鬱蒼と木々が生い茂る森の中。日の光はまばらに差し込むだけで、あたりは薄暗い。
周囲の音に異常がないか警戒しながら、私はスタート地点として指定された切り株に腰
を下ろした。
「……さすがにお金に目がくらみすぎたかな」
過去の自分の軽率な判断と、着用を義務づけられたソレの感触に、少しばかり後悔する
が、再度お金の額を天秤に掛けてその感情をゴミ箱に捨てる。二十歳にも行かない女が簡
単に手に出来るはずがない額が、このゲームの勝者に与えられる。多少のいかがわしさ(
といってもかなり多に偏っているが)は致し方ないのであろう。肌に直に接しているソレ
は今はなんの動きもないが、最初に説明を受けたときの“脱落条件”から類推すると、ま
あろくなことをしてれなさそうである。
渡された銃を眺める。もちろん実銃ではないのだが、実際の銃と同じような性能になる
ように作られているらしく、両手でしっかり持たないと構えるのも大変である。もう少し
軽いやつにすればよかったのだが、社会主義国でおなじみのこいつは、少し眺めの射程距
離と連射できる点が向いてるだろうと判断したのだ。そしてなにより、普段から使ってい
る愛用の銃である。間違っていないことを祈りたい。
とあるFPSの世界で、割と上位に食い込んでいた私の元に招待状が届いたのは一ヶ月ほ
ど前のことである。そこには、疑似FPSをリアルで体験して、賞金を獲得しないか云々と
書かれていた。小さく書かれていた注意書きには性的にどうこうだとか撮影どうこうとあ
ったので、ろくでもないゲームであることには気がついていたが、獲得賞金1000万円
(2位で500万円、3位で100万円)を見てしまうと、目が離せなかった。「肉体に
は危害を加えません」との注意書きを信じて応募してしまったのだ。
同じような招待状は、私と同じような年齢の女性にのみ送られていたようで、指定され
た会場には全部で20人くらいの10代・20代の女性が集まっていた。みんな同じく金に目が
くらんだ、自分のプライドをどこかに捨ててきた集まりである。あの注意書きを読んで集
まる物好きなんて1人2人かと思ったが、そうではないらしい。一歩間違えれば痴態を公開
中継されてしまうのに、それでもやってくるのはよっぽど自信があるか、あるいは気にし
ないかのどちらかであろう。
ゲームの内容は、FPSとほぼ一緒だった。違うのは、これはゲームの中ではなくリアル
で行われるということ、実弾ではなくレーザー銃の類で行うこと、そして“見えない弾丸
”による被害は肉体の損傷ではなく性的な被害である、ということだ。
説明書きによると、銃で撃たれた場合、身につけたレーザー感知装置がどの部分にどれ
だけの損傷を与えたのかを計算し、それを同じく身につけた装置に送信する。この装置は
それぞれブラジャーとショーツをメカニカルにしたようなもので直接肌、というか敏感な
部分に触れている。それで、先ほどの送信された計算結果を基に、性感帯を刺激するとい
うわけだ。腕とか足とかなら弱く、胴体ならやや強く、そしてヘッドショットなら強烈な
刺激を与えてくれるそうである。ちなみに武器の種類、距離あるいは支援砲撃などでも異
なってくる。そのあたりはゲームと変わらないらしい。
脱落条件は、履いたショーツ状の装置が30秒間に規定以上の液体を感知したら、である。
ようは弱い刺激で垂れ流し状態では脱落と成らず、絶頂を迎えて派手に潮を吹くなり、あ
るいは失禁するなりでアウトになる。
ゲームの世界ならヘッドショット、あるいは至近距離のフラグ爆発で一発アウトだが、
この“ゲーム”なら、耐えられればアライブとなる。自分の感度とやらが人様に比べて敏
感鈍感かはわからないが、それは敵となる他の人たちも共通だ。まあ最悪イカされてしま
ったとしても、服が破れたりすることはないそうで、自分の痴態は生放送されても裸体は
守れる。この当たりの微妙なさじ加減が小憎たらしい。
ちなみに、招待元のFPSとシステムは似通っていて、メインウェポンのほかサブウェポ
ン、アタッチメント、ギア、装備、パーク、キルストリークと呼ばれるオプションを選ぶ
