物心ついた時から俺は叔父と共に大陸を旅していた。  
叔父は読み書きから銃器に火薬の扱い、剣術、馬術など、  
およそこの大陸で生き延びる術を教えてくれた。  
過去のことは語ろうとはしなかったが、息を引き取る間際になって  
初めて過去のことを口にした。  
『エルヴィン……私とお前は、帝国の北にあった名もない小国の民だった。  
金がとれる山が多く、豊かな国だったが、ある日突然金山を狙って帝国が  
兵隊を送り込んできた。民は族長と共に戦ったが多勢に無勢だ。  
その日の内に民は皆殺しにされた。生き残ったのはたったの二人。  
即ち、私と赤子だったお前だ。族長とは私の兄、お前の父だ。  
兄は私達を逃がすために死んだ……これが今まで明かす事のなかった我々の過去だ。  
今、この大陸は不穏な空気に包まれている。近く大きな戦争が始まるだろう………  
エルヴィン、強く生きろ。私からの最後の教えだ』  
 
『青年とエルフ』  
 
叔父が亡くなって間もなく、覇王が勇者達によって討たれた。  
しかし、強大な帝国が滅ぶや否や、傘下にあった諸国は分裂した。  
その混乱に乗じて小国を乗っ取った者。帝国軍から独立を宣言した軍人。  
新たに国を立ち上げた者様々だ。そういった勢力は総じて、軍備を始めた。  
一触即発の不穏な空気が大陸を覆った頃、それを見計らうかのように  
覇王の一人娘を君主とする勢力が決起した。奇襲によって帝都を奪還した皇女は  
『新生帝国』として大陸全土に宣戦布告、血で血を洗う大戦が始まった。  
多くの国が滅び、その度に血と涙が流れた。  
今や新生帝国軍は帝都を拠点として西部の敵勢力を一掃し、  
南西部へと戦火を広げている。  
俺は比較的、戦火が少ない東部をめざしていた。  
その折に、一人のエルフの少女に出会った。  
「私の名前はアリス。アリス=クリジェント、その馬車に乗せてくれない?」  
これが彼女の第一声だった。  
 
「あなた人間だったの?」  
「汚らわしい、近寄らないでくれる?」  
エルフ族は人間嫌いが多いと噂には聞いていたが  
何なんだ、この言われ様は……俺が何か悪いことをしたか?  
馬車をヒッチハイクしたくせに。このエルフの女の子は!  
 
「あ、あのさ……馬車に乗せた事に感謝くらいはして欲しいね。  
君みたいな世間知らずなエルフに乱暴して売り飛ばそうなんて  
輩はごまんといるんだから」  
「世間知らずで悪かったわね……それにそれはこっちの台詞よ。  
少しの間でも私と一緒にいられることに感謝しなさいよね。それにエルフ、エルフって  
言うけど、私はエルフィール・エルフなの。泥まみれで水田を作っているウッドエルフや  
意地の悪いダークエルフなんかとは違うんだから!」  
「ああそう――――って、他のエルフ族の違いと世間知らずというのは関係ないし、  
それをいうなら人間だって色んな人種が――――」  
「うるさいわね。人間は『人間』だけでいいの!  
欲深くて、いやらしくて、汚らわしいのは変わらないじゃない」  
アリスは平然とそんな事を言った。な、なんて生意気なエルフなんだ!  
無視して通り過ぎれば良かった。  
「ああ、そうですか!そうですか!なら汚らわしい人間の馬車から  
降りて街まで歩けばいいだろ?」  
このエルフは次の街まで行きたいと言って、俺の馬車をヒッチハイクしたのだ。  
「はぁ!?街までどれくらいあると思っているのよ!それにあなたは  
今し方知り合った私が目の前で他の人間に乱暴されて売り飛ばされても平気なわけ!?」  
「…そ、それはさすがにいやだけど……」  
俺は不毛な言い争いに発展しそうな会話から逃れるため  
別の話題に切り替えた。  
「話は変わるけど、君の職業って何だい?エルフって言っても色々種族がいるんだろう?  
弓が得意だったり、魔法が使えたり、精霊と会話できたりさ」  
「職?………職業は…い、一応…神官だけど」  
「神官!?すごいじゃないか!」  
人間の基準で言えば『神官』は神殿の司祭に仕える高位の職だ。  
自在に魔法を使え、その知識や能力は計り知れない。  
「し…神官って言っても名ばかりのものよ……私は薬草のこと  
少し知っていて、魔法って言っても、ちょっとした魔法しか使えないし…  
精霊術もほとんど…」  
最後の方はごにょごにょと言って余り聞き取れなかった。  
「へぇ…でも少しでも魔法が使えるのはすごいよ…あ、あと君が街に行く目的は?」  
街の話題になると少女は表情をぱっと輝かせて言った。  
「あの街はエルフや獣人、有翼人に色んな種族が共存している街なの。  
そこで働き口を見つけて住むつもり。大きな港もあるし、南のエルフが  
自治している島にも行けるわ。それに1人で森にずっと籠もっているなんて、  
もういやなの。外界のことはイウォークや精霊、森の動物達が教えてくれたけど…  
やっぱり自分の眼で見てみたいじゃない」  
 
……森に1人で暮らしていたって…そりゃ世間知らずなワケだ。  
「……でもそういう街には当然、人間やドワーフが一緒に住んでいると思うけど?」  
「わかっているわよ。ドワーフなんて不潔だし、汗臭いし、もう最悪。大嫌いよ」  
よほどドワーフの事が嫌いなのかアリスは鼻をフンと鳴らせて言った。  
そして思い出したかのように  
「言っておくけど、人間も同じくらい嫌いだからね」  
俺を指さして言った。  
その人間の所有物で街まで行こうとしているクセに!  
 
