバい、こんなに密着してるのに、バレる。
「どしたん? ……ぇ、あ」
俺の不審な動きはすぐに彼女の感知するところとなった。
「……ごめん」
「……『ごっこ』もしよか?」
悠希のほうからそんなことを言い出すなんて意外だった。腕を組むのは恥ずかしいくせに、そういうことを言
うのは恥ずかしくないのだろうか。
「んー……、『ごっこ』はいいや」
「えっ? 男ってそういうん、しんどいんと違うん?」
「うん。だから恋人ごっこじゃなくて、恋人同士でヤることシたいって話」
ぐ、という押し潰れた声が耳元に響く。
「恋人同士、シたくない?」
「……そやな。『ごっこ』はもう要らん」
悠希が俺の視界の真正面に入り込んだ。
「それやから、な……?」
俺の目を見据えて、真っ赤になった悠希が言う。
「最初っから、しよ?」
生まれて初めて、悠希のことを異性として可愛いと感じた。
「そんで、え、えっと、なんやったっけ?」
エロかっこよく決めたくせに、悠希は突然落ち着きをなくす。台無しだ。
「接敵して、HEAT弾して、斥候を出して、本陣に突撃……じゃなくて本陣を突撃か」
などとボケてみたが、彼女は余計に混乱してしまった。そこは切れ味鋭く、どこのミリヲタだ、と突っ込むべ
きではなかったか。そんなことを考えていると、ジロッと彼女の瞳がこちらを捉える。
「……もうええわ。拓也に任せる」
「俺に任せるってなんだよ」
「拓也のほうが、そういうん詳しそうやし」
「け、経験なんかねーよ!」
「経験ならウチもないわ。でもエロ本、ようさん抱え込んでるておばさんが」
なんてことを親戚の女の子、しかも年下の子に暴露しているのだ。
「……さいっっっあくだ」
「別にええやんか、それくらい。男ってそういうモンなんやろ」
そういうことに関しては彼女のほうが俺よりもこなれているらしい。というかむしろ思い切りがよすぎて関西
のオバチャンのようだとさえ思う。恥じらいやそういうものが抜け落ちている。
「そういうモンだとしても、恥ずかしいことには変わりないよ」
「変に隠すから恥ずかしねん」
「お前がそれを言うか」
抜き打ちで唇に唇で触れる。悠希は目を見開いて驚きの表情を作ったが、すぐに目を細めて薄く笑った。
「……隠す必要、ないんやんな」
今度はどちらも納得ずく。2人、示し合わせたようにキスをした。
キスして、舌を絡ませるところまでは『予行演習』のお陰もあってスムーズに進んだ。抱き合った姿勢のまま
で仕切り直して始めたのだから当然か。むしろ先程よりも長く深く、頭の芯を犯しあうようなキスになった。
茫洋とした頭に思い浮かんだまま、胸に手を伸ばす。薄いくせに柔らかい。彼女は身体に力を入れて反応した
が、やがてゆるゆると全身の力を抜いていった。俺のことを受け入れてくれるらしい。ただそれだけのことで興
奮が高まっていく。
「んぁ……たくや、も……」
高まった興奮と比例して大きく硬くなっていた俺自身をチノパンの上から悠希の指が撫でる。軽い痛みを伴っ
たような緊張が全身を駆け抜けて背筋が伸びる。オナニーとは比較にならない。神経に電極を埋め込まれて直接
そういうところをかき混ぜられた、と言われても信じてしまいそうだ。
キャミソールを掻き上げてめくる。こんな大きさのくせに、ブラジャーは必要なんだろうか。
「……なにぃな」
「いや?」
「ちっさかったらアカンの?」
意外なことに声に不満の色はなかった。それに少々面食らいながらもジーンズの裾を切り落としたようなショ
ートパンツの前のボタンへ手をかける。
「悪くはないけど、さ」
「拓也、ちっちゃい子好きなん?」
ボタンを外して前を開くと、ちらりと薄い色の布地が見えた。レース生地も見える。触ってもいいか、と悠希
の目を覗き込むと頷いて返される。
「なぁ、拓也。おっぱいちっちゃい子はどうなん?」
「……好きだよ、悪いかよ」
「拓也ってロリコンやったんや」
臍の下に指を置いてそこから中へ突き入れる。スマートよりもなお痩せているくらいの体形だというのに、こ
ういうところだけ妙に肉付きがいいらしい。こんなに近くでは手探りでしか分からないことだが、そういう女優
さんと遜色ないボリュームではないだろうか。だからなんだと言われたら、別にどうもしないが。
中身を掻き分けてクレバスに指が届く。力任せに押し込みたくなるのを寸前で我慢して表面を撫でるに留め
る。強くし過ぎていないか尋ねようと下半身に向いていた意識を持ち上げると、悠希は顔を真っ赤にして浸って
いた。
「あ、ふ……あぁっ……! 気持ち、ええ、から、続けて……?」
