「隊長」  
「ん?」  
 
幕舎の外から、中にいる青年に向かって声がかけられる。  
行軍に持ち運べる寝台に寝そべって書を読んでいた青年は体を起こし、後ろで束ねた髪を揺らして大きく伸びをする。  
作った笑みを浮かべた端整な顔が特徴的な青年の名前は、シド=サーディス。  
いざとなれば千から万の兵を繰り、現在は若くして五百からなる遊撃隊の長を任される、大陸の西、青の国の将軍だった。  
シドは、呼びかけに体を起こし、入口の布を押し上げる。  
眼前に現れた体格の良い男が、青年を見るやいなや敬礼をして、言った。  
 
「この度の食糧泥棒の犯人を連れてきましたッ!」  
「……暑苦しいな、副長。もう日は沈んでるんだよ?」  
「申し訳ありませんッ!」  
 
全く反省すること無く、変わらない大声でまくしたてる副長と呼ばれた男を叱責することはなく、青年は続ける。  
 
「……で、例の子は?」  
「はッ! ……おいッ!」  
「痛ッ! ……ちっ」  
 
副長が、持っていた荒縄を引っ張る。すると、暗闇の中から胴の辺りで手ごと縛られた、ボロを纏った少女が現れた。  
年の瀬は十代半ば、乱れた癖っ毛につり目が特徴的な、険があるものの愛らしいその少女は、不機嫌そうな顔でシドを下から睨めつける。  
だが、どれだけ可愛らしかろうと、少女は見るからに下賎の身で、対するシドは国の、それも高位に位置する官である。  
心の狭い者ならそれだけで手打ちにしてしまうだろう不敬な態度に、副長は舌を鳴らしたが、青年は笑みを崩さず体につながった縄を受け取った。  
 
「……ご苦労さま。ん? ああ、暫くかかるかもしれないけど……ま、ちゃんと皆にも声かけなよ?」  
「了解ですッ!」  
 
再び敬礼をした後、副長が悠々と帰っていくのを見守った後、青年は少女を見下ろす。  
少女は変わらずシドを睨み付けていたが、青年が醸し出す謎の雰囲気に、汗が一滴、こめかみを流れた。  
――楽しめそうだな。と、青年が心の中で呟く。  
その謎の雰囲気の内容は、少女は後で知ることとなる。  
 
∞  
 
「座りなよ」  
 
青年は幕舎の灯りに油をさしてから、縄を垂らして立ち尽くす少女に腰を下ろすよう言う。  
それでも少女は動かない。本能が、命令を受け入れる事を拒否していたから。  
それでも青年は貼り付いた笑みを崩さず、自分は寝台に腰を下ろした。  
 
「……」  
「黙ってないでさ、何か話そうよ? 何で食糧を盗んだのか……とかさ?」  
「……持ってる奴から盗って何が悪い」  
 
顔をそむけ、しれっと言い放つ少女に、青年は目を円くする。  
沈黙の後、声を殺して笑い出す青年に、少女が怒りを露に問いただす。  
 
「何がおかしいんだよ」  
「いや……良いなあ、君。僕はシド。君の名前は?」  
「……アイ」  
 
問いに答えず、意味不明な答を返すシドに、少女、アイの不満は高まる。  
その後、何度か口の中で少女の名前(なお、この世界では一般民に名字は無い)を繰り返し、満足いったところでシドは再び少女を見る。  
 
「そうだよね。大方戦争孤児ってとこだろうけど、当然奪うのは自由だ……食糧でも、親でも、命でも」  
「……だから? どうだって言うんだ」  
 
醸し出される不気味な雰囲気に、アイがたじろぐ。  
そもそも、罪がばれてしまったなら殺されても仕方がないと考えていたところで、現地の最高責任者とのんびり話しているのだ。  
初めての状況、しかし、感覚で異質だと理解していた。  
すると、微かに笑った後、何を思ったのかシドは手招きをして、アイを呼び寄せる。  
先程は断ったその勧誘、だが、これは――生きて帰れるかもしれない。そんな希望に、少女は青年の機嫌を損ねず、子供らしく、従順に行くことを選ぶ。  
癖の強い黒髪(アイはあまり好きではなかった)を揺らし、少し間を空けて隣に座り込む――  
 