ことが出来た。ほとんどをゲーム内と同じにするが、3つ選べるパークのうち自分の移動
速度を上げるのと足音を消せるものがなくなっているほか、普段は敵を何体か連続でキル
することで発動させられるキルストリークが、「規定回数のヘッドショットの連続」か「
感知させた愛液量の合計」での発動に切り替わっている。無駄に細かい設定だ。
『まもなく競技開始です。各自構えてください』
どこかに設置されたスピーカーが、開始準備を告げる。出来ることなら、あえぎ声とか
を漏らしたくはない。だがまあ、ゲームシステムはFree for All。一位でない限りでは悶
える姿を見せてしまうことになる。
『3・2・1……Start!』
開始の合図で、私は足音を忍ばせながら動き始めた。
このゲームの舞台は、内海に浮かぶ無人島だった。事前説明によると半径1kmほどの広
さらしく。中心部が少し丘になっている以外はは平坦らしい。ただ、半分以上の面積が人
の手が入っていない森であること、そして所々くぼみのようにへこんだ地形やため池のよ
うになっているところがあるらしく、身を隠すことに関して不自由はしなさそうだった。
だがそれは、他の19名も同じである。私はゲームと同じように、慎重にクリアリングし
ながら進んでいく。
一カ所にとどまっていてやり過ごせば多少なり有利になりそうだが、そこはちゃんと考
えてあるらしく、30分を過ぎると例のアレが勝手に作動し始めるらしく、以降は時間が経
過する事に刺激がどんどん強くなるそうである。主催者はスリリングかつエロティックな
ゲーム展開をのぞんでいるというメッセージ性が強く感じられる(そしてたちが悪い)。
これでもかと言わんばかりに各所に設置されたビデオカメラにうんざりしながらも、頭
を低くして見つからぬよう進んでいると、遠くで一発、続いて二発三発と銃声が鳴り響く。
ゲーム同様、打つと派手に銃声が鳴り響くようになっているのだ。音の聞こえ具合からし
て反対側での出来事のようだが、念のため木に隠れ当たりを警戒する。
脱落者のアナウンスは流れながった。どうやら先ほどの発砲は当たってない、ないしは
“天国へ昇らせる”ほどではなかったということか。だが、聞こえてきた銃声が否応なし
に自分の五感を高める。
ピキ……
近くで枝を踏みしめた音に反応して、私はすぐに身をかがめる。どうやら見つかった様
子はなく、一定の間隔で足音が聞こえてきて、少し距離のあるところを通り過ぎそうな気
配である。
音を立てぬよう、私はAKを構え、茂みの中から音の発生源へ向けていく。
銃身の先には、私よりもさらに若そうな女の子が、ハンドガンを握りしめ、不安そうに
歩いていた。ゲームの中では名手なのかもしれないが、もしかしたら運動神経に自信がな
いのだろうか。
少し、心が痛む。だが、ヤらなければヤられるのはこちらだ。幸いなことに、未だこち
らに気づいておらず、周囲に他人の気配もない。打ち終わった後、“このゲームだからこ
そしなければならない追撃”の動作のイメージを強く持ち、左手を銃身に添え、狙うは、
頭。
パスッと、気の抜けた銃声が一発。ターゲットの頭に必中。そして。
「ひああああっ!!?」
ヘッドショットに相当する性的快感を胸部に、あるいは秘部にたたき込まれた少女は、
甲高い嬌声とともにハンドガンをこぼし、膝から崩れ落ちた。どういう仕組みで感じさせ
るのかはまだわからないが、口の端からだらしなくよだれをこぼしている様から、相当に
残念な出来であることには違いない。
だが、脱落のアナウンスはまだ流れない。想定の範囲だ。
すぐさま身体を起こし、目を虚ろにさせた少女に掛け寄りながら、懐に忍ばせたナイフ
の柄を握りしめる。三歩、二歩、一歩とその距離は消え去り、ゲームの様に首をかききる。
このゲームでは、ナイフに刃は備わっていないが、およそ25センチの長さでレーザー状の
当たり判定を発生させているらしく、首をかききったらヘッドショット相当である。
もう既に銃の段階でその威力はわかっていたのだが、残念ながら相手を脱落させるため
