夏休み明け。
始業式では夏休み期間で大きな賞を獲得した部活動はその栄誉を讃えて全校生徒の前で『改めて』校長より賞状やトロフィーが授与される。
学校から授与されるのではない。
得たものを学校に納めて、それをわざわざ改めて渡してもらうのだ。
一度手にしたものを、わざわざ校長に渡してから返してもらうという一連の儀式の意味は、よく分からない。
とにかく部活動の盛んな我が校では、この始業式での再授与が長い。
バスケにバレー、卓球に競輪、剣道柔道弓道書道に美術演劇英文。何を競ったのか分からないけれどボランティアまで。そして甲子園出場を果たした野球部。
その度に吹奏楽部はファンファーレを鳴らす。何かのスイッチでも組み込まれたように。
校長の長々とした話の中に甲子園が幾度も出てくる。五回目くらいからもう面倒になって数えるのは止めてしまったが。
素晴らしい成績として甲子園をあげてその栄誉を讃える。
また来春以降の大会への期待を口にして、その日の話は終わった。
―――吹奏楽部の栄誉が讃えられることは、なかった。
吹奏楽コンクール支部大会銀賞。
残念ながら全国大会……普門館こそ届かなかったものの、あたしの聴く限り素晴らしい演奏だった。
そしてマーチングコンクールでも最優秀賞を得て県代表に選出されたが、そんなことを知っている生徒は多分誰も居ない。
後から聞くところによれば、辞退したらしい。あの場での再授与は。
どうも応援不参加がよほど不興を買ったらしく、生徒間での吹奏楽部の評判が悪くなった。
それを『考慮』しての対応であるらしい。
一応、学校側は再授与をすると言っていたらしいけれど。
優勝候補だった母校の一回戦敗退が、よほど不満だったらしい。生徒にしても、卒業生にしても、先生にしても。
だからと言って、これはどうかと思うけれど。
翌週、音楽室のドアに、消火器が撒かれていた。
もしもこれが悪評の『火消し』だというのなら、犯人は中々にシャレの分かる人物かもしれない。
もっとも、そんなことをされた側の気持ちの方は、分かりはしないだろうけれど。
◇
八月七日。
全国高等学校野球選手権大会二日目第二試合。
我が校の第一回戦は、素晴らしい好天に恵まれた。
けれどその試合内容は荒れに荒れた。一回から我が校の一年生エース武司和也は四球二つで無死一二塁のピンチを自ら作り出してしまう。
相手校三番は武司和也の甘い球を見逃さず左翼への見事な適時打、いきなり二点を許してしまう。
続く四番に再び三塁打を浴び、一回で三失点。三回にも二失点、四回に一失点を喫してしまう。
エースの乱れが打線にも響き、五回を終えた時点でようやく一点を返しただけだった。それも相手の四球で出塁した走者が、盗塁とエラーで帰っただけのパッとしないもの。
そしてその一点が我が校甲子園での唯一の得点となった。
エースは四回で交代、中継ぎとしてマウンドに向かった二年生投手も七回に二失点。
結局強豪にして優勝候補の一角に数えられていたはずの我が校の甲子園は、一対八という大差での敗北に終わってしまった。
追記すれば、その相手校も二回戦で敗退。その相手もまた三回で敗退。八月七日以降、甲子園と言う単語はタブーにさえなってしまった。
完膚なきまでに叩きのめされた天才投手は……カッちゃんは、数日の間ぼんやりと過ごしていた。
◇
八月十日。
あたしは未だにぼんやりと過ごしているカッちゃんの様子を見るために武司家のドアを開いた。
朝早くからアッちゃんは練習に出て行っている。
カッちゃんはといえば、パジャマのままぼんやりとテレビを眺めていた。その背中を眺めながら、あたしは食卓の椅子に腰掛ける。
「小さい頃に、こんな風になりたいって思ってたんだよ」
テレビでは再放送の滑舌の悪い特撮ヒーローが、決め台詞を叫んでいる。
何を許さないのか知らないが、ヒーローらしくない真っ黒のスーツだった。
「こんな風って、特撮ヒーロー? そういえばそんなごっこ遊びもしたっけ」
カッちゃんはぼんやりと頷く。
「皆を助ける正義のヒーローに、なりたかった。ぼくも……ヒーローに」
「正義かどうかはともかく、ヒーローにはなったでしょ。まあ、町内レベル止まりだったけど」