「違う違う」  
 
のを止められる。  
何が、と思ってシドを見る少女。  
その指先は青年自身の膝を指差している。  
いぶかしむ事数秒、気付いてから考えること数秒、思いを決めるのにまた数秒。  
それだけかかった後、アイは不機嫌な顔のまま、青年の膝に腰を下ろした。  
年の差は、といえば両手の指の数程、加えて性別、食事の為か体格には著しく差があり、少女の頭はシドの喉元の辺りにあった。  
 
アイが座ったのを体で感じた後、シドは少女の体に手を回す。  
 
「良い匂いだね……帝都の雌なんか香水だらけで鼻が曲がりそうな臭い、近くにいると吐き気がするんだ」  
 
――こっちはお前に対して吐き気がするよ。  
アイが心の中で毒づく。  
対するシドは、少女の髪の毛に鼻を埋めて、大きく吸い込む。  
 
「汗と、泥と……何だろうなぁ、ふふふ……あ、川で念入りに洗ってもらった?  
副長には君くらいの娘がいるそうだよ。喜んでたなあ、娘に会った気がしたって」  
 
何のとりとめの無い話、その最中も膝の上でアイを抱き抱えたまま、細い指を露になっているうなじや二の腕に沿わせている。  
――気持ち悪い。  
アイのその感情は、触られていること自体もだが、指から感じられる気味の悪い雰囲気からのものだった。  
ただ撫でているだけ。しかし、張り付いてくるような黒い思いを感じ取っていた。  
 
「力だったり、知略だったり、何かしらで優っている。そう、そんなとき、人から奪うのは自由だ……」  
 
突然指を止め、視線を中空に泳がせて、シドが言った。  
返答を求めているのか、それともただの独り言なのか。  
アイがそれらに迷っていた間に、青年が耳元で呟いた。  
 
「僕は今、君から何を奪って良いと思う?」  
 
表面的には変わらない。だが、明らかな害意を含んだ雰囲気に、アイの第六感が警鐘を鳴らす。  
反射の領域で、体を跳ね上げ、拘束が緩んだところで逃走を図った。  
後ろ手に縛られ、重心も定まらない中で、必死で体勢を整え、駆ける。  
あと少しで逃げられる、そんなところまで来たところで、腹に衝撃が走り、アイは倒れ込んだ。  
――いったい? 自分の胴部を見てアイは原因を理解する。  
――そうだ、何でこれの事を忘れてた!?  
幾重にも巻かれた荒縄はアイの動きを抑制し、その先はシドの手の中に。  
一人になって以来、鋭い感覚で生きてきた少女がそんな分かりやすい戒めに気付かなかったのは、やはり言い様もない恐怖のためなのだろう。  
 
「……いいね」  
「来るな!」  
 
アイの首もとを冷や汗が流れた。  
縄を手繰り寄せながら近寄るシドは、たまらない、といった表情で唇を舐めた。  
この場まで来て、ようやくアイは自分を生かしていた目論見を理解した。  
 
「はッ……何かと思えば子供好きの変態ヤローかよッ!? 良いぜ、来てみろ、噛み殺してやる!」  
「それは違うな。まあ、ヤることは変わらないけどね」  
 
凄むアイも気にとめない。虚勢だと分かっているから。  
少しずつアイとの間合いを詰めながら、シドは続ける。  
 
「僕は強く生きてる子が好きなんだ。年下趣味って訳じゃない……」  
「止めろ……来るな、来るな!」  
 
アイは脅えの宿った眼を青年に向ける。  
かつて、少女が一人で生きていく理由となった戦い。  
そこで少女が、慰みものにされたあげくに殺された母を陰から見ていたことなど青年は知らないのだろう。  
シドは更に続ける。  
 
「この最高に理不尽な世界で、常に淘汰される側にも関わらず、一生懸命に、汚く、誇り高く」  
 
シドがしゃがみこみ、アイの顎に優しく手を添え、自分の方を向かせる。  
 
「そんなのを踏みにじるのが、堪らなく、好きなんだ」  
 
青年が、嫌がる少女に構うこと無く、強引に顔を引き寄せ、唇を交わす。  
さらに舌をねじ込もうとするシド、しかしアイは足を蹴り出し、突き放す。  
だが、尻餅をつき、蹴られた腹をさすりながらも笑みを絶やさず、青年は握った手綱は離さない。  
 
