弓香は本を読んでいた。  
栗色がかった短い髪にヘアバンドを着け、胸元に小さなリボンがついた可愛らしいワンピースを着た、  
物静かな雰囲気をした少女だ。先ほどから退屈そうに校庭のブランコに座り、本へと目を落としていた。  
「お〜い、帰るぞ弓香」  
遠くから自分を呼ぶ声に、弓香は本を読むのをやめ、声の主を見る。  
「うん!わかった〜」  
弓香は嬉しそうに返事をしてから、本をランドセルにしまう。  
声の主は健二。弓香よりふたつ年上の少年で、幼いころから二人は兄妹同然に育った。  
学校においてもその関係は変わらず、放課後はいつも弓香が健二が遊び終わるまで待ち、  
遊び終わると一緒に帰る。そんな関係だった。  
いつものように健二が遊び終わるまで、退屈を紛らわしながら待っていた弓香は、声がかかるとあまり早くない足で  
一生懸命走って健二のもとへ急ぐ。  
本を読んでいたときの物静かな姿はなりを潜め、代わりに年相応の子供らしい明るい雰囲気になる。  
弓香は健二にいつものように今日あったことを話す。  
友達と話したこと、先生に褒められたこと、他愛もない会話だが、年も違い男子と混ざって遊べるほどの  
運動神経もない弓香には、健二を一人占めできる時間は意外と少なく、この時間はかけがえのないものだった。  
 
「あ…健ちゃん…あの、えっと…あ、忘れ物!忘れ物しちゃった!」  
「どうした?なに忘れたんだ、言ってみろよ」  
急に目を泳がせ、そわそわとしはじめた弓香に、健二は意地悪そうな顔で問い詰める。  
健二はあまり優しい男ではなかった。弓香が泣かされたことも数え切れないくらいある。  
それでも弓香は健二が好きだった。泣かされたってよかった。少しくらい意地悪でもよかった。  
構われるだけで、いじめられたって、その日はとても幸せな気分になれたのだ。  
「あ、あの…えっと、いいから、ちょっと取りにいってくる!」  
逃げようとしたが時すでに遅く、健二の手がしっかりと手首を掴んでいた。  
「どうしたって聞いてるだろ?言ってみ」  
弓香と健二には二歳分の差がある。その上男女の差、さらに弓香は余り力が入れられない状態だった。  
これでは逃げられるはずがない。  
「あ、あの…離して…すぐ、すぐに戻ってくるから!」  
「言わないなら離さない。じゃあ、このまま帰るか」  
言葉通りに健二はぐいっと手を引っ張って帰ろうとする。  
「ま、待って!…ぉ、オシ…ッコ…にいきたいの…」  
顔はぼっと熱くなり、空いた手でスカートをギュッと握り締めて小さな声をしぼり出す。  
俯いた顔を赤く染め、耳まで真っ赤になった弓香に、健二は一瞬目を奪われる。  
「あ〜、も、漏れそうなのか?」  
「なっ!?そ、そんなことないもん!………たぶん…」  
頼りなさげに付け足された「たぶん」の一言は、健二の耳にはしっかりと届いていた。が、恥ずかしそうに俯いた弓香に、  
いつものように、意地悪をしたくなってしまう。  
「じゃあ大丈夫だろ。このまま帰ろう。どうしても漏れそうって言うなら、してきてもいいぞ」  
兄のように慕っている健二に「漏れそう」などと言えるわけもなく、こう答えるしかなかった。  
「大丈夫だもん…このまま帰る」  
 
 
早くも弓香は後悔しはじめていた。  
尿意の高まりはまだそれほどではなく、少しオシッコしたいなあ〜くらいで、家までは十分に持ちそうだった。  
むしろ問題はトイレを我慢していることを、隣を歩く健二に知られていることだった。  
いつもは引っ切り無しに話し続ける弓香が、黙って歩いている。さすがに健二も心配らしく、  
ちょくちょく顔を覗き込んだり、小声で「大丈夫か」とたまに声をかけてくるのだ。  
健二のらしくない行動は、自分がオシッコを我慢しているからに他ならない。健二が気を使うたびに、弓香はオシッコのことを、  
健二が自分のオシッコを気にしていることを意識させられるのが、堪らなく恥ずかしかった。  
 
