ドクン!!  
私の体内で何かが動きはじめた。  
その途端、  
ジワジワジワ…  
私の腕や手に茶褐色の毛が沸き出すように生え始めると、見る見る両手を覆い始め、まるで厚手の手袋をはめたようになり、両手の五指は爪の形がより黒く、鋭利になっていく。  
脚も腕を同じように茶褐色の毛に覆われたて両足の指先にも研ぎ澄ませされた鉤爪が顔をのぞかせる。  
じわりじわりと、体毛は腹部や首元からも茶褐色の体毛が生え始めて、どこか油っけのある汗がうっすらと獣臭さを感じさせる。乳房も体毛に覆われて乳首もその中に姿を消してしまう。  
体毛は強く皮膚に根付きながら、規則正しく整えられていき、私の上半身をまるでうっすらと起毛した上着を纏った姿へと変えていく。  
私の股間を覆う黒い茂みも新しい体毛によって茶色い草原へと入れ替わっている。  
少しずつ顔に生じ始めていた茶褐色の体毛と共に、瞳の色は金色へと変わり妖しい光を放つ。  
私の鼻先が少しずつ湿り気を持ち、黒ずんでいく。それとともに湧き上がってくる獣の臭いを鋭敏に嗅ぎとれるようになっていく。  
バサバサバサ…  
私の頭からの髪の毛が消えうせると、周囲に髪の毛をまき散らせていき、顔と同じ茶褐色の体毛がまるでショートヘアのように私の頭部を飾っていく。  
手のひらと指先がまるで水泡のようにぷっくりと腫れると黒ずみ始め、それはぷにぷにとした感触を持つ肉球と化すと、足の裏と指先にも同じように肉球が生じる。  
獣毛をはやした両耳もまた頭上に引っ張られるような形で先端を尖らせていき、今まで聞こえなかった音が私の耳を刺激する。  
純白の一糸纏わぬ姿の上に茶褐色に彩られた起毛が広がり、私の体を女性のボディラインを浮き出せるオオカミへと変身させた。  
茶褐色をした獣毛に覆われた全身は茶色い毛皮で厚着をしてようにも見える全体として、少しばかり太っている容姿にも見える。  
その下からは、汗の代わりに自らの臭いを発するための器官が発達し、濃密な獣の臭気を放ちはじめる。その顔だちは映画に登場する狼人間の顔つきそのものであった。  
「ハァ…ハァ…」  
体全体を覆い尽くしていた獣毛は体から熱が奪われるのを防ぎ、肉球で覆われた手のひらと足の裏以外のからすぅと汗が引くのを感じる。  
だが、逃げ場を失ったその熱は私の体の内に篭り、獣毛で直に見る事が出来なくなった顔を火照らせ、熱く荒々しい吐息を吐く。最早、下着一枚身につけることすら出来ない。  
 
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」  
 体中が熱い。心臓が激しく鼓動し、息が自然と荒くなる。全身から力が漲ってくるのが分かった。  
どくん  
私の心臓が波打つ。  
どくん、どくん……どくどくどくどく  
痛いほどの鼓動が際限なく加速していく。  
 苦しみの余り、私の両手は無意識のうちに自分の左右の肩を掴み、爪が肌に食い込んだ。  
「痛っ……」  
 とっさの行為に私は驚き怯え、慌てて両手を肩から離して両手を見る。  
「はあ、はあ、はあ……う、うそ……あっ……」  
荒々しい息を続ける私は自分の両手を見て驚愕した。  
 そこには、光沢のある茶褐色の何かが、腕全体を覆うように広がって白い肌を覆い隠していく。それは二の腕、手の甲を覆い、指先まで広がっている。  
掌には大きな肉球を纏い、さっきまで丸く整えられていた五つの爪は、全て硬化して鋭さを持った鉤爪に変わっていく。  
 私は鋭い爪を生やした片手を伸ばして茶褐色の部分をさする。擦られた茶褐色の部分からは素肌の感触ではなく、絨毯の毛皮のような感触が伝わってくる。  
茶褐色の毛皮が上半身から全身へと広がっていき、女性らしかった胸元やお腹や背中もスリムなフォルムを保ちながら、一面を体毛に覆われてしまう。  
やがて、細長い手足も茶褐色の毛皮に覆われ、手足の爪は猛獣の牙がそのまま生えているかのように鋭く研ぎ澄まされ、元の面影が想像できないくらい凶悪な爪が連なって生えていた。  
茶褐色の毛皮は、私の顔はおろか耳の内側まで生えそろってしまっていた。  
 不意に私の眼鏡がカラリ、と落ちると、私の瞳は普通の人間と異なり黄金色の輝きを発し、両耳は三角形に伸び始めていく。  
「うううぅぅ〜〜〜〜〜〜……」  
 耳の変化からくる痛みを堪えて唇を噛み締めている私の口元から、低い唸り声が漏れる。  
 やがて、その口元からは唇がめくれて牙のように伸びた歯が剥き出しになって露わになる。  
「ううぅ……がぁぁぁぁぁッ!」  
 私が獣じみた叫びを放つと、一瞬のうちに私の顔が歪み、引き裂かれていく。  
 先端が黒く染まった私の鼻が長く伸びて鼻面に皺を寄せ、獣のような鼻を形成していく。  
最早普段の私の気弱げな表情は記憶の彼方、今の表情は人らしさの残滓すらない。  
 耳の付け根まで裂けて牙を覗かせた口から、遠吠えが迸った。  
「ァオォォォォ――――――――ン!」  
決して人間ではありえない、恐ろしくも美しい獣――人狼が人間の数百万倍とも言われる嗅覚で大気中に血の臭いを嗅ぎ付けて、自らの存在を越えた雄叫びをあげているのだ。  
 
 
 
 
 

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