「抵抗は構わないよ……どうせ、逃がさないんだから」  
「う、そ……来るなッやだ――」  
 
今度は足の上に乗って、動きを制限した上でシドは口づけをする。  
先程の様に舌をねじ込み、歯並びをなぞり上げる。  
蹴りを封じられたアイは、首を左右に振って拒否するが、シドはしっかりと縄を持つ手で頭を支えて逃がさない。  
口で繋がったまま、青年は空いている手を首元から差し込み、強く手前に引いた。  
安価で、丈夫な麻の服も現役武官の力には敵わず、無惨に引きちぎれて、成長途中の胸が露になる。  
 
「へーえ……」  
「見るなぁッ!」  
 
騒ぎ立てるアイをよそに、青年は桃色の頂点を指で弾いて嬉々として語る。  
 
「可愛いおっぱいしてるじゃん、ねえ? 悲観すること無いよ」  
「う、うるさ、あッ!?」  
 
手のひらサイズのそれを、優しく包み込むように撫でる。  
怒りか、羞恥か、顔を紅に染めたアイの表情を一欠片も残さず眺めるために視線は顔から外さない。  
シドはさらに指を沿わせ、浅く浮いたあばら骨に触れた後、悲しい顔をして言った。  
 
「けど、こんなに痩せちゃって……別の村にでも行けば良かったのに」  
「勝手、にィ……言いやがって…ェ…!」  
 
この時代、戦で両親を亡くした孤児など、ただの奴隷として扱われる。  
親に守られない子供など体の良い道具でしかなく、余程の物好きでない限り人並みの食事などは与えられない。  
それならば、アイの様に、山野に出でて盗人になる方が、人の誇りを保ったまま生きていけるのだ。  
当然の事ながら、それを知った上でシドは言っている。  
青年は(他の部位に比べてだが)肉のついた胸の輪郭を丁寧になぞり、慣れた手つきで触っていく。  
 
「そうだね……もし生きることだけ望んで召し使いにまで身を堕としたらこうやって逢瀬を遂げることもなかったんだ」  
「お前なんかとッ……会うためじゃぁッ!?」  
 
突然、アイが大きな声をあげる。  
視界の端では、シドが膨らんできた胸の突起に歯を立てていた。  
赤子の様に、小さなそこを吸い上げる。わざわざ、音を大きく立てて。  
 
「ひぃ……」  
 
たまらず嗚咽が漏れる。  
言い様の無い辱しめ、自分の痴態を見ないようにアイが眼を閉じる。  
だが、眼を閉じても――当然の事だが――胸を走るおぞましい感触が消えるわけではない。  
むしろ、視覚の代わりに他の感覚はより鋭敏になり、小さな胸を這う舌の温かさ、果ては微かに荒い呼吸まで感じ取っていた。  
そんな光景に、青年は笑みを深めてそっと顔を撫でる。  
 
「うーん、堪え難い。どこまで僕の好みに合わせてくれるんだい?」  
「合わせてないッ!」  
 
――冗談じゃない、悦んでるみたいじゃないか。  
シドの発言に、アイは心で叫んだ。  
そんなことなどつゆ知ら、。青年は自分の満足のためだけに少女で遊び続ける。  
 
「こなれた女の体も良いけど……こういう張りの良いのも良いじゃないか。  
去年は村一番の夫婦を引き剥がして犯したんだけど、それに優るとも劣らずだね」  
 
誇って良いよ、と楽しげに誉めるシド。当然、アイは全く嬉しくないのだが。  
相手が嫌がっているのを気にも留めず、青年は嬉々として思い出を語る。  
 
「その時はね、三人がかりで夫の方を取り押さえて、目の前でやったんだ。  
何て言ったと思う? ふふ、やるなら俺をやれ、だって。僕は男には興味無いから丁重に断ったんだけどね。  
そいつには喧しいから口布を当てといたんだけど、最後にはそれを飲み込んで窒息死しちゃったんだ。  
そしたら、女の方も、殺してくださいって、かすれた声でさぁ……愛を感じたね。僕は」  
 