そうして馬車を走らせること数時間、先の山道で激しい言い争いが聞こえてきた。  
見通しの悪く、状況がわからない。俺は馬車を止め、周囲を警戒した。  
「な、何!?どうしたの!」  
荷台で休んでいたアリスが飛び起きた。  
「しっ……わからない……けど、気をつけて。物音を立てるな」  
その時、金属がかち合う音と共に絶叫が聞こえた。  
「っ!誰かが襲われている!」  
俺は荷台に飛び乗り、隠してあったマスケット銃に火薬と弾を込め、柵状で固めた。  
続いて剣、投擲ナイフ、ダガーが吊してあるベルトを締め、  
最後にマスケット銃の薬包が入ったポーチをベルトに装着させた。  
「君は銃を扱えるか?」  
「そ、そんなの使った事ないわ!た、戦った事なんてない」  
「わかった。君は隠れていろ、俺が戻らなかったらすぐ森へ帰るんだ!」  
俺はそう言い残して、山道を登って争っている声の方角へ走っていった。  
木々の間から覗くと襲われているのは2人、人間の女性と男性だ。  
その容貌から神官戦士と魔法使いだろう。対するのは10人。  
こちらは山賊か盗賊らしい。装備がバラバラだ。  
『グリエルド、私が前衛をつとめます。貴方は後方へ』  
男性の方は傷を負っているようだ。馬車や馬がないことから街から逃げてきたのか?  
『クソアマが!ぶっ殺してやる』  
『街を占拠した盗賊旅団《バルモルダ》から逃げられると思ってンのかよ!』  
街を占拠だって?それにバルモルダと言ったら大陸南部で  
悪名高い獣人の大盗賊だ。あのまま街に行っていたら……と思うとゾッとする。  
盗賊達と女性が対峙した。女性の武器は両先端がニードル状になっている槍だ。  
いくら槍でもあの人数相手にはキツイだろう。  
 
(…………まずはあのピストル男を)  
俺はマスケット銃を構えて、短銃を腰に差している男を狙い、撃った。  
発射炎と共に、男が倒れる。俺はすぐさま移動し、薬包を噛みちぎって  
火薬と弾を込めた。  
『くっそ、後ろにもいるぞ!そっちから行って仕留めろ』  
4人がこちらに向かってきた。先頭の奴を狙い、腹を撃ち抜く。  
『いやがった!この野郎―――』  
2人目が手斧を振りかざしてきたが頭部を狙って、投擲ナイフを投げる。  
ズブっと突き刺さるのを確認すると、剣を構えた男が突っ込んできた。  
『死ねっ!』  
剣の一閃を避けると手斧を拾い様、男の側頭部に叩きつける。  
鈍い音と共に3人目がゆっくりと倒れた。  
『う、うわああああ!』  
適わないと思い、逃げ出した男の背に向かって手斧を投げつけた。  
ずぶっと刃が食い込んだ。なおも這い蹲って逃げようとする男の頭部に  
背中から引きぬいた斧を一撃。4人とも倒した。  
残った6人相手に女性は戦っている。が、その槍捌きは見事だった。  
突きが速く、しかも正確に急所を貫いている。  
俺は掩護しようと山道から駆けだし、銃を構える前に彼女の槍は  
最後に残ったリーダー格の男を貫いていた。  
その男から槍を引き抜き、女性はその切っ先を俺に向けてきた。  
「あなたは…一体、何者ですか?」  
凛としたよく通る声だ。  
「俺はエルヴィン。街に向かう途中の旅の者だ。  
助けに入ったのは君達が街から逃げてきた様に見えたからだ」  
「…………掩護してもらい感謝します」  
槍を下げ、女性は言った。ガキンと金属音を立てながら槍が  
収縮した。どうやら魔法がけかった槍らしい。魔法剣ならぬ魔法槍か。  
「差し出がましいかもしれないが、こっちに馬車が止めてある。  
彼を手当てした方がいい」  
「も、申し訳ありません。グリエルド……立てますか?手を」  
女性が男性に駆け寄り、肩を貸した。  
「一刻もはやくこの場を離れよう。こっちだ」  
 
