『どうしようもないオレに天から妖精が舞い降りた』
先の大戦をくぐりぬけた我が国──いと賢く麗しき「妖精王」ルーウェリン女王の治めたもうこの国は、現在比較的穏やかな時を過ごしている。
国防の要たる軍人や兵隊もその例外ではなく、とくに俺が所属する辺境第17警備隊のような「閑職」の連中はこのところほとんど敵と戦うこともないため、周囲からめでたく「無駄飯食らい」「給料泥棒」の称号を進呈されていた。
もっとも、「警備隊」と言いつつ専任の軍人は隊長の俺だけで、あとは地元の若者数名が臨時雇いで隊員として詰め所でたむろしてるだけなんだが。
その隊員達も農繁期には大半が手伝いとして駆り出されるというのだから、いかにのんびりした土地柄かは推して知るべし……て言うか、マジで人手が足りない時は、その俺さえ農作業を手伝わされるし。
まぁ、へーたいさんが暇なのは世の中が平和な証拠だよな、ウン。
「二十代前半の身で、何枯れたコト言ってんスか、ケイン隊長」
事務仕事(つっても、本部への報告書がほとんどだが)を済ませ、デスクであったかい茶を飲みつつホッとひと息ついてる俺にツッコミを入れてきたのは、有象無象の臨時隊員の中では体格・気質ともに比較的兵士向きな青年クロウだ。
「そうは言ってもなぁ……こんな辺境(どいなか)じゃあ、よほどのことでもない限り、敵国との小競り合いとか領土侵犯とかは起きないし」
「地元民の前で「どいなか」言わんでください! それに警備隊の仕事相手は人間だけじゃないでしょう」
「はぐれモンスターの退治か? それも、この付近じゃあたいして厄介な奴はいないだろ。せいぜい傭兵崩れのワーウルフとか、迷って出たスケルトン、あるいはベビードラゴンくらいで」
「いや、それでも十分村人には脅威なんですから……」
確かに「警備隊」と名乗る以上、民間人の安全の確保も重要な任務だ。けどなぁ……。
「心配いするなって。俺みたく軍に数年勤めた挙句左遷されるようなヘッポコ兵士でも、その程度なら十分対処できるし。それに、お前さん達の腕前も、だいぶ上がって来ただろう?」
「はぁ、それは、まあ確かに……」
よそでは知らないが第17警備隊(ウチ)では、午前中は教練の時間に宛てている。
見張り当番を除く全員が、(一応本職である)俺の指導で各人の選んだ武器の稽古をすることになってるのだ。
ま、稽古は自由参加だし、得意としている槍以外の武器は、俺も以前所属していた傭兵隊の先輩連中にひととおり基礎を習った程度だから、教えられることはたかが知れてるんだが。
とは言え、天才がすなわち優れた教師になるとは限らない。逆に、俺程度のあまり天分のない人間の方が、努力して理解してるぶん、人に教えるのもそれなりに巧くいくらしい。
そもそも2年前に赴任した当初は隊員も3人しかおらず、武装と言えば玩具みたいな弓と山歩き用のナタ、それに護身用の短剣というていたらくだったのだから……。
隊員が7人に増えて全員王都の武器屋から仕入れた真っ当な武具で武装している(そして一通り戦いの基礎程度は飲み込んでる)現状とは雲泥の差だ。
「そりゃね、ケイン隊長には感謝してますよ。訓練もそうですし、ツテとコネでちゃんとした武器とかも揃えてくれましたし。
そもそもコレまで赴任してきた連中ときたら、あからさまに嫌々感まる出しで、村長に挨拶したらすぐ隣町にとって返し、ココへは月に2、3度顔出すくらいだったんスから」
「いや、そりゃ比較対象が間違ってるだろ」
非正規の「隊員」ならともかく、王都から給料もらってる軍人の隊長が現地に駐屯しなくてどーすんだよ。
「「こんな何もないヘンピな村に住めるか!」だそうっスよ?」
「都会モンはコレだから……。その点、俺も嫁さんも元は僻地の出身だからな」
田舎暮らしには慣れてる──と続けようとしたトコロで、クロウが強い口調で遮った。
「そこっス! 隊長は確かに「いい人」っスけど、ひとつだけどうにも納得がいかないコトがあるっスよ。
いくら元王国正規軍の兵士だからって、どこでどうやってあんな可愛い奥さんつかまえたんスか? そもそも、お月さん来てるかも怪しい年頃の娘さんを嫁にするなんてうらやま……もとい、犯罪スレスレっスよ、このロリコン魔人!!」
そこかよ!?