「ん……」
振り向くカッちゃんの、いつも自信に満ちていた双眸が迷いに曇っていた。
「結局、アニキの言った通りだったよ」
「……アッちゃん?」
「ん。予選大会の決勝戦前にさ、言われたんだ」
「野球好きか?」
「え?」
「でしょ?」
「……千恵ちゃん、見てたの?」
迷いに曇っていた瞳が、驚きに見開かれる。
「まあね。その内あたしが言ってやろうと思ってた台詞だったし」
「そう……なんだ」
テレビの中で、特撮ヒーローが当たり前の様に勝ち、街の平和は今日も無事に守られる。
カッちゃんはそれを横目にぼんやりと見やって、そうしてから
「野球、好きだと思ってたんだ。ずっと」
と口にした。
あたしは髪の枝毛を探しながら、その独白を聞く。
「毎日毎日練習して、南を甲子園に連れて行くって自分に言い聞かせて、それだけを考えて」
そして、甲子園。
「ゴール、イン。しちゃったんだな、あの日で」
「七月二十九日」
「うん」
「しちゃったか、ゴールイン」
「うん、しちゃったんだよ、あの日で」
「そっかー」
大きく伸びをする。
テレビの中では、高校野球選手権第五日目の第一試合が始まっていた。
「プレイボール」
カッちゃんは薄く笑みさえ浮かべて、それを眺めた。
「甲子園はさ、野球が本気で好きで……それ以外考えられないような、一途な選手しか受け入れないんだよ、きっと」
「……身持ち硬そうだもんねえ」
「あははは、そうだね」
勢いよく立ち上がると、カッちゃんは大きく振りかぶった。
第一球。
「かきーん……とさえ、ならなかったよ」
武司和也投手の甲子園第一球はボール。そして第一打者を四球で出塁させている。
「もの凄かったよ、甲子園は。地鳴りでもしてるのかって思うような大歓声で。日差しまで違って感じたよ」
「そりゃ、あれだけ人が集ってればね」
「怖かった。生まれて初めて、マウンドに立ってバッターが構えて……そういったもの全てが怖いと思ったんだ」
第二球。
見事なフォームで、カッちゃんはパジャマのまま振りかぶる。
身内贔屓も込みになるけれど、テレビの中のどこかのピッチャーよりも様になっている。
横顔は引き締まり、この一瞬のみあの日を取り戻している。
まるで、甲子園の続きをしているみたい。
「まだ、怖い?」
「…………分かんない。あれからボールに触ってないから」
野球部は、あれから自主練習になっている。マネージャーのお姉ちゃんが言うには、半分くらいは集っているそうだ。
「……ぼくって、こんなに怖がりだったんだなって、そう思い知ったよ」
「んー」
さて、これは言ってしまっていいのかどうか。
しばらく考えてから、あたしは面倒になった。まあ、あたしには関係ないしどうでもいいので放っておこうか。
傍観者のあたしにしてみれば、お芝居で野球やっていた……お芝居でなきゃ勝負の世界に居られなかったカッちゃんやお姉ちゃんが怖がりだなんていうのは当然の帰結だったのだけれど。
「千恵ちゃん?」
「あ、ううん、ナンデモナイデスヨ?」
「……そう?」
さて、とはいえあんまりウジウジとされているのを見るのも鬱陶しいし、一つ尻でも叩いておくか。
「あのさカッちゃん、それでいつから練習は再開するの?」
「え?」
「何その意外そうな顔は」
「いや、千恵ちゃんが野球をしろなんて言うの初めてだから」
「あー、そりゃね、まあね」
確かにそうだった。
「本音を言わせて貰えば、カッちゃんが甲子園に行こうがマスターズに出ようが土俵入りしようが知ったことじゃないのよ、あたし」
「ひどいね」
「まあね、あたしひどい女の子だし。でもさ、こうやって毎日毎日ゴロゴロゴロゴロとされてるのを見るのも腹が立ってくるのよ。仲間だった人達は頑張ってんのに、あんた何やってんのよ」
「え?」
「カッちゃんはお姉ちゃんを甲子園に連れて行ったからもう何もしないの? 甲子園に行きたかったのは野球したかったからじゃないの?」
「そりゃ、その通りだけど―――」
「野球好きだからあんな毎日毎日やってたんでしょ? そんなの当たり前じゃない、じゃなきゃ出来ないもん」
