「好き」
「私は嫌いよ」
いつものやりとり。
なぜだかあいつは昔から毎朝毎朝言ってくる。
なせだか私も昔から毎朝毎朝言い返す。
そしてあいつはそれだけ言うと、さっさと行こうとする私の三歩後ろを黙ってついてくる。
あいつは学校につくまで口を開かない。
私も学校につくまで口を開かない。
学校についてもお互い知らんぷり。それぞれの教室に黙って入って行く。
授業を受けて、お弁当を食べて、また授業を受けて。
帰るために教室を出る。すると廊下の反対側の教室からあいつが出てくる。
下駄箱につくまでに、あいつは私の三歩後ろまで追いつく。でも、そこから先には近付かない。
昔から、手が届きそうで届かない。
昔から、すぐ近くなのにとても遠い。
昔から、他人なのか友達なのかわからない距離。
縮まない。
あいつと私の距離は縮まない。
私は後ろを振り向かないですたこら歩く。
家についてようやく振り返る。
あいつはにっこり笑って、でも、口を開かない。
私はふいっと顔を逸らして、あいつとは別々の玄関でただいまを言う。
これが私の日常
だった。
〜〜〜〜〜
とある土曜日。
休日は部活も無いし、お昼まで惰眠を貪っていたら、ベランダにノックノック。カーテンを開けると、あいつがいた。
これもいつものコト。
あいつはホワイトボードを見せる。『開けて』。
私は窓を開ける。
「好き」
「私は嫌いよ」
あいつはにっこり笑って、こっちのベランダとつながった向こうのベランダに帰って行く。
これ以上寝る気にもなれなくて、とりあえずお昼ご飯を食べることにした。
ご飯を食べながらテレビを見て、それからシャワーを浴びた。夕ご飯まで勉強して、夕ご飯が済むとお風呂に入り、それから友達とくだらない電話で盛り上がった。お母さんから好い加減にしなさいと注意されて、電話を切り上げて電気を消した。
カーテンの隙間から見える月が綺麗だなと思って眠りに落ちた。
夜中に窓をノックしてくる不埒な輩かいるので、成敗しようと思ってベッドからのそのそと抜け出した。
念のために部活で使う竹刀を握り締めて窓を開け放つ。
やっぱりあいつが立っていた。
「……今何時だと思ってんの?」
「好き」
……意味不明だ。日本語が通じないのかなこの変質者。
「……今、な、ん、じ、だ、と、思ってんの!?」
「…………好きだよ」
駄目みたいだ。うちの幼馴染は、もう駄目みたいだ。
だから私はいつもの言葉を解き放つ。
「私は嫌いよ」
あいつは
にっこり笑って
「そっか」
って
泣いてた
?
え?
いつも
いつも通り
じゃないの?
あいつは
にっこり泣いて
「ばいばい」
って
帰った
私はわけがわからなくて、茫然とした。
窓を閉めて、布団に潜り込んで、目を瞑っても、あいつが泣いてた。
いろいろ考えたけど、そうしてるうちにねむくなって、意識の裏で、あいつの「好き」以外を聴いたの、久し振りだって気がついた。
月曜の朝、あいつはいなくて。
あいつの「好き」も無かった。
〜〜〜〜〜
毎日がちょっと変わった。
毎朝の「好き」がなくなった。
登下校の三歩後ろの足音が無くなった。
休日のお昼のノックが無くなった。
昔からあったベランダの橋がいつの間にか消えてた。
カーテンの向こうを見るのが怖くなった。
なにより。
あいつが毎晩、夢で私に「好き」を言うようになった。
まるで恋する乙女みたいに。
夜毎夜毎、好き、好き、好き。
まるで私が
私が?
そんな生活に違和感はあったけど、いつか慣れると思ってた。
でも。
毎晩あいつは夢に出てくるし。
あいつとは学校ですら会わなくなった。廊下ですれ違うことすらない。
そして。
私はあいつの声が聞きたくて、あいつの顔が見たくて仕方が無かった。
「好き」って、言って。
にっこり笑って欲しい。
でも、ベランダの向こうに行く手段が無い私は、カーテンの隙間から向こうを覗くことしかできない。
私の日常は、変わった。
〜〜〜〜〜
高校で最後の試合。
私は個人戦で三位決定戦をしていた。
今のところどちらもキメてないけど、私は劣勢だった。確実に一本とられる。そうなれば負ける。
……もう最後だし、それでもいいかな。
って弱気になった瞬間。
「ぁ」
取られた。一本。負けが確定した。コーチの怒声が飛ぶけど、もう無理だ。
位置について、相手を見る。自信満々の目だ。
目を逸らして「ぇ……」
あいつが、試合場の隅っこで、こっちを見てた。あいつはあのにっこりした微笑みじゃなくて、どこか淋しげな、悲しそうな目をしてる。
私の好きな、微笑みじゃない。
私の好きな、いつものあいつじゃない。
私が好きになったあいつに、あんな顔させたくない!
だから決めた。
勝つ。なにがなんでも。勝ってみせる。
そして。
〜〜〜〜〜
夢。
小さいのが二人いる。男の子と女の子。
女の子はぷりぷり怒って、男の子が謝ってる。
女の子はようやく口を開くと、男の子になにか約束させた。
『10年間毎日好きしか言っちゃ駄目。そしたら、嫌いって言うのやめてあげる』
〜〜〜〜〜
目が覚めた。
そばにあいつがいたから、とりあえず抱きしめた。
「え!?」
「え!?」
「なにしてんのあんた!」
「え!? か、看病を」
看病? そういえば医務室っぽい。ベッドの上で寝かされてたらしい。
「私、勝った?」
「うん。かっこよかった」
なんか照れるなぁ。えへ。
あ、それより。
「ごめんね」
「え?」
「あんた、ずっと覚えてたんだね」
「あ……うん」
あはは、って、あいつは無理して笑う。
こんな。
こんな顔、見たくない。
だから。言う。
「好き」
「え?」
「私、あんたのこと、好き。ずっと前から。あの約束した日よりもっと前から」
「……うん」
あいつ、はやっとあの顔で。
「僕も、好きだよ。ずっと、ずっと」
私達は、キスをした。
もちろん試合直後に倒れた私を看病してたのがあいつだけなわけもなく、顧問、コーチ、部活のメンバー、試合相手の選手とコーチ、それと応援に来ていた生徒によって。
私達は、ウチの学校どころか、他校にまで公認のカップルとなったのは言うまでもない。
終わり