『どうしようもないオレに天から妖精が舞い降りた』  
(中編)  
 
 「お久しぶり、また会えたわね」  
 初めて出会った(のちに「再会」だと判明するのだが)ときの「彼女」に、そんな事を言われて、俺は大いに戸惑った。  
 当時の俺は17歳になったばかりで、半人前からどうにか一人前へと格が上がりかけてる程度の腕前の傭兵だった。  
 ちょうど俺の属する傭兵隊が、国に正規の部隊として組み入れられようとしているところで、俺達隊員も、このまま正規兵として国に仕えるか除隊するか選べと言われて、丸一日思案していたところだ。  
 夜になっても今後の身の振り方を決めかね、宿の裏手にある雑木林で剣を振っていたところで、背後からいきなり声をかけられたのだ。  
 振り返った俺は、そこにいた人物──12、3歳くらいの少女の姿に不覚にも目を奪われた。  
 真っ先に目立つのは、光の加減によってほのかに蒼く光る綺麗な銀色の髪。頭頂部の両サイドで結んだ髪型(ツインテールとか言うんだっけ?)にしていてさえ、髪の先端が腰まで垂れてるのだから、解いたらきっとすごく長いんだろう。  
 肌の色は透けるように白く、体つきもその年齢を考慮してさえかなり華奢だったが、か弱げな印象は皆無で、人形の如く端正に整った美貌に、けれど人形とは正反対に感情豊かな表情を浮かべているのが非常にチャーミングだ。  
 アイスブルーの瞳に明るく元気な光が踊り……けれど、どこか儚い雰囲気も感じさせる、アンビバレンツな魅力を持った美少女。  
 ──ロリコンのそしりを受けるのを覚悟で正直に言おう。「彼女」を目にした時、ハートを鷲掴みにされたような気分になった。  
 傭兵という職業柄、日常的に若い娘と接する機会に乏しいのは確かだが、それでも同僚だとか街のショップの売り子とかには、十代前半から後半にかけての女の子も多少いる。  
 けれど、ここまで俺の目を惹きつけて離さない少女は初めてだった。  
 「き、キミは……」  
 「あれ? もしかして前に会ったことを覚えてないのかしら。ふふ♪」  
 悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、それでも「彼女」はどこか寂しそうに見えたから、俺は必死で少ない脳味噌をフル回転させた。  
 (そんなバカな! こんなに可愛い子を女っ気の乏しい俺が忘れるワケが……って、待て。言われてみれば、確かにどこか見覚えがあるような)  
 「! も、もしかして……3年前の?」  
 「あ、思い出してくれたんだ♪」  
 
 そう、それは俺が実家の口減らしのために今の傭兵隊に入隊したばかりの、ほんのヒヨッコだった頃。  
 傭兵という荒くれ職業(しょうばい)をしてる割に、ウチの隊長は仲間や新入りを大事にする人で、入ったばかり俺も、隊の雑用させられながら先輩や時に隊長自身から様々な武器の扱いを教わることになった。  
 幼い頃から山を駆け回って猟師まがいの真似をしていたのと家の畑作業を手伝っていたおかげで、体力だけは人並み以上にあった俺は、あまり覚えはよくなかったものの、傭兵稼業で基本となる武器の扱いを少しずつ習得していった。  
 そして、「その子」と会ったのは、ちょうど明日初めての「実戦」に出るということで緊張感から珍しく眠れずに野営地の近くを散歩していた時だったと思う。  
 「あなた……私の姿が見えるの? 珍しいわね、粉雪の私が見えるなんて。  
 あ、でも、お触りはダメよ♪ ニンゲンは暖か過ぎるから、触れられると私はすぐに消えてしまうから」  
 思いがけない言葉に戸惑う俺に、その子は自分が雪妖精の子(パウダーフェアリー)であることを告げ、しばし言葉を交わした後、「雪が積もる頃にまた会いましょう」という約束を残して空へと消えて行ったのだ。  
 