「でもそれは、南の為で……ぼくが本当に野球が好きかどうかなんて、分からなくなって」
「あんなに毎日練習してとうとう甲子園にまで行って。これで野球好きじゃないとかどの口で言うつもりよ。カッちゃんは頭にバカが付く位の野球好きよ」
「う……」
「お姉ちゃんが何言ったとかどうでもいいのよ、くっだらない。そんなのカッちゃんには関係ないでしょ。だって行くのはカッちゃんなんだから」
「千恵ちゃん……」
「行って、そして野球するのはカッちゃん。納得してないんでしょ、あの試合」
「……うん」
「なら―――さっさと行って、今度は少々ビビってもねじ伏せられるくらい、強くなって来なさいッ! 納得は行かないけど練習もしないとか、泣き言はボコボコに負けてから言いなさい!」
「あの、ボコボコに負けたんだけど―――」
「あんなの負けたうちにはいるもんか! 負けるっていうのは、本当に手も足も出ないくらいのを言うの! カッちゃんは手も足もそもそも出してないでしょッ!」
「うぅ……千恵ちゃん、優しくないね」
「今のカッちゃんに優しくする理由なんて毛筋ほどもなし! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと服着替えて行きなさい! カッちゃんの行きたい所に!」
ほとんど八つ当たりではあったけれど、言いたいことを言ってスッキリした。
カッちゃんはまだ何かごにょごにょと言っていたけれど、その辺に転がっていた食パンを朝ごはん代わりに口にねじ込んでユニフォームを突きつけると諦めたようだった。
着替えが終わったら適当に余り物を詰め込んだ弁当を持たせて、家から追い出した。
これで、とりあえずあたしの役目は終わりだろう。『南ちゃん』ならもっとスマートにしたんだろうけれど、あたしはその辺に居るただの女子高生。そういうのは専門分野外だ。
次に甲子園に出られるかどうかなんかあたしの知ったことじゃないし、後は野となれ山となれな訳だし。
その日の夕方、お姉ちゃんと一緒にカッちゃんは帰ってきた。
どうやら逃げずにちゃんと部活に出たようだ。
優しく励ますお姉ちゃんの声が外から聞こえてくるが、あたしは明日のバイトに備えてだらだらすることにした。
◇
甲子園から帰ってきたおじさん達は不用意だった。
帰ってきて、アッちゃんを見るなり
「お前の応援があれば、もう少し違ったかもしれないのに」
なんて言ったのだから。
アッちゃんの方の結果なんて聞きもせず。
まあ、アッちゃんだっておじさん達に褒めてもらいたくてやってたんじゃないだろうけど、それにしてももう少し言いようはあったんではないだろうか。
優勝候補と持ち上げられて、浮かれて騒いで、そして上手くいかなかった理由をそんな所に求めて。
アッちゃんはただ曖昧に笑うだけだった。
他に何も出来なかった。隣で悔しくて腹立たしくてイライラするだけのあたしと同じように。
◇
八月十四日。
吹奏楽コンクール支部大会。
あたしは長距離バスに乗ってその会場へと足を運んだ。
我ながらよくもまあと思わなくもないが、アッちゃんが必死に頑張ってきたことを……あたしは、自分の目と耳に焼き付けておきたかったのだ。
意味があるのかどうなのかは、ともかくとして。
お姉ちゃんがどんな理由であれカッちゃんが甲子園に行くまでを支え続けてきたように。
あたしも、アッちゃんにとってのそうでありたいと思ったからかもしれない。
もっとも、あたしがそう思ったのは僅か一ヶ月前からのことなのだけれど。
新参の、にわかの、ミーハーと呼ばれても反論できないような、そもそも音楽なんてまるで理解できないあたしでも……アッちゃんの行方を見守るくらいは出来るはずだったから。
この地方の吹奏楽が一堂に会してのコンクール。
各県で選出されただけあり、どの団体も素晴らしい出来だった。
正直素人のあたしにはどの演奏も素晴らしいような気がしてくる。
だから思い知る。
アッちゃん達でさえ……あたしにとってはとてつもない名演だったアッちゃん達のそれでさえ、この中では凡庸なものに過ぎなかったということを。
もしもこの中を突破するとすれば、それは突出した何かがないとならなかったのだ。
