「先輩・・・ずっと貴方のことを見てました。  
 私とお付き合いしてくだs」  
「ごめん。」  
 
神速。というか言い終わってすらいない。  
・・・う、やっぱ呆然としてるな。  
 
「いやそのな、君が悪いわけじゃないんだ。」  
 
実際悪くない。というか、むしろすごくイイ。  
つやつやとした鴉の濡れ羽色のセミロングに、黒目がちに潤んだ目。  
うお、あの睫にマッチ棒とか乗せてみたい・・・。  
全体的な造作も綺麗にまとまってて、大きく特徴はないものの  
10人中7人は振り返ると太鼓判の押せる美少女だね。  
さらに言えば、俺の好みにジャストフィットだったりするわけだけど。  
 
「どうして、なんですか?」  
 
我に返ったみたいだな。やべ、泣きそうじゃないか。  
どうするよ俺!  
 
「あー、その、なんだ。」  
「・・・。」  
「俺、君のこと全然知らないもん。」  
 
ま、正論だ。というか、実際の理由もそうなんだが。  
だいいち、なんで俺に告白したのかさっぱりわからないが  
俺と付き合ったって楽しいわけがない。あとで泣くのがオチだよ。  
 
「・・・。」  
「・・・。」  
 
なんともいえない沈黙が帳を下ろす。  
彼女は俺の次の言葉を待っているようだが・・・  
俺、これ以上言うことないんだけどな。  
 
「あー、その、なんだ。」  
「・・・。」  
「君のことよく知らんのに、『はい是非とも』とか言うのさ、  
 すごいかっこ悪い。誠実でない。無責任だし。」  
 
これも本心。俺ぁ確かに見てくれパっとしないメガネ君だが、  
自分に恥ずかしい、かっこ悪い生き方だけはするなと  
親父に言われている。俺も実に同感だ。  
残念ながら女の子を泣かせることと天秤にかけるハメにはなってしまったけども。  
 
「んじゃ、そういうことで。ごめんな〜。」  
 
背中を丸めてポケットに手を突っ込み、ひらひらと手を振りながら  
よたよたとその場をあとにする。  
ま、これで少しでも幻滅してくれりゃ彼女の悲しみも  
ある程度癒されるとは思うんだが。  
 
「待ってください!」  
「・・・は、はい。なんでしょう。」  
 
げ、なんか怒ってる感じ・・・あ、いや、これは怒ってるのとは違うか?  
 
「先輩、問題点は先輩が私をよく知らないことだけなんですね?」  
「あぁ。」  
「では先輩が私をよく知った時点でもう一度告白すれば、  
 まだ可能性があると考えていいわけですね。」  
「そうくるか。」  
「え?」  
「いや、こっちの話。」  
 
うん、面白くなってきた。実に面白いよこのコ。  
 
「では、まずはお友達からお願いします!」  
「OK。」  
「は?」  
「今日から我らは友だ。せいぜい幻滅してくれ!」  
 
目を白黒させる彼女の右手を取り、にぎにぎと握手をする。  
はっはっは、変人度合いでは負けんぞ。  
 
この冬の寒い日の握手が、俺と彼女の出会いである。  
・・・あ、まだ名前聞いてなかった。  
 
 
だれが呼んだか変人窟。  
ここ文化人類学部室は、俺らの通う両道冠学舎の中でも  
屈指のミステリースポットと言われている。  
道すがら尋ねたところ、彼女は俺が人文部所属ということも  
ちゃんと知っているらしい。  
 
「怖いもの知らずと言うかなんと言うか。」  
「はぁ・・・人文部の勇名はいろいろと耳にしてますけど。」  
 
曰く、人文部は生徒会よりも権力がある。  
曰く、人文部は満月の晩にはサバトをやっている。  
曰く、校内新聞は人文部が作っている。  
曰く、人文部にはおやつ常備。  
曰く、人文部にはABC兵器も常備。エトセトラ。  
まあ・・・普通の人なら近づこうとは思わんだろうな。  
 
文武両道に冠たる人材育成を目標に掲げる両道冠には、  
いわゆる一芸入試枠がある。  
一芸入試といってもそこらの大学がやっているようないいかげんな  
シロモノではなく、3年の春・・・早い者については2年の  
2学期頃から専従のスカウトがついてその「一芸」を見極められるのだ。  
人文部は、その「一芸」で入学した者たちが基本的に所属する部活なのである。  
 
