「やっと見つけました」
部屋に飛び込んできた少女は、きっぱりと言った。
「お久しぶりです。
私は鈴本彰(すずもとあきら)の娘、千冬です」
部屋の主である男は、瞼だけで少女みやった。
つま先が剥げかけたローファ。
しわの目立つセーラー服。
ここにたどり着いた少女の苦労が窺い知れる。
それには気づかない振りをして、男は煙を吐き出した。
匂いが増す。
「あの、父を覚えていますか?」
「ああ、覚えているとも。『短い間』だが、仕事仲間だったからな」
男が初めて吐き出した煙以外の言葉に、少女の足がぴくりと動いた。
「丁度2年前か。どこぞの発砲事件に巻き込まれて、くたばったと聞いたが。
まさか娘がいたとはねぇ」
男の視線が千冬を捉える。
千冬はその場から動けなくなった。
それもそうだ。
男の格好といえば、上半身は裸で、下は洗いざらしのジーパンだけ。
剃り残した髭も、重たげな瞼も、男がまっとうな社会で生きる者のそれには見えない。
そんな男が尊大な態度で、ベッドに寝そべっている。
社会から隔絶された部屋の異常さを、少女は感じ取り、怯えている。
「あなたにお願いがあります」
千冬は息を絞り出し、一息に言った。
悪くない、と男は内心笑った。
表情は硬く、精一杯の強がりが見て取れたが、意志は失っていない。
「お願いします。どうか、どうか――」
少女は腰を折り、頭を下げる。
切りそろえた前髪が、静かに揺れた。
「父を殺したやつらの情報を、私に売ってください!!」
怒りと悲痛な響きを孕み、少女は叫んだ。
「いいだろう」
男は持っていたタバコを、灰皿に押し付けた。
「……え?」
男が少女の手首をつかみ、手前へと引き寄せた。
スカートが舞う。
少女は、ヤニ臭いベッドに沈んだ。
「きゃっ」
視界が男の胸板でさえぎられ、肌色で埋まる。
普段見ることもない、異性の肌に千冬は頭が真っ白になった。
「……ぁ」
太ももを押さえつける男の指が、内股へ這った。
他人に触れられるとい刺激に慣れていないのか、ビクッと千冬の体が跳ね上がる。
その動きさえ封じるように、男は体重をかけた。
不意に強くなる、男の熱とタバコの臭い。
千冬は混乱から覚める。
「や、やめてください!」
悲鳴にも似た叫びで、男の動きがとまった。
「情報を売ってやる、千冬」
「え?」
安心したのも束の間――
「ただし、取引はお前の身体とのみ応じよう」
酷薄な宣言とともに、男は再び動き始めた。
「ひゃっ……」
男は体を押し上げ、千冬の首筋へと顔を近づける。
「あっ……の……そ、それはどういうことですか?」
「お前の親父を殺したやつは、そんじょそこらのチンピラじゃない。
ずっと狡猾で、貪欲で、滅多に日の当たる場所には出てこない」
息が当たるほど近くで、少女に言い聞かせる。
「そんな奴らの情報が安いわけないだろう? 千冬」
耳元でささやかれる低い男の声に、千冬の肩が震える。
性的な経験のない千冬でも、その声が劣情を誘うものだと、
身体が本能的に知っていた。
「や、やめてください」
理性が恐怖を訴え、千冬は咄嗟に男を押し返そうと、男の胸に手を置いた。
「いいのか? 仇の情報が欲しいんだろ」
「それはそうですが、こんなの……あっ…はあっ」
耳をなめられる。
男は舌を入れ、唾液を流し込み、わざと音をたてる。
んちゅ…ちゅ…くちゅっ…ちゅ…ちゅ…くちゅっ…
「あぁ、あ、あ…!」
「そうだなぁ、代金はしめて200万。昔のよしみだ、サービス価格だぜ」
「あ、お、お金なら……必ず、払います……っ、一生、かかってでも!!」
「おいおい、さっき言っただろ」
いやらしい音の合間に囁かれる言葉の意味を、
千冬は考えなければならなかった。
「取引は、この体でしか応じないってな」
垂らした唾液を舌に絡ませる。
生温かいかい液体さえ、刺激となって千冬の耳を犯した。
ちゅ…くちゅくちゅっ…くちゅ…くちゃ…くちゅっ…くちゅちゅっ
「や、やぁ、やあっ!」
びくびくと、千冬の体は痙攣をくりかえす。
「やだ、やだあっ」
耐えきれず、千冬は首を振って男の舌から逃れた。
「そうか、嫌か」
男はさきほどの執拗さが嘘のように、あっさりと千冬を解放した。
「はぁ、はあ、ぁっ……?」
熱を持て余し、潤んだ瞳が、ベッドから降りた男を追った。
男はタバコをくわえると、ベッドの上で膝を合わせる千冬にむかって、口端をあげた。
「お前くらいの歳なら、1回3万といったところか。
200万なら……67回」
「……?………??」
「情報が欲しけりゃ67回、俺の相手をしろ。
それができなきゃ、仇討ちなんぞハナっから諦めるんだな」
男がライターの火をつけた。
タバコに火を近づけると、男の顔に濃い影をつくった。
「人でなし」
千冬には男が悪魔に見えた。
「人でなし! 父さんは、どうしてあなたのような人と……!」
千冬の視界から、男の姿がゆがんだ。
ぽたぽたとスカートの上に、涙が跳ねた。
「それを言うなら、刑事が俺みたいなロクデナシと手を組んでたって方が、
よっぽどだと思うぜ?」
「それは」
「でもまあ、支払いはよかったし。惜しかったなぁ」
「そんな……私は、あなたが……」
「俺がなんだ?」
「……っ」
千冬の涙交じりの熱い息が、言葉の続きをつむぐことはなかった。
ベッドから降りると、入ってきたときと同じように、部屋を飛び出していった。
続く