そして、その意識は弓香の予想よりも、速く、確実に、尿意を高めていった。  
「ハァ…ァ…」  
帰り道を半分ほど過ぎたころには、弓香の尿意はもうかなり高まっていた。  
歩くたびに伝わる振動が、弓香の膀胱を揺さぶり、苦しそうに吐息を吐く。  
呼吸は荒くなり、体から汗が噴出し、お腹の奥から来る圧迫感に、内股気味の足はかすかに震えだす。  
一歩一歩が重く、時間ばかり過ぎていき、余計に焦りを生んでいた。  
「…ハァ…もうダメ…ねえ、健ちゃん、おトイレ…行きたいよぉ…」  
 
「よし、いいだろう。トイレに連れて行ってやるから、もう少しだけ頑張れ」  
「ん…頑張る」  
あと少し、そう思うと尿意は少しだけ和らいだ気がした。  
 
「この辺だと、ここが良いと思うぞ」  
そう言った健二の顔は、意地悪そうな笑顔だった。  
連れてこられた場所は大きな建物の裏、壁と高い植木などに囲まれ、狭い袋小路になった空間。  
「…け、健ちゃん…あの、おトイレは?…」  
「あ〜、俺、たまにここで立ちションするんだ。大丈夫だ!俺が見張ってるから」  
およそ女の子が用を足していい場所ではなかった。人通りの少ない場所の、更に奥まったところとはいえ、  
何時誰が目の前を通るかもわからない場所。それが弓香が案内された場所だった。  
「嫌だよ…ねえ、ちゃんとしたおトイレに行っていいでしょ?…」  
「…別にいいけど、もつのか?道の真ん中で漏らしたら大変だぞ」  
漏らす…その想像をしたとき、体が大きく一回震える。  
健二の前で!見ず知らず人の前で!大勢の人の前で!  
足元に広がる水溜り、冷たい視線、囁かれる声…想像の中で弓香は恐怖する。  
「い、嫌!…でも…ここでするのも嫌なの…お、お願い、おトイレの場所教えて!…お願い…だから」  
もう限界の近い弓香は前屈みになり、自分のお腹に手を当てて、苦しそうに、真剣に、健二に訴える。  
「はあ…しょうがねえな。じゃあ我慢しろ。家まで連れて行ってやるから」  
弓香の言葉を無視するように、健二はまた弓香の手首を掴むと、強い力をこめて引っ張る。  
引っ張られた瞬間、堪えようと力を入れると、体を危険信号が駆け抜けていく。  
「あっ!やめて!す、するから…ここでするから…もう限界なの…」  
もうここでするしかない。弓香は小さな胸を悲しみでいっぱいにして、それを受け入れた。  
 
小さいころは一緒にお風呂に入ったこともある。裸で遊んだ事だってある。  
でも、それはちいさいころの話。ここ二年くらいは、そんなこともしなくなった。  
女の子としての、恥じらいの目覚め。男と女の違いに気づいてしまって時に、出来てしまった壁。  
(そうだ…少し前まで、健ちゃんの前で裸になってたんだ…それより、少しだけ恥ずかしいことするだけ…  
 ううん、そうじゃない。戻るだけ、あのころの二人に戻るだけなんだ!)  
自分に強く言い聞かせて、必死に恥ずかしさを忘れる。無理矢理にでも。  
顔を上げると、健二と目が合った。  
 