「ほっといてくれ! それと誤解があるようだから言っておくと、あの外見だから間違えても無理ないが、若く見えるだけで実際には俺より年上だぞ?」
「はァッ? ま、マジっスか??」
「うむ。ウチの嫁は妖精の血を引いているからな」
真面目な顔で大きく頷く。嘘は言ってないからな、嘘は。
「…………20歳過ぎてもあの外見ってことは、なんてこった、一生幼女(エターナルロリータ)ってことぢゃないですか! なんて羨まし……」
「やかましいわ!!」
スカポンタンな部下の頭にガツンとゲンコツを落として昏倒させる。
「ちゃーす、今戻りましたぁ……って、コレ、どしたんですか、たいちょー?」
我が隊随一の(と言っても、ひとりしかいないが)弓使いの少女エセルが、見回りから戻って来たようだ。
「ああ。あまりにアホなコトをほざくので折檻しておいた」
「そっかー、ま、クロウなら仕方ないですよね、バカだから」
同年代の幼馴染の少女に、それだけで納得されてしまうあたり、青年の人間性に憐憫を感じないでもないが、これも自業自得だろう。
「では、問題がないようなら、俺はコレで失礼するぞ」
「はーい、今日の当直はこのバカなんであとで起してよく言い聞かせておきまーす。あ、それと奥さんから伝言です。
「帰りにミロワールさんの店で、トウガラシとベーコン2切れ買って来て」
……だそうですよ〜」
子どものお使いかよ!? まぁ、いい。どの道、よろず屋は帰り道にあるしな。
「今帰ったぞ!」
我が家の扉を開けると、途端に美味しそうな夕飯の匂いが鼻をくすぐる。
「おかえんなさーい!」
エプロンで手を拭きながら台所から顔を出した小柄な銀髪の美少女(?)が、先程も話に出た俺の妻ゲルダだ。
「あ、唐辛子と豚燻製は、ちゃんと買って来てくれた?」
「ああ、買ってきたが……もしかして、今夜も鍋物か?」
「いいじゃない。冬場なんだし。あったかいし、鍋おいしーよ?」
「その点は同意するけど、お前、ホントに鍋好きなのな。雪妖精(スノウフェアリー)のクセして」
そう、部下に言った「妖精の血を引く」というのは決して嘘ではない。ただし、先祖に妖精がいたとかじゃなく、嫁さん本人が混じりッ気なしの100%ピュアフェアリーってだけだ。
「スノウフェアリーだからこそ、冬場に熱い物が食べられるんじゃない。夏場にあったかいものなんて食べたらヤケドじゃ済まないし」
なんでも、雪妖精の一族というのは冬に近づくほど「力」が増すらしく、真冬の今なら、弱点である火の中に飛び込んでも数十秒は耐えられる程らしい。
逆に夏場は陽射しの下に出ることさえ嫌がり、日陰で冷たい飲み物すすって一日中まったりしてるのだが、まぁコレは習性上仕方ないだろう。
周囲の村人には「北方の出身で暑さに弱い体質」と説明してある。まんざら嘘でもないしな。
「ま、いいか。お前の作る料理は何でもウマいしな」
「やん、もうっ、おだてても何も出ないわよ?」
などと、今でこそ自他ともに認めるイチャイチャらぶらぶ夫婦な俺達だが、出会った時、そして再会した時は、まさかこんな関係になるとは思ってもみなかったのだ……