そうだった、一つのことに集中してしまうと周りが見えないくらい耽ってしまうのは彼女の癖だった。
「気持ちいいのか」
「う、んっ……あ、そこ、めっちゃええっ!」
指先が襞ではない感触を捉えると彼女がひときわ大きな声で啼く。ここがいいのか。多分クリトリスだ。
「ウチ、あっ……たくやのゆび、ええわぁ……」
腰をスライドさせて自分で快楽を増幅させる。お陰で指先が彼女の全貌を知ることには役立った。これくらい
の隙間に俺の分身を入れ込むなんてちょっと実感が涌かない。
「悠希、もういいか?」
心に僅かに残った躊躇を振り払うために声をかけると、悠希は惚けていた表情を一瞬引き締め、コクリとしっ
かりと頷いて見せた。
「なら、下は脱げ。……あー、その……ほら、色々と、その、汚れるだろ?」
脱げと言ったときこそ怪訝な顔をしていたが、俺の意図するところが分かったのか顔を真っ赤にしてショート
パンツを降ろす。処女というのは本当らしい。
「……やっぱり拓也、経験者やろ。変なとこまで気ぃ回しすぎや」
彼女が恨みがましく呟く。
お互い避妊だのコンドームだのなんてものは頭から消え去っていた。ただただ2人の身体を一つに繋げたかっ
た。そのために彼女は潤滑液を十分巡らせていたし、俺自身は触れられるだけで放ちそうなくらい張り詰めてい
る。これ以上準備をする必要がないことくらい童貞の俺でも分かった。
座って抱き合ったポーズを崩してベッドへ誘導、彼女を仰向けに寝かせる。
「なんか、笑ってまうな」
「相手のこと、ションベン漏らしてた頃から知ってるのに不思議だよな」
「なっ、おしっこ漏らしたりなんかしてへんわ!」
「そうか? 心霊特集観て怖い怖いって大騒ぎしてたじゃん」
「それは拓也も一緒やったやんか……」
多少の痛みを伴う行為に今更少し気後れしていた。自分のパンツを降ろし、同じく開かれていた彼女自身に先
端を当てる。悠希はビクリと身じろぎしたが、深呼吸を一つして頷く。それに従って恐る恐る腰を押し込む。
「……アホ。ウチ、ずっと前から恋人やりたいって思ってたんやで?」
躊躇いながらの動きなのはすぐにバレてしまったらしい。自分も不安なくせに、俺の背中へ腕を回すと引き寄
せる。もうカリまで埋まってしまった。カリだけしか入っていないのに全部吸い取られそうだ。
「ここでやめられても、困るんはウチや。……んっ!」
少しずつ少しずつ進めてきたそれが、彼女の処女を奪った……らしい。彼女は顔を歪めて喉の奥で呻いた。
「痛い、んだよな?」
「思ってたより痛ないよ。そやから、遠慮せんでええ。全部挿れてもうて?」
「……分かった」
残りはあと半分もない。それなら一気に押し込んでやる。悠希の腰を掴んで引き寄せながら自分の腰も進め
る。彼女の呻きは大きくなったが、あっという間に挿入出来た。
初めての女性の中の刺激は思っていたより強くも速くもなかった。だが悠希と繋がっているという気恥ずかし
さと緊張が快感器官を全速力で働かせている。下から見上げてくる悠希の視線がそれに拍車をかけていた。これ
では動く余裕がないがもう限界なのかと言われるのも恥ずかしい。歯を食いしばり腰をスライドさせていく。目
の焦点も意図的にボヤケさせて、彼女の視線を逸らした。
「た、くや」
ゆっくりと腰を前後させると彼女がこちらへ手を伸ばしてきて胸の辺りに掌をぺったりとくっつけてくる。
「心臓、めっちゃ動い、てるな。興奮してるんや?」
そんなの当たり前だ、相手が悠希だなんてとんでもなく背徳的ではないか。妹とほとんど変わらなかったのが
今や彼女で童貞捨てる相手になっているなんて、これなんてエロゲ、だ。
変なことに想像が及んだせいで余計な我慢をしなくてはならなくなった。緩みそうな腰の動きに集中する。彼
女の肉に包まれる刺激が徐々に増してきた。異物を排除するような強張りが無くなってきて、気を抜くと本当に
全部吸い込まれてしまいそうだ。
ふへ、と鼻を鳴らすような間抜けな笑い声がした。ボヤケさせたままだった焦点を彼女の顔に戻す。
「拓也の顔、おっかしぃ、て、しゃあないわ」
時折痛みが走るのか、途切れ途切れにしかめっ面を差し挟みながら、俺の胸に置いた掌を、首、顎、耳へと滑
らせていく。
「……たくや、こっち見てや」
「見てるだろ」
「でも、さっきから、明後日の方向見てるやろ?」
まさかとは思ったがバレていたらしい。
「露骨に焦点合うてへんねんもん。こんだけ近かったら分かるわ」
悠希の耳に置いた手指がもみあげをつまんで引っ張る。腕の動きに逆らわず動くと彼女の顔の前まで誘導され
た。ついでに何故顔を見てくれないのか、と詰られて思惑まで白状させられる。