街道を離れて、夕暮れになるまで馬車を走らせた。  
それから足を消すために用心して渓谷へと降りた。  
「この辺りの街道は既に盗賊団のテリトリーに入っているだろう。  
遠回りになるけど、渓谷を抜けて山を越えよう」  
「……私1人ではどうなっていたか…本当に感謝しています」  
彼女はアクス=アノンと名乗った。俺と同じように戦火を逃れ、東部を目指していた矢先  
宿泊したあの街で盗賊団の襲撃に巻き込まれたのだという。  
俺は清流から水をくみ、湯を沸かせると茶を入れ簡単な食事を用意した。  
「治療は終わったわ。そんなに深い傷じゃなかったけど斬られた  
刃物に毒が塗られていたのね。酷い熱がでているわ」  
アリスが馬車の中に寝かせているグリエルドという男性の治療を終え、こちらへ来た。  
「ど、毒ですか!?そんな……」  
アクスが悲壮な声を上げた。  
「あ、大丈夫、ちゃんと解毒したから命に別状はないわ。心配しないで」  
「そ、そうですか……クリジェントさん、ありがとうございます」  
アクスはエルフの手を取り、感謝の言葉を述べた。  
「え…い、いや……あ、ああ…いえ、そんな」  
このエルフ……たしか人間は嫌いとか言っていたよな。  
「ご苦労様、食事を用意したから…エルフ様の口に合うかどうかわからないけど」  
俺は焼いたベーコンとスクランブルエッグがのった皿と乾燥枝豆  
のスープを差し出した。  
「失礼ね。出されたモノはちゃんと食べるわよ」  
皿を受け取り、アリスはベーコンを口へと運んだ。  
「もぐもぐ…………ん〜ちょっとしょっぱいけど美味しいわね。  
これは何ていう食べ物なの?」  
「ん?ベーコンだけど?」  
「ベーコンて何なの?」  
アリスはもう1枚のベーコンをぺろっと食べ、ごくんと飲み込んでから言った。  
「豚肉を塩漬けにして燻蒸した食べ物だよ」  
「大丈夫ですか?」  
エルフ様は口を手で覆うと、ものすごい速さで川へ駆けて行った。  
続けて形容しがたい声と共に胃の中のものを盛大に川へぶちまけたのだ。  
アクスが心配してその背中をさすっている。  
川の水で口を濯いだアリスは戻ってくるなり生きも絶え絶えに言った。  
「あ、あ、あ、あなた頭おかしいんじゃないの!?  
何で動物を食べているのよ!しかもそれを私に食べさせるなんて!」  
 
「え……でも君、さっき美味しいって―――」  
「ああ、かわいそうに痛かったでしょう…苦しかったでしょう…」  
アリスは俺の言葉を無視して、あさっての方角に向かって謝罪している。  
「エルフはね!森の動物と友達なの!友達を食べるなんて信じられないわ!?  
どうしてそんな酷いことができるの!」  
……豚って猪を家畜化した動物で森にいないと思うんだけど。  
「じゃあ、君は普段は何を食べているんだ?」  
「野菜よ!」  
「野菜だって生きているけど?」  
「野菜は喋らないし、血もでないじゃない!動物を殺すなんて何て罪深い人間なの!」  
ベーコンを食べたのはアクスだって同じだけど、この口ぶりからするに  
アリスは明らかに俺だけに対して言っている。  
「おいおい、俺が屠殺(とさつ)したワケじゃないだろ?」  
不毛な言い争いをして、結局、残ったアリスの分は俺が食い、  
俺の分の枝豆スープをアリスに差し出すことで決着がついた。  
「ああ、ごめんね、ごめんね…食べた私を許して」  
泣きながらスープをすするって、最後の晩餐か何かですか?  
 
食事を終え、食器を片付けるといよいよ夜もふけてきた。  
狼の遠吠えが聞こえ、夜行性の獣が動き出す頃合いだ。  
飢えた狼、雑種犬、灰色熊なんかは特に注意が必要だ。  
「夜は交代で見張りましょう。最初は私が―――」  
「いえ、アノンさんは彼についていてあげで下さい。  
グリエルドさんは恋人なんでしょう?」  
アリスが優しい笑みを浮かべながら言った。  
その笑みに俺は一瞬、どきりとした。  
生意気なエルフだけどこんな笑みを浮かべることが出来るのか……意外だ。  
「え……あ…あの…その…どうして?」  
アクスがしどろもどろになった。どうやら図星のようだ。  
「グリエルドさんが熱にうなされながらも言っていましたよ。  
『アクス…アクス』って、手を握ってあげていた方が治るのもはやいと思います」  
「す、すみません……クリジェントさん」  
アクスが赤くなりながらも、頭を下げて馬車へと駆けていった。  
「へぇ……気配りがいいじゃないか」  
「何よ。何か文句ある?」  
アリスがジト目で睨んできた。  
「とんでもない……素晴らしい気配りだと思うよ、クリジェントさん」  
「………アリス」  
「はい?」  
「私を呼ぶときはアリスでいいわよ」  
「そうか…なら俺もエルヴィンって呼んでくれるかな?アリス」  
「わかったわよ」  
人間嫌いのエルフ様はそっぽを向いて言った。  
   
続  
 

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