「先輩は一芸なんですか?」  
「いんにゃ、違う。家が近かったからだよ。」  
「(ということは、元から変人・・・)」  
「なんか言った?」  
「いえ何も!」  
 
聞こえてるんだけどな。まあ、変人であることは否定できないんだが。  
 
両道冠が誇る特殊教室棟の最上4階。  
この階ぜんぶが人文部の部室だ。  
階段を上ってふたつ目の部屋には「藤木研究室」というフダが下がっている。  
ん・・・にぎやかだな。もうみんな居るみたいだな。  
 
「ま、入ってくれ。」  
「藤木研・・・すごい、先輩の部屋なんですか?」  
「いや、俺の名前がついてるだけだから。」  
 
扉を開いてから思い当たった。この期に及んで俺、まだ彼女の名前を聞いてない!  
 
「お、室長おかえりー。呼び出しってなんだっ・・・」  
 
パイプ椅子でゲームラボを読んでいた霧島洋平が  
俺に声をかけようとして固まった。  
あー。視線が俺の後ろで固定されてやがる。  
 
「わぁ、かわいい〜!淳くん、この子誰?」  
 
なんでセンター試験も近いのに部室で遊んでるんですか、藤堂瑛先輩。  
 
「私、推薦だもん。」  
「そういうことは早く言えよ!てか心を読むなよ!」  
「淳くんがわかりやすいだけだよ。」  
「ったく・・・あれ?他の面子は?たった今までなんか賑やかだったけど。」  
「啓太郎と紗枝ちゃん、小枝ちゃん、昭江ちゃんがいまPC室に入ったよ。」  
「あー。Kと3Eがいるのか。」  
「あのぅ・・・。」  
 
おっと、彼女をほうりっぱなしだったぞ。  
 
「てか室長、俺のDB(データベース)によると本年度校内ナンバーワン美少女  
 1年生の部投票において、3位に輝いた倉敷祐子ちゃんがなぜここに?」  
「びっ・・・!?投票!?」  
「おまーはその説明口調をどうにかしろよ・・・。」  
 
しかし、この際洋平の説明癖には感謝だ。ふむ、倉敷祐子ね。  
 
さて。  
 
基本的に藤木研の打ち合わせでは、IRC(インターネット・リレー・チャット)  
が用いられる。  
部員の一人である霧島紗枝が聴覚障害であるためで、  
手話を覚える気のない俺たちが取った代替手段がこれだ。  
 
KEI>>で、淳よ。その娘は?  
JUN>>あー。なんと言えばいいか。  
 
まさか告白されたともいえないし、さりとて一般人が人文部に来る理由もない。  
 
YUKO(guest)>>私が、藤木先輩に告白したんです。  
「なにぃ!?」  
「うっそ!?」  
「・・・うぁぅ!?」  
「言っちゃうのかよ・・・。しかもおまいら、その驚きようはなんだ。」  
 
喋りも不自由な紗枝が声を上げるほど、俺ってモテないと思われてるんかいな。  
 
YOUHEI>>ほんで室長、OKしたん?  
YUKO(guest)>>いえ、それはお断りされてしまったんですが。  
「ざけんな!」  
「身の程を知れ!」  
「かわいそう!」  
「女の敵!」  
「・・・ぅ。」  
 
JUN>>ひでぇ言われようだな・・・つか、おまいらならわかるだろうが。  
JUN>>俺がよく知らん女の子に言われて、ほい付き合おうと言うような奴か?  
KEI>>ま、そりゃそうだがな。  
AKIE>>しかし、祐子ちゃん物好きだねー。  
KOEDA>>ほんと!お兄ちゃんなんかPC以外にいいとこないのにね!  
JUN>>(#゚Д゚)・・・  
KOEDA>>(・ε・)〜♪ピーロリロリーロリロリーロリーロ リロリー  
 
しかし、確かにそれは疑問だ。  
自分でも確かに自覚はあるが、俺は運動駄目で見た目もパッとしない。  
まあ、成績はトップを争えるレベルだが・・・  
某恋愛シミュレーションじゃあるまいし、テストの点に女が惚れるとも思えない。  
 
YOUHEI>>某恋愛シュミレーションじゃあるまいし、  
YOUHEI>>テストの点に女が惚れるとも思えないけど。  
JUN>>お前は俺か。しかもまちがっとる。ゲーマーのくせに。  
YOUHEI>>ゲーマーだからだよ。あんなのはシュミで充分だ。  
JUN>>まー一理あるな。  
 