には、30秒間に規定以上の液体を感知することである。首を真横に凪いだあと、そのまま
肩口から斜めに振り下ろす。
「ぃぁあああああああああっ!!」
反撃を受けぬよう、距離を取る必要もなかった。
『No.16、dead』
目の前の人物の“死”を告げるスピーカー。もっとも、その声を聞くまでもなく、例の
装置どころか迷彩服の股間部分からもしみ出した液体が、彼女が派手に絶頂を迎えていた
ことを現していた。地面に仰向けに倒れ、身体は未だひくつき、目は何も見ていない。す
ぐ近くの木に設置されたカメラは、確実に彼女のよがる様を悪趣味な方々に見せつけてい
たことであろう。もっとも、悪趣味だと嘆いていても、金目当てにこうしてかわいそうな
結果に導いた私だって相当に悪趣味であるのだが。
後18人。私は脱落せずに、このゲームを生き残れるのだろうか。
少女を1人天国に追いやって以降、私は誰にも出くわすことなく森の中をさまよう事が
出来た。ワンキル以上の成果を上げていないということはすなわち、タイムオーバーによる装置の作動に近づいていることになるが、幸か不幸かいくつかの銃声、爆発音と共に、
6名の脱落者がアナウンスされていた。私以外に残り13名。タイムオーバーまで後21分。
念のために、例の少女からは装備品一式の内、奪うことの出来ないパークを除いて頂い
ておいた。ゲームならリスポン時に弾丸補給があるのだが、こちらだとサバイバルよろし
く補給がない。弾切れは防御手段の喪失をも意味するので、出来るだけ武器を持ち歩いて
おきたいのだ。同じ理由が、最後ナイフでとどめを刺したことにもつながっている。
歩いている間に、事前に見た地図を元にこの島の地形を記憶していく。真ん中の高い丘
は、頂上付近は茂みが多いものの、そこにたどり着くまでの遮蔽物が少なく、下手に上っ
たらあっさりとイカされる欠点があった。麓の森林はというと、所々に沢による線引きが
あり、森から森に移る際にはこちらも遮蔽物の少ない空間に身をさらさなければならなか
った。
このゲームの場合、即死がない分森の中で不意に出くわす方が怖い。闇雲に撃たれたと
しても、一発当たってしまえば動きが大きく制限されるのは先ほどの少女の痴態で明らか
だ。かすめただけでもそれなりに感じてしまうことは覚悟しなければならない。
ゆっくりと、慎重に歩を進めていく。
だが、相手も、私も、ゲームの中ではプロでも実際はずぶの素人なのだ。
『っ!?』
神様は微笑んではくれず、サブマシンガンらしき銃を構えた女性と、30m程の距離で相
対してしまう。問答無用でフラッシュバンのピンを引き抜いて投擲、即座に爆心地に背を
向けて屈む。
「いやぁぁぁっ!」
先手を取れたはいいが、相手は視界を奪われて混乱していた。むやみやたらにサブマシ
ンガンを振り回しては発砲していく。でたらめに放たれた銃弾の内の一発が、私のふくら
はぎをかすめた。
刹那。
「いっ!?」
身につけた例の装置が稼働する。胸部のソレは乳首にぎゅっと絡みつき、股間のソレは
私の秘唇を下から上へとなめ上げた。どんなハイテクなんだ!と突っ込む間もなく、じん
わりと私の性感帯に熱を灯していく。どうやら、刺激と同時に媚薬のようなものも塗られ
たようで、ぬめった感触は残り、弱くではあるのだがしびれにもにた甘い感覚が全身へと
伝わっていく。
これは、マズイ。かすっただけでもスイッチが否応なしに入れられる。
これ以上の被弾はたまらないので、未だ錯乱する敵から距離をとり、木の陰に隠れる。
幹を貫通するほどの能力はないはずなので、射線に気をつけながら、半身を乗り出して狙
いをつける。
1発目は胴体だった。彼女の身体がびくんと跳ね、硬直したところをもう1発胴体へ。2
発の銃撃。
「はああぁぁっ!」
1人目の少女と同じように、彼女は銃を落とし、身体を抱きしめながら崩れていく。背
後へ駆け回ってナイフを一閃すると、ぶしゃっと派手に潮をまき散らした音と共に、彼女
は地に伏せった。
『No.8 dead』
脱落アナウンスが流れる頃になっても、私の奥はじんわりと、熱を持ってしまっていた。