健二はまっすぐに弓香を見ている。  
………  
「あ、あの…健ちゃん、さっき見張っててくれるって言ったよね?」  
「あれ…そんなこと、言ったっけ?まあいいや。俺、ちょっと女子のオシッコに興味があってな。ちょうどいいから見せてくれ」  
嫌!と言おうとした時、さっきの健二が頭に過ぎる。  
また同じことをされたら、今度こそ耐えられないかもしれない。  
「あ、あの…どうしても…見たい、の?」  
拒否ではないという意思を示すため、質問の形にする。はじめから弓香に決定権はないのだ。  
「ああ!どうしても見たい!だから頼む。な?」  
 
弓香は壁を背にして、パンツに手をかけ、ゆっくりと膝まで下ろす。  
パンツを下ろしたことで、嫌でもこれからを想像してしまう。  
健二の前で、オシッコをする。  
見せるために。  
心臓の鼓動は速くなり、緊張に体は強張る。  
だが、迷っている暇もなかった。弓香の我慢も限界が近づいていた。  
手を後ろにやり、お尻の方のスカートを掴んで、手を前へ持ってくるとその動きを止める。  
ひんやりとした空気がお尻を包み込み、外で肌を晒していることを実感させる。  
足の間にも空気は入り込み、ひんやりとした感じは火照った体には案外心地良い。  
自分を落ち着かせるように深く一回呼吸をしてから、手をギュッと握り締め、  
そのまま胸の前に持っていき、股間を健二の目に晒しながら、ゆっくりと腰を下ろしていく。  
膝を大きく開き、まるで見せつけるような格好に、健二の目は釘付けになった。  
弓香自身、人前でこんなに足を開いたはしたない格好をすることは初めてだった。  
それも慕っている健二の前で。女の子にとってもっとも大事な場所を、もっとも恥ずかしい行為を見せるために。  
 
目の前の健二は、這い蹲らんばかりに手を地面について、じっと見つめている。  
まだ健二以外の男の目には晒されたことのない、幼いワレメが日の光に晒される。  
見せつけるように開かれた足の間、ただ一本の線にすら見える。しかし、紛れもなく女の子にとって一番大切な、  
羞恥心を覚えてからは誰にも見せたことのない秘密の場所。  
「ぁ…嫌ぁ…」  
健二の視線に思わず発せられた消え入りそうな声は健二には届かず、  
まだ幼いワレメを隠すことすら出来ずに、弓香はじっと耐えるしかなかった。  
 
一分あまりの時間が過ぎても状況は変わらなかった。  
極度の緊張と羞恥が弓香の体に無意識にストップをかけ、排泄行為を拒んだのだ。  
野外での排泄行為。それだけでも緊張が伴うのに、さらに大好きな健二の前なのだ。  
弓香は健二の視線を意識するがゆえに羞恥が高まり、恥ずかしさゆえに体は緊張に支配されていく。  
時間をかければかけるほど恥ずかしさは募り、体は言うことを聞いてくれなくなる。  
体が言うことを聞いてくれるまで、弓香は羞恥に耐え、見せつけるような姿を晒し続けるしかなかった。  
 
健二の方はというと少し余裕が出てきたのか、時折弓香の顔を覗き、その表情を楽しんでいるようだ。  
瞳を潤ませ。耳まで真っ赤にして。健二の視線に気づくと、その顔をいやいやと小さく振る。それでも  
健二が見続けていると、目をギュッと瞑り、体をフルフルと震わせる。手も足も小刻みに震え、小さな声で、  
「嫌ぁ…嫌ぁ…」と繰り返し、必死に恥ずかしさと戦う様は恥じらいに満ちていて、  
少女ゆえの儚さと可憐さに溢れていた。  
 