 「て言うか、あの状況で「雪が積もる頃にまた」って言われたら、てっきりその冬の話だと思うだろーが!?」  
 「早とちりねぇ。私は「雪が積もる頃」としか言ってないわよ」  
 ぐぬぬ、屁理屈を。  
 ──まぁ、話によるとフェアリーとかの妖精族は人間の10倍くらい寿命があるらしいから、自然とそういう時間感覚がルーズになるのかもしれんが。  
 「それにしても……へぇ、たった3年足らずで、あなた、随分と逞しくなったのね」  
 「へ?」  
 俺は思わず目をパチクリさせた。まさか、この気ままな妖精娘に褒められるとは……。  
 一瞬社交辞令というヤツかもしれないと思ったが、どうやら相手は本気で感心してるようだ。  
 (! ああ、そうか)  
 これもまた、人間と妖精の時間感覚の違いというヤツなんだろうな。  
 「……ま、俺も成長期だったからな。そんな時期に、兵隊として戦場で死に物狂いで剣とか槍とか振り回してたら、自然と身体も育つさ」  
 けれど、なぜかソレを認めるのが気が進まなかった俺は、話を別の方向へと誘導する。  
 「そういうお前さんは……あんまし変わらないな」  
 ワザと不躾な視線でジロジロ見てやる。  
 「な、なによ〜、レディを失礼な目で見ないで頂戴。それに、私だってキチンと女らしく成長してるんですからね!」  
 プンスカという擬音が聞こえてきそうな勢いで、妖精娘が憤慨している。  
 
 「ふむ……言われてみれば」  
 確かに、3年前は真っ平らだった胸はいくぶん女らしい柔らかな曲線を描きだしているようだ。背丈も半フィート近く伸びた俺とは比較にならないが、それでも2インチはくらいは大きくなってるのか?  
 俺の視線に含まれる感情を敏感に感じ取ったのか、妖精娘は誇らしげにない胸をはる。  
 「私くらいの年でここまで育つスノウフェアリーは稀なんだからね」  
 「ヘイヘイ、承知しましただよ、お嬢様」  
 結局、その後、夜更けまでくだらない雑談をしてから俺達ふたりは別れた。  
 彼女と会話したことでフッきれたのか、俺は翌日隊長に「自分もこのまま国軍に参加する」という意志を伝えた。  
 ──べ、別に、彼女に「たくましい」と褒められたことに気をよくしたからじゃないぞ? ホントなんだからな!  
 
 あの雪妖精の娘は、「今後は時々会いに来るからね〜」と言ってたけど、話半分のつもりで「ヘイヘイ」と聞き流してたんだが……。  
 「ヤッホー、ケイン、今夜も来たよ〜」  
 ……時々どころか、ほとんど毎晩俺の部屋に遊びに来るんでやんの。  
 無論、俺としても、ちょいとロリ系だが目の保養向きの可愛い女の子と話すのは──たとえ相手に触られないとしても──心癒されるし、大歓迎ではあったが。  
 「触れられるわよ?」  
 ……は?  
 「十分に寒くなったし、私も雪妖精として成長したからね。もちろん、私の方からもあなたに触れることができるの」  
 その白く華奢な手で、彼女はソッと俺の手をとった。  
 「どう? 私の手、冷たくて気持ちいいでしょ?」  
 「あ、ああ……」  
 無論、それもあったが、俺としてはこんな美人で好ましい娘と手を繋ぐなんて初めての体験だ。なにせ、先輩の誘いも断って娼館とかにも行ったことないし。相手が(人間換算で)13歳くらいとは言え、年下好きの俺にはむしろクリティカルヒットしてるし。  
 しかも、「絵に描いたパン」だと思ってた相手とこうして触れ合えるとなると、結構ヤバいんだが……その、主に俺の理性面で。  
 「えっと、雪妖精サン?」  
 「ゲルダ」  
 「へ?」  
 「私の名前。ゲルダよ、ケイン」  
 感謝してよね、妖精が人間に自分の名前を教えるなんて、めったにないことなんだから……そう言って微笑う妖精娘、いやゲルダは、もちろん俺の中でも特別な存在になりつつあった。  
 
 
 ──もっとも、ヘタレな俺は、結局それから2年間ゲルダとは「ただの仲のいいお友達」の関係でしかなく、2年後の年の暮れ、新年祭を目前にした夜に、ようやく抱擁とキスにまで至ることが出来たんだが。  
 「女を待たせ過ぎよ。この鈍感♪」  
 「す、スマン……」  
 ゲルダとは、一年のうちでも、晩秋から早春にかけての5ヵ月程度しか直接会えなかったが、それ以外の時期も、どういう手段を使ってか月に一度程度の割合で手紙を届けてくれたので、遠距離恋愛している恋人の気分だった。  
 それがまた俺のヘタレっぷりに拍車をかけ、カタツムリより遅々とした関係の進展だったが、それでも俺達はそれなりに幸せだったのだ。  
 
 ──そう、あの運命の夜が来るまでは。  
 

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