だから……アッちゃん達が。我が母校の吹奏楽部が銀賞に終わった時、不思議と心は静かだった。
手も足も出ないとは、このことかと。
◇
八月十五日。
帰ってきたアッちゃんはため息一つついて微笑んだ。
「あの……」
何となく武司の家で待たせてもらっていたあたしは、けれど何と言って迎えればいいのか分からなくなってしまった。
「ありがとう」
「え?」
だから、先にお礼を言われたあたしは呆然としていた。
「また聴きに来てくれてたろ? ありがとう。おかげで精一杯の演奏が出来たと思う。ゴメンね、普門館はまた来年になるけど」
「……ッ! アッちゃん!」
「うん?」
「それでもあたしには、あたしにはアッちゃんが一等賞だから!」
ひどい嘘だ。
あたしはあの会場で、金賞を受賞して全国大会への代表権を得た団体に納得したのだから。
あの団体の演奏なら、金賞でも、支部代表でも仕方ないと……アッちゃん達以外にそう思ったのだから。
けれど……アッちゃん達の演奏が一等賞だと思ったのも……ただの詭弁だけれど、確かだった。
「……千恵ちゃん、ありがとう」
多分、あたしのそんな強がりのような嘘なんて、アッちゃんにはばれていたと思う。けれど、それでもアッちゃんは微笑んでくれた。
だから、あたしはもう一度口にした。
「あたしには、アッちゃんが一等賞だから―――」
◇
春の甲子園に出場する為には、秋の地方大会に勝ち抜かないとならない。
夏の惨敗で評価を落としたらしい我が校……いや、武司和也だったけれど、あの敗戦が彼を大きく育てたらしい。
それまであったムラッ気や驕りが消えて、それは見事な選手になったそうだ。
まあ、全部新聞の受け売りなのだけれど。
さて、そんな秋の地方大会も順調に勝ち進んで決勝戦。
夏の焼き増しであるかのように強力打線が売りの男子校との対戦だった。
これまた焼き増しであるかのようにローカル紙の記者がお姉ちゃんにインタビューをしている。
例の同窓会長は居並ぶ吹奏楽部を無視して客席に唾を飛ばして何やら喚いている。
何やら針のむしろのような中、それでもアッちゃん達は平然と立ち並ぶ。あたしは野球の試合そのものよりも、その求道者が試練に耐え忍ぶような姿をずっと見ていた。
アッちゃん達の歌は、周りがどのような目で見ていようとも何も変わらない。
全てが美しく輝いているのだと言わんばかりに、歌う喜びを表現してみせていた。
付け足すと、また優勝していた。
アッちゃん達が大きな拍手をし始めたのでどうやら試合が終わったらしいとようやくスコアボードへ視線を投げる。
相手にほとんど何もさせていなかった。
因みにしばらくたってから、ごく当たり前の様に春の甲子園出場が通達されたらしい。
あたしがそれを知ったのは、校舎に誇らしげに掲げられた『甲子園出場おめでとう。野球部』の垂れ幕だった。
そんな秋の中、アッちゃん達の『本業』の方はといえば、吹奏楽連盟主催のマーチングコンクール支部大会が行われていた。
あたしはもちろんそれも見に行った。
演奏をしながらのパレード、と言えば一番想像しやすいと思う。
ただ、彼らのそれはただ歩くだけではない。
それは、確かに『演技』なのだ。
それぞれが創意工夫を凝らして、何かを表現しようとする『演技』なのだ。
さすがに支部大会だけあり、どの校の演奏、演技共に素晴らしい出来で、あたしは少し不安になった。
この中で、アッちゃん達の歌はどのような評価を受けるのか。
そんなあたしの不安をよそに、アッちゃん達の演技が始まる。
目は自然とアッちゃんを探し当てる。
いつもの優しそうな笑みを引き締めて、誇らしそうに客席を見据えている。
あの瞬間がさ、一番好きなんだ。
そう言っていたのを思い出す。
これから起きる全てに、アッちゃんは子供みたいにわくわくしているのだ。
その為に。
その為だけに積み重ねた時間を、今聞いてくれてる皆に伝えられる。
そのことが何よりも嬉しいんだと、子供みたいに笑ったその顔を、あたしは忘れない。
だから、あたしがアッちゃんを見つめている間に。
一瞬。
息の音。
それで、会場の音の全てを制して。
始まった。