――狂ってる、こいつは。  
アイは、今更ながら、先程まで大したこともなく帰れるかも、と思った自分を恨む。  
たまたま、生きるために狙った相手が悪かった。そんな言葉じゃ片付かない程の偶然。  
今まで何度も言い訳に使ってきた仕方がない、という言葉も役には立たない。  
何も、ここまで人を虐めて楽しいのか、と、アイは世界に問いかける。  
 
「あー……駄目だな、僕は。ごめんよ、他の女の話なんかしちゃって……今は君だよ、君」  
 
ぺち、と自分の頭を叩いて謝るシド。本当に申し訳ない、という顔をしてアイの体から降りる。  
今すぐこの場から逃げてしまいたい、と思っても、アイは動けない。  
逃げたらもっと酷いことになるかもしれない、という考えが頭の中枢に染み込んでいた。  
シドがボロから儚く伸びた足を掴んで大きく左右に開くと、僅かに生えた陰毛と、その下の幼い花弁が現れる。  
 
「食べ物が足りてないのかな? 君くらいの年ならもっと……いや、これはこれで良いか」  
「あ……うあ……」  
 
開かれた口から洩れるのは、言葉ではなく、ただのうめき声。  
シドは片手を離し、自分の衣をたくしあげると、見事に怒張した男根が現れる。  
 
「大きさには自信があるんだ。まぁ、ここには……ちょっと辛いかもしれないけどね」  
 
息子の先端、赤黒いそこを丁寧にアイの未熟な、女性器に添える。  
 
「何か言っておきたいことはあるかい?」  
「……わ、わかった……もうやらない、もうやらないから……ごめ、ん、なさい」  
「馬鹿だなぁ」  
 
涙を堪えて、震えた声で懇願する。  
青年が、繊細な指でアイの髪の毛を梳く。  
 
「食糧を盗んだ、盗まない……そんなことはどうでもいいんだよ」  
 
遅すぎる謝罪に静かに笑った後、シドは思いっきり腰を突き出した。  
アイが感じたのは、まず熱さ。次に、何かが弾けた様な衝撃の後、激痛が脳を襲った。  
 
「う、あ、あッ!? ……抜い、抜いて、抜いてえッ!」  
「きっつぅ……間違いなく今までで一番キツイなぁ……あー、ヤバい。最高だ、これ」  
 
シドは、天井の灯りを見上げながらよだれを一筋垂らした。  
あらぬ方向を見据えたまま腰の動きは止まらず、破瓜の血を潤滑油に、更に速めていく。  
対するアイは、見開かれた目から涙を溢れさせ、声にならない叫びをあげる。  
すると、青年は首を伸ばしてその涙を舐めとる。  
 
「もっと、もっと鳴けよ。その可愛い声で、全力で。痛い? 痛いの? 僕には分からないからなぁ……ねぇ!?」  
「ひ、いッ……あッ!? 〜〜!? ッ!」  
 
鳴け、と言われて唇を噛み締めたのは、アイのせめてもの抵抗か。  
めちゃくちゃにされる中、いつまで、あともう少し、といった言葉にすがり、痛みに耐え抜く。  
だが、そのような仕種まで目の前の鬼畜にとっては餌でしかなかった。  
シドは眼を開き、乱暴になり始めた口調で、怒鳴るようにアイを誉めちぎる。  
 
「良い、良いよお前! 最高に良い! 堪えろよ!? 堪えろよ!? ほらッ!」  
「ッ! くッ……ふ、ッ! は、あぁぁ……ッ!」  
 
その後も、上位者による、ただの蹂躙が続いた。  
それでも、アイは声をあげず、噛み締めた唇からは血が流れ出し、絶え絶えな息を吐き続けた。  
そして、その地獄のような責めが終わりを告げる。  
 
「くぅッ……出る……ッ!」  
「ッ! ふぁ……あ」  
 
腹の中を生暖かい液体が広がるのと、一物から力が抜けるのを体感して、アイは倒れ込む。  
唇から流れる血をからがら舐めとり、渇ききった喉が少しだけ潤った。  
対するシドが、至福の時を終えてアイの頭を優しく撫でた。  
 
