私の家は父子家庭だった。  
母は私が幼い頃に亡くなった。  
父は少年課という、青少年の非行防止や更生を担当する課に所属する刑事だった。  
何度補導されても懲りない少年少女を相手に、毎日身体と心を削って向き合う父を尊敬して  
いた。  
毎晩ヘトヘトになって帰ってくる父に「無理をしないで」と言うと、  
 
「大丈夫、大丈夫だから。あのなかに、これから千冬の友達になる奴らがいるかもしれない  
だろ?そう思ったら、助けないではいれない」  
 
決まって、そう答える父が好きだった。  
 
その父が殺された。  
麻薬密売が絡んだ発砲事件に巻き込まれた事になっている。  
でも、その場に居合わせた同僚が言っていた。  
「あれは明らかに鈴本さんを狙っていた」と。  
 
しかし、その後の捜査は行われなかった。  
証言した同僚も、次に会ったときには、頑なに口を閉ざした。  
真実が知りたかった。  
私から父さんを奪った犯人が許せなかった。  
 
分かっている。  
父さんは、こんなことを望んではいない。  
それでも私は許せなかった。  
私は遺品をたよりに、以前から父の仕事を手伝っていた情報屋の居場所を探し当てた。  
仇の情報を求める私に、提示された情報の代金は……  
「大丈夫、大丈夫だから」  
父の口癖を真似てみる。  
心が、ほんの少しだけ、慰められた気がした。  
今夜、私はあの情報屋に会いに行く  
 
「麻薬なんて少年課の刑事にゃ荷が重いよー。『なぁ、もしもの時は娘を頼んだぜ』……なーんつってなー。ははっ、大丈夫、大丈夫だ  
から!」  
 
鈴本彰(すずもとあきら)が冗談交じりに呟いたそれは、男が聞いた最期の言葉になった。  
男の隠れ家を鈴本の娘が訪れたあの日から1週間、その言葉を思い出すことが多くなった。  
腹に溜まった苛立ちを吐き出すように、男は煙を吐いた。  
窓から忍んできた夕闇に、白煙が溶ける。  
そして、窓越しに見下ろした雑踏のなかに、千冬の姿を見つけた瞬間、男の苛立ちはピーク  
に達した。  
 
 
初めて訪れた時とは正反対の、恐る恐るとした様子で、部屋の扉が開いた。  
「何の用だ」  
再び現れた千冬は、セーラー服ではなかった。  
前開きのブラウスに、スカート。  
噎せ返るようなヤニの匂いに交じって、かすかに香るのは石鹸の匂い。  
それが意味するところは――  
 
「……取引をします」  
声は震えていた。  
「あなたと、取引をします」  
「へえ?」  
「67回のせ……性交渉を、条件に、父の仇の情報を私にください」  
セックスと、口にも出せない小娘が。  
男は心の中で毒ついた。  
「お願いします」  
一歩踏み出すのに、少女にはどれほど勇気が必要だったのだろう。  
それでも千冬は未知の恐怖と深淵の闇のなかへ、入ってきた。  
少女のなけなしの勇気と決意を飲み込んで、男は嗤った。  
扉は閉じられた。  
 
続く  
 
 

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