それまでの緊張感をすべて切り払い、一音が駆け抜ける。
それまでにステージを飾っていた他校の演技に比べると、派手さはなかった。
特別派手な衣装を凝らしているでなく。
特別何か目立つ道具を用意するでなく。
ただの歌だけで勝負をしている。
だからこそ、その音の全てがあたしには愛しいと思えた。
軽快なリズムに乗せてトランペットが歌う。
トランペットの一番槍の後をクラリネットが追いかけ、更に歌い上げる。
凛々しくも鮮やかなメロディーラインをチューバが押し上げる。どうだ、まだやれるだろうと言わんばかりに。
フルートが間隙を縫って立ち上がる。歌とはこう歌うのだと、そう主張する。
サックスが、ホルンが、オーボエが、ユーフォが、それに反論する。高い音だけが歌ではないと。
そしてトロンボーンが。
静かにそれらを繋いでいく。
つい見た目の派手さに騙されていた。
これは演技であり、そして何よりも……演奏なのだ。
歌でしか言えないから、彼らは歌っているだけの。ただそれだけのことなのだ。
ただの歌。
ただそれだけで、他の誰にも負けないだけの演技をなしえてみせる。
だから全ての演奏が終わった瞬間、あたしは心からの賛辞をのせて両手を何度も叩いたのだった。
そして、翌日。
帰宅したアッちゃんの満面の笑みに、あたしも一番の笑顔を返した。
「おめでとう、アッちゃん」
「うん、普門館じゃないけど……全国大会、見せてあげられるよ、千恵ちゃん」
あの日の演奏が評価された点は、やはり純粋に演奏が優れていたということで。あたしはその評価に心から満足した。
◇
秋といえば芸術の秋。我が校も多くの他校の例に漏れず文化祭が行われる。
何故かヤキソバ対決をしている野球部とサッカー部。
可愛い娘で客を集め、男子が調理に励んでいるバスケ部のお好み焼き。
美味しさスマッシュ! という意味不明のあおり文句を連呼する卓球部のたこ焼き。
書道部が何故か似顔絵を描き、美術部が絵筆で書に挑んでいる。お前らは交代しろ。
各々のクラスがいい加減な喫茶店や謎の画廊、変な骨董品みたいなのの展示会をしている中、吹奏楽部はといえば例年通りステージを開いていた。
もっとも、その公演時間はごく短時間になっていたが。
これも不評のせいであるらしいが……いい加減あたしも気が付いた。一般生徒にはそこまで恨み骨髄にいつまでも不評などないのだ。
より端的に言えば、どうでもいい。それに尽きる。数ヶ月が経ち、春の甲子園も決まった今となっては話題にさえならない。
つまり恨み骨髄にいつまでも不満を持っているのは学校側なのだろう。あるいはあの同窓会長あたりが文句を言っているのかもしれない。
全国区の大会出場ということなら、吹奏楽部もだが知名度の有無ということなのだろう。
あたしは僅か十五分だけの吹奏楽部の演奏を少しだけ悔しい気持ちで聴き、逆に棚からぼた餅ではないけれど十分な時間を得た軽音楽部や有志の演奏をぼんやりと眺めた。
さて、吹奏楽部も屋台を開いている。
あたしはあまり目に止まらないように、混雑している中を狙って顔を出した。
アッちゃんは奥で真剣な顔で鍋をかき混ぜている。
なぜおでんの屋台にしたのかはまるで分からないけれど、とりあえず美味しかった。
◇
初めての全国大会でアッちゃん達は楽しそうに演奏を終えた。
全国レベルの中ではやはり決して高い評価を得ることは出来なかったけれど、全てを出し切ったと微笑むアッちゃんを見ていると何も言うことはなかった。
だから一足早く帰ったあたしは、武司家の台所を拝借してお祝いの料理で迎えることにしたのだった。
◇
そして春。
甲子園だが、カッちゃんは優勝した。
今回は応援席で演奏した吹奏楽部に、同道会長が偉そうに「どうだ、こんな素晴らしい栄誉を与えてくれた野球部に感謝しろ」とか言い出していた。
苦笑する顧問の先生は、静かに撤収を呼びかけた。
それからは連日お隣と、そして『南ちゃん』に取材の人が訪れる。
例の漫画を思わせる二人と、そして兄。
余り物の妹であるあたしは、なるべく目立たないようにしていた。
季節は春。
全てが明るく輝くようなその中を、あたしはひっそりと過ごしたのだった。