だが、少女はその手を残った体力で叩き落とした。  
呆気にとられて手を空中に止めたままのシドを、ありったけの恨みを込めて睨み付ける。  
 
「……殺してやる」  
「……わぁお」  
「嘘じゃない!」  
 
上半身をシドに向けて、泣き腫らした目で訴える。  
 
「殺してやるぞッ! ……絶対、ぜったい!」  
「良いね」  
「馬鹿に、しやがって……殺す! 殺す! 絶対、殺す!」  
「まあまあ。立て……ないね。ほら」  
 
向けられる本気の殺意に気後れすること無く、腰の抜けたアイに肩を貸して歩き出すシド。  
 
「覚えてろ……絶対、絶対……」  
「勿論。君みたいな可愛い子なんかそうそう忘れないさ」  
「馬鹿にッ……!?」  
 
ゆっくりとだが入口に辿り着き、シドが大きく布を翻して、アイは恨み言を止める。  
視界に入ったのは、暗闇の中に浮かぶ焚き火。その周りの、人、人、人。  
支えられている左の肩の先、アイは既に変わらない笑顔の仮面をつけたその顔を見る。  
やがて、一人の男――自分をここまで連れてきたあの男――が歩み寄ってくる。  
悪夢の始まりの時と同様に、びしっ、と敬礼を決め、はきはきと言った。  
 
「もう良いのですか?」  
「ああ、副長。随分楽しんだよ。待たせて悪かったね」  
 
ブツン、という音と共に拘束が外れ、今度は副長の体に支えられる。  
次に、焚き火の周りでたむろしていた男が二人、下卑た笑みを浮かべながら近付いてきた。  
ここまで来て、少女は理解する。  
最後の力を振り絞って、振り向いたその先で。  
青年は手を振って笑っていた。  
 
「やだ……! やめろよ! おい! ――!?」  
 
すぐに連れ去られ、地面に倒された後、残っていた衣服を剥ぎ取られ、その体に男達が群がった。  
無惨な光景、それを見て副長がため息一つついて、青年に言った。  
 
「よろしいのですか? 随分お気に入りの様でしたが」  
「ん……あぁ、そうだね。おい!」  
 
響き渡る青年の声に、青年より大きく、強そうな男達が動きを止める。  
その下で、最後の希望にすがった少女が青年を見上げた。  
静寂――そして、青年が言った。  
 
「壊すなよ。二回目が楽しめそうなんだ」  
 
その意味を理解し、文字通り希望が絶えた、絶望を浮かべて少女が男達に隠れ、悲痛な声だけが響いた。  
 
「隊長」  
「ん?」  
「無礼を承知で申し上げますが……いつか、本当に後ろから刺されますよ」  
 
厳しい顔でそう言った副長に、シドは苦笑いを浮かべて応える。  
 
「僕もそう思う」  
 
そう言って、シドは自分の幕舎へと戻る。  
久しぶりに大分体を動かしたな、と一人ごち、寝台に体を横たえる。  
外から聴こえる心地好い声の中、青年は眠りについた。  
 
 
 
 
翌朝、同じ場所にシドの陣は無く、焚き火の後の黒い煤が残る傍の大きな木の根本に少女はいた。  
白濁にまみれた体の隣には、食べ物と水が入った袋と短刀が一振り。  
手を伸ばして水を一口飲んで――咳と一緒に吐き出した。  
前日、腐るほど出された精液は喉の奥にも絡み付いていたから。  
続いて少女は短刀を手にし、鞘から抜く。  
磨かれたそれの表面に、疲れきった自分の表情が映り、涙を一筋流す。  
そのまま手首に刃を当てる。当てたところからは血が緩やかに流れ出し、腕を伝って地に落ちた。  
そこで少女は、何の理由もなく、手首の薄い傷に口を寄せ、舐め上げる。  
その瞬間、頭の中に青年の憎い笑顔が蘇った。  
押し倒され、犯され、唇を噛んで耐えたその時の記憶。  
――こんなところで何してるんだ。  
少女はそう自分に言い聞かせ、食物の入った袋に近付いてきた鼠を短刀で突き刺す。  
胴を貫かれ、少しもがいた鼠だったが、それはすぐに動きを止めた。  
 
「殺して……やる」  
 
少女は袋と短刀を手に立ち上がった。  
 
 
 
つづく(かもしれない)  
 
 
 

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