「…ぁ…」  
十数秒後、弓香の声のトーンが変わり、その小さな体がぶるっと大きく震えた。  
チョロ…  
ピュッと水が飛び出したかと思うと、すぐに勢いよく一本の線となって地面へと落ちていく。  
チョロ…チョロチョロ…ジョボボボボ…  
控えめな音からはじまったその行為は、すぐに大きな音を立てはじめた。  
土に吸収されなかった水溜りに新たな尿が勢いよく注がれ、大きな音を響かせる。  
「あ、や!聞かないでぇ…耳塞いで!」  
弓香は顔を真っ赤にして、オロオロとしながら懇願する。  
音を聞かれるのがそんなに恥ずかしいのか、泣きそうな顔で健二を見ていたかと思うと、遠慮すらしない健二に怒っているのか  
涙をためた瞳で強く見つめてくる。かと思えば恥ずかしくなったのか、顔を逸らして目を瞑って黙り込む。  
こんなときでも、いや、こんなときだからこそ、表情豊かに一生懸命嫌がって、楽しませてくれる。  
そのコロコロとした表情変化が、可愛くて。可愛いからこそ、いじめたくなってしまう。  
 
早く終わって、と願う弓香の意思とは逆に、我慢した分だけ排泄は長引いた。  
「はあ〜、こんななんだ、結構上のほうから出るんだな。それに音も大きい」  
「やだぁ…やだよぉ…言わないでぇ…」  
意地悪く声に出して説明をする健二に、弓香は弱弱しい抗議をする。  
スカートが濡れないように持っていなければならない弓香は、自分の排泄音と健二の声から耳を塞いで逃げることすら出来ず、  
出来ることといえば口で抗議するか、でなければ耐えることぐらいだった。  
「しかし、思ったよりも臭くないんだな。もっときつい匂いを想像してた」  
「!…嫌!そんな…匂いとか言わないでよ、バカァ!」  
匂いと言う単語が相当ショックだったのか、弱気だった弓香がかなり怒っている。  
「だってさ、オシッコだぜ?そういうイメージあるだろ」  
「そ、そんなの、女の子に聞かないでよ!」  
健二はわざと無神経に話を続ける。  
「でもさ、弓香のオシッコはあんまり匂わないぞ」  
「もう!健ちゃん、そんな…に、匂いばっか言わないでよ!わ、私だって、こんなこと…したくないのに…」  
弓香はその目に大粒の涙をためて、必死に堪えているようだ。その姿、その表情に健二は満足だった。  
 
オシッコはだいぶ勢いも弱まり、もう大きな音もせず、チョロチョロと途切れ途切れに水を滴らせる。  
最後にプルルッと体を震わせて、オシッコは終わったようだ。  
 
「終わったか?」  
「うん」  
「すっきりしたか?」  
「バカ」  
弓香はまだ少し怒っているのか、言葉少なに返事をする。  
「最後に拭くとこ見せてくれよ」  
弓香は何も答えずに、黙ってスカートを足に引っ掛けて、ポケットティッシュで拭いていく。  
丁寧に汚れないように気を使って、何度か拭く。  
弓香は立ち上がってスッとパンツをあげて、健二の方を向いた。  
「こんなの見て楽しい?」  
「楽しい。弓香の反応が可愛くて」  
とたんに顔が赤くなり、少しだけ嬉しそうになる。  
が、すぐに頬を膨らませる。いかにも「私は怒っているのだ」と言わんばかりだ。  
「なあ、悪かった。許してくれよ。何でも言うこと聞くからさ」  
弓香は黙ったまま、睨みつけるように健二を見る。  
「な、あやまるからさ。ごめん。悪かった。許してくれ!」  
「…今度、一日…一緒に遊んでくれるなら、許してあげる」  
「よし、じゃあ、今からなにして遊ぶか相談するか」  
その言葉を聞くと少しだけ嬉しそうな顔をしてから、今度は俯いて目を逸らす。  
「…もう…こんな意地悪しないでよ?…あ、あんな…恥ずかしいこと…もう嫌だよ?」  
「どうかな〜?可愛かったしなぁ〜」  
「もう!少しは反省してよ!」  
弓香は責めるような言葉とは裏腹に、嬉しそうに笑う。  
いじめられても、意地悪されても、それでも健二が好きだから。  
水溜りをその場に残して、二人は並んで帰路についた。  
 
 
終わり  
 
 

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