「アホ、ちゃう?」
「意地とかあるんだよ、年上で男だし」
「……それやったら、お願いがあんねんけど」
悠希の腕がもみあげから頭の後ろに移動する。意図したところを察して灼けるような恥ずかしさが身体中を走
り抜ける。
「目ぇ、瞑って?」
「……ロマンチストめ」
「別にええやんか」
恥ずかしさが徐々に快感に変換されるのを感じながら、彼女の身体へ覆い被さってキスをした。
馬鹿正直に目を閉じたまま腰を使って、同時に舌も絡ませる。自然と鼻息が荒くなる。
目を閉じているせいか、さっきまでは気づかなかった匂いが思考に混じる。彼女の甘い体臭に混じって自分の
汗の匂いが鼻につく。こんなことになるなら寝る前にクーラーを入れておけばよかった。
「た、く……っ!」
悠希の身体に力が入る。密着したままゆるゆると動かしていた腰が、余計に動かしにくくなる。力加減が出来
ない。それが彼女を余計に強張らせる。
「たく、はげし、すぎやって!」
「かげん、できないんだよっ! 興奮、しすぎてっ!」
「あ、あほぉっ!」
粘液の真ん中に突っ込む卑猥な音を身体全体で聞きながら、更に腰を突き入れる。徐々に我慢の限界が近づい
ていた。
「ゆ……うき……っ!」
「たくっ、たくやぁ! ウチ、ウチぃ、アンタのこと……」
「出す、ぞ、ぉおっ!」
「……うんっ!」
何度目か彼女の一番奥を小突いたとき、いよいよ堤防が決壊した。オナニーで何度も味わった、脊髄を直接引
っこ抜かれるような痺れた快感が走った瞬間に腰を引く。身体を丸め、跳ねる自分自身から精液が飛び散るのを
見た。白濁は彼女の腹へ太腿へ落ちていく。白くべとつくそれは肌に貼りつくと、流れ落ちずにその場に留まっ
た。
達した快感が全身を痺れさせている。息が上がっている。身動きできない。
「……拓也」
鼻の頭から汗が滴り落ちそうになるのを彼女が拭う。
「疲れ過ぎ、やろ」
「……女には、分からないだろ」
「そら、そうやけど」
大きな深呼吸を繰り返してようやく動けるようになってきた。身体を起こしてベッドに腰を降ろす。
さっきまでの、恐らく10分もない時間に起こったことが信じられない。思い出して顔が熱くなるのを感じて両
手で頬の辺りを押さえていると、彼女が後ろから覆い被さってきた。
「何考えてるん?」
「いや、なんか、悠希が恋人とか、実感湧かないなって」
「それはウチも一緒や。ずーっと片思いやってんで」
「……そういや、いつからだよ。片思い始めたの」
それによっては自分の不明さを恥じなければならない。何年彼女の気持ちに対して鈍感だったのだろうか。
「それ、そんなに知りたいん?」
「言いたくないのか?」
「そうやなくて……いつからか覚えてへんねん。オカちゃんに訊かれたことあったんやけど、全然思い出されへ
ん」
オカちゃん、というと、よく話題に出てきていた友達か。恋愛相談でもしたのだろう。
「記憶にある、ずぅっと前から好きやってんもん」
ビシ、と自分の身体が固まる音が聞こえた。
* * * * * *
「なぁなぁ」
私の友人はここ数日機嫌がいい。
「なに?」
「拓也がなー……」
「ノロケなら聞かないよ?」
「えー、別にノロケ違うって」
満面の笑みを見せながらそんなことを言うのだから全く信じられない。溜息を吐きながら先を促す。
「今度デート行けへんかって言うてくれてなー」
「やっぱりノロケじゃない」
「事実を報告してるだけやで? そもそもノロケられるんはオカちゃんがこないだ相談に乗ってくれたからや
し」
「やっぱりノロケてるんじゃない」
その相談というのも『その気があるなら目に見える形でアタックしろ』という助言をしたくらいで、別に特別
力になったというわけではない。そもそも話を聞く限り、今までの彼女が奥手過ぎたのが進展しない理由に間違
いない。
10年以上想い続けてきたというから、彼女の行動力と彼氏の鈍感力が見事に組み合わさった芸術のような関係
性なのだろう。事実この間だって、少し水を向けてみても全くそんな風に反応しなかった。これは脈は全然無い
のか、などと考えていたら、一転その日のうちに落ちたと言うんだからよく出来た芸術品だったのだろう。
「ところでさ、悠希」
「なに?」
「オカちゃんって止めない? 大川だから『オカ』って取るところおかしいでしょ」
「えー、かわいいやん」
彼女は時々こういうズレたことを言うことがあるから、天然や鈍感というのは彼女の血縁者の特徴なのかもし
れない。そう結論づけた私は、夏休みまでに自分につけられた変な呼び名を修正させるため、いかに彼女の発想
が斜め上なのかを力説しつつ、昼休みを過ごしたのだった。