ま、とりあえずその日は俺が倉敷さんを友として迎えたことを説明し、  
皆もそれで納得したようだった。理由についてはうやむや・・・か。  
さて、いったい何がどうなっているのやら。  
 
 
SIDE 金森紗枝  
 
(コンコン)  
 
モバイル「こえだ、おふろ、あがったよ。」  
返事が聞こえないのは当たり前。部屋から顔を覗かせた小枝が  
見せる手まねを見て頷き、キッチンに向かう。  
 
モバイル「おかあさん、こえだが、おふろ、はいるって。」  
母さんも頷いて、優しく微笑みながら手まねを見せてくれる。  
 
モバイル「だいじょうぶ、もうふ、だしたから。」  
モバイル「おやすみなさい。」  
 
・・・耳が聞こえなくても、みんなと繋がれる。  
コンピュータ技術の発達は、私たち聾の障害を持つ者にも  
等しく恩恵を与えてくれた。  
 
このモバイルパソコンは、藤堂姉弟の特製。消費電力を極限まで  
切り詰めながら高パフォーマンス、超軽量を実現した逸品。  
テキスト・トゥ・スピーチのソフトウェアは、藤木君のお手製。  
私には聞こえないけど、私の声をサンプリングして作ったとか。  
ほかにもいろんなところに藤木研のみんなの手の入った、  
誕生日プレゼント・・・私の宝物だ。  
 
ポチポチ、ポチ・・・  
 
小枝に「明日のお昼は学食で食べよ」という旨のメールを  
書きながら、昼間の出来事に思いを馳せる。  
 
───綺麗な娘だったな。  
 
いつの間にか手が止まっていたらしく、スタンバイモードに入った  
真っ暗な液晶に映った自分の顔を見る。  
自分の作る表情はおかしい・・・ように思う。  
どこか、自然ではない。作り物めいている。  
 
髪をかきあげ首をめぐらせると、耳の下からうなじに走る傷跡。  
反対側にもある。あの事故の後遺症を何とかしようと、手術をした痕。  
 
───醜い。  
 
目をそらすようにモバイルをスタンバイから復帰させ、  
ずっと言いたかった言葉をあのソフトに入力する。  
 
───藤木君、好きです。  
 
再生ボタンを押すことが出来ない。周りには誰もいないのに。  
調子のいい戯言と冗談ばかりつむぎだす口だけど、  
真剣に悩んでる人には優しく、時に厳しく、相談に乗ってくれる。  
彼の声が聞きたい・・・優しい声で、好きだよと言って欲しい。  
 
可笑しくて、涙が出た。  
そんなことを言ってもらえるわけがない。  
だいいち、どんな言葉も自分には聞こえないではないか。  
 
無意識に、指が股間に伸びていた。下着の上から、その場所を擦る。  
喉の奥から空気が漏れる感触がした・・・  
私は今、どんな声を出しているのだろう。  
脳裏に浮かぶのは、昼間の娘・・・倉敷さんと自分の想い人が  
寝台で睦みあう様子。  
 
おかしくて、悲しかった。  
なんという、いやらしくて汚い娘なのだろう。  
出逢ったばかりのあの二人がまだ付き合うと決まったわけでもないのに、  
その秘め事を思い描き・・・もしそれが自分だったらと妄想し・・・  
浅ましいにもほどがある。  
 
「・・・っ!」  
 
じきに、指先が敏感な部分を探り当てた。  
下着越しの緩やかな刺激では物足りず、脇から指を差し込んで、  
そこをこねくり回す。  
喉が震えた。声が出ている。  
小枝に聞こえてしまうかもしれない・・・いや、妹はいま風呂のはずだ。  
パジャマの胸元のボタンも外し、湯上りでブラをしていない裸の胸の  
先端に触れた。股間と胸の先から響く刺激に身を任せる。  
 
「・・・ぁっ!」  
 
暗い水の底に引きずり込まれそうになった。  
インターネットで読めるエッチな小説とかでは、女の人は「イク」らしい。  
しかし、自分の感覚では、このようにしか表現できなかった。  
ゆっくりと、自分が自分でない場所に連れて行かれてしまう不安感。  
 
じっとりと重く水分を吸った下着に指を差し入れたまま、机に伏せた。  
肩がマウスに触れる。  
 
モバイル「ふじきくん、すきです」  
 
再生中を示すLEDが、鮮やかに点滅した。  
 
───しばらく、涙は止まりそうにない。  
 
 
 
 

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