…ない。
下着がない。
…水着、着てこなければよかった…
私は更衣室の中、自分の服が入った袋の中をまじまじと見つめていた。
「ん?どうかした、雪?」
「え!?ううん、別に…何も…」
「そう?なんか変な顔だったから」
「…それ、変な顔してたから…だよね?」
「あはは!冗談だよ。雪はとっても可愛いよ!」
…どうしよう…まさか「下着を忘れました」なんて、恥ずかしいこと言えないし…
かといって、このまま帰るのも不安だし…ああ、でも言ったところで、どうなるものでもないし…
う〜ん…スカートは、それほど短くないし…風は、そんなに強くなかったはずだし…
…穿いてなくても、大丈夫…かな?
胸はまだ早いから、着けてないし…パンツなんか、見せるわけないし…うん、大丈夫。…きっと…うん…
…スースーする…
今、外に出たところなんだけど…その…スカートの中がスースーする…
なんか、すごく…立ってるだけで、こう、こそばゆい感じがする。
普段なら気にならない、太股の辺りを撫でる風すら、気になってしまう。
スカ−トは膝丈より少し短いけど、いつもの長さだし、風だってやっぱりあんまり強くない。
でも、なんか、頼りない…なんか、こう、ムズムズして、不安な気持ちになる…
「う〜ん…まだ、ちょっと暑いね〜。まあ、だからプールを楽しめるんだけどさ」
「…え!?あ、うん…そうだね…いつまで暑いんだろうね」
…莉子ちゃんには、気づかれてはいないみたいだ。てことは、やっぱり…問題ないかな?
とにかく帰ろう。…できるだけ普通に。
何気なく一歩踏み出すと、スカートがフワリと持ち上がり、肌を空気が撫でていく。
…やだ…スカートって…こんなに捲くれあがるものなの?…いつもは気にならないのに…
気をつけないと…見えちゃったら、やだし…
私は水着の入った袋を両手で持って、スカートの前を押さえながら歩く。
両手で持てば手がスカートの前にあっても、不自然ではないと思う。たぶん。
それから、少し歩幅を小さく…ああ、でも、ゆっくり歩いたら、莉子ちゃんに気づかれちゃうから…
速く足を動かす?でも、スカートがくすぐったいし…それとも、やっぱりいつもぐらいの歩幅にする?…ああ、どうしよう…
私は、莉子ちゃんの少し後ろを歩く。後ろなら、莉子ちゃんには気づかれにくいはずだし…顔を見られなくてすむ…
…こんなに不安なんだもん…たぶん…顔に出ちゃってるよ……
前から誰か歩いてくる…私と同じくらいの子……あ、また…今度は若いお兄さん…
誰かとすれ違うたび、私の心臓はドキドキと高鳴って、その人の顔をつい見てしまう…
スカートを押さえながら歩いてるようなものだから、ちょっと風が吹いても捲れたりはしないし、格好は不自然じゃないと思う。
けど、チラチラと人の顔を窺って歩く私は、やっぱり少し目立つのか、たまに目が合ったりして、
目が合うと、顔がカァッと熱くなって、急いで目を逸らしてしまう…
でも、目が合うのは一瞬のことで、私を不自然に思う人は、たぶんいないと思う…
…でも、私は……気になってしまう…不安になってしまう…
それに、手が不自然にならないように、両手で袋を持ってるから、もしも強い風が吹いたら…後ろの方は捲れちゃうかもしれない…
前と後ろ、両方を押さえられて不自然じゃない格好なんて、思いつかないし…気をつけて、帰らなくちゃ…
「ねえ、雪。やっぱ、なんかおかしいよ?具合悪い?」
莉子ちゃんが心配そうに、声をかけてくる。……ちょっと、嬉しかったりして…でも、心配させるのはよくないよね。
「えっと…そんなことないよ!」
「そう?無理してない?遠慮しなくていいよ?」
「心配性だなぁ…でも、ありがと♪私は、なんともないよ」
私も、しばらく歩いて少しだけ慣れてきたみたい。
よく考えれば、普段だってパンツを見られることなんてないし、まして、こんなときだけ見られるなんて考えすぎだよね?
それに、莉子ちゃんに心配かけちゃったし…もうちょっとだけ速く、莉子ちゃんの横を歩くくらいでいいかも。
少しだけスピードアップして、莉子ちゃんの横につく。
「ね?平気でしょ」
「…顔色も、さっきよりも良いみたいだし…ほんとに大丈夫みたいだね。……心配させた罰じゃ〜」
莉子ちゃんがグリグリと頭を撫でる。髪がボサボサになるくらい乱暴に。
「やっ、ちょっと、やめて!…もう、髪がぐしゃぐしゃだよぉ…」
「あはは!……ほんとに…心配したんだよ?」
ちょっとだけ真面目な莉子ちゃんの顔と声…優しいなぁ、莉子ちゃんは…
「うん、わかってるよ♪…あ、信号青だ、莉子ちゃん急ご」
「体、平気なんだよね?……よ〜っし、じゃあちょっと走ろ〜か〜」
「え?ちょっ、急がなくても、まだ大丈夫だよ〜」
言わない方がよかったかな?…莉子ちゃんが私の手を握って走り出す。
激しく足を動かすと、スカートはパタパタとはためいている。
あ…やだ…見えちゃいそう……だ、誰も見てないよね?…やぁ〜ん、莉子ちゃん速いよぉ〜…
足が風を切り、ゆっくり歩いていたときは触れられなかった場所を風が撫でていく。
バタバタとスカートは翻り、太股のかなり上の方まで露出させるけど、片手は莉子ちゃんに握られて、
もう片方も袋を持ってるから、スカートもうまく押さえられない…
ああ…ほんとに、誰も見てないよね…それに、スカートもそんなに短くないし…その、中は…見えないよね?…ああ、不安だよう…
「ふ〜、間に合った……大丈夫?顔真っ赤だよ?」
誰のせいだと……さっきまで私のこと心配してたんだよね?…
「まだ大丈夫って言ったのに〜…ほら、まだ青だよ」
「いいじゃん、早く帰れるし。雪も、ほんとに元気になったみたいだし」
…だからって走らなくても……まあ、いっか…
「じゃあ、私こっちだから。莉子ちゃん、また明日ね」
「うん、バイバイ」
莉子ちゃんが手を振り、私も手を振ったとき、唐突に後ろから強い風が吹き抜けた。
ブワッと何かが捲くれ上がる感じ。そして、莉子ちゃんの目が少し下を見て、表情が固まってる。
数瞬遅れて、両手でスカートを押さえつける……うう、顔が…熱い……やだ…顔上げられないよ…
「あ、あの…えっと……ち、違うの!違うのよ…これは、その……」
とっさに言い訳するけど、莉子ちゃんは何も返事をしてくれない…
「あ、あの…み、見たん…だよね?…」
「え!?…あ、うん…ごめん…」
「あの……し、下着…わ、忘れちゃって…だから…仕方なく…なの……ほ、ほんとだよ!」
ああ…恥ずかしいよ…気まずいよ…
「も、もう、ドジッ娘だなぁ、雪は…」
「そ、そうなの…ちょっと、抜けてて…」
二人して「あはは」とわざとらしく笑う…うう、やっぱり気まずいよぉ…
「あ、あの…わ、私、帰るね!」
私は莉子ちゃんの返事も聞かずに走り出した。
もうスカートが、とかは気にしてる余裕なんてなかった。
もう恥ずかしくて、恥ずかしくて……あと、少し…あとちょっとで、莉子ちゃんに…ばれなかったのに…
ああ、明日会ったとき…なんて言えばいいの?どんな顔